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優しい悪夢はつづく 4

苦手な担任真崎千景が案外いい奴で優しさに泣きそうな梅吉二十歳♂

 俯いたら涙が出そうなのでずっと車の窓越しに空を見ていた。もう月が浮かんでいて、その横に小さく一番星が輝いている。

 「お前、自分に自信がないんだろ」

 千景がゆっくりと喋り出す。梅吉はその問いにイエスともノーとも答えなかった。

 「入学式の日、クラスに馴染めない、自分に自信のない奴が後ろの方の席でぽつんと座ってたからな――つい声をかけてしまった。理由が見つからなくてあんな言葉になってしまって、もしもしお前が気にしていたなら今謝ろう」

すまんな――と千景の口から零れ出す。今更なんでそんな風に優しくするのか、卑怯だと思った。

 (――いや、卑怯なのは)

 卑怯なのは自分なのかもしれない。わざと嫌われようとした。苦手だと決めつけて彼の事を知ろうとしなかった。

 逃げ回って、嫌がって、きっとかなり失礼な態度をとっていただろう。千景からはそんなそぶりが見えないから分からないが、もしかしたら傷つけていたかもしれない。

 千景は教師らしく、クラスになじめない自分に声を掛けてくれただけだ。堅苦しくないようにすこし冗談めかして触れ合ったてくれただけけだ。それを自分は変な勘違いをしてその好意を受け取ろうとはせずに嫌な顔ばかりして――。

「ククククっ」

ステアリングを握っていた左手を離し、それで口を少し覆うようにして千景が堪え笑いをした。

「なんて顔してんだお前は!」

 肩を震わせ、自分の方を見ては笑っている。失礼な男だ、女の子の顔を見て笑うなんて本当に許せない。許せないのに、バックミラーに映った自分は唇を噛みしめ、眉を寄せた必至に泣くのを堪える子供のような顔だった。なるほど確かにこれは笑えるかもしれないと思いながら、梅吉は笑うことはできなかった。





 千景曰く『自分のクラスの生徒の自宅は全て把握してる』と言う言葉通り、道案内をする事もなく迷う事も勿論ないまま梅吉の自宅までたどり着いた。

 結局梅吉は泣きそうなまま、一言も喋らず千景は気まぐれに独り言のように吐き出す言葉をただ聞いていた。

 そこから察するに、千景は三人兄弟の長男、あのチャラ男が次男で中等科に百花という妹がいるらしい。鈴之助とは大学からの同期でたまに柔道の寝技を掛けられて迷惑している。黒帯の彼の技術は中々馬鹿にできないようで本気で苦しのだと苦い顔をして言っていた。それは本当に心の底から嫌そうな顔だった。鈴之助は柔道部の顧問だが、千景は空手部の顧問でよかったら入部しないかと誘われたがそれだけは首を振って否定する。空手部も柔道部も、バスケもバレーも運動は嫌いだし苦手なのだ。

 「じゃあな」

 自宅前、運転席の窓を開けて千景が別れの挨拶を告げる。

 自分は喋っていないけれど千景の話は面白かったし、車の中での時間は不快なものではなかった。だから別れるのが少し寂しいと感じてしまう。もう少し話したいだなんて思ってしまうのだ。つい数時間まで苦手だと思い込んでは逃げ回っていた人間相手に、この頭は本当に都合がいい。その都合の良さが我ながら嫌になる。

 ああ、駄目だ――本当に自分は最低な人間だと思い知る。鈴之助の時もそうだった。オカマだと嫌悪していたくせに少し優しくされただけで手の平を返した。そして千景も、あれだけ苦手だと思っていたのに、今はそれほどでもない。

 むしろ好感を持っている。もしリアル世界でこんな教師に出会っていたなら、きっと少しは学校が楽しかったのかもしれない――と。

 「ああ、そうだ。千鶴のバカがあんな調子だから言い忘れていたんだが、来月から第2金曜日に委員会が始まる。お前はクラス委員だから強制的に生徒会だからな」

 千景の言葉の意味がよく分からない『生徒会』と言う言葉、よく似たものを最近聞いた気がしたが一体何故だろう。


  『生徒会長の真崎千鶴まさきちづるです』


 はっとして、思わず千景の顔を見れば視線が合った。そして梅吉が何を考えるのか分かったのかまた肩を震わせて笑う。

 「まぁ、そう心配するな生徒会の顧問は私だ」

 弟の監視はしっかりする。そう言った彼の顔は教師と言うよりはやはり兄の顔に近いと思う。いつもより多少柔らかい感じのするその表情は身内向けのものだろう。

 ふっと身体の力が抜け、梅吉は自分でも気が付かないうちに笑みを浮かべていた。

 「ああ、ようやく笑った」

 そんな梅吉をみて千景は目を細める。愛しいものでも見るような表情。丹精な顔をしているからそんな表情をされると少しどきりとしてしまう。

 「可愛い――もっとよく見せろ」

 そう言って千景は身を少し乗り出し梅吉の腕を引いた。少しつんのめるように梅吉は前に屈む。

 

 「え?」

 

 左頬に何かが触れ。柔らかく暖かい。チュ――と可愛らしい音を立ててそれは離れる。


 (キスされた!?)


 そう気が付いて唇が触れた頬に手を当て千景を見れば悪戯が成功した時のような子供のような顔をしていた。 

 「ごちそうさま」

 そしてあのいつもの意地の悪い笑顔を浮かべ、窓を閉めると軽く手を振って赤いスポーツカーは低いエンジン音を響かせながら颯爽と去っていった。

 

 (やられた!)


 すっかり油断していた。

 そもそも教師の癖に生徒相手にあの男は何をやってくれるのだ。悔しい。なにが悔しいって――……。

 「ちくしょう!PTAに訴えられろ!」

 悔しさにもう既に見えない赤いスポーツカーの去った方に向かって中指を突き立てながら梅吉は吠えた。

 前程嫌じゃないのが悔しい。自分は千景に心を許してしまったのだろうか。それとも今は女の子だから乙女脳になってしまったからなのか、このまま千景エンドにたどり着くのは千景が苦手じゃなくなった今でもやっぱり嫌だと思う。

 思うのに、


 「ちょっとドキドキしちゃってるんじゃねぇーよ俺……」


 自分の心臓がずっとさっきから煩くてたまらない。


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