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神様になる前にもう一つ世界を救って下さい  作者: Gyanbitt
第十章 二種族抗争編
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10-72 王子二人6

あれから数日、アスタロットは部屋の片隅に座り込み、殆ど食事も取らずにぼんやりと父の形見である首飾りを見つめていた。


「……」


エースロットはこの首飾りが何なのかを知らないであろう。この一風変わった宝石の意味も、その機能すらも。これが単なるお守りなどではないと知っているのはこの世界でアスタロットだけなのだ。


(光に変化は無い……エースロットは無事のようだな……)


エースロットが知っているのは銘が『月光ムーンライト』という事とこの首飾りに何らかの魔法的な加護が与えられているという事だが、アスタロットはブルームハルトからその全容を伝授されていた。


その機能の一つが生命監視能力である。魔法的に繋がっている2つの首飾りは互いの生命活動を監視しており、もしエースロットに何かがあればアスタロットにはそれを知る事が出来るのだ。エースロットが魔法的に隔離された空間に閉じこめられたりしない限りという注釈はつくが。


そもそも本当の銘も『月光』では無く『無常月夜ムーンフェイス』であり、双子でしか使用出来ない魔道具であるが、その本当の用途と条件の厳しさから長く王家の宝物庫で死蔵されて来たいわくつきの品である。


ブルームハルトはアスタロットにほぼ完全な自由を許したが、ただ一つエースロットに関してだけは最優先事項としてこの『無常月夜』を託したのである。


だが、アスタロットにはエースロットを止める事は出来なかった。力づくで止めようとしても逆にエースロットに返り討ちに遭うだろうし、言葉で止めるにはエースロットの決意は固過ぎ、アスタロットの言葉は薄過ぎたのだ。


様々な感情が入り乱れ気を失うように浅く眠り、覚醒して『無常月夜』に目を落とすという行為を無限ループで繰り返すアスタロットは次第に生気を失っていった。目は落ち窪み頬は扱け、おどろおどろしい屋敷の主人に相応しい容姿となりつつあったが、誰もアスタロットに構っている余裕は無かった。


何しろ国王が行方不明になっているのだ。可能な限り国民には隠しているが、いつまでも隠し通すのは不可能だろう。一度ハリーティアとアリーシアが揃って屋敷を訪れたが、アスタロットは体調不良で寝込んでいると嘘を吐いて追い払っていた。密かに匿っているのではないかと納得しないアリーシアが屋敷に無理矢理乗り込んで来たが、アスタロットの生気のない顔を見て不承不承に引き返していったのは怪我の功名と言うべきか判断し難い所である。


(大丈夫だ、エースロットはワガハイと違って対人能力は高い。ドワーフが相手であっても、最悪交渉が決裂しても無事に戻ってくるはず。それにワガハイの研究が正しければドワーフが勇敢にもただ一人乗り込んで来たエースロットを殺すはずがない。これはかなり確度の高い情報だ)


もしエースロットがグラン・ガランを目指したとすればもうとっくに到着しているだけの時間が経過しており、『無常月夜』が異常を伝えないという事はエースロットが無事にドワーフと交渉に当たっているという証明でもある。


古今の逸話にドワーフが勇敢さを示した相手に温情を施す描写は数多く、対処さえ間違えなければちゃんとした客人として遇されているはずなのだ。異なる資料からも読み取れるので、単なる喧伝目的でもあるまい。ドワーフは性格的にその手の誇張は好まないし、むしろ美辞麗句の誇張はエルフの方が圧倒的に多い。


しかし、そろそろ2週間にもなる。留守は最小限にしたいと思っているであろうエースロットが便り一つ無く行方をくらませたままいる事がアスタロットの不安に拍車をかけていた。


状況に変化があったのはエースロットが出発してから実に20日が経過してからの事であった。それがエースロットの帰還であればアスタロットにとってこれ以上は無い吉報であったが……。


――『無常月夜』がエースロットの危機を伝えるという最悪の形でアスタロットはそれを知る事になったのである。




急激に欠けていく半円の月にアスタロットは思わず立ち上がり、『無常月夜』を叩いて問い掛けた。


「エース!? どうしたのだエース!!!」


無論、『無常月夜』に『心通話テレパシー』能力は付与されておらず、問い掛けに応える声はない。普段のアスタロットには有り得ない非論理的な醜態であったが、今のアスタロットはそんな事も分からないほど取り乱していた。


(まさか戦っているのか、エースは!? 敵はドワーフか!? やはりエルフとドワーフは相容れないというのか!?)


もし戦うしかないとなればエースロットも黙ってやられたりはしないはずだ。穏和で戦う事を好まないが、エースロットはエルフィンシードの王であり、その魔法戦能力は『六将』を複数相手にしても互角以上に戦える実力を誇っているのである。『六将』最強であるアリーシアがナンバー2に甘んじているのはエースロットが不動のトップとして君臨しているからだ。


だが、現実に生命力を表す黄色い部分は通常の半月の状態から既に三日月の様に細り、エースロットの生命力の減退を告げていた。全てが消失すれば、即ちエースロットの死を意味しているのだ。


軽い怪我では無い。おそらく一撃でかなりの損傷を負ったはずだ。不意打ちか判断ミスか、はたまた多勢に無勢かは分からないが、間違い無いのはエースロットはただ一人で戦っているという事である。遠く離れた異国の地でただ一人奮戦するエースロットを幻視してアスタロットは絶叫した。


「エーーーーーーースッ!!!」


その祈りが通じた訳では無いだろうが、エースロットの生命力を表す黄色が徐々に黒を押し戻していく。おそらく回復魔法で自分を治癒したのだとアスタロットの顔に希望が差したが、死の黒は再びジリジリとエースロットの生命力を蝕んでいった。


(エースの魔法でも回復も排除も出来ない状況なのか!? 敵は何人居る!? 一対一でやられっぱなしになるお前ではあるまいに!!)


アスタロットは生命力の増減から頭脳をフル回転させてエースロットの状況を組み立てていた。即死を免れたのならエースロットは今、困難な状況を打破する為に必死に足掻いているはずだ。たとえどんなに絶望的であろうともエースロットが、責任感の強いあの弟が大切な家族を残して諦めるはずがない。愛する妻のアリーシアに、愛しい娘のナターリアに、無二の親友ハリーティアに……そして、ごく僅かかもしれないが、また顔を出すと約束した自分にもう一度会う為に、エースロットは傷付きながらも戦っているのだ。


「頑張れ……」


アスタロットの口が震えながらも言葉を紡ぐ。自覚の無いままに、心の内をなぞるように、アスタロットは遠く離れたエースロットに呼び掛けた。


「頑張れエース!! ワガハイならともかく、お前が、お前のような男が死んでいいはずがない!! 偉大なる始祖ザルバドールよ、父上よ、エースをそちらに連れて行くのは早過ぎるぞ!!」


床に這い、拳を叩き付けながらアスタロットは歴代の王達に怒鳴り続けた。罵倒という形ではあったが、それは想いの強さで言うならば確かに祈りであった。


その後も一進一退の生命と死のせめぎ合いは続いたが、アスタロットは歪んだ表情で血に塗れた拳を握り締め、再び強く振り下ろす。飛沫が顔に点々と赤い斑点を作ったが、アスタロットはそんな事に構っている余裕は無かった。


何故なら気付いてしまったからだ。


(回復が遅れている……! エース、お前、魔力が!!)


エルフの魔力量は人間よりもかなり多く、魔法自体の完成度も高く効率的である。特にエースロットはエルフの中でも更に桁外れの魔力の持ち主であり、アスタロットはエースロットが魔力切れを起こした所を見た事がない。


それでも無限の魔力を持っている訳ではないのだから使えば減るのは当然で、いつかは底をつくのである。ギリギリの戦闘ならばその消耗は訓練中の比ではないだろう。


エースロットが削られていくのをただ見ている事しか出来ないアスタロットの前で『無常月夜』の生命力は針のように細くなり、今にも消え去りそうになった時、アスタロットは幻を見た。


「エー、ス……」


透ける全身を血に塗れさせ、必死に魔法を制御するエースロットが不意に何かに気付いたように背後のアスタロットを振り返る。


らしくもなく厳しい表情を浮かべていたエースロットだったが、まるでそこにアスタロットが居ると気付いたように軽い驚きを目に宿したあと少しだけ微笑み、口が無音で一言だけ言葉を紡いだ。




――約束を破って申し訳ありません、兄上。




その言葉を最後にエースロットの姿は薄れていく。魔法なのか都合のいい妄想なのか、はたまた奇跡の産物かはアスタロットには分からなかったがアスタロットは幻のエースロットに駆け寄ろうとし……。


『無常月夜』とアスタロットの意識は闇に包まれたのだった。

アスタロットだけが知る、エースロット最後の日。


全然クールでもドライでもありません。

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