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神様になる前にもう一つ世界を救って下さい  作者: Gyanbitt
第十章 二種族抗争編
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10-80 新たなる旅路3

悠は時々加速を行い、櫓で方向を調節しつつアガレス平原を目指した。悠の使う竜気プラーナでは出力が高過ぎて動力が長時間の運転に耐えられないのである。


それでも陸路を行くよりはずっと早く、長くなってきた日が落ちきる前に悠はアガレス平原の近くまでやって来ていた。


「ここからは歩きだな」


《船は置いていくのか?》


「いや、舟に収納機能があるそうだ。『冒険鞄エクスパンションバック』では入り口の大きさの関係で入らんが、『魔法鎧マジックアーマー』を収納している物と同じ次元収納術らしい」


地面に降り立ち、動力部に備えられている握り拳ほどの透明な玉を竜気で起動すると、舟は水面から掻き消えて玉の内部に納まった。透けて見えるその姿を確認し、悠はそれを腰の皮袋に仕舞い込む。


《便利な物だ。人族が使う『冒険鞄』よりも手軽だな》


「だがこちらは容量が著しく狭まるそうだ。この舟を収納するのが今の所限界らしい。それに、予め登録した物しか入れる事は出来ん」


《緊急時には役に立つだろうが、それでは馬車の代わりにもならんか……》


「生物も入らんから移動や避難にも使えんしな。が、今は放置しないで済むなら十分だ」


既に暗くなった周囲に生物の気配はない。この辺りは『機導兵マキナ』が放たれていたせいか、野生動物や魔物モンスターの別なく駆除、或いは追い出されてしまったのだろう。しばらくすれば戻ってくるかもしれないが、今は静かな森だけが残されていた。


遠く見えるアガレス平原には炊飯の火や煙が見え、ドワーフが駐留している事は明らかである。


もっとアガレス平原の近くまで舟で行けなくはないが、突然現れては要らぬ戦闘を引き起こす可能性は高いので悠は舟を降りたのだ。


川から少し離れるとアガレス平原へと続く街道が見えたので、悠はそれに従い歩き始めた。今回は潜入でも奇襲でも無い為、堂々と道の真ん中を歩いていく。ドワーフの支配下にあるのだから遠からず歩哨に発見されるだろう。ドワーフの暗視能力は高いのだ。


悠も夜間視力はドワーフ以上に卓越していたが、あえて己の存在を誇示する為にカンテラに火を灯す。


悠々と夜道を行く悠が取り囲まれたのはそれから一時間後の事であった。




不審人物発見の第一報は悠が行動を開始してからそれほど経たない内にアガレス平原駐留軍の首脳部に届けられた。


「人族の男が一人で?」


「は、間違いないかと思われます。短い耳に黒い髪という容姿でエルフという事は無いでしょう。しかし……」


「何か気懸かりが?」


通常、不審人物が発見されたからといってそれがすぐに首脳部に報告される事は無い。敵の斥候や雑兵ならば殺して構わないし、報告されるとすればエルフが軍を動かした時くらいのものだが、今のエルフにドワーフと互角に戦える力があろうはずが無いのだから無闇に進軍して来たりしないだろう。してきたら殲滅するだけだ。『機導兵』は用心の為に幾らか残してあるのだから。


アガレス平原駐留軍司令官として戻ったザガリアスはドルガンの報告に疑念を発したが、報告したドルガンも困惑して首を捻っていた。


「気懸かりと言えば確かに気懸かりですかな……なにせその人族、エルフの『火将』を示す徽章を身に着けておるのですから」


「な……何だとッ!?」


自他共に認める武勇の持ち主であるザガリアスもドルガンの報告に一瞬、言葉を続けられなかった。


要点を摘み出してもそれらが示す事実は看過出来ぬものがある。エルフは自分達こそが最も優れた種であると信じ、他の種族を一段、いや、数段低く見ている。ドワーフに至っては同じ知性を持つ生命体とすら認めていないかもしれないのだ。そんなエルフが、ドワーフよりマシとはいえ人族を『火将』に迎え入れるなど到底信じられるはずがなかった。


それはエルフと人族が同盟を結び、エルフィンシードが人間を受け入れたという事に他ならない。幾ら追い詰められたとはいえ、エルフがそんな決断を下すなどザガリアスの想像を遥かに絶していた。


「いくら何でも早過ぎる!! あの高慢なエルフがこの短期間で人族に助力を乞うなどあり得ん!!!」


「しかも『六将』の一角を人族に譲り渡すなど、どれほどエルフが追い詰められたとしても容易に決断出来るはずが御座いません。これは何か裏がありましょう。……あの女、我々以外にも手を伸ばしていたのではありませんかな?」


ドルガンの脳裏に浮かぶのは何の見返りも求めずドワーフに『機導兵』の力を差し出したローブの女であった。彼らはそれがミザリィという名を持っている事を知らなかったが、ドルガンの予測は期せずしてミザリィの行動を言い当てていた。


「……まさか、こうなる事を見越して……いや、流石に考え過ぎか……ええい、埒が明かんわ!!」


様々な予測が成り立つが、同時にそれらはあくまで予測の範疇でしかないと断じ、ザガリアスは苛立たし気に手を振るとドルガンに命じた。


「爺、その者をひっ捕らえて俺の前に連れて来い!! 人族がエルフに与したとなれば、数によっては作戦を修正せねばならんかもしれん! 流儀に反するが一族の為、たとえ拷問してでも吐かせてやる!!!」


「果たしてその必要がありましょうか……?」


「む?」


ザガリアスの鋭気を受け流すドルガンの言葉に、ザガリアスは目でその意図を問うた。


「いえ、彼奴は堂々と街道を歩き、服も目立つ物を羽織り、挙句の果てに灯りまで持ってアガレス平原に向かって来ております。エルフと結んでいるなら、アガレス平原が我らの手に落ちた事は明々白々、知らぬはずが御座いません。それに何と言ってもたった一人なのです。こうなると儂に考えられるのは2つ。一つは耳目を引きつける『火将』は囮でどこかで別動隊が動いている、そしてもう一つは……降伏の使者」


「こ、降伏だと!?」


いまだかつて考えた事も無かった行為にザガリアスの顔が驚愕に歪む。


ドワーフにも降伏という概念は存在するが、命を懸けた戦場でそれを行う事は絶対にないのだ。エルフにどれだけ追い詰められようと、それこそ種の存亡に関わるような時ですらドワーフは戦略的撤退を選択しはしても、誰も命乞いなどしなかった。屈辱に塗れ泥を啜ってでも生き延び、数を増やし装備を整えエルフの前に立ちはだかったのである。エルフをドワーフの敵と認めて以来、ドワーフはそうして生きてきた。


ドワーフがエルフを認めている所があるとすれば、誇りに関してはエルフもドワーフと同程度に譲らないという事であろうか。特にエルフ女王であるアリーシアはドワーフを終生の敵と定め、交渉などという手段を用いた事は無い。もしこの先エルフィンシードに攻め込むような事になってもアリーシアは降伏など受け入れるくらいなら死を選ぶであろう。数百年間、鈍る事のない戦意を保ち続けるアリーシアに対して、それは信頼とすら言えるザガリアスの認識であった。


「あのアリーシアがこちらが促す前に降伏などすると思うか!?」


「全く思いませんが、これはひょっとすると……アリーシアの奴めが此度の戦傷で死んだのではないかという噂も真実味を帯びて来ますぞ?」


「むう……」


アリーシアに深手を負わせたというのはその腕を発見している事からも疑いようのない事実だが、その後のオーニール探索ではアリーシアの亡骸は発見出来なかった。泥に沈んだのかもしれないし、魔物モンスターに食われた可能性も否めないが、長年戦って来たザガリアスにはあの強大なアリーシアがこうも簡単にこの世を去ったという事の方が信じられなかった。


だが、もしドルガンの言う通りならばアリーシアは死に、他の王族が後を継いだのかもしれない。その者がアリーシアと違う決断を下さないとはザガリアスには言い切る事は出来ない。


「……万一、降伏の使者であれば無体に扱う訳には行かんか……」


戦う気のない相手を殺すなど本物の戦士のやる事では無い。多少の恫喝や暴行は範疇の内と目を瞑る事も出来るが、それ以上となると強者の驕りのようで醜いとザガリアスには思えた。ドワーフの戦いは常に清廉でなければ祖霊に対し申し訳が立たないのだ。


どうせなら罠であって欲しいとザガリアスは願った。それならば卑劣な敵を打ち破れば済む話だ。しかし、その人族と交渉するのは自分でなければならないだろう。


気乗りしないが、一応相手も『火将』という立場にあると思われる者を遣わしたのなら対応する者もそれなりの者を用意しなければ判断出来ないからだ。


「若、得心がいかない気持ちは分かりますが、これも王子の務め。考えようによっては我らの長年の主張をエルフ共に認めさせる好機とも言えます。まずはその者の話を聞きましょう」


ドルガンも或いはザガリアス以上にエルフに深い恨みを抱えていたが、それでも激情に任せて進言を怠ったりはせず、その内心を知るザガリアスは軽く息を吐くと静かに頷いた。


「……分かった、そやつが手向かったりしない限りは話を聞こう。だが、念の為に『機導兵』の準備と奇襲に対しての備えはしておけ。接触の手筈は?」


「その人族がアガレス平原に達する手前で当直の見張りの隊に留め置くように言ってあります」


「そうか、流石は爺、対応が早……待て、当直の見張りにと言ったか!?」


「は? ……ええ、今晩の当直は確かゾルダートの隊ですし不備は無いかと……?」


突然取り乱したザガリアスにドルガンは小首を傾げたが、ザガリアスは慌てて服装を整えると得物を手に取った。


「どうなさいました若!?」


「す、済まん爺!! 俺とした事が戦勝に驕ったわ!! 今夜の見張りはゾルダートの隊では無いのだ!!」


「な、何ですと!? では一体誰が……まさか!?」


ザガリアスがこれほど取り乱す要因になり得そうな人物はこの場に一人だけだと、話しながら気付いたドルガンにザガリアスはばつの悪い表情で告げた。


「……特段危険は無かろうと、何かと軍務をこなしたがるエンジュと侍女隊があまりに煩く進言してくるのでゾルダートの隊と代わって貰ったのだ……ただの見張り任務なら爺に言う必要も無かろうと……」


「なんと……」


思わず天を仰ぐドルガンにザガリアスは軽く頭を下げた。


「悪かった! しかし、今はエンジュ達を止めるのが先だ!! あいつが敵を前にして足止めで済ませるはずがない!!」


「……その人族、果たして若が到着するまで生きておりますかな……」


「可能性は低いが、行かぬ訳にもいかん! とにかく急ぐぞ!! 後の事は任せた!!」


天幕から弾かれるように飛び出たザガリアスは驚く護衛を振り切り、一路街道の入り口を目指したのだった。

おっと、トラブルの匂いがしますね!


この2人、割と親しみやすいコンビだと思います。

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