私と妹の百合事情!?
「あっ、だめ! 陽香、やめてってば!」
「ふふっ、顔真っ赤にしちゃって。可愛いなあ魅音は……」
魅音は抵抗も虚しく、いともあっさり私の手でベッドに押し倒された。魅音のさらさらとした艶やかな長い黒髪がシーツの上に拡がり、それと同時にほんのり淡い柑橘系の香りが私の鼻腔をくすぐる。魅音のシャンプーの香りだ。
──ああ、魅音。私の魅音。
その烏の濡れ羽色の美しい髪も、愛嬌に満ちた二重まぶたと琥珀色の瞳も、絹のように滑らかな肌も、柔っこいもちもちとした頬も、色っぽく潤った唇も……
その全てが、愛おしい!
「あっ……!」
ベッドが軋む音と、魅音の呻き声が重なる。私は魅音に覆いかぶさるように重なり、おでことおでこがくっつくくらいまで顔を近づけた。
「どい……て」
「嫌だね。だって、魅音も本当は期待してるんでしょ?」
「そ、そんなこと!」
充分染まり切っていたはずの魅音の頬がさらに血色を増す。琥珀色の瞳は忙しなく泳ぎ、私の意地悪な視線から逃れるように斜め下へと逸れた。
「私は魅音のことが好き。肌と肌、心と心を濃密に重ね合わせたいくらいに、好き。それは魅音も……同じだよね」
「ううっ……」
ほんの5、6秒だけ、私たちの間を沈黙が埋めた。魅音の無言を同意の証と捉えた私は、彼女の熱を帯びた両頬に手を添え、その顔を僅かに上向かせ、ほんのりと湿った唇に自分の唇を近づけ────
「──で、この漫画はいったい何なの?」
私はパタンとノートを閉じると、カーペットの上にこじんまりと正座している少女を上から見下ろし冷ややかに問いかけた。
「えっと、それは、その……てへっ☆」
「誤魔化すな!」
──何なの何なの何なの何なの!? 何なのよこの漫画!
無地の大学ノートに描かれた、少女漫画タッチの漫画。それだけなら何も問題はない。
けれどどうして……
「どうして、登場人物が私と魅音がなのよー!」
漫画の中で、私と私の友人がエッチな展開を繰り広げている。しかも同性同士。魅音を押し倒してキスを迫る私。
……意味が分からない! あまりの混乱と羞恥でノートを破いてしまいそうだ。
「えっと、あの……ごめんなさい!」
「ごめんじゃなくて! 説明しなさいよ説明! ど・う・し・て・! こんなものを描いたの? ほんっと信じられない! よりによって……」
もう一つの大きな問題。そう、何を隠そうこの漫画の作者は……
「なんっっで、実の姉でエロ漫画描いてんのよあんたはー!」
……私の実の、妹なのだ。
目の前の、私の剣幕に慄いて乾いた苦笑いを浮かべちょこんと正座しているこの女子中学生こそが、血を分けた私の妹、青海陽菜。そしてこの漫画の作者なのであった。
※
──ことの発端はおよそ2時間前に遡る。
私、青海陽香が通っている女子校は中高一貫校で、現在私は高校2年生、妹の青海陽菜は中学2年生。高等部と中等部で別れているものの、姉妹揃って同じ学校に通っている。
放課後、私は中等部の校舎に用事があり赴いたのだが、そこで一人の女子生徒に話しかけられた。
「陽香先輩! 大変です! 由々しき事態です!」
以前私と何度か話したことのある彼女は、私のことを陽香先輩と呼んだ。
自慢じゃないけど私は後輩に人気があって、今日みたいに中等部の校舎へ行こうものなら多くの女子生徒から黄色い声をもらう。その様相は先輩に対する後輩のあいさつとは一線を画すもので、アイドルに群がるファンという構図にたとえるとしっくりくるかもしれない。
私が通っているこの女子校には、そういった擬似アイドル的に祭り上げられる女生徒が毎年少なからずいるという奇妙な伝統があって……私は演劇部で活動を続けているうちにいつの間にか人気者になっていた、というわけだ。
……まあ、それは置いといて。
中等部校舎の廊下は放課後だったので人通りも少なく、あまり生徒に声をかけられることもなく私は歩いていたのだが、理科室の前を通り過ぎたあたりで背後から駆け足でやってきた女の子に呼び止められたのだ。「由々しき事態です!」だなんて突然言われてびっくりした。
最初は「またファンの女の子かな?」と思ったけど、どうも様子がおかしい。目を吊り上げ眉間にしわを寄せ、どうも何かに憤っているようだった。
事情を聞いてみると、鼻息を荒げた彼女にとんでもないモノを見せられた。
それは、一冊の大学ノート。中に描かれていたのは、先ほど話題に上げた、あの漫画だ。
私と、私の友人である森浜魅音が、女同士で……エッチなことをしている漫画。
「我が校の宝である陽香先輩と魅音会長をモデルにこんな猥褻なものを描くなんて許せません!」
どうやら彼女は、自分の憧れの先輩二人を題材にし性的な創作物を生み出した輩に憤っているらしい。「犯人を見つけ出して謝らせましょう!」といきり立っている。
事情を聞くと、つい先ほど廊下にぽつんと落ちていたこのノートを拾った彼女は、落とし主に届けてあげようと名前が書いていないか探した結果中身を見てしまい、その内容に憤慨した、というわけらしい。そしてこのノートをどうするべきか考えていたところにたまたま私が通りかかったから報告することにしたのだとか。
「と、とりあえず、あんまりおおごとにしたくないから、このことは内緒にしておいてくれないかな? あとはこっちで対処するから」
ノートの拾い主は犯人に対する怒りを燃やしつつもそれで納得して引き下がってくれた。
私がおおごとにしたくなかった理由は二つ。
一つは、この漫画の主役が私と魅音だから。
もう一つは、この漫画の作者が私の妹なのだと、すぐに見当がついたから。
絵や漫画を描くことが陽菜の趣味であることは昔からよく知っていた。少女漫画風味のラブコメなどを主に描いていて、私は感想を求められてしばしば読まされている。
けれど、今回みたいな漫画は初めてだった。百合漫画なんてほとんど読んだことがない私には刺激が強すぎたし、おまけに、よりによって、主役が私と私の友達の魅音だなんて……
さすがにこれは看過できない!
──というわけで、私は帰宅するなり妹の部屋へ向かい、こうして問いただしているというわけだ。
「いやー、まさか廊下に落としていただなんて。やっちゃったなぁ」
カーペットにちょこんと正座したまま開き直ったように笑う陽菜。
「やっちゃったなぁ、じゃないでしょ! あんなもの落とすだなんて信じられない!」
「帰りに廊下で鞄の蓋うっかり開けっぱなしにしたまま友達とプロレスごっこしてたら中身全部こぼしちゃってさ。そのあと回収したんだけど漫画ノートだけ拾い忘れちゃったみたい」
「花の女子中学生が廊下でプロレスごっこなんかするんじゃありません!」
まったく、このやんちゃな妹は……
絵描きが趣味のインドア派かと思いきや、その実、野山どころか教室廊下を駆け回るアクティブおてんば娘でもあるのだ。中高一貫で淑女教育を謳う我が校の平均品位をこいつ一人で著しく下げていると言っても過言ではない。
しかし何故かみんなの人気者でもあるから困る。陽菜は見るたびにいつも友人に囲まれ輪の中の中心にいるのだ。高等部に上がる頃までには私と同じ学園の擬似アイドルになっているかもしれないと考えると、姉としても在校生としても胃が痛い。
陽菜は黙っていれば、かわいい。少しクセっ毛のセミロングの髪に、ぱっちり開いた瞳が愛らしい。背は若干小柄だけど胸の発育はよくて、姉の私とは正反対だ。ショートヘアーで切れ長の目をして、背が高く胸の発育がすこぶる悪い私とは大違い。
「で、どうしてこんな漫画描いたの?」
冷ややかに見下ろし問い詰めると、陽菜はわざとらしく唇を尖らせ拗ねた顔を作った。
「えー、べつにいーじゃん。そーやって創作物の内容に文句つけるのはひょーげんのじゆーのしんがいですよー」
「減らず口をたたくのもいい加減にしなさい! あああ、あんなの、あんな……私と、魅音が……あんなこと……。思い出すだけで顔から火が出そうだよ!」
「たいへん! 今すぐ鎮火用に水汲んでこなきゃ!」
「いいから座ってなさい!」
私は立ち上がろうとする妹の頭を押さえつけた。
「ちぇえーっ」
「ほんとにあんたってやつは……」
ため息をつかずにいられない。困った妹を持ってしまった。
陽菜の漫画に登場させられた森浜魅音は私のクラスメイトで、高等部生徒会の会長。そして学園一のアイドルだ。
その人気は絶大で、当然のようにファンクラブがあり当然のように毎月会報が発行されている。魅音が学校集会で演説をするたびに生徒たちは浮かれたオーディエンスとなり黄色い声援を送り、魅音が校内を歩くだけでうっとりとした顔で彼女を見つめるものや握手を求めるものやプレゼントや手紙を手渡すものが現れる始末。魅音は誘蛾灯のように人を惹きつけ引きつけるのだ。
魅音とは中等部からの付き合いで──いや付き合いといってももちろん恋人的なアレではなくて──とても仲の良い友人だ。
一緒にお弁当食べたり他愛ない雑談を交わしたり、ときには相談をしたり相談に乗ったり。学校ではしょっちゅうと言って良いほどつるんでいるし、放課後や休日もよく一緒に遊びにいく。
「そうそう! この間もふたりでデートに行ってたよねっ!」
「デートじゃない! 洋服買いに行っただけ! って、反省してないでしょあんた! テンション上げるな!」
「まあまあ、落ち着いてよお姉ちゃん」
「うるさい! ていうかどうしてあんな漫画描いたのかいい加減答えなさい!」
「よくぞ聞いてくれました!」
「さっきから聞いてるでしょうが!」
「突然だけど、お姉ちゃんってかわいいよね」
突然過ぎる。
「は、はあ!? いきなり何言い出すのよ」
「一般的な『お姉ちゃん』がかわいいんじゃなくて、私のお姉ちゃん……陽香お姉ちゃんがかわいい」
しみじみとした様子で大胆なことを語りだす妹に、私はどぎまぎしてしまう。
「ちょ、やめてよ。何なの、突然そんなこと……」
「そういうふうに照れるところとか、とってもキュート。それに、背が高くて凛々しくて、勉強にも部活にも真面目で、特に演劇の舞台の上では誰よりも輝いている。まるで王子様のように見目麗しくて格好良くて、イケメンで……そんなお姉ちゃんのことが私は大好き」
「うう……ああもう、やめてってば、恥ずかしい……」
この妹は姉を殺すつもりなの? ほめ殺しにもほどがある。
私は学校でそれなりに人気があるわけで、お褒めの言葉もそれなりに頂戴してきた。正直慣れている。
けれども、血の繋がった身内に面と向かってこんなことを言われるのはまた違った照れくささがあって、むずがゆいのだ。 一つ屋根の下で寝食を共にし、くだらないことで喧嘩し、くだらないことで笑い合い、くだらないことで泣きあい。そうやって付き合ってきた妹に改まって私という人間を褒められると、猫じゃらしが全身をゆっくりと這い回っているかのようにくすぐったい。
もしや、そういうからかいの意図をもって美辞麗句を並べているのか? と思ったけれど。目の前にちょこんと座っている妹が私に向ける瞳には深い情感と思慕の色が見て取れるのだ。
──なんなのよ、もう。
そんなふうに見つめられると、変な気持ちになっちゃうじゃない。
具体的に何がどう変なのかは上手く言い表せないんだけど、恥ずかしくて妹の顔を直視したくないのに妹を腕の中に包み込んであげたいというような矛盾した──って変だよ!
変だ変だ変だ。こんなへんちくりんな感情は、褒め殺しにされた結果の気の迷いだとしてもどうかしてる。陽菜は私の妹なんだから。
その陽菜はというと、目尻を僅かに下げて頬に微かな赤みを滲ませている。その優しく撫でさするような、それでいて敏感なところを攻め立てるような視線を受け、私はますます当惑する。心臓が早鐘を打ちまくる。
「それに、お姉ちゃんの親友の魅音先輩も、とっても素敵な人」
「そ、そうだよね! 魅音は学校一の美少女だもん!」
陽菜が今度は魅音のことを語りだしたのでこれ幸いにと乗っかっておいた。
「烏の濡れ羽色の美しい髪、愛嬌に満ちた二重まぶたと琥珀色の瞳、絹のように滑らかな肌と柔っこいもちもちとした頬、そして色っぽく潤った唇。そのどれもが人を惹きつけ惑わす魅力に溢れていて、さらに出るとこ出て締まるとこ締まっているプロポーション抜群のスタイル。歴代最高の支持率を得る現役の生徒会長で、仕事熱心で品行方正、才色兼備の完璧超人。そのうえファンサービスも欠かさない、まさしくアイドルの鑑!」
「いや、アイドルじゃなくてただの女子高生なんですけどね、魅音は」
確かに魅音は綺麗で可愛いけれど。本人はそういうことをちっとも鼻に掛けていないし、自分がアイドルのように持て囃されていることを喜ばしく思っている反面、それで優越感に浸ったりナルシシズムに溺れたりなどは決してしない。人付き合いがよくブラックなジョークも時折口にするけど、基本的に真面目で人間がよくできている子なのだ。私が保証する。
「そんな魅音先輩とお姉ちゃんは、固い絆で結ばれた親友同士!」
「し、親友とか、そういう言い方ってなんだか照れくさいな……」
けど、満更嫌でもない。嫌じゃないって思っちゃうからこそ、照れくささの袋小路にはまりどんどんむず痒くなってしまうから困る。
「魅音先輩が生徒会の仕事で思い悩んだときはお姉ちゃんが支え、お姉ちゃんが演劇の練習が上手くいかなくて落ち込んだときは魅音先輩が慰める。とっても素敵な関係だよね」
「まあ、その……そう、かな」
「そうだよ!」
先ほどから陽菜がお世辞で飾り立て私をからかったりご機嫌取りをしているようには感じられない。本心なんだな、と思うと、顔が火照る。
「……うん、ありがと」
「そんな私の大好きなふたりがこんなにも素敵な関係を築いてるんだから、エッチな妄想せずにはいられないよね!」
「おかしい! その理屈はおかしいって! あんたの頭の中どうなってるの!?」
この愚妹、すべてぶち壊しやがった。
「おかしくないよ! ふたりが親友以上の関係へと一線を越えるところを妄想するのは至極自然なことだよ!」
「ちょ、なに? あんたって、実の姉でそういうこと妄想しちゃえるの? それが楽しいの?」
「もちろん!」
「くっ、なんて曇りのない顔を……」
おまけに目は爛々と光っていて、いっそ神々しいくらいだ。ある種の誇りさえ見て取れる。
「……まあね、なかなか理解してもらえない趣味ってことは、わかってるよ。……おかしいよね、女の子同士の恋愛なんて」
「いや待て待て、私はべつにそのことを否定してるわけじゃ……」
「ほんと!?」
「ちょ、迫りくるな! ……私は女同士がどうこうって言いたいんじゃなくて、私自身を使ってそういう漫画描くのやめてって言いたいの!」
「えー、しょんなー……」
つんつんと両手の人差し指を突き合わせて落ち込んでみせる陽菜。実にわざとらしい。
「だって恥ずかしいんだもの! それに私と魅音はそういう関係じゃない! いたって健全な関係です! 友人関係!」
「え? 恋愛関係を不健全な関係って言いたいの? 姉上それは誤りだと申し上げます」
「うるさい! 揚げ足とるな! ていうかあんたがその漫画落としたせいで他の子にも見られたわけだし……もう恥ずかしくて穴があったら入りたい……」
「照れてるお姉ちゃんかわいい!」
おい、テンション上げるな。
「これを機会に魅音先輩との関係をなんだか意識し始めちゃって、「あれ? なんでこんなにあの漫画のことばかり思い出すんだろう。もしかして私、魅音とそういうのになりたいってどこかで思ってるんじゃ……」ってなったりするんだよね!」
「なるわけないでしょ! あんた……ほんっっといい加減にしなさい!」
「あはは、ごめんごめん。……本当に、ごめんね」
「ちょ、急にしょぼんとしないでよ……調子狂うなあ」
「やっぱり……不愉快だったよね」
陽菜は先ほどまでとは一転、ふざけた様子もなく真面目で憂いを帯びた表情になった。
「嫌だよね、妹に勝手に自分を漫画にされるのなんて。でもね、私、溢れるパトスを抑え切れなくて……。お姉ちゃんと魅音先輩が話しているのを見ると胸がドキドキするようになって、頭の中がもわもわして、あんなことやこんなことが次から次に思い浮かんできて、気がついたらノートにペンを走らせてた。絵になった妄想を見てさらに胸がドキドキして、また色んなシチュエーションが思い浮かんで……。そうやって、お姉ちゃんで興奮してた。ごめんね、こんな変態な妹で」
ぽつりぽつりと紡がれた陽菜の言葉に胸がざわついた。気がつくとごくりと唾を飲みこんでいた。石膏を塗り固められたみたいに体が硬直している。ドキドキドキと心臓だけが逸っている。
──私、やっぱり陽菜の姉なんだ。
見た目は全然似ていないし、性格だって違うはずの私と陽菜だど。
不思議と馬が合うというか、物事の好みや趣味が同じだったりするんだ。
陽菜は自分のことを変態だと言ったけれど。
どうやら私も、変態だったみたい。
姉に劣情を抱く妹を見て、自分も劣情をそそられるなんて──
「……いいよ、許してあげる」
「えっ?」
興奮と自分の感情に戸惑う感情とで声が上ずりそうになる私と、虚を衝かれたように聞き返す陽菜
「陽菜の気持ちはわかったから。本当は、すっごく恥ずかしいんだけど……、いいよ、漫画描いても」
「ほんとに!? いいの!? え、え? だけど、どうして?」
「言ったじゃん。陽菜の気持ちはわかったからって。……そのかわり、お皿洗いとお風呂掃除一週間当番代わってよね。交換条件だからね」
それは、単なる照れ隠しと誤魔化し。
秘められた下心には気づいてほしくない。
「う。うん! 喜んでするよ! 一週間と言わず一ヶ月でも! お姉ちゃん……大好き!」
「きゃっ! 陽菜!」
飛びあがり抱きついてきた陽菜を受け止め、その柔らかい感触と仄かに香る甘美な匂いにくらくらする。
私の目と鼻の先にある陽菜の頭。その少しクセのあるセミロングの髪は私が毎日梳かしてあげている。自分の髪のように感触を把握して、自分の髪以上に大切に手入れしてあげている。
ていうか、自分のこと以上に妹が大切なのだ、私は。
でもその妹は姉でエロティックな妄想を重ねノートに描写していて……、でも私はそんな妹にドキドキしちゃってるみたいで……
もうだめだ。妹のこと、妹なのに、意識せずにはいられない。今のこの短い時間で魔法にかけられてしまったみたい。十四年間共に過ごしてきたはずの妹が、私を性的な妄想に使い劣情を募らせている。そんな気持ちの悪いはずの事実を突きつけられたのに、私は嫌悪するどころか胸のときめきを感じてさえいる。
イケナイ何かに、目覚めてしまった。
それに……
昔からなんだけど、私って妹に甘いんだ。多分、シスコンってやつ。
ごめん魅音。だらしのない私を許して……
「って、そうだった、魅音だよ魅音。魅音には絶対に見つからないようにしなさいよね」
「それなら大丈夫。魅音先輩はあの漫画の読者だもん」
「えっ?」
「あっ……」
ほんの数秒、姉妹の間を気まずい沈黙が埋めた。完全に不意打ちだった。衝撃の展開に脳のキャパシティーが限界を超え思考がフリーズ。魅音、漫画、読者……えっ?
脳髄を覆っていた氷がだんだん熱で溶けていき、思考が再始動する。羞恥で体が沸騰しそうなほど熱い。湯気が出そうだ。
「まさか、学校にこの漫画持ってきてたのって、魅音に読ませるため……」
「……てへっ☆」
「てへっ☆ じゃ…………ないでしょおおおおおお!!」
「あわわわわわ! お姉ちゃん落ち着いて! 殿中、殿中でござるよお!」
「どどどどどーゆーことかいいいい今すぐ説明しなささささ! 魅音が読者!? あの漫画の!? それどーゆーこと!? ちょっと陽菜! 待ちなさああああい!」
妹だけじゃなく、親友までもが私を苛むのか!
どうすればいいの……!?
ああもう、わかんないよ! 陽菜も魅音もバカバカバカ!
──もしかして、魅音も私のこと妄想して、興奮して……
……こんなこと考えちゃうあたしも、バカの一員なのであった。
おわり




