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神様になる前にもう一つ世界を救って下さい  作者: Gyanbitt
第十章 二種族抗争編
1012/1111

10-76 拒絶3

「抜けるだと!?」


朝食が終わったタイミングでシュルツが突然一行からの離脱を告げると、バローはテーブルを叩いて怒鳴った。


「ああ、抜ける。拙者にもやらなければならない事が出来たゆえ、師とは別にドワーフの国へ行かせて貰う」


「わざわざこの時期にかよ!! 理由は!?」


「……お前には関係の無い事だ。師の許可は頂いている」


「っざけんな!!」


席を蹴ってシュルツの胸倉を掴んだバローだったが、それ以上に発展する前に悠が横からバローの手を掴んだ。


「止めるなユウ!!」


「やめろ。シュルツもよくよく考えての事だ。……それに今のまま戦場に出れば、シュルツは死ぬ」


「「っ!」」


バローとシュルツは悠の言葉に同時に身を強ばらせた。シュルツの失調を悠は剣を振らせるまでも無く見抜き、それが深刻だと判断したという事だ。


シュルツと悠は師弟関係にあるが、悠はシュルツに対する命令権を持っている訳では無い。悠の命令にシュルツは逆らわないが、そういうシュルツの性格を見越し、よほどの事が無い限り悠はシュルツの行動に制限をかけないのである。


冷たく映るかもしれないが、シュルツは判断も出来ないような幼子ではないのだ。何をするにしても一々悠の判断を仰がなければ行動出来ないなら、むしろその方が問題だと悠は考えていた。


シュルツとて今がどんな時期かは良く分かっているが、それを理解した上で尚行動に移すというのなら、悠は送り出す事に否と答えるつもりはなかった。


だが、悠はシュルツを見据えると、一言釘を差す事も忘れなかった。


「シュルツ、お前は自分でも分かっているだろうが、2つの事を考えられるほど器用な人間ではない。もしこの先も剣を振るなら、その時は剣を振る事だけを考えろ。……たとえお前の前に立つのが俺であろうとも躊躇うな。そして、もし迷いがあるなら剣を抜くな。それはお前だけではなく、多くの者達を不幸にするだろう」


「忠告、有り難く頂戴致します。……申し訳御座いません」


悠の言葉にシュルツはバローの手を解くと、その場で跪いて頭を下げた。心底申し訳ないと思いつつも、自分の心は抑えがたいという葛藤で肩が震えていた。


無骨なシュルツだが、与えられた仕事に関して責任を放棄する事を恥じる気持ちは強いのだろう。替えが利くからと言って、シュルツほどの戦力が魔法制限下で失われるのは戦力的にも痛いのは確かだ。


「……シュルツが抜けるなら、誰かを呼ぶのか?」


戦力として呼ぶのなら悠は子供は呼ばないだろう。神奈や智樹がいくら頼りになるからといって、殺し合いは子供の精神では耐えられないだろうし、慣れて欲しいとも悠は思っていないはずだ。


バローの質問に悠は頷き、ハリハリに視線を移した。


「今は追加の戦力よりも一つ気に掛かる事があってな……アリーシア陛下の具合があまり芳しくない。側仕えの者達も随分と熱心に看てくれているが、如何せん病人に対する常識に隔たりがある。ここは一人、看病に長けた者に来て貰おうかと思う」


「そんなに悪いのですか!?」


悠が言及するならばよほどの事かとハリハリは狼狽したが、悠は安易な慰めを口にしなかった。


「俺にも確たる事は分からん。一応命に別状は無いと思うが、未だに目を覚ます気配はない。俺も四六時中は付いておれんし、ドワーフの所に行っている間に面倒を見てくれる者が必要だと思っていた所だ。だから恵に来て貰う」


「ケイに? いや、それは危険じゃねぇか?」


戦闘要員では無いとはいえ、攻め込まれる危険のある場所に悠が恵を呼ぶのはあまりらしくない判断だと思ったバローだったが、悠もそれを認めて頷いた。


「危険はあるが、今の俺は竜の力が使えんし、陛下を劇的に回復させる事は出来ん。ならばある程度危険は承知の上で恵の『家事ハウスキーパー』に期待したいと思うのだ。無論、攻め込まれるような状況になってまでこの国に留まらせる気は無いし、その時は陛下と共にここを抜け出して貰う」


あくまで危険の少ない間だけという条件にバローも一応納得して反論を引っ込め頷いた。


「しかし……ケイを気に入っている陛下がお目覚めならまだしも、ただ一人でエルフの王宮に置かれるのは心細いのではないだろうか?」


最も心配なのはむしろギルザードの指摘であっただろう。他の者達が仕事を抱えている以上、恵は『異邦人マレビト』かつ人間の身で一人で居なければならないのだ。異国が種族すら異なり、また交流も絶えている現代アーヴェルカインにおいてその心理的ハードルは地球の海外旅行とは比べ物にならないほど高い。それは人間に迫害されていたシャロンとギルザードがあくまで境界線上に留まっていた事からもそれは読み取れるし、他の者達も相応の覚悟を決めてこの場にやって来ているのである。


しかし、悠は首を横に振った。


「恵は穏和だが善良で芯の強い娘だ。陛下の具合が思わしくないと聞いたら逆に来てもいいかと言われたよ。居心地の悪い窮屈な思いをするかもしれんと言い含めたが、そんな事よりも陛下のお身体が心配だとな」


「ケイさんらしいですね……」


アリーシアが悠の屋敷に滞在していた時、アリーシアと恵は他の者達よりも随分打ち解けあっているように見えた事と恵の申し出は無関係ではないだろう。顔見知りであるアリーシアが昏睡しているという情報に心を痛めている様子がアルトには容易に想像が出来た。


そんなアルトの微笑みにデメトリウスは何かを感じ取ったようだが、口には出さずに沈黙を守った。


「ケイ殿が陛下の看病をして下さるのならワタクシが全力でサポートします。サクハ殿やナルハ殿にも協力を願いましょう。他の方々も王宮に居る間はご助力願えますか?」


「はい、勿論です!」


「いいぜ、そろそろケイのメシも恋しくなって来たしな」


「ああ、兵士の鍛練の合間に見ておくよ」


「私達兄弟もそれとなく気を配ります」


全員から承諾の返事を貰い、悠が頷くとハリハリはアスタロットとデメトリウスに目を向けた。


「アスタ、デメトリウス殿、今お聞かせした通り、一人呼びたい人間が居ます。上層部にも話は通しますが、2人にも異論はない旨を記した念書を頂きたいのです。賛同者が多いほど話が通しやすくなりますのでね、頼めますか?」


「面倒な事を……」


政治に関わりたくないアスタロットは露骨に渋ったが、それとは逆にデメトリウスは明快に応えた。


「いや、ここは協力しようじゃないか。アスタロット、これは君の義妹たるアリーシア様の為なのだろう? ならば念書の1枚や2枚、快く引き受けても構わないさ」


「老公?」


デメトリウスの性格を知るアスタロットは訝しむ視線を向けたが、残念ながら表情の変わらないデメトリウスの感情を読み取る事は出来なかった。それに、いくら疎遠だと言ってもアリーシアはエースロットが愛した女性であり、その生命の為と言われてはアスタロットも抗し難いのである。


「……これっきりだぞ。ワガハイは表には出たくないのだ」


「ええ、分かっていますよ」


ハリハリもただアスタロットがこの場に居るから頼んだだけではなく、こうやって少しずつでも表と関わりを持たせる事でアスタロットを他人と関わらせようと目論んでいるのである。お節介である事は重々承知しているが、昔馴染みが死者とばかり交流を持って生者を蔑ろにしているのではエースロットが悲しむだろうと思ったのだ。


「恵とは明日アザリア山頂で落ち合う事になっているから事務的な手続きは今日中に頼む。迎えには俺が行こう」


「ではそのように。……シュルツ殿は?」


「俺とここに残ってドワーフの知識を深めるつもりだ」


「分かりました」


本当はシュルツの事情を聞きたくはあったが、シュルツは悠以外には答えないだろう。今は無事を祈るしかない。


出発に際し、ギルザードはシュルツに一言声を掛けた。


「シュルツ、お前の剣術は弟の忘れ形見だ。こんな所で絶やしてくれるなよ?」


「はい、姉君の言葉は胸に留めておきます」


シュルツにとってこの世で頭が上がらない相手を挙げるなら、1人目が悠で2人目がギルザードである。ギルザードも弟の創始した流派を使うシュルツの事をどこか妹のように思っており、数少ないシュルツの理解者でもあった。性格も熟知しており、余計な文言は省いて身体を気遣う言葉にシュルツも素直に応じた。


素直でないのは次にシュルツの前に立った男である。


「……」


「……」


ギルザードが場を譲ると、シュルツは対峙したバローと無言で睨み合った。互いの剣気がぶつかり合い、周囲に冷え冷えとした空気を醸し出すが、不意にバローがニヤリと笑う。


「……49勝48敗1分け。このままお前がくたばれば、俺の方が強かったって事だよな?」


「っ!」


これまでの対戦成績を語るバローの言葉にシュルツの眉間が皺を刻むが、バローはむしろ愉快そうにそれを眺めた。


踊らされているようで癪に障るが、持ち直した心がシュルツの口を開かせる。


「……次の手合わせで拙者の剣の錆にしてくれよう。それまでその首を大事にしておく事だ」


「一応聞いておいてやるよ。生憎と女一人をずっと待っててやるほど俺も暇じゃないんでね」


(ちゃんと無事に帰って来て欲しいって言えばいいのに……)


アルトには好敵手と言える相手が居ないので両者の関係性を完全には理解出来なかったが、多分、そんな事は必要ないのだと思い直した。真に気の置けない相手とは、きっとそういうものなのだろう。全てを口にしなくても通じ合えるのだ。


シュルツに掛けるべき言葉を持たないアルトはそっとその場を離れ、シュルツに向かって遠くから無事を祈って頭を下げるのだった。

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