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神様になる前にもう一つ世界を救って下さい  作者: Gyanbitt
第十章 二種族抗争編
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10-79 新たなる旅路2

「荷物は厳選しましたが、やはり量が量だけに生鮮食品は無理でした。これ以上手荷物を増やすと邪魔になりそうですし……」


「名目上は和議の使者だからな。金で買えなければ狩りでもするさ」


出発に際し、悠はハリハリから荷物を受け取って答えた。


グラン・ガランに入国するには色々な方法があり、最も楽なのはエルフとは無関係を装って人族の個人として赴く事である。ドワーフと人族はけっして仲が良いなどとは言えないが、それでもエルフに比べれば各段にマシであり、国家の息が掛かっていない個人ならば人格や武勇によって認められない事もないというのがアスタロットの言であった。


しかし、それはドワーフが最も嫌う嘘に抵触する。悠の目的はエースロットの死の真相を解明し、『無常月夜ムーンフェイス』を手に入れ戦争を止める事だ。それらを果たすのに人族の個人では不足なのである。


そこで悠は選び得る立場の中で最も困難な立場を選んだ。エルフの『客員火将ゲスト・ファイヤージェネラル』にしてエルフィンシードからの公式な交渉の使者という、ドワーフならば決して許容しないであろう危険な肩書きを、である。


今の悠の服装もそれを裏付けるものだ。赤を基調とした『火将』礼服は本来ならばゆったりとしたローブだが、戦闘時に『魔法鎧マジックアーマー』を着用する為に体にフィットする戦闘服が用意されている。『魔法鎧』があるので特に特殊な効果を付与されていないものが多い中、悠が身に着けている服は恵が看病の合間を縫って作り上げた特別製である。


龍鉄を可能な限り細く鍛えた金属糸が格子状に編み込まれていて耐刃性能を上げ、糸はコツコツ買い溜めていたケイブクロウラーの糸を魔法花として有名なマンドラゴラの花で赤く染め、堅牢さと耐火性能を更に向上させている。その防御力は既に金属製の鎧を上回っており、生半可な剣や槍では小さな穴すら空けられないという、もはや服というより防具というべき逸品と化していた。


しかし服は服であり、耐衝撃性能が高くない事が制作者である恵には不満の残る所だ。ドワーフが用いる武器には重量武器が多く、時間さえあれば是非にも付け加えたかった機能なのだ。


各種耐性にも不満があるらしいが、悠としては高い耐火性能が付与されているだけでお釣りが来ると思っていた。耐刃にしても耐火にしても露出部分を狙われては意味がないのだから、悠には恵の無事を祈る真心が込められているというだけで十分なのである。


それに、恵には心配させるから言っていないが、この服が効果を万全に発揮する機会はおそらく無い。そう考えるに至る確たる理由はあるが、それは後述しよう。


この服や肩にも刺繍されている『火将』の徽章により、悠本人が口にしなくても、悠が一体どういう立場なのかドワーフは察するだろう。露出的とすら言える出で立ちは悠の覚悟を示すものなのだ。


「……アスタと練った策とやらは、やはりワタクシ達にも秘密ですか?」


切り出したハリハリ自身がその答えを得られないだろうと思っての問いに、悠は小さく首を振った。


「アスタロットに俺は誰にも話さないと約束した。エースロットの前例でお前が神経質になる気持ちは分かるが……」


「いえ、ワタクシとした事が詮無い事を言いました。……ですがユウ殿、もしどうしても抜き差しならぬ状況に追い込まれるような事があれば、迷う事なくご自身の命を優先して下さい。あなたのような人が失われるのをエースはきっと望んではいません」


真摯な目で悠に訴えかけるハリハリだったが、悠は再び首を振った。


「エースロットが真に求めたのは争いの無い世界だろう。俺が失敗するという事はエルフとドワーフが全面戦争に移行するという事だ。どうせ祈るなら俺の無事よりも交渉と調査が上手くいく事を祈っていてくれ。それこそがエースロットの願いに通じると思うがな?」


「ユウ殿……」


戦争もやむなしと考えるハリハリの怯懦を振り払うように、悠は普段よりもごく僅かに声音を和らげてハリハリに諭した。


ハリハリにはドワーフに対し拭い切れない不信があり、それが悠への心配に繋がっているという自覚がある。どこかでまだドワーフが単純で野蛮な種族だという疑念を捨て切れないのだ。


こんな自分を見たらエースロットはきっと悲しむだろう。誰よりも他者を信じ続けた亡き親友の寂しげな笑みが脳裏に浮かび、罪悪感がハリハリの心中を灼いた。


「なぁに、私は心配などしていないぞ! ユウ、その目で思う存分ドワーフという種を見極めてくるといい。重ねるのが手になるか、それとも金属かねになるのかは状況次第だ!」


胸元を握り締めるハリハリの隣でギルザードが明快に言ってのけると、アルトもまた頷いて追従した。


「誰もユウ先生と同じ事は出来ません。もしユウ先生でも達成が叶わないのであれば、それは何人であっても不可能だったという事です。その時はエルフの皆さんと協力して『機導兵マキナ』を全部壊しましょう。そしてまた交渉してみましょう。力を失えばドワーフの方々も頭が冷えるかもしれません」


アルトはあくまで前向きに話し合う事を考えていた。ただ、以前と違うのはもっと具体性が増した事だ。


ドワーフが大々的な攻勢に出られるのも『機導兵』という力を得たからで、それを失えば戦線を縮小せざるを得ないのである。おそらく次回も『機導兵』を全面に押し出した陣形でエルフの殲滅に掛かるだろうが、何の情報も持たなかった前回とは事情がまるで違うし、何より最初からバローやハリハリ、ギルザードが居るのだから一方的に押し切られたりはしないはずだ。エルフ達も対『機導兵』の戦術を叩き込まれていて士気も高く、雪辱を誓って奮戦するだろう。


ギルザードとアルトの言葉に慰められたハリハリは罪悪感の陰が薄れるのを感じ、微笑んだ。


「……ヤハハ、知恵袋たるワタクシが失敗ありきで物事を考えてはいけませんね。分かりました、大人しく吉報を待つとしましょう。グラン・ガランに行っている間にレイラ殿も目を覚ますでしょうし、お早いお帰りを期待していますよ。……あ、もし居心地が良くてもちゃんと帰ってきて下さいね!」


「うっかり帰り道を間違えんように気を付けるとしようか」


最後に冗談を混ぜるハリハリに悠も軽口で応じると固かった空気もようやく和らいできた。


「今回はわたしは付いていけないんだから、早く帰ってきてよね! あんまり遅かったら迎えに行っちゃうんだから!」


「ああ、留守番を頼んだぞプリム」


敵地潜入に関しては並ぶ者がないプリムだが、アガレス平原でザガリアスに気取られた事を鑑みて今回は留守番をする事になった。もし下手に捜索に出して発見されでもしたら、それは悠の差し金という事になり、その場で交渉が決裂するからだ。不安要素は出来る限り排除して臨むべきだった。




見送りの者達と別れ、一人旅立つ悠にスフィーロが口を開く。


《……今生の別れになるかもしれんぞ? せめてレイラが目を覚ますのを待つべきでは無いのか?》


「俺にとって戦場とはそういうものだ。死なないと分かって行くならそれはもはや戦場では無い。時の流れもまた然り。俺達が動いている間、ドワーフにも同じ様に流れているのだからな」


硬質なやり取りは先ほどまでの緩んだ空気とは無縁の不吉さを孕んでいた。


悠はこれから死地に踏み込まねばならない。命懸けの戦いになるのは確実で、勝っても生き延びられる保証などどこにも存在しない戦いである。


レイラの覚醒を待つのも一つの手だが、その間にドワーフが攻めて来ないと言える根拠も無いなら危険を承知で行動を起こさなければならないのだ。戦争が始まれば微かに開かれているグラン・ガランへの道が断たれ、真実へ至る道を永遠に閉ざしてしまうかもしれない。


しかし、前を見つめる悠の視線に死への怯懦は欠片も存在しなかった。


「ドワーフが準備を終える前に楔を打ち込まねばならん。俺という生きた楔をな。付き合わせるお前には悪いと思うが……」


《よせ、最初は成り行きだったとしても、我とお前は既に一蓮托生だ。もう二度とそんな下らん事を口にするな》


「……そうだな、済まん」


話しているのがレイラだったならば悠は謝りはしなかっただろう。どんな選択でも如何なる戦場でも悠はレイラと共に乗り越えて来たのだ。彼らは一蓮托生を超え、一心同体なのだから。


しかし、スフィーロもまた悠と魂を触れ合わせた相棒なのである。彼だけを覚悟が決まっていないように扱うのは侮辱というものだ。


それきり無言で川に沿って下ると、木陰に当たる場所に脱出に使った船よりも小柄な船がひっそりと係留されているのが見え、船の上には難しい顔をしたロメロがどっかりと座り込み、目を閉じて考え込んでいた。


「……」


「ロメロ」


「……む、来たか……」


悠の呼びかけに反応したロメロはそこから一瞬腰を浮かしかけ……また腰を下ろすと顎で空いている場所を示した。


「……早く乗れ、急ぐのだろう?」


「グラン・ガランへは俺一人で行くと言ったはずだが?」


現在のアガレス平原はドワーフの支配下であり、戦争の最前線である。当然『機導兵』も配備されているだろうし、エルフが一人で近付くなど自殺行為だ。それが分かっているからこそ随員は無しとロメロも知っているはずなのだが、ロメロはぷいとそっぽを向き、悠の言葉に答えなかった。


見れば服装も正装では無く平服に近い旅装であり、この為に準備をしていたのは明白であった。先ほどの苦悩の表情も命令に背いてまで悠を送り届けるかどうかを迷っていたのだろう。しかし、旅装をしている時点でロメロの本心はとっくに決まっていたのかもしれない。


その時、悠の伝心の指輪が音を発し、ナターリアの声が届いた。


《ユウ、聞こえるか?》


「はい、殿下」


《よせ、余人を交えぬ場所でまで……いや、もしかしてそこにまだロメロが居るのか?》


「……船に乗っております。どうも自分を送り届けるつもりのようですが……」


《……『水将』ナルハの右腕ともあろう者が短絡的な……》


呆れを滲ませたナターリアの声をロメロは聞こえないフリをして縮こまっていたが、ナターリアの声音は呆れだけでは無く、どこか楽しげな響きを帯びていた。家名を傷付ける事を何より嫌うロメロが、それを厭わず悠に心を砕いているのだという事実はナターリアにとって口には出せないが、とても嬉しい事だったのだ。


だが、それを許容出来るかどうかはまた別の問題である。


《全く、貴重な通信の時間を削ってくれる……ユウ、頼む》


「御意」


ナターリアの言葉を受け、悠は視線を合わさないロメロの隣に乗り込むと、ふと何かを見つけたようにロメロに声を掛けた。


「……ん? ロメロ、お前尻に何を敷いている?」


「何?」


何の疑いも無く立ち上がり、自分の尻を確認したロメロが「何も無いではないか!」と言おうとした瞬間、悠は川に向かってロメロの体を押していた。


「あっ!?」


派手な水音を立てて水没したロメロに一つ頷くと、悠はナターリアに答えた。


「殿下、ロメロは個人的に水練に励んでいたようです。全ては向上心からの事、お叱りなどはなさらぬようお願いします」


《うむ。流石ナルハの部下、真面目で結構な事だ》


櫓で船にしがみつこうとするロメロを押しやりながらの会話は笑いの成分を多分に含んでいたが、川でもがくロメロは水音のせいでその耳には届かなかった。


《ユウ……エルフィンシード国王代理ナターリア・ローゼンマイヤーが命じる。必ずや目的を達成し、己の言葉で私に結果を報告するように。如何なる艱難辛苦もお前の行く手を阻む事は無いと信じているぞ……》


「御意です、殿下」


謹厳な声でのやり取りは、ナターリアの濡れた声で崩れた。


《……エースロットとアリーシアの子である、ただのナターリアが願う。……生きて帰れ。何も成せなくたっていい。また、お前一緒に……この空を…………》


指輪の魔力が切れ、ナターリアの声が途切れるが、悠は胸に手を当ててシルフィードの方角に頭を下げ、再び答えた。


「……俺は死なんよ。だから少し待っていろ、ナターリア」


「ブハッ!! こ、こ、この嘘吐きめ!!! ドワーフに代わって私が成敗してくれる!!!」


櫓に掴まったロメロがそれを伝って船に近寄ろうとするが、悠がひょいと櫓を振ると、ロメロは釣り上げられた魚のように陸に投げ出された。


「ぶへっ!?」


「ロメロ、お前は不器用だがいい男だ。お前が命を拾ったのはこの先まだやるべき事があるからだと心得ろ。……この国にやってきて最初に俺達を受け入れてくれたシュトーレン家には今も感謝している。また会おう、本物の貴族の精神こころを解する男よ」


「なっ……お、お前……!」


ロメロが答える前に悠が動力を起動すると、船は一気に加速し始め2人の距離を離していく。ロメロが喘ぐ間にもそれは広がり、ロメロは空に向けて心のままに解き放った。


「あ、ぐ……ユウ、ユウ!! 必ず、必ず生きて帰れ!! ……我が、友よ!!!」


遥か遠くの船上で影が蠢く。ロメロにはそれが、呼びかけに応じ悠が手を掲げたように見えたのだった。

それぞれの別れ。一時的になるか一生になるかは分からないご時世ですので、送り出す方も辛いですね。

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