2-21 治療6
それから4時間後、悠が目を覚ましたのは午後の3時。
時間に拘束される軍人の体内時計・・・という訳では無く、レイラが『心通話』で起こしたのだ。レイラ達竜には基本的に睡眠は必要が無い。それが必要になるのは低位活動モードになった時だけだ。
悠が休んだのは自身の休息の為でもあるが、主な目的はレイラの竜気の回復にあった。今は『豊穣』があるので、4時間の休息で8時間分の回復量が得られる。大体1時間で1%ほど回復するので、現在は神奈の腕を再生する前の50%近くまで回復していた。
「今の竜気から逆算して、今日使えるのは『再生』を後2回といった所だな」
《そうね、明日は精神世界に潜らないといけないなら、そのくらいは確保しておかないと厳しいわね》
『再生』二回の使い道は神奈の足の再生と、応急処置の智樹の皮膚の再生で終わるだろうと踏んだ悠は、早速治療を再開する事にした。
子供達はどこに行ったのか姿が見えなかったが、何かあったら恵が言って来るだろう。
がらんとした大部屋を横切り、まだ眠っている少女の前を通り過ぎ奥に着くと、まどろんでいた樹里亜がこちらに気付いた。
「あ、悠さん」
「これから神奈と智樹の治療を開始する。うるさくはしないから、そのまま寝ていてくれ」
「はい、分かりました」
先ほどの軍服を着ているイメージから簡素なシャツ姿になった悠は雰囲気も少し柔らかく樹里亜には感じられた。
悠はシャツの袖を捲くると、神奈の毛布を足の方だけをめくり露出させた。右足が大腿部から吹き飛ばされている傷跡は今は塞がっているが、年頃の少女にとってはショックな出来事だっただろう。起きて、自分の体を確認する度に悲嘆に暮れた事は、軍で沢山の傷病者を見てきた悠には容易に推測出来た。
せめて寝ている間に済ませてしまおうと考えた悠は、すぐにレイラに『再生』を起動させた。
「レイラ、『再生』を。なるべく綺麗に治してやってくれ」
《女の子だものね。分かっているわ》
レイラも心得たもので、いつもより丁寧に『再生』を編み上げ、それに伴って足を再生させた。
「良し、この子はとりあえずこれでいいだろう。次はこの少年だな」
そう言って悠は神奈の毛布を元に戻し、続いて智樹の毛布を剥ぐと、火傷の影響で寝汗をかいている智樹の服を脱がして、体を濡らしたタオルで拭き取り、再び『再生』を起動させた。
「・・・良し、後はこの少年も体力の回復と体液の補充が出来れば完治と言っていいだろう」
智樹の肌は、酷い火傷があったとは思えないほどに年相応に瑞々しく張りのあるものに戻っていた。今はもう寝息も柔らかで、発熱していた体の熱も収まって来ている。それを確認した悠は、清潔な服に着替えさせ、そっと横たえて毛布を掛け直した。
「お疲れ様です」
その言葉に悠が振り返ると、樹里亜が寝たまま悠を労ってくれていた。
「ああ、これで一応二人は大丈夫だ。この少女・・・神奈と言ったか。神奈はもう一度くらい『再生』をかけて傷を消したい所だがな。あとは樹里亜と同じく体力と体液が補充されれば回復するだろう」
「ありがとうございます。きっと神奈も喜びます。・・・凄く驚くと思いますけどね?」
「幻肢などでは無いとちゃんと教えてやってくれ。突然自分に手足が生えたら驚くだろうからな。俺も三度目くらいまでは慣れなかった」
普通の人は三度も手足を無くしたりしないんじゃないかなとちらりと樹里亜は思ったが、恩人に突っ込むのも失礼かと思い直し、素直に頷くだけに留めた。
「ええっと・・・はい、分かりました」
「明日はその蒼凪の治療をする。それで上手く行けば、後は俺の竜気の回復を図りながら樹里亜の傷も消していこう」
「ぷらーな?ですか?」
「ああ、樹里亜の世界には無い概念だったか」
その説明もしていないし、そもそもレイラの紹介もまだだ。
「レイラ、挨拶してくれるか?」
《いつさせて貰えるのかと思っていたわ?ジュリアが私の声がする度にキョロキョロしているんだもの》
「わっ、ペンダントが喋った!?」
《はじめましてジュリア。私はレイラ、この気の利かないユウのパートナーである竜よ。今はこんな姿ですけどね》
「こ、こちらこそはじめまして!レイラさんは、人工知能みたいなもの、ですか?」
樹里亜の知識には当然竜の物などは無い。だから、自分の世界で一番有り得そうな物を例に言ってみた。
《それがどういう物かは知らないけれど、人間が作り出した物という意味なら違うわね。私は私の自由意志でユウと契約しているわ。元々は竜だったのよ》
「竜って言うと・・・ドラゴンですか?」
《龍はユウ達の世界では敵対する竜を指す忌語なの。だから私はただの竜よ》
「そ、それは失礼しました!」
《知らない事はしょうがないわよ。私の事はレイラって呼んでね?》
「はい、レイラさん、これからよろしくお願いします」
一通り挨拶が済んだ所で悠は竜気について説明した。
「竜気は竜の活動する為のエネルギーだ。俺達はこのエネルギーを用いて様々な能力を行使する。さっきの『再生』はそこそこ竜気を食う技でな。10%ほどを一度に使用する。竜気は一日で大体20%ほど回復するから、今の消耗した状態では一日二度が限度なのだ。余りに消費が激しいと、このレイラが低位活動モードと呼ばれる休眠状態になる。そうなるとしばらく能力が使えんのでな。すぐに樹里亜の傷を消せないのはその為なのだ。すまんが、少しの間辛抱してくれ」
「分かりました。そういう状況で我がままは言いません。ちゃんと回復出来たらお願いします」
「ああ、約束する」
そう言うと、悠は席を立った。あまり病み上がりの人間に長話をさせるのは体に悪い。
「では俺は行くが、後で夕食を持って来る。それまで寝ていてくれ」
「はい、では・・あの、ちょっとだけお願いが・・・」
「どうした?」
部屋を辞そうとした悠に樹里亜は躊躇いがちに声を掛けた。
「あの・・・・・・す、少しの間だけ、手を握っていて貰っても・・・いいですか?」
悠から微妙に目を逸らして樹里亜はドキドキと高鳴る鼓動を抑えながら言った。
悠はそんな樹里亜をしばし静かに見つめていたが、無言で椅子を持って樹里亜の傍らに座ると、毛布の上にある樹里亜の右手を握った。
「これでいいか?」
「あ、は、はい・・・」
悠の手はゴツゴツとしていて手の平も硬く、決して心地良いとは思えないものだ。しかし、樹里亜はその手にこれ以上無い安心感を感じていた。それは母子家庭に育った樹里亜が知らない、父親の幻想を重ねていたのかもしれなかった。男の手ではあっても決して自分を害する事は無い、無骨な手の感触だ。
そしてその温かさに身を委ねていた樹里亜は、すぐに落ちる様に眠りに付いたのだった。