10-65 世捨て人5
「ドワーフとは……」
食事が一段落した所でアスタロットが再び切り出した。
「欠点から言えば頑固で融通が利かず、魔法的才能に乏しい。魔法系統は火と土以外は全く適正が無く、『光源』すら満足に扱えん。足も遅く容姿も厳ついな。容姿は戦争には関係ないが」
悠が持ってきた焼き菓子を食後のデザートよろしく一つ摘み、口に放り込んで咀嚼すると感心したように眉を持ち上げ、先を続けた。
「長所は義理堅く約束を決して違えない事だ。ドワーフを戦闘狂と勘違いしているエルフは多いが、それはドワーフがエルフに対して復讐を誓っているからだ。だからこそドワーフは滅びに瀕しても決して矛を収める事は無いのだよ。そして彼らは創造能力に富み、優れた武器や防具、魔道具を製作する事が出来る。それにより擬似的に魔法を操り、秀でた筋力と強靭な肉体を持ち、死ぬまで戦い続ける精神力を有しているのだ。エルフがドワーフを滅ぼせないのは殿が盲目的な自己犠牲精神で生き残りを逃がすからで、今のアリーシアのやり方では千年経ってもドワーフは滅ぼせないだろうな。ドワーフの繁殖力はエルフの数倍はあるのだから」
一息に言い切ると、アスタロットは美味そうに菓子を口に運んで唸った。
「この味は才能持ちの味か。悔しいが、生半可な努力で出る味では無い……『異邦人』の技術も垣間見えるな」
「ではエースロットに端を発する一連のいざこざは、エルフであるエースロットに原因があると?」
「それは絶対に有り得ない」
悠の質問にアスタロットは絶対的な確信を持って即座に答えた。
「我が弟エースはそもそも誰かを謀るという発想が無い。ドワーフの下に赴いた時も誠意を持って話し合えば必ず分かり合えるという根拠の無い自信を持って向かったのだ。それにドワーフは王を不意打ちで討ち取られたからといって手を上げるような軟弱さとは無縁。ワガハイと同じだけの知識を持っていたエースがそんな軽挙に走るくらいならワガハイはドワーフの国に行く事を許しはしなかった」
アスタロットの言葉に反応したのは悠では無くハリハリであった。
「ま、待って下さい! まさか……アスタはエースがドワーフの所へ行く事を知っていたのですか!?」
「ああ知っていたとも。というかそう言っているだろうに、頭の回転が鈍ったのか?」
「ふざけないで下さい!!」
ハリハリが感情も露わにテーブルを叩き付け、アスタロットを睨んだ。
「その結果としてエースが死んだというのに、あなたは……!」
「ワガハイが止めてもエースは断行したに決まっている。そもそもお前やアリーシアに言わなかったのは何を言ってもただ止められるだけだと理解していたからだろう。そんな事も分からないでよくエースの友を名乗れたものだな。貴様の言っている事はただの偽善だ」
「あなたが善悪を考えずにドワーフの事を吹き込んだからこうなったのではないですか!!」
「ワガハイは別に嘘を言っていないし、情報をどう判断するかは人それぞれだ。エースは交渉の余地があると信じ、ワガハイはそれを限りなく不可能に近いと忠告した。ワガハイが残念に思うのはエースが失われた事に対してであり、何も知らない馬鹿な王にしなかった事については誇りに思っているが……補佐する立場のお前にはお人好しの馬鹿の方が都合が良かったか?」
小馬鹿にしたようなアスタロットの物言いにハリハリは思わず席を蹴って立ち上がりかけたが、その途中で悠がその肩を掴んだ。
「ユウ殿!?」
「ハリハリ、少し頭を冷やせ。今更何を言っても詮無い事だ。アスタロットを責めても戦争は終わらんしエースロットは返っては来ん」
悠の感情を交えない言葉にハリハリは歯を軋らせたが、過去を責める不毛さを悟り黙って席に戻った。
「中々冷静な判断力だ。癖の強そうな一行を率いているのも納得だな」
「あえて露悪的な振る舞いをする相手に怒って冷静さを欠いても始まるまい。特に、責められる事を望んでいるような相手にはな」
「……」
悠の指摘にアスタロットは答えなかったが、沈黙が何を意味するのかを悟ると舌打ちして話題を戻した。
「……ワガハイの予測では会談の場で何らかの予期せぬトラブルがあったと見ている。それが何なのかは分からんが、ドワーフがただ一人で乗り込んできた勇敢なるエルフの王を多勢をもって殺すなど到底考えられぬし、エースが心変わりをして暗殺に走ったなど妄想の種にもならん。だが、共に王を死なせている両種族は冷静さを欠いて憎しみに走り、馬鹿げた殺し合いを何百年も続けている。……先ほどハリーはワガハイに対して怒りを見せたが、平和を夢見たエースの想いを踏みにじり泥沼の戦争を始めた馬鹿共と関わり合いたくなくてワガハイはここで研究に勤しんでいるだけだ」
破壊魔法開発に傾倒した過去の過失を突かれ、ハリハリはいよいよ反論の言葉を失った。ハリハリ自身がそれを過失と認めている為、弁解の言葉を見いだせなかったのである。ハリハリが怒りを覚えているのと同様に、アスタロットも戦争に突き進んだ者達に深い怒りを抱いていたのだ。
「まあ、それはいい。とにかく、ワガハイが言いたいのは戦争を止めたいのなら真実を詳らかにするべきだという事だ。真相が明らかになれば必ずや何らかの進展があるはず。ワガハイはエルフやドワーフが仲良くなれると思うほど夢想家では無いが、もしかしたら老公の時代のように僅かながら交流を保って共存は出来るかもしれんとは思っている」
意外な言葉にデメトリウスが口を開いた。
「誰も信じないが、エルフとドワーフが秘密裏に交流を保っていた時代はあるのだよ。エルフの魔法理論とドワーフの技術が合致した時、後の時代を遥かに上回る成果をもたらしたのさ。その仲立ちとなる場も存在していたし……」
「もしや海王か?」
悠の出した単語にアスタロットは悠をまじまじと見た。
「……何故海王を知っている? エルフですらその存在を知る者は少ないというのに……」
「デメトリウスには軽く話しておいたはずだが?」
「生憎とアスタロットに全てを話す機会は無くてね。それに、私の興味は別の所にあったし。アスタロット、海王は今ユウの家に居候しているそうだよ」
ど忘れしていた事をたった今思い出したという気安さで話すデメトリウスに、アスタロットは頭痛を覚えて眉間を揉み解した。
「……老公、情報の重要度くらいは取捨選択して欲しいものですな。老公の話の半分はフェルゼニアスの孫の話だったではないですか」
「アルトクンの素晴らしさはもっとゆっくり時間を掛けて話してあげたいと思っているよ」
悪びれないデメトリウスを諭すのを諦め、デメトリウスは話を先に進める事にしたようだ。
「……もう知っているかもしれんが、人族にとっては遥かな過去、まだドラゴンすら居ない頃、人族やエルフ、ドワーフ、獣人らが種族間の問題を解決する場として海王の支配地が世界各地に存在したのだ。その時に世界を回る為に用いられた船がエルフとドワーフの合作であったと伝えられている。今は失われて久しく、現存しないゆえ証明は難しいが、それに類する魔道具は世界各地に残されている」
「……こういう物か?」
そう言って悠が鞄から取り出したのは冒険者ギルド本部で受け取った神鋼鉄の箱であった。どう考えても人間の技術で作り出したとは思えないこの箱にアスタロットの話と通じる物を感じたのである。
「む?」
アスタロットも興味を引かれたようで悠が置いた箱を様々な角度から眺めたが、やがて納得して席に戻った。
「どういう経緯で手に入れた物かは知らんが、間違い無く当時の技術で作られた物だ。魔石錠は外れているようだが、肝心の鍵は持っているのか?」
「生憎と付属してはいなかったな。無理矢理開けようと思えば出来なくも無いが……」
「それはやめろ。この手の箱は正式な手順以外で開けると中身を台無しにする仕掛けがある。神鋼鉄をふんだんに使った箱というだけでも価値は計り知れんが、そんな物の中に納められている品は神鋼鉄を超えるに違いない。しかし……」
鍵穴をじっと見つめていたアスタロットだったが、諦めた様に首を振った。
「エルフでは魔石錠ならともかく、鍵を作る事は不可能だな。鍵が紛失して存在しないならば、それを作れる者達の土地に行くしかない」
「何処に、とは聞くだけ無駄か」
「分かっているじゃないか」
察しのいい悠に気を良くしたアスタロットは親指を立て、それを首に当てるとゆっくり横に引いた。
「死ぬ危険性は非常に高いが、エースの死の真相と鍵の情報を得たいと思うならグラン・ガランに行くしか無かろう。どうするかね、人族の英雄?」
悠とアスタロットの会話にあまり感情的な齟齬が無いのはアスタロットが雪人的な喋り方をするからです。つまり、慣れですね。