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神様になる前にもう一つ世界を救って下さい  作者: Gyanbitt
第十章 二種族抗争編
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10-78 新たなる旅路1

バローとギルザードが兵士と探索者ハンターに白兵戦を教え、アルトは補助を受けながら外交に勤しみ、ハリハリは国政を補佐し、悠とシュルツはアスタロットの下でドワーフの知識を溜め込み、恵は献身的にアリーシアの看病をするという体制を築くと、悠は1日をフルに活用し3日で旅の準備を整えた。軍務として短期間に知識を詰め込む作業をこなしていた悠にとってそれは苦にする類の物ではない。


「で、今日発つのか?」


ギルドで探索者達を監督しつつ、バローは悠に問い掛けた。


「ああ、経過も順調なようだしな……」


この何日かで探索者達の動きも多少様になって来ていたが、その中でも悠の手掛けた戦鎚バトルハンマー組の成長は目覚ましいものであった。


「うらっ!!」


魔法で作り出した四角い石柱にオルレオンの戦鎚が激突すると、石柱の側面に鈍い音と共に放射状に罅が走った。エルフの膂力では不可能に近い破壊力にオルレオンは得意げな顔で鼻を鳴らしたが、口を開いた悠の採点は辛かった。


「50点だな。魔力マナを込めるタイミングは流石エルフだが、それに傾注するあまり面を捉え切れておらん。平気な顔をしていても腕が震えているぞ」


密かに衝撃を逃し切れず痺れている事を指摘され、オルレオンの顔が不満そうに歪められる。


「そ、そのくらいいいだろうが!」


「駄目だ。エルフの腕力では衝撃でダメージを溜めるとすぐに戦鎚を振れなくなるぞ。振り下ろしは及第点に至ったが、もっと面を立て、腰を入れて遠心力で鋭く振れ」


悠は自分の手に持っていた戦鎚を構えると、オルレオンが傷付けた物とは別の石柱の前に立ち、戦鎚を持っている者達に見える位置でゆっくりと動きをなぞった。


「横回転で振るなら地面を踏む足の親指から生まれる力を腰の動きに連動させ、インパクトの瞬間までに最高速に導くのだ」


全員が悠の挙動に注目していたが、それでも悠の振った戦鎚の先端を目で捉えられたのは数えるほどであった。数段階の捻りを加えられた戦鎚は瞬時に石柱の上部を粉々に砕き、悠が構えを変える。


「しかし横回転にも利点はある。縦の場合は外すと隙が大きいが、横回転の場合は慣性を上手く利用してやれば連続攻撃が可能だ」


片手で戦鎚を持ち、脇に柄を挟んだ悠は先ほどの一閃に劣らぬ速度で横に振ると石柱の上部を粉砕しつつその場で旋回し続けた。


悠が一回転する度に石柱は少しずつ削り取られていき、膝の高さになった時、悠が回転しながら両手に持ち替えゴルフのスイングのように振るうと石柱はまるで最初からその場に存在しなかったかのように砕け散り、エルフ達はそれをポカンとした顔で眺めるだけであった。


「これをやれるようになれとは言わんが、一撃放って死に体にならん程度には次の打撃に思いを馳せろ。行動不能になるくらいなら武器を捨てて離脱した方がマシだ。バロー、ある程度習熟したと思ったら全部隊を混ぜて彼らが効果的な一撃を加えられるよう連携を教えてやれ」


「任せな、お前が帰ってくるまでに多少は見れるようにしておいてやるからよ」


バローが自信を滲ませて快諾すると、悠はオルレオンに向き直った。


「オルレオン、お前が戦鎚隊の支柱になれ。現状で『過重戦鎚グラビティハンマー』を一番上手く使えるのはお前だ」


「…………は?」


悠がオルレオンを認めるような発言をした事は殆ど無かったので、オルレオンは聞き違いかと目をしばたたかせた。


悠の持ち込んだ小振りな戦鎚、これこそ数を揃えられる対『機導兵マキナ』の切り札の一つである。


秘密は外では無く鉄槌内部にあり、細かな重力鋼グラビニウムが仕込まれているそれはインパクトの瞬間に柄から魔力を流す事で重量を倍化し、破壊力を数倍に引き上げるのだ。智樹の武器にも仕込まれているが、普通に重力鋼に魔力を流すと抜けるまで重くなったままでとてもエルフが使える代物ではなくなってしまう。


そこでカリスは重力鋼を細かくして仕込む事でその問題を解決したのである。大きな塊では中々魔力は抜けないが、魔力の抜けやすい細かい重力鋼を大量に仕込む事で必要なタイミングだけ重くするという、全く新しい重力鋼の使い方を考案したのだった。


インパクトの瞬間だけ重くするにはシビアな魔力操作が必要になるが、幸いエルフは魔力操作をどの種族よりも得意としており、非力なエルフが扱うのにこれ以上適した打撃武器は存在しないと言ってもいい。


身体能力向上と『魔甲殻オルタナティブアーマー』、それに『過重戦鎚』が上手く噛み合えば瞬間的は破壊力はドワーフにも匹敵するであろう。


ただし欠点もある。内部に硬度の低い重力鋼を仕込んでいる関係上、構造的に多少脆くなってしまうのだ。魔銀ミスリルを使うと『魔甲殻』の効果を遮断してしまう為、鉄で作られているゆえの欠点である。


その欠点を克服しているのは悠が持っている『過重戦鎚』だけだ。


「餞別だ、受け取れ」


悠が先端を龍鉄製に変えたカロン謹製の『過重戦鎚』の柄をまだ要領を得ないオルレオンに差し出す。


「あ……」


思わず差し出された柄を掴んだオルレオンに『過重戦鎚』を渡し、悠はオルレオンと目を合わせた。


「お前の様に頭に血が上り易い奴は大体戦争初期で死ぬが、心を持たん『機導兵』が相手ならその熱は味方を鼓舞するだろう。ならば何としても戦い抜いて見せろ。華麗さなど欠片も無い、血と汗と泥に塗れ金属かねが火花を散らす戦場でもエルフは戦えるのだと証明して見せるのだ」


幾多の戦争を経験して来た悠には分かる。オルレオンは戦争で死ぬタイプの男だ。誰よりも勇敢に戦うが、それゆえに引き際を知らないのである。有利なら攻め込み、不利なら踏ん張ると言えば聞こえがいいが、それではいつか力尽きてしまうだろう。オルレオンの誇りは彼に後退を許さないに違いない。


ならば責任を持たせて戦わせるべきだと悠は考えた。


「お前が死ねば皺寄せは他の者が被る羽目になる。隊を率いるからには楽に死ねると思うなよ?」


「あ、当たり前だ!! そう簡単にくたばってたまるか!!」


咄嗟にそう応えつつも、オルレオンは悠から渡された戦鎚の重さをひしひしと感じていた。渡されたのが武器だけの話では無いのはオルレオンを見据える悠の視線からも明らかだったからだ。


「ならば結構」


気圧されまいと視線に力を込めるオルレオンから視線を外し、悠はバローを伴って一人鍛練に励むヴェロニカの下に赴いた。


「ヴェロニカ」


「はい、教官」


悠に呼びかけられ姿勢を正すヴェロニカはまさに上官と部下そのものといった風情だったが、大真面目な2人にバローも揶揄する気を削がれ、やり取りを見守った。


「お前は視力・・は良くないが視野・・が広く、それに何より冷静で粘り強さがある。その能力を活かして他の者達をサポートしてやって欲しい。特にオルレオンをな。場合によっては気絶させてでも前線から下げねばならんだろう」


オルレオンのような者は生きて戦っていれば全体の士気に大きくプラスに作用するが、失われた時のマイナスもそれと同等以上に大きいものだ。魔法と弓という遠間で戦う事の多いエルフには実感出来ないだろうが、白兵戦では士気は戦闘の行方を左右するほど重要な要素である。オルレオンのように接近戦に忌避感の無いエルフは貴重であり、簡単に失われてもいい駒ではないのだ。


「随分とオルレオンを買っておいでですね?」


「上昇志向の強い奴は嫌いではない。やる気はあるからな」


「軍が半壊したのは頂けねぇが、追い詰められた分残った奴らの士気は高ぇよ。ああいう奴が居りゃあもっと伸びるさ。……本人には言わん方がいいと思うがね」


「全くだ」


自信が過信に繋がりやすい人物は容易に褒めない方が伸びるものだ。バローも他人に師事する事で実感としてその事実を受け止めていた。


褒める事で高揚し伸びる者、貶す事で発憤し伸びる者、僅かなアドバイスで伸びる者や詳細な指導で伸びる者など成長のタイプは様々だが、ごく一部の天才と呼べる例外を除き、高いモチベーションは上達に必須である。それを高い水準で維持するオルレオンは本人も知らず知らずの内に周囲に好影響を与えているのだ。


一方ヴェロニカは女性であるからか闘志を前面に押し出すタイプの人物では無いが、内に宿す情熱はオルレオンに些かも劣るものではない。使っている武器も特殊な為に味方を鼓舞するには向かないが、その補助をさせれば全体の能力を向上させられると悠は見ていた。


全体指揮官としてゲオルグ、先鋒にオルレオン、その補助と遊撃にヴェロニカ、これらが有機的に連携出来れば『機導兵』相手でも5分の状況に持って行けるはずだ。


「戦争が終わったらオルレオンにも聞かせてやって下さい。ああ見えて教官の事は慕っていると思いますよ?」


「ヴェロニカ、男というのは単純でありながら捻くれているものだ。俺の賛辞などあいつは受け取らんよ」


「それも相手によりけりだと思いますけど……」


悠に対するオルレオンの悪態はある意味安心感があっての事とヴェロニカは見ていた。実は苦労人であるオルレオンにとって悠は初めて現れた兄的存在なのではないかとヴェロニカは思うのだが、オルレオンは決して認めはしないだろう。なるほど、単純だが捻くれているとは言い得て妙だとヴェロニカは含み笑いを漏らした。


しかし、そんな笑いも束の間だけで、次に口を開いた時には瞳に憂慮が揺れていた。ヴェロニカは悠がこれからどこに行くのかを知っている数少ない一人なのだ。


「教官、どうか無理はなさいませんよう。この街にだってあなたの帰りを待つ者が居るのです。オルレオンもきっとそうですし……私も……」


どんどんか細くなり、反比例するように頬を染めるヴェロニカにバローは居心地の悪さを感じたが、当の悠に照れの気配が微塵も無いのを見て思わず天を仰いだ。ヴェロニカにとっては勇気を総動員しての行動だったのだろうが、悠は師弟間の好意の範疇と受け取ったようで、相も変わらず真面目くさった顔でヴェロニカの肩に手を置いて頷いたからだ。


「あまり心配するな。俺も死ぬつもりはないし負けるつもりもない。だからお前も安心して技の練磨に励むといい」


ピントのズレた発言に処置無しとばかりに首を振るバローだったが、ヴェロニカは肩に置かれた手に自分の手を重ねて微かに微笑んだ。


「はい……本当に、お気をつけて……」


「ああ、ではな」


離れる手を惜しむ事も無く踵を返し悠が立ち去ると、バローはばつの悪い表情でヴェロニカに声をかけた。


「……ユウは誰にだってああなんだ、気を悪くしないでやってくれ。どうにも男と女の機微が分からん奴でな」


「あら、何の事です?」


慰めるつもりのバローの言葉だったが、ヴェロニカは存外平気そうな声でバローに応じた。


「エルフと人族の間に男女の感情を勘ぐられても困ります。私は師として教官の身を案じていますが、それ以上の感情はありませんよ。……では、続きがありますので失礼します」


頭を下げて立ち去るヴェロニカをバローはしばし無言で見つめていたが、やがて頭を掻いて大きく溜息を吐いた。


「……どいつもこいつも意地っ張りな奴ばっかりだよ。エルフの気が長いのか、人間の気が短いのか……」


これでも多少は浮名を流したバローであり、その経験から察するに、ヴェロニカの眼差しは師弟の範疇というには少々憂いが深過ぎた。だからといってこれ以上問い詰めるのも野暮である。


「フン、後悔しても知らねぇからな。俺は他人の橋渡しなんてアホ丸出しなマネはゴメンだぜ。長い寿命に胡坐かいてっとあっという間にババアになっちまうんだからな!」


ヴェロニカに聞こえなくても構わないとそっぽを向いたバローはいい女ばかりユウに靡きやがるとぼやき、今晩あたりレインに繋ぎを取ろうと心に決めたのだった。

初めて夏風邪という奴を引いてしまいました。鼻と喉の調子が最悪になるので、皆さんもお気を付け下さい。

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