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神様になる前にもう一つ世界を救って下さい  作者: Gyanbitt
第十章 二種族抗争編
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10-74 拒絶1

悠とアスタロットが戻って来たのはそろそろ真夜中に差し掛かろうとする時刻になってからであった。戻って来たと言っても一時的な話で、まだまだ時間が掛かるので他の者に就寝を勧めに来ただけだったが。


「好きな部屋で寝ろ。行くぞ、ユウ」


「ちょっと待てよ!」


待たせた事を詫びるでも無くただ一言言い捨てて踵を返すアスタロットに堪えかねたバローが捲くし立てた。


「客を放置しておいて一言も無しか!? 俺達ゃ薄気味悪いメシを食う為にここまで来た訳じゃねぇぞ!!」


「気に食わんのなら帰れ。ドワーフの事が知りたいなら、後でユウに渡した本を読むのだな。もっとも、殆ど意味は無かろうが……」


「どういう意味だよ!!」


怒りを露わにするバローを鬱陶しそうに振り返り、アスタロットは言った。


「グラン・ガランにはユウ単独で行かねばならん。武器防具だけでなく装飾品にも詳しいドワーフにハリーの持つ『擬態の指輪』などでは目は欺けんし、数を恃む者はドワーフに信用されんからな。グラン・ガランに行かない者にドワーフの世俗の情報は必要あるまい?」


「なんですって!?」


アスタロットの言葉にいち早く反応したハリハリが割り込み、アスタロットに食って掛かった。


「あなたはまたエースの時と同じ過ちを繰り返すつもりなのですか!?」


「たった一つの事例を取り上げてみても同じ結果になるかは分からんよ。それに、何かあった時に逃げられる実力がユウにはある。……ハリー、そもそもお前には口を出す資格は無かろうが。エルフの大賢者、ドワーフにとっての『大愚者ザ・フール』よ、正体を看破されればドワーフは矜持を捨ててでもお前を殺そうとするかもしれんのだからな! ユウの足を引っ張りたくないならエルフィンシードで大人しくしていろ!」


2人だけで悠と対峙していた時とは打って変わって冷淡な態度を見せるアスタロットにバロー達はいい加減堪忍袋の緒が切れそうになったが、デメトリウスは空気を読まずに隣のアルトに話しかけた。


「ではユウが居ない間、アルトクンはエルフィンシードに居られるという事だね! ……あ、いやいや、誤解しないでくれたまえよ? 中々言う事を聞かない貴族が居たら、私も交渉・・の役に立てると思ってね?」


本音は見え透いていたが、確かにデメトリウスが一緒に居ればアルトを軽んじる者達も震え上がって畏まるだろう。建国における第一の功臣としての名声とエンシェントリッチの実力、そしてそれを後押しする『闇将』の地位はこの国でもトップクラスの権力である。


「僕はあまりそういう他人の威を借るような真似は好きではありませんが」


「それは一般的には高潔と称されるべき美徳かもしれないが、政治の世界では些か潔癖が過ぎるよ、アルトクン。もっとも、そういう君だから私はどうしようもなく惹かれているんだけれど……おっと、話が逸れたか。とにかく、自分が構築した人脈を用いる事は何も恥ずかしい事では無いのさ。君の尊敬するユウだって、服を自分で一から縫うのかい? 肉や野菜を食べる時、その全てを自分の手で育てているのかな?」


「そんな事はありませんけど……」


論旨が逸れているように感じたが、アルトは質問には否と答えた。悠は一通りの事は出来るが、自分よりその分野で頼りになる人物に仕事を任せる事を躊躇ったりはしない。恵しかり、カロンしかり、プリムですら例外では無いのだ。悠は彼らの領分に敬意を払って接していた。


「アルトクン、君の一番魅力的な所はその真っすぐな心根だと私は思うけれど、神ならぬ我々は一人で何もかもは出来ないんだよ。我が王ザルバドールも戦う以外はおおそよ何も出来なかったけど、だからこそ私を頼ってくれたと思うんだ。他人を頼る事を恥じてはいけない。しかし、頼り切って他人に甘えてはいけない。それは両立させられるんだ。……聡明な君なら私の言いたい事が分かってくれるんじゃないかな?」


暗い眼窩をチラリと悠に向けたデメトリウスに、アルトはこれが自分だけに向けた言葉ではないと気付いた。


悠を一人グラン・ガランに行かせるのが腑に落ちなくても、それが最善であるならば受け入れる度量を持てとデメトリウスは言っているのだろう。世界でも有数のドワーフ知識を持つアスタロットがそう示しているのなら、たとえ不満があっても呑み込まなければならない。


「あっ、重ねて誤解しないで欲しいのだけども、アルトクンの美点は他にもいっぱいあるからね!? 思わず愛でたくなる可愛らしい容姿に、私が相手でも物怖じしない広い心に、年長者を立てようとする生真面目さに……」


空気をブチ壊しにしてアルトの美点を指折り数えるデメトリウスに間を外されたアルト達が気を取り直す前に、アスタロットは無言で部屋を後にした。


「アスタロットを詰問してもあいつは態度を改めたりはせんだろう。腹に据えかねるだろうが、こっちは俺に任せておけ」


「……チッ」


「またユウ殿に頼ってしまう事になりますが、よろしくお願いします。……本当はこの機にアスタと交流を深めたかったのですが……」


肩を落とすハリハリに悠は首を振った。


「アスタロットは他人に好かれようと思っておらん。いや、むしろ嫌われようとしている。おそらく心に秘する物があるのだろう、あまり発言を額面通りに受け取らん事だ」


アスタロットとの約束に抵触しない範囲で慰めを口にすると、悠も部屋を後にした。


「デメトリウス、お前何か知ってるだろ?」


アスタロットへの矛先を眩ませたデメトリウスにバローがじろりと視線を向けると、デメトリウスは軽く肩を竦めた。


「もちろん君らよりもアスタロットについて知っている事はあるが、話すつもりは無いよ。君らもあまり詮索するのはよしたまえ。アスタロットが多数の好意を求めないのは彼の責任であり意志であって、君らに過失があるからでは無いのだから。仲良くする気が無い相手に拘っても徒労ではないかね?」


「別に仲良しゴッコをしたい訳じゃねえ。俺はアルトほど出来た人間じゃないんでね。だから理由もなくコケにされりゃ腹も立つんだよ!」


「ならば諦める事だ。アスタロットは私にだって全てを話している訳では無いし、一定の敬意を払ってくれるのは多少なりとも彼と私が協力関係にあったからに過ぎないのさ。或いはマハの……いや、少し喋り過ぎたかな」


プライベートな事情に話が及びそうになり、デメトリウスは会話を打ち切った。アスタロットとマハ、デメトリウスの関わり合いはあまり他人に吹聴すべき話では無かったからだ。


「ともかく、アスタロットが君らを特別に嫌っているという訳ではないから、君らはユウが吉報を持ち帰るのを待ちたまえ。アスタロットだけに関わっていられるほど君らは暇では無いのだろう?」


「暇じゃねぇから収穫がねぇ事に苛立ってんだろうが、思わせぶりな事言いやがって……! ふん、だったら俺はもう寝るぜ。実際、やる事はまだまだ山ほどあるんだからな!」


期待を外されたバローは席を立つと、酒瓶を一本手に掴み、足音も荒く部屋を出て行った。雪人の反感を省みない毒舌とはまた違うアスタロットの態度に裏は感じたが、現状ではいくら問い詰めても切って捨てられるだけであろう。当座は悠に任せるしかない。


「しかし、ユウを単独でか……」


難しい表情を作るロメロの呟きにミルヒが微笑む。


「心配ですか、兄上?」


「ばっ、馬鹿を言うな!! 私は……そうだ、監視が無くなるのを気にしているだけだ!!」


瞬時に反応した割に理由が遅れたのでは内心は見え透いていたが、それをわざわざ指摘するほどミルヒは意地悪ではなかった。


こういう時はバローかハリハリが混ぜっ返すのが常だったが、バローは既に室内に居らず、ハリハリが発した言葉も失調ゆえか微妙に的を外していた。


「アガレス平原の近くまで送るくらいは構わないでしょう。ナルハ殿に船を貸して貰えるようにワタクシから頼みますよ……さて、我々も休みましょうか」


ムードメーカー2人がこの調子ではこれ以上有益な話も出来ないだろうと、結局その日はハリハリの一言で解散となった。


だが、その中に一人、不満とは別の要因で無言を貫いていた者が居た。


「……」


皆が寝静まった後、密かに起き出したその人物――シュルツは身支度を整えると一人アスタロットの下に向かったのである。

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