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神様になる前にもう一つ世界を救って下さい  作者: Gyanbitt
第十章 二種族抗争編
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10-81 新たなる旅路4

(殺気立っているのは分かるが、これは少々違うな……)


自分を取り囲むドワーフ達を見て悠が感じたのは単なる殺意や敵意だけでは無かった。彼らの……いや、彼女ら・・・の目の奥に見え隠れするのは、強者の喜悦に近いものだ。軍隊経験のある悠はそれがどんな感情によるものなのかを知っていた。


それは兵士によくある功名心だ。ある程度戦況の先が見え、手柄を立てられるかもしれないという期待感に逸っているのである。


悠の服装がエルフィンシードの『火将』を表している事は分かっているだろうが、魔法統制下の今『六将』など恐るるに足りず、むしろ格好の功名首でしかない。武器すら帯びていない人族など、エルフと大差のない雑魚と考えての軽視であった。その為に見張りの各隊に『機導兵マキナ』が最低一体は配備されているのだから。


「言葉は分かる? ……いや、別に分からなくても構わないけどさ。武器を突き付けられてどういう意味かも分からないバカなら殺しても兄貴も怒らないだろうし……」


彼女らと称したのは悠を取り囲むドワーフが全て女性で構成されていたからである。中央で悠に長斧ロングアックスを突き付ける女性の言葉に周囲から含み笑いが漏れ、悠を睨む目に嘲りが一層色濃くなった。


(ドワーフは高潔だと聞いていたが……このメス共、お前を高級な獲物としか見ておらんぞ?)


(問答無用で奇襲して来ないだけマシな方だろう。……多分、この女達は戦場に出た事が無いのだ)


吐き捨てるようなスフィーロの言葉に、悠は彼女達を観察した結論を告げた。悠の力量を計れない目、包囲陣の組み方に武器の持ち方、敵を前にして弛緩した空気、そのどれもが彼女達が戦場の素人だと証明していたからだ。戦士としては及第点の実力はあるのかもしれないが、兵士としては三流だった。


悠は相手が礼に則り投降を勧めるのなら粛々とそれに従い、事情を話してグラン・ガランへ行くつもりであった。こっそりと侵入しても得られる物は何もないからである。


「まあいいや、重要なのはあたしが『火将』に勝ったっていう結果だけだし、兄貴には逆らったから殺したって言えば問題無いか。アンタには悪いけど首だけ貰っていくよ。恨むならエルフなんかに肩入れした自分の浅はかさを恨むんだね!!」




ギンッ!!!




悠の意志など考慮せずに長斧が振られ、ドワーフ達は悠の首が高々と舞い上がる姿を幻視した。これで自分達を軽んじていた男共に手柄を見せつけてやる事が出来るという暗い優越感は、甲高い金属音で霧散する。


「なっ!?」


「……ば、バカな!! たかが人族がエンジュ様の一撃を!?」


悠の立てた腕がエンジュの一撃を受け止めた事がよほど衝撃的だったのか、頭が空白になったドワーフ達が立ち直る前に悠は行動を開始していた。


長斧の柄を掴みエンジュを持ち上げると、そのまま一歩二歩と高速で踏み込みドワーフ達を薙ぎ払う。他のドワーフ達より長身のエンジュは即席の鈍器として仲間達の肉を打ちのめした。


「あああっ!!!」


「……戦場で相手に武器を向ける意味を知らんはずが無かろう。それを知らんのは貴様らの方だ。確かに俺は話をする為にここまで来たが、戦場の作法も知らん馬鹿共にへつらって膝を屈する気はない」


「ぐ……お、おのれ……ッ!! ドワーフの言葉が分かるのか!?」


一番深くダメージを受けたはずのエンジュが立ち上がるが、長斧に縋って倒れないようにするのが精一杯であった。


「まあな。……歩けるならサッサと上役を呼んでこい。お前らでは話にならん」


「女だからと我らを愚弄するかっ!?」


反射的に言い返すエンジュだったが、その一言で悠の視線の温度は一層低くなり、氷点下の眼光がエンジュを射竦めた。


「下らん事を……。戦場に性別が関係あるのか? 貴様らが俺の眼中にないのは性別などではなく、話すに値せん大馬鹿共だからだ。そこに性別を持ち出すなど……卑しい精神の持ち主とこれ以上言葉を交わそうと思えん、感性が穢れるわ」


悠は老若男女や容姿で相手を判断したりはしない。ギャランやアルトなど、まだ若輩ながら他人に責任を転嫁せず己を向上させようと励む者には手を貸してやりたいと思うし、カザエルやマーヴィンのように真に悔い改めている者を今になって粛清しようとは思わない。女性でもミリーは王族という立場を保留してまで一冒険者として悠の手伝いをしてくれているし、ベルトルーゼは相手がどれだけ強大だろうと怯む事などない。


誰しも美点と欠点を抱えているものだと悠は思っているが、悠の判断基準は特に精神の美醜によってなされている。本来なら考慮の余地なく殺されるはずだったカザエルを生かしたのは娘のサリエルを守ろうとする親心に改善の余地を見い出したからであるし、ミロですらその超越した精神は善悪の概念だけでは測りかねると屋敷に招待したのだ。


それらの者達を見て来た悠の目には、エンジュ達はあまりに醜かった。己の功名だけを考える短絡さも、礼を失した態度も、男が女がと騒ぎ立てる稚気も、全てが覚悟をして戦場に立つ者達を侮辱していると感じられた。もしこれが現代のドワーフの多数派だというのなら、なるほど、エルフに肩入れしてもいいかもしれないと思えるほどだ。


「う、うるさい!! 人族如きに説教される謂れなどあるものか!! おい、みんな起きろ!!」


悠の叱責に耳を貸さず、エンジュが呼び掛けると弾き飛ばされて転がっていた者達ものろのろと武器を手に起き上がった。流石頑健を謳われるドワーフだけあって、まだ全員意識を保っているようだ。質のいい鎧のお陰もあるだろう。


「囲め囲め!! 人族にしては力自慢のようだが、四方を囲めばどうとでもなる!!」


エンジュの言葉に励まされたか、ドワーフ達が悠から距離を保ったままジリジリと周囲を囲むのを悠は冷めた目で見ていた。あまりに浅はかでもはや警告を発する気すら起きない。


ドワーフ達の動きは明らかに戦場に慣れていない者の動きでしか無かった。悠から視線を逸らさないのはいいとして、足元が疎かになり木の根や石に躓く者が続出した時など、むしろこれは耳目を引きつける囮ではないかと疑い辺りを見回したくらいだ。しかし、当の本人達はこれ以上ないくらい真剣だった。


そもそも、包囲の意味が分かっているのかどうかすら怪しい。包囲戦闘は全体に高度な意思疎通の概念を必要とする高等戦術であり、相手の力量と自分達の力量・・・・・・をよくよく把握しておかねばならない。例えば、包囲する事によって360度どこからでも悠を攻撃する事が出来るようになるかもしれないが、今悠がエンジュに攻撃を仕掛けたらどうなるだろうか? ……答えは一撃で沈められる、である。


密集していた時と違い、包囲するという事は分散し自分達の密度を下げるという事なのだ。それはつまり、瞬間的に一対一の状況が作り出されるという意味である。自分達と同程度か多少格上くらいなら一人が支えている間に背後や左右から他の者が攻撃する事が出来るが、一瞬も耐えられないのなら各個撃破の餌食になってしまうのだ。エンジュ達はこの期に及んでも舐めているとしか悠には思えなかった。


(……殺すか?)


命を奪い合う戦場で武器を向けるなら、同じ様にその武器が自分を殺すかもしれないというのは自明の理である。自分達だけが相手の生殺与奪の権利を持っているという錯覚に悠が付き合う必要は無いはずであった。


だが、実際の年齢はともかく、どう考えてもエンジュ達の精神は成熟した大人のそれではないし、ここで殺すのは更生の余地を奪ってしまうかもしれない。




――ならば一度、思い知って貰おう。




ジリジリと包囲網を築こうとするエンジュ達に構わず、悠は腰の皮袋から手に納まる程度の折り畳み式のナイフを取り出した。戦闘用の物では無い、日常工作用の10センチにも満たない小さな刃である。


「そんな子供の玩具オモチャでドワーフと戦えるつもり!?」


悠の手にある武器とも言えない貧相な代物に気付いたエンジュは激昂したが、残念ながらこれより小さい刃物は持っていないので我慢して貰うしかない。無手の相手に負けるよりは多少の慰めになるだろうという配慮のつもりだが、どう取るかは人それぞれである。


だが、悠はエンジュ達と言葉を交わす気は無くなっており、自然体に立って無言でエンジュ達を待っていた。その目が自分達を嘲笑っているかのように思え、元々忍耐力の無いエンジュは包囲網が完成する前に号令を発していた。


「かかれーーーッ!!!」


一斉に殺到するドワーフ達の武器が振り下ろされる中、悠の手が閃き――。

エルフが画一的で無いように、ドワーフも個性にばらつきがあるんです。エンジュは……現代っ子なので……。

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