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もしも女子中学生がぶっ飛んだ架空戦国時代にトリップしたら。

もしも女子中学生がぶっ飛んだ架空戦国時代にトリップしたら。3

作者: 小林マコト

 よくある異世界トリップとやらは、私に優しくしてくれるのですが、よく見る王道的な展開ほどは優しくありません。

 まずチートなんてものはありませんでしたし、容姿が美しくなることもありませんでしたし、何より平凡主人公は実は結構な美少女、というのでもありません。頭が悪い上に目つきの悪い三白眼女子の私には、この世界は普通に厳しい世界です。

 色々大変なこともありましたが、何よりも、私にもほんの少しくらいはある平成生まれとしてのプライドが、ここ数日でズタズタに引き裂かれてしまいました。

 人質としてやってきた神室国では、領主神凪真澄さまの計らいでよくしてもらっているのですが、その家臣である元春ちゃんが、あまりに頭が良すぎるのです。


「ですから、ここでこう代入して、こう計算すれば……ほら。えっくす出たじゃないですか」

「え……これどっから持ってきたの」

「それはまずこの計算で」

「あーもー意味わかんねえ!」

「あなたねえ……。この学問はあなたの世界の物でしょう。本来なら私が教えてもらいたいくらいなのに、どうして私が教えているんですか。はいくじけないくじけない! 何事も努力が大事ですよ」

「努力はすぐに裏切ります!」

「してもいないなら裏切られて当然です」


 庭で小枝を握りしめ、地面に数字やら文字やらを書きながら元春ちゃんに叱られる、どこの馬の骨かもわからない人質とは、かなりおかしなものだと思います。私のことですが。

 元春ちゃんは呆れたように私を見て、「本当に馬鹿ですね、さつきさん」と酷いことを言いました。本当のことなので何も言い返せません。


 現在、私は元春ちゃんに数学を教えてもらっています。この世界で言う算術ではなく、xやらyやらが出てくる、この世界よりかなり進んだ学問、数学です。

 先日、今はもう懐かしい気もする政之さまの国、緑国からやってきた使者が持ってきてくれた私のリュックサックの中に入っていた様々な教科書が元春ちゃんに見つかってしまい、頼まれたので私が持っているすべての知識をフルで使って私でもわかるような簡単な基礎を教えてあげました。するとどうしてもと言うのでその数学の教科書を貸してあげると、次の日から元春ちゃんは数学の虜になってしまいました。

 ちなみに緑国との同盟の話は私が人質にならなくてもいいんじゃないかってくらいスムーズに進みました。私も一緒に話を聞かせてもらったのですが、本当に、人質なんていらないんじゃないかってくらい緑国の方が譲歩しまくってしまくって、神室が圧倒的有利な立ち位置にいるようです。しかも政之さまからの伝言では「さつきという娘はもうそっちで勝手に扱っていいから。なんなら他国との交渉のときに人質にしてもいいから」なんて非道にも程がある言いようでした。いつか政之さまぶん殴る。


 いろいろあって、あまりに馬鹿で特に数学が大嫌いな私に、元春ちゃんは数学を教えると言い出したのです。


 馬鹿なりにこのままじゃ高校受験やべえとか悩んでいた私としては、大変、大変うれしい申し出でしたのでお願いしたのですが、段々後悔してきています。

 元春ちゃん、頭が良すぎるのです。すごく。

 はじめは一緒に解くような形で教えてもらっていたのですが、次第に私が教えられる場面が減り、ついに私が完全に理解できていないところへ行ってしまったのです。元春ちゃんをリスペクトするのと同時に、平成生まれとしてのプライドがぽっきり折られてしまいました。私の心はもうズタボロです。


 それでも教えてもらうのは、元春ちゃんが楽しそうだから。


 我が家では基本、ご飯をくれる人には絶対服従が掟です。神レベルに崇めなくてはなりません。

 ですので私のご飯を作ってくれている元春ちゃんは私にとって神です。元春神です。どうして未だに私のご飯を作ってくれているかというと、元春ちゃんと仲直りしたことで収まってはきているようですが、まだ城内では私を城に置くことを反対している人たちがいるらしく、毒でも入れられて殺されてしまっては処理が面倒だから、らしいです。そんな理由でも元春ちゃんがご飯をくれているのは事実なので、私は崇めます。服従します。


「お前ら、急激に仲良くなったよな」


 まったく理解できずに逆ギレし、元春ちゃんがそんな私を叱るのでぎゃーぎゃー騒いでいると、通りかかった真澄ちゃんにそう言われ、私と元春ちゃんは顔を見合わせました。

 確かにあの仲直りの日から、元春ちゃんとの距離が縮まったような気がします。


「元春が認めるとはなあ。あんなに頑固にしていたのに」

「べっ、別に認めたわけではありません! ただちょっと親近感がわいただけです!」

「ああ、なるほどな、そういうことか」

「いやあの、どういうことですか親近感って」


 赤面した元春ちゃんに癒されつつ、納得した様子の真澄ちゃんに尋ねてみると、真澄ちゃんはさらっと私を傷つけました。


「こいつの兄妹はな、目つきが凶悪なんだよ」


 お前も目つき悪いからな、と真澄ちゃんは言いました。


 目つきの悪さは私にとって何よりも一番のコンプレックスです。

 女子とは思えないほどのこの三白眼。父の目つきが悪いばかりに、兄も私もいつもヤンキーだと誤解されるほどに目つきが悪いのです。母も、三白眼ではないのですがどちらかというと目つきが悪い方なので、そんな二人の子供である私たちの目つきが悪くなるのは当然のことなのでしょう。

 ですが、私は一応女です。頭が悪いとはいえ、やんちゃもしていません。それなのに勝手にヤンキー認定され、髪がきんきらしていたり赤かったりする、不良感あふれる男子に喧嘩を申し込まれたりするのは大変めんどくさいです。小六のときに中三の先輩にそうされたのはとても恐ろしく、今でもトラウマです。


 そんな風に生きてきたら、そりゃあコンプレックスにもなります。ごく自然だと思います。

 そして、そう言われて傷つくのも、自然なことだと思います。


 正直一気にテンションが下がりましたが、真澄ちゃんの格好よさが半端なものではなかったので、なんとか通常テンションまで引きずりあげます。がんばれ私。このくらいのことはいつも言われているじゃないか。主に真澄ちゃんに。


「いさ……元春の兄も妹もお前に負けず劣らず目つきが悪くてな」

「『いさ……』ってなんですか『いさ……』って」

「癖だ。気にするな」

「なるほど神凪さまは会話のはじめに『いさ……』とつける癖があるのですね」

「どうしてそうなる! 伊三郎元春の『いさ』だろ!」

「元春ちゃんって伊三郎だったんですか!」

「私さつきさんの前で自己紹介しましたよね!?」


 残念ながら私の記憶力はにわとりもびっくりなほど頼りないので、自己紹介されたような気もするなー、くらいしか思い出せません。

 まったく覚えていませんでしたごめんなさい、と土下座して謝ると、元春ちゃんは「いいです。さつきさんなんかに覚えられても仕方ありませんから」なんてすねてしまいました。本当、こんなに可愛らしい三十路がいていいのでしょうか。


「しかし、元春ちゃんってご兄妹いたんですね。そっちは完全に初耳です」

「元春は三男だからな。兄二人妹一人だ」

「今は兄一人妹一人ですけどね」

「……数減ってません?」

「次兄は死にましたから。戦場で」


 さらっと言った元春ちゃんには、悲しみとかそういうのは一切ありませんでした。


「えっ、あっ、なんかすみません……」

「なんで謝るんですか。死んでいてもおかしくないでしょう、こんな時代なのですから」

「でも、いやあ、その、ねえ?」

「ああ、平然と言ってしまったのがだめでしたね。でも、誇らしい死だったので、悲しくもなんともないんです。無駄死にしていたら腹を立てていますし、悲惨な死に方だったら悲しんでいますよ」


 元春ちゃんは笑ってそう言いました。真澄ちゃんも、あれは武士として一番望ましい死だった、なんて感心した風にしているので、私はそれ以上何も言えなくなりました。

 とりあえず人の死にガンガン突っ込んでいくのはどうかと思うので、これ以上その話には首を突っ込まないことにします。元春ちゃんが私に聞いてほしいと、聞かせてやってもいいと思って元春ちゃんから話し出してくれるのを待ちましょう。

 と、思っていたのですが。


「聞きたいですか? 兄上の話!」


 めっちゃ聞いてほしそうでした。

 きらきら目を輝かせてこちらを見る元春ちゃんは、私が見た中で一番可愛い元春ちゃんでした。惚れそうでしたがなんとか耐えます。私が好きなのは真澄ちゃんです。


「兄上は我が家でも群を抜いて目つきが悪く、それはもう見た者を震え上がらせるほどでした。我が家系は代々容姿が凶悪で……。無表情でいても怒っていると思われてしまいますし、笑えば鬼の様だと言われ、どんな表情をしても怖がられてしまうんです。兄上――兼元という名前だったのですが、兼元兄上は色濃くその血が現れており、醜くはないというのに恐れられていたのです」


 そうして語り出した元春ちゃんは、いかにその兼元さんという方が恐ろしい顔つきをしていたかよくわかるエピソードをいくつか私に紹介し、真澄ちゃんと盛り上がりつつ、眩しいほどの笑顔をしていました。

 なんとなく、なんとなく他人事とは思えないエピソードや家柄に、私はうんうん頷きつつ震えが止まりませんでした。いつかそんな目にあってしまうのでは、と恐怖を感じたのです。


「兼元兄上は戦場でも意図せず相手を威嚇してしまうもので、よくそのお命を狙われていたのですが、兼元兄上は剣の腕も凄まじく……! 数々の危機を悠々と乗り越えておられたのです!」


 段々元春ちゃんの興奮度合が上がってきてちょっと引いちゃうのですが、まあ元春ちゃんがいいのなら私は何も言いません。相槌を打ちながら聞き続けます。


「そんな兼元兄上は、山賊に試し斬りに使われていた猫たちを見事に守って死んだのです!」

「えええっ!?」


 急な展開に驚くと、真澄ちゃんは元春ちゃんの肩を「兼元はよくやった……あれは誇らしい死だった……」なんて言いながらぽんぽん叩いていました。感動からかうっすらと涙すら浮かべていそうな真澄ちゃんに、興奮に頬を赤くしている元春ちゃん。そして、意味がわからず驚愕の顔のままの私。

 傍から見たら、きっとカオスな状態なのでしょう。


「ねっ、猫!? 猫守るために死んだの!? そんなことのために!?」

「そんなこととはなんですか! 武士として誇らしいではありませんか!」

「いや! (あるじ)守って死ぬとかなら確かにかっこいいけど! 猫って!」

「さつき! 目つき悪いくせに兼元の足元にも及ばねえことを言うな!」

「目つき悪くても別に関係ありませんよね神凪さま!? 傷つくんでやめてください!」


 なんなんでしょう、この「主より猫の方が大切だろ!」的な雰囲気は。

 国の主力メンバーだったらしい兼元さん、あなたは一体どうして猫なんか守って死んだんですか。確かに猫は可愛いしきっと私も守ろうとするとは思いますが、だからって兼元さんの立場だったら命を危険にさらすことはできません。しない方がいいと思います。


 それなのに、この主従ときたら。

 猫猫猫、と、猫を守ることがいかに大切なことであるか熱弁をふるってくださっています。私が冷たい人間に思われてしまうのでそんなに言わないでもらいたいです。あと、何かにつけて私の目つきの悪さを指摘しないでほしいです。剣の練習頑張ってようやく痩せたというのに、また容姿について攻撃してくるのは本当に傷つきます。


ああもう! どんだけ猫好きなんですか! 武士は武士らしく主守って死ね!

 と、言えたらどれだけすっきりすることでしょう。チキンな私はそんなこと言えません。


「……元春ちゃんは目つき悪くないよなぁ」


 かわりに、ぼそっと気になったことを呟いてみると、それまでのハイテンションさからは想像できないほど、元春ちゃんが固まってしまいました。


「さ、さつき! お前なんつーことを!」

「えっ、まさかこれ言っちゃいけない系ですか!」


 真澄ちゃんの焦った表情に、事の重大さを悟った私は、とりあえず土下座しました。

 結果から言いますと、駄目でした。私の土下座は、元春ちゃんの気を静めるほどの力を持ってはいませんでした。


「ええ、ええ! そうですよ! 目つきなんか悪くないですよ! 私だってもっと男らしく生まれたかった! でも仕方ないじゃないですか! こう生まれてしまったんですから!」


 そう絶叫しながら、元春ちゃんはぼろぼろと泣き始めてしまいました。

 まさか、まさか目つきに触れてはならないなんて思っていなかった私は、慌てて元春ちゃんを宥めようとするものの、土下座がきかないとなると私にできることなどありません。

 ただひたすら、謝り続け、元春ちゃんの素晴らしいところを言い続けます。


「目つきなんて悪くても得しないよ! 元春ちゃんはその優しげな目つきが似合ってるよ! 元春ちゃんは元春ちゃんらしさが一番なんだよ!」

「私なんか男じゃないって言いたいんですか!」

「なんでそうなるの!? 違うって! 元春ちゃんはとっても優しくていい人だって! 強いしさ! 頭もいいしさ!」

「私なんか武士らしくないって言いたいんですか! わかってますよそんなの! でもだって私だってえっ!」

「何この人超めんどくせえ!!」


 普段の冷静で穏やかでたまに抜けてるところのある元春ちゃんは、もう面影もありません。

 私が何を言ってもネガティブにとらえます。むしろ感心してしまうくらいに、全部ネガティブにとらえます。


「お前があんなこと言うからだろ……。こうなったらなかなか戻らねえぞ」

「真澄ちゃんなんとかしろよ! 主だろ!」

「その呼び方やめろって何回言えばわかるんだ! 俺でもどうにもできねえから触れなかったんだよ馬鹿か!」

「逆ギレやめろよぉっ!」


 まったく協力的でない真澄ちゃんは、あろうことか私に馬鹿だと言ってきました。わかっているので言わないでほしいものです。

 ですが、目つきが悪くても短気なところがあっても、根は優しい真澄ちゃんです。わざとらしく溜め息を吐きながら、いまだ泣きわめき我を失っている元春ちゃんに近づきました。


「許せ、元春」


 そういって、真澄ちゃんはうずくまっていた元春ちゃんをひっぱり立たせて、みぞおちに一発拳を打ち込みました。

 ぐふっ、と苦しそうな声をだし、元春ちゃんは力なくずるずると倒れ、動かなくなりました。


「こっ、殺すなよ!」

「殺してねえよ、馬鹿。加減もできねえと思ってんのか」


 そう腹立たしそうに私を見る真澄ちゃんに、正直どきっとしました。私は自他共に認めるドMですから。超好みな表情です。

 気絶した元春ちゃんを室内に運び、真澄ちゃんと私はようやく心が落ち着きました。女中さんに頼んでお茶を持ってきてもらい、真澄ちゃんは私に元春ちゃんの話をしてくれました。


「あいつはなあ……昔は色々やらかしててなあ……」

「あれですか、元ヤンってやつですか」

「俺にわかる言葉で言え」

「え、えー、えーっと……ああそうそう、わらはべってやつですか、わらんべわらんべ」

「まあそんなとこだな。たった一年だったが」

「まじか元ヤンか!」


 真澄ちゃんいわく、元春ちゃんは兄たちや妹とは違い、その家系では大変珍しく優しい顔をしていたため、それがコンプレックスとなっていたらしいです。

 尊敬している兄たちは目つきが悪くそれはもう武士って感じの男性だったため、自分もそうなりたかったものの、顔だちは変えられません。仕方なくヤンキーになって男らしさを出そうとした、とのこと。


「似合わねえからやめろっつったらすぐやめたもんだから、俺は安心したがな。以来特徴がねえのが特徴のただの女顔になっちまった」

「ただの女顔って……。可愛いじゃないですか元春ちゃん。特徴ありまくりじゃないですか元春ちゃん」

「まあ確かにな。俺の軍は結構派手なんだが、あいつだけ普通すぎて逆に目立つな」

「あ、神凪さまの軍が派手なのはわかってます。神凪さまが派手なんで」

「なんだそれ」


 いつの間にか酒まで持ってきてもらっていた真澄ちゃんは、いつもなら怒るところ、笑って流してくれました。真澄ちゃんめっちゃかっこいいです。

 この後、目を覚ました元春ちゃんは、かなり落ち込んでいて、なんというか、私の目を見るたびに複雑そうな顔をするようになりました。なんだか仲直り前のようで悲しいです。


 わりと悲しいので平成に帰りたいです。


「あーっ!」

「うおっ、どうした」

「私帰る方法探してない……」

「……お前、気付いてなかったのか。てっきり色々考えてるもんだと思ってたが」

「まったく、まっったく考えてないです! どうしよう帰れない!」


 たった今思い出した、何よりも大切なことに、今度は私が泣く番でした。

 私は一体どうすれば平成に帰れるのでしょうか。誰か教えてください。


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