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神様になる前にもう一つ世界を救って下さい  作者: Gyanbitt
第十章 二種族抗争編
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10-70 王子二人4

それなりに問題はあったが、硬軟併せ持つ王家の対応に隙は無く、エルフィンシードは平和を謳歌していた。


ただ、一つ杞憂があるとすれば、ドワーフとの関係が悪化傾向にあるという事だ。アガレス平原は緩衝地帯でありどちらの領土でも無いが、それゆえに両種族の衝突が絶えないのである。山地が多いドワーフにとっては貴重な平野であり、エルフにとっては遮蔽物の無い環境で弓狩りが出来る良質な狩り場であった。


しかし、それは全体から見れば些細な理由でしか無く、根本的な原因は慢性的な両種族の相互不理解によるものである。尊ぶ物が全く異なる精神性、生活様式、容姿、ドワーフの頑迷さとエルフの非寛容は両種族の溝を年々広げていくばかりであった。


これに関してはエルフィンシード首脳陣の間でも意見が割れていた事が対応の遅れに繋がったのは否めない。


国王エースロットはドワーフとの交戦には一貫して反対の立場を採っていたが、王妃であり最強の軍団を率いる『風将』でもあるアリーシアはドワーフとの交戦も辞さぬと強硬な姿勢を見せていた。話し合いで解決すべきとするエースロットと弱腰は付け入られるとするアリーシアの話し合いは常に平行線を辿り、この件に関してはアリーシアの方が多くの支持を得ていた事も容易に解決しない一因であった。


それで2人の仲が拗れたとなれば更に事態は深刻度を増したであろうが、幸いにというべきか、それ以外での2人の仲は人も羨むほどに良好である。


しかし、その両者の中間に居る故に板挟みになっている者が一人存在した。


「はぁ……」


「どうしたの、ハリーおじさま?」


ナターリアの魔法の個人教師を務めていたハリーティアの盛大な溜息にナターリアが小首を傾げると、ハリーティアは意図せず苦悩が漏れ出た事に頭を掻き、ナターリアのまだ小さな頭を撫でた。


「何でもありませんよ。姫は気にしなくても大丈夫です」


「……ナターリア、まほう下手だからこまってる?」


父に母に教師にとトップクラスの魔法使いに囲まれて育ったナターリアは自分が同じように魔法を使えない事に焦りを抱いているようだったが、ハリーティアは慌てて手と首を振った。


「とんでもない! 世間の姫と同世代の子達はまだ指先ほどの火すら扱えませんよ! お父上のエースロット様も姫くらいの年齢では同じくらいだったのですから」


「……ほんとう?」


「本当ですとも」


猜疑的な上目遣いのナターリアだったが、辛抱強く目を逸らさないハリーティアにようやく納得し頷いた。


ハリーティアの言っている事は真実だが、エースロットはその後の成長速度が異常に早かったのだ。ナターリアが優秀な生徒であるのは間違い無いが、千年に一人とも言われる天才と比べるのは情操教育上、あまり好ましいとはハリーティアには思えなかった。子供の心は繊細で傷つきやすいのだ。


最年少のナターリアだけでは無く、他の子供達の教師を務めている経験がハリーティアに厳しい言葉を選ばせなかった。


この場にはナターリアの他に、ハリーティアが将来性を見込んだ者達も共に魔法の鍛練に励んでおり、さながらそれは生徒数が少なく様々な子供達が共に学ぶ学校のようであった。もう一概に子供と言える年齢では無い者達も混じっていたが、全員成人前なのだからハリーティアからしたら子供の様なものだ。


……当人達がどう考えているかは別の話だが。


「ハリーティア様、いつまでぼんやりしているんですか!」


「そーそー、サボってるとアリーシア様に言いつけるぞ!」


ナターリアを宥めたと思ったら、今度は別の少女達がハリーティアに絡んできた。勝ち気そうに見えるのがナルハで、男勝りな笑みを浮かべているのがセレスティだ。どちらも大変有望な少女なのだが、才能ゆえか年齢ゆえか生意気盛りなのが悩み所である。


「はいはい、それは勘弁して下さい……それとセレス殿はもう少し淑女らしい口調を覚えなさい。もしあなたが『六将』になったりした時、そのままでは恥を掻きますよ?」


「ちぇっ、アタシだって段々女らしくなってきたと思うんだけどな?」


丈の短いスカートを揺らし、わざとらしいポーズを決めるセレスティにハリーティアは溜息を吐き、ナルハが後ろからどついた。


「おやめさない、はしたない!」


「うわっ!?」


不安定な体勢で押されたセレスティがその場で尻餅を付くと、短いスカートはあっさり防衛能力を放棄し捲れ上がった。


「……下着は清楚なの付けてますよね……」


「な、何見てんだよコラッ!!」


「ハリーティア様!!」


「そんなに短いのを履いているからですよ。言っておきますが、さっきから魔法の余波で結構見えてますよ。ねえベム君?」


「へう!? あ、う……わあああああっ!!」」


突然話を振られたベームリューが真っ赤になり、非難の目で見るセレスティとナルハの視線に耐えかねてその場を駆け出すと非難の目はハリーティアに向けられた。


「「……」」


「えー、と……ヤハハ、思春期ですかねえ?」


「「バカ!!」」


女心は分からない大賢者に魔法の雨が降り注ぐ。


今はまだ子供だが、将来性を見込んだ者達だけあってその精度は中々侮れないレベルだ。彼らがいつか肩を並べて国を牽引する日が来る事を願いつつ、ハリーティアは結界で防ぎながらなし崩し的に実践的な魔法の指導に励むのだった。




最近、エースロットの訪れる頻度が以前より増えている事にアスタロットの懸念は膨らむ一方であった。読む内容も人族や獣人よりドワーフに偏るようになり、好んでいた逸話集や冒険譚よりも作法や風習、嗜好などに注目しているようだ。


本に目を落とす姿も楽しさより真剣さが先に立ち、とても息抜きに来ているようには見えなかった。


業を煮やした何度か逡巡した後、アスタロットは遂にエースロットに問い掛けた。


「……エース、お前何を考えている?」


「何をとは、兄上にしてははっきりしない言い方ですね?」


「とぼけるな、ここ最近のお前の様子がおかしいのは見ていれば分かるぞ。ドワーフの事か?」


「……はい」


アスタロットに隠す事は出来ないと悟ったエースロットは質問に肯定を返した。


「ドワーフとの関係は日を追うごとに悪くなっていますし、今では話し合いすら容易ではありません。私が国王だからといっても意見としては少数派で、排斥を求める声をこれ以上押さえ切れないでしょう。アリーシア、オビュエンスら『六将』を筆頭に力には力で応じるべきだという声は大きいのです」


「ドワーフは力比べは好むが、別に殺し合いを好んでいる訳では無いぞ? エルフの力とは魔法だろう、戦争をしたいのか?」


「このままではそうなるでしょうね……」


力無いエースロットの言葉にアスタロットは舌打ちを抑えられなかった。


「チッ……ハリーは何をやっている? そういうのはあいつが上手く抑えるべきだろう?」


「ハリーには将来の為にやって貰いたい事が他にも沢山あります。それに、ハリーが否定的な立場を取らないで居てくれるからこそシアは我慢してくれているのですよ。シアもドワーフが嫌いというよりは私の事を心配しての事だと理解しています」


互いに思いやった結果が噛み合わない状況を作り出している事にアスタロットは眉間に皺を寄せたが、国政に関与していないアスタロットがこれ以上不平を鳴らすのは筋違いであろう。エースロットの権威を損ねない為にも、アスタロットは必要以上に政治に自分の意見を反映させるのは避けねばならなかった。王兄という立場はどこまでもアスタロットについて回るのだ。


「……」


アスタロットの複雑な表情にエースロットは笑顔を作って本を閉じた。


「大丈夫ですよ、兄上。兄上のお陰で目処はつきました。また来週に伺っても宜しいですか?」


「それは勿論構わんが……」


「それでは今日は帰ります。あまり心配なさいませんよう」


端から見ればエースロットはすっきりした表情のように見えただろうが、双子の兄弟であるアスタロットには、エースロットが何か重大な決意を固めたように感じられた。


(何を考えている、エース?)


二度目の問い掛けの言葉はアスタロットの口内に留まった。気楽な立場に居るという負い目とブルームハルトの遺言がアスタロットの口を凍らせた。


……アスタロットの心配はこの一週間後、現実のものとなるのである。

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