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神様になる前にもう一つ世界を救って下さい  作者: Gyanbitt
第十章 二種族抗争編
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10-77 拒絶4

「ふわぁ……」


鞄を手に持った恵はエルフィンシードの街並みに思わず溜息を漏らした。蓬莱の現代っ子である恵にとってはこちらの人間社会も十分に異国情緒を感じるが、種族が異なるエルフの街並みは更に新鮮に映ったのだ。


街路樹というには巨大過ぎる陽光樹サンリーフや木を基調とした建築物は恵の目を楽しませたが、一旦街に入れば注目を浴びるのはむしろ恵の方であった。


何しろエルフの容姿は非常に整っており、女性として容姿に無関心ではいられない恵としては気後れする事甚だしいのである。恵とて人間の中では容姿は整っている方なのだが、エルフが相手では比べる気すら起きないのだった。


実際、恵を上から下まで盗み見て悪意のある嘲笑を向けるエルフは多かったが、隣を歩く悠が一瞥すると顔色を無くし目を逸らすか一目散に逃げ散った。。悠の怒りに触れる事がどれほど危険な事か、エルフの中でもその認識は浸透しつつあるのだ。


「済まんな恵、時期尚早だとは分かっているが、この件についてはお前にしか頼れんのだ」


「だ、大丈夫です! 私は観光をしに来た訳じゃありませんし! 何より、アリーシア様の為ですから!」


悠に事情を聞いてエルフィンシード行きを望んだのは自分であると思い出し、恵は俯きかけていた視線を前に向けた。はるばるここまでやって来たのはアリーシアの看病をする為であって、物見遊山をする為では無いのだ。悠に期待されているとなれば尚更である。


恵の緊張を紛らわそうと、悠は目的地である王宮を指した。


「あそこがエルフの王宮だ。辛く当たる者も居るだろうが、先に来ている者達にも注意を払うように言い含めてある。アリーシアの治療に差し支えるような事をする者が居たら遠慮なくハリハリに言ってくれ。単独で出歩くのも控えた方が良かろう」


「はい、分かりました。……皆さん、元気でやっていらっしゃいますか?」


「俺を筆頭に体力だけは売るほどある連中だ、心配は要らんよ」


軽く冗談を交えると、恵もようやく笑顔を取り戻した。


王宮に入るに当たり、見慣れない人族である恵に対し多少の足止めはあったが、ナターリアとハリハリの署名が為されている命令書は絶大な効果を発揮してそれらの関門を開いた。『六将』も承諾済みの上、久しく表舞台から離れていたアスタロットの名にナターリアも驚いたようだったが、また伯父が世俗と関わりを持ってくれた事を歓迎し、すぐに書類を認めてくれたのである。恵の人柄はナターリアも知る所であり、あの気難しいアリーシアがあれだけ短期間で心を許したのはナターリアが把握する範囲では恵以外には存在しなかった。


好奇の目で見られつつも王宮を進みナルハの下を訪れると、そこには形式的には上司となるサクハも一緒に待っていた。


「その者が件の娘か?」


「ああ、小鳥遊……ケイ・タカナシだ。『異邦人マレビト』なので庶民でも姓はあるが、礼儀作法は一通り修めている。聞いての通り『家事ハウスキーパー』の才能ギフトを持っているから世話役として十分に力を発揮してくれるだろう。この事は内密に頼む」


エルフで『家事』の才能を持っている者は王宮におらず、2人の目に興味の色が浮かんだが、恵はエルフの礼に則り、スカートを軽く摘んで頭を下げる。


「恵と申します。短い間では御座いますが、宜しくお願い致します」


「君の事はハリーティア様から聞いている。……その若さで良妻賢母を絵に描いたような人物だとか?」


「そんな、滅相も有りません! ハリハリさんは私をからかっておいでなのです!」


「いや、ハリハリの言う通りだ。幼子の面倒から食事、裁縫、掃除、介護に至るまで家事において恵に死角はない」


「悠さん!?」


謙遜する恵だったが、隣の悠がハリハリの評に一票投じると恵は赤面して黙り込んでしまった。しかし、悠の言葉が嬉しかったのか、引き締めたはずの口の端が微妙に笑みを作ってしまうのはどうしようもない。


だが、それを見てナルハはこっそりと内心で胸を撫で下ろしていた。それというのもハリハリが応援としてやってくる恵をやたらと熱くナルハに向かって褒めちぎるので、ナルハはハリハリが恵に男女間の好意を抱いているのではないかと勘ぐっていたからだ。実際の所ハリハリは恵が有能かつ善良な人物だと伝えたかっただけなのだが、惚れている身としては想い人が他の女をやたらと持ち上げるのは勝手ながらやはりどこか面白く無いのである。


しかし、恥じ入る恵は恐縮しながらも視線の端で悠の姿を追っており、女としての勘でナルハは恵が悠に懸想しているのだと悟った。この年頃の恋心は一途で激しく、他の男など目に入らないものだ。身持ちの固そうな恵が何人もの男を同時に追い掛けたりはするまい。


「ハハ、この堅物がそこまで太鼓判を押すのであれば期待出来そうだ。その内私にもその腕前を見せて欲しいな」


「も、もし機会が御座いましたら……」


「うん、是非頼む。……さてユウ、ケイは確かに預かった。後はこちらに任せて貰おうか」


「よろしく頼む。恵、くれぐれも気を付けてな」


「はい、悠さんも」


悠が退室するとサクハは一着の服を恵に差し出した。


「……これは侍女服だ。陛下のお世話をするなら常に清潔にしておくように。それと、私は伝聞などは信じぬ。『家事』だかなんだか知らないが、能力に不備があると判断すれば即刻陛下の世話役から外れて貰う。あの男に泣きついてどうにかなるなどと思わん事だ」


「サクハ!」


窘めるナルハの叱責にもサクハの視線が緩む事は無く、半ば睨んでいると言ってもいい険のある眼差しで恵に言い放ったが、恵は恭しく頭を下げ、それを受け流した。


「私は陛下の御為に精一杯働かせて頂くだけです。もし力不足と感じられましたらご指摘をお願い致します」


内心では恵もサクハの発言に気分を害さない訳では無かったが、自分の立ち振る舞いが悠や他の者達の評判に直結するという事くらいは弁えており、何よりアリーシアの世話をしたいというのは自分の希望だったので、その不満を完全に包み隠した。これが蒼凪であれば悠に泣きつくなどと言われた時点で戦闘体勢に移行していただろう。直接手は出さないにしても、サクハに対し一歩も譲らなかったに違いない。


余談ではあるが、悠から追加人員の話があった際、蒼凪は当然のように真っ先に名乗りをあげていた。しかし、魔法が主体の蒼凪は今回の件は相性が悪く、泣く泣く恵に譲ったのである。家事能力も高くない蒼凪には悠に対するアピールポイントが不足していたので諦めたのだ。


……いや、正確に言えば諦めてはいなかった。恵の髪型を真似、胸に大量のタオルを詰め込んでいる所を樹里亜に発見され、智樹に捕縛されたのである。中々に図太い精神をしていると言えよう。


閑話休題。


恵の応答にサクハも自分の狭量を認めていたが、それでも感情という物を理性で完全に抑え込める者は稀である。自分達の力だけでこの局面を乗り越えられない事はサクハも重々理解してはいるのだが、それでも栄誉ある女王の側仕えを人族の年端もいかない少女が務めるという事に忸怩たる思いが残り、結果として不機嫌という態度として表れてしまうのだった。未熟と言われればその通りであろう。


(自分の未熟を認められぬようでは成長は無いぞ、サクハ。口で言っても分かるまいが……)


ナルハ自身、当初は悠達への反感をなかなか捨てられなかったのだ。年若くして認められたサクハは尚更だろう。それは自分自身で思い知るしか変わりようがないのである。


恵の存在がサクハにとっていい刺激になってくれる事を、ナルハは密かに祈ったのだった。

恵も別に戦えない訳じゃ無いんですが……『家事』が有能過ぎてバロー達ですら忘れていますが、最初の長期鍛練のシメで悠に迫ったのは恵なんですけどね。

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