2-22 自己紹介1
それからほどなくして、悠はそっと樹里亜の手を解いて部屋を出た。晩秋の夜の訪れは早く、既に日の光は落ちている。
既に時刻は5時を回り、今頃は恵がそろそろ夕食の支度を始めている頃かもしれない。
悠はそれを手伝うべく厨房へ行くと、予想通り恵が夕食の支度を始めていた。
「恵、俺も手伝おう」
「あ、悠さん、お疲れ様です。でもいいんですか?お疲れなんじゃ・・・」
「大して動いた訳でも時間が掛かった訳でも無いからな。大丈夫だ。恵こそ、こんな大人数の飯を作るのは大変だろう。気にするな」
「分かりました。では、そちらの野菜をお願いします。私はスープを作りますから、一口サイズに切ってくれますか?」
「了解だ」
そう言って悠は厨房の壁に掛けてあったフリルのエプロンを身に着けて手を洗い、野菜を洗って皮を剥き始めた。その動きには相変わらず淀み無いが、恵は密かに悠に合う生地でエプロンを仕立てようと心に誓うのだった。
「では、頂きます」
「「「いただきます!!!」」」
悠の合掌に合わせて子供達もそれに唱和した。現在、この食堂に居るのは悠、恵、明の他に傷病者の4名以外の少年2人に少女が2人で計7名である。ちなみにベロウは子供達とは離れた場所で寂しそうに飯をつついている。
「皆、食べながら聞いて欲しいが、夕食が終わったら、皆の名前を教えて欲しい。食べ終わったら大部屋に移動してくれ。怪我人も含めて自己紹介といこう」
「「「はーい!」」」
子供達は悠の言葉に元気良く返事をした。まだ召喚されて日が浅いのか、この世界に染まってはいない様だ。一番元気だったのは明だったが。
「それと恵、怪我人の子達にも飯を用意してくれ。樹里亜に飯を持っていくと約束したからな」
「分かりました、一応5人分持って行きますね」
未だ眠っている小雪、病み上がりの樹里亜、神奈、智樹、そしてまだ治療の完了していない蒼凪・・・と考えて、悠は恵に言った。
「4人分にしてくれるか?まだ蒼凪は飯を食えんと思うからな・・・」
「あっ、そうでしたね。分かりました」
そうして食事を終えた7名はぞろぞろと大部屋に移動したのだった。
大部屋では怪我人の皆も蒼凪以外は目を覚ましていた。そして悠達の姿を見つけると、悠に向かって小雪が飛び込んで来た。そして、ぼふっと悠の体に抱きついた小雪はそのまま泣き出してしまった。
「うっうっうっ・・・」
悠はそんな小雪をなるべく優しく宥める様に頭を撫でた。そして視線を感じて前を向くと、微笑む樹里亜にベットの上で土下座する神奈、気弱そうに苦笑する智樹が目に入った。
「・・・樹里亜、神奈は何故土下座しているんだ?」
「ふふ、悠さんへの感謝を表しているんですよ?私もやり過ぎだと思うんですけど・・・」
「やり過ぎなんかじゃないぞ!樹里亜!!」
がばっと体を起こしてその発言に神奈が反論した。
「ボロボロで死に掛けていたあたしを悠先生は救って下さったのだ!手も足も治して貰って・・・あたしは一生掛けても先生に恩返しをするんだ!!」
落ち込んでいたという話はどこへ行ったのかというほどに元気になった神奈は熱っぽく樹里亜に語った。
神奈は目を覚ました時、最初は普通に起き上がってぽりぽりと頭を掻いた。そして次の瞬間に、自分の頭を掻いている手が無くした右手だった事に取り乱し、わたわたしている内にベットから転げ落ちた際に右足もある事に驚愕して何度も何度も触って確かめたのだ。それは幻などでは無く、少し細くなったが、紛れもない自分の手足だった。
そこでうつらうつらとしていた樹里亜が音に気付き、隣に寝ている智樹も目を覚ました。
智樹も痛むはずの自分の体が何の痛みも送って来ない事を、最初はもう体の感覚が無くなってしまったのかと思ったが、服の下の綺麗な肌を見て驚き、神奈と共に樹里亜へと問い掛ける様な視線を送った。
「驚いたでしょうけど、今から説明するわね?」
その言葉に声も無く二人はコクコクを頷いて今に至るのだ。
「あの時のあたしの感動を言葉で表す事など出来ない!あたしは悠先生に一生付いて行って、そのお世話をする!!そう決めたんだ!!!」
「一生って・・・お嫁さんにでもなるつもりなの?」
「ばばばばば馬鹿な!ああああたしは雑用とか、そういう事を言っているんだ!!!・・・・・・・・ま、まぁ、悠先生があたしをご所望なら、それは別に・・・」
感謝の念が行き過ぎて拗らせている神奈を樹里亜は――こっそり恵も――じっとりした目で見ているが、当の神奈は急にもじもじし出して見ていなかった。が、そこで明が大声で否定した。
「だめだよー!!ゆうおにいちゃんはめいとケッコンするんだもん!!」
その言葉に場が騒然となる。
「え~、めいちゃんずるいよ~。わたしもゆうせんせいとケッコンしたいよ~」
「わたしも!それでせんせいにいっぱいおかしをつくってあげるの!せんせい、おかしはなにがすき?」
「あ、せ、先生にはもう決まった方がいらっしゃったのか・・・で、でもあたしは側に置いて頂ければどんな待遇でも・・・」
「障害は多そうね・・・」
「私ももうちょっと頑張った方がいいのかな・・・」
樹里亜や恵までもが何か不穏な気配を醸し出している。悠はまだ寝ている蒼凪や何か言いたげな智樹を鑑みて、一つパンと拍手を打った。
「皆、静かに。ここには病人も居るのだ。あまり騒いではいかん」
その言葉に子供達はぴたりと口を閉じた。よく懐かれているようだ。
「神奈、俺は大人だ。子供に世話をして貰う様な甲斐性無しでは無い。せっかく拾った命は自分の為に使うんだ」
「あたしがそうしたいって思って、それで決めたんです。だからこれは自分の為です!!」
「俺は誰かの世話になって暮らして行く気は無い。考え直せ」
「で、でも・・・あたし、そんなに頭が良く無いから、他にどうやって先生に恩返しをしたらいいか分かりません・・・」
「ならば恵や樹里亜と共に、俺を手伝ってくれ。ここには頼りになる年長者が少なくてな。神奈が手伝ってくれれば、俺も助かる」
「わ、分かりました!!誠心誠意、勤めさせて頂きます!!」
そう言って再び土下座する神奈。
「よろしくな、神奈先生」
こうして神奈も先生として悠を手伝う事を了承したのだった。
神奈は猪突猛進系の元気っ子でした。
滉辺りと・・・相性悪そうですね。磁石の同極同士で反発する感じが。