優しい悪夢はつづく 3
フラグをへし折りに来た筈が、何故かフラグの補強を行ってしまった。しかも新キャラも出て来て波乱な予感しかしない。
もういっそ、男キャラの誰か一人マシな奴の攻略に取り掛かった方がいいかもしれないとさえ思った。
この前の一件で周の事は見直したし結構良い奴な気がする。キャラ的にもメインだしきっと攻略は難しくないだろう。ルート的には王道だ。
もしくは鈴之助――外見に不似合いな声さえ気にしなければ見た目は女だ。オカマだし用意されてるエンディングは女性同士の友情エンドの雰囲気に近い可能性がある。真澄はまだ未知数だが多分、今此処にいる奴らよりはマシな気がする。
(恐ろしい予感しかないぞ真崎ブラザーズ)
生徒会長、真崎千鶴は終始笑顔を絶やさずそれが怖い。
頭の中がぐるぐるしていた。一体これからどうすればいいのだろう?とそればかりで、回りの音が一切聞こえなくなる。
「――で?月見里は何をしにここに来たんだ?」
だからそう話を振られて咄嗟に出た言葉が
「は?え?お前に会いに来たに決まってるだろ」
になってしまって、その対応はまるで気があるようじゃないかと後から気がついて
「――!?、ち、違う!今の嘘!」
酷く慌てた。
しかも、いつもの千景ならそれでからかってきそうなものなのに。
「そ、そうか」
なんて口ごもるから余計に変な雰囲気になる。
「ああ、月見里さん兄さんの事が好きなの?」
そこに来て相変わらず笑顔を浮かべた真崎弟が余計なセリフを言う。
「す、好きじゃない!全然好きじゃない!」
全力でそう否定するも、この場での否定はむしろ照れ隠しみたいに見えただろう。かといって「うん」とも言えない。いやそれを言ったら本当に終わりだ。梅吉の頭の中で両手を万歳し、口を開けて笑うあの顔文字がくるくると回っている。
「真っ赤になちゃって月見里さんって結構初なんだね。まるで恋愛した事ない子みたいだ」
クスクスと真崎弟は梅吉の様子を見て笑うと手を伸ばし、そっと頬に触れてくる。その動作があまりに自然で抵抗する事も忘れた。
あまりに優雅な動きは昔妹と見たアニメの中の王子様のような自然さだ。
「かわいい」
顎を持たれ上を向かされる。視線がぶつかって心臓が大きく跳ねあがる。
(――ああ、これはマズい)
ぼんやりと頭の片隅でそれだけ思った時には千鶴の唇が目前に迫っていた。
「ストップ」
が、視界は突然真っ黒なものでいっぱいになる。
「お前、教師の目の前で不純異性行為を行う気か?」
よく見たらそれは出席簿の背で、自分と千鶴の間を割るように千景の手でそれは刺し込まれていた。
「やだな、兄さん不純な気持ちなんて一切無いしキスなんて挨拶みたいなものだよ」
この兄にしてこの弟ありなのだろうか、いやもしかして兄よりもさらに弟の方が
(チャ、チャラい!)
見た目は真面目そうなだし生徒会長と言う肩書に騙されるところだった。先入観で生徒会長は優等生で生徒のお手本になるような人物だと思い込んでしまっていたのだ。
しかし、真崎千景の弟なのだからそんな筈はなかった。危なかった――寸前のところで
(ファーストキスを男に奪われる所だった!)
変なところで拘りのある梅吉はVRのエロゲーでも「唇のキスだけは好きになった人と」なんて自分ルールで未だゲームのキャラクターともキスした事がなかった。
今回だけは千景の存在に心から感謝する。真崎千鶴、兄の真崎千景以上に油断のならない危険な相手だ。
「さて、私は今日はもう帰る。研究室の鍵を閉めてしまうからお前達外へ出なさい」
千景は立ち上がり白衣を脱ぐ。帰り支度をする千景を見ながら、もう下校時間だと気が付いた。
(ああ、一体何しに此処に来たんだ俺は)
本当にこれでは、千景に気があるみたいじゃないかと梅吉は溜息を零す。とにかく帰ろう。そして、もう今は何も考えずに眠ってしまいたい。そしてできれば目覚めたくない。
肩を落とし梅吉が研究室を出ようとしたその時――。
「じゃあ帰ろうか?」
真崎弟の腕が梅吉の肩に回されていた。
「もう結構暗いし、送っていってあげるよ。女の子の一人歩きは危険だもの」
なんで?と視線だけで問いかければそう返答が来る。
(お前の方が危険だよ!)
――と言いたいがコミュ障+口下手+衝撃が大きすぎて言葉が出ない。
(どうしよう、こわい)
同時に、あの花見の日の事を思い出す。力じゃ男に敵わなかった。
流石にあの酔っ払いのような事はしないとは思う。思うが、その手の平が肩を抱き寄せるその力強さがあの日の出来事そフラッシュバックさせた。
「千鶴……今日は中等科に寄って、百香と帰るんじゃなかったのか?」
背後からの言葉と共に肩に乗っていた重みが無くなる。
「朝そう百香が言ってたぞ。早く行ってあげなさい」
真崎弟はつんのめったように前に一、二歩出るとべしゃりと床に突っ伏す。梅吉の横、彼がさっきまでいた場所には千景の長い脚があった。そして、床につっぷす弟の背中には足跡がくっきりと付いていて彼は千景によって蹴とばされたのだ後から気が付いく。
ぽかんと、真夏に車に轢かれたカエルの死骸のようなその後ろ姿を梅吉はただ眺めた。そして千景が誰かを蹴飛ばすのを見るのはこれで二度目だなんてぼんやりと思うのだ。
「ホラ、出なさい」
ぽんっと軽く背中を押され研究室から押し出される。千景も出ると扉を閉めてしっかりと鍵をかけた。
「さぁ、帰るぞ」
床に転がった弟をそのままに千景は廊下を歩き出す。正直、弟と二人っきりだけは回避したかったので梅吉も小走りで後に続いた。
校門を潜り、職員用の駐車場。何も考えずにただ追いかけてしまった事を後悔する。目の前には真っ赤な曲線が特徴的なスポーツカー「乗りなさい」そう言って千景はそのスポーツカーの助手席の扉を開けたからだ。
(何時の間に一緒に帰る事になってるんだ!?)
着いて来てしまった自分も悪いのだが、弟と二人きりも嫌だが、兄の方と二人きりも嫌だった。
ここはなんとか誤魔化して回避しよう、そう決意したのに、
「あっ!うーめーちゃーん!」
背後から聞こえた千鶴の声に思わず車に乗り込んでしまった。
梅吉が乗り込んだのを確認すると千景も運転席に乗り、キーを回しエンジンをかける。低く唸るようなエンジン音が響いた。手を振りながら千鶴がこちらに向かって走ってきている。
「せ、先生はやく!」
もうこれは消去法だった。
弟より兄のがマシ、ただそれだけ――そして選択肢は今、それしかない。だから梅吉は千景にそう急かす。千景は肩を震わせて「ククク」っと小さく笑いながら車を発進させた。
「弟が嫌いか?」
道に出てから一個目の赤信号、千景がそう聞いてくる。いつもの面白がるようなからかう時の口調だ。
「き、嫌いって、言うか、苦手な感じで」
心の中で「あんたの事も苦手だけど」と付け足す。流石に言葉にして本人に言う気にはなれないが。
「そうか私はてっきり、お前は私のような者が嫌いなのだと思っていた」
千景の言葉に一瞬思考が止まる。気が付いていたのか――と思った。途端に申し訳ない気持ちになる。千景は気が付いていてそれでも自分に話しかけて来てくれていたのだ。
休日の花見に来たり、放課後の見かければ声を掛けたり。もし、自分なら――と考える。もし自分ならきっと自分の事を嫌ってるだろう人間にこんなに話しかけたりはしない。なるべく視界に入らないように、なるべく存在を気が付かれないように行動してしまうだろう。
「私も人だからな、誰かにそう思わるのはあまり気分がよくない。私も相手の事を気に食わないならいいが私はお前の事は嫌いではないしね」
赤信号が青に変わる。
ぶるるるるるるぅぅぅぅ。
低い唸り声を上げながら赤いスポーツカーは滑るように走っていった。
「だから今日、お前が私の為に着飾ってくれたり、こうして頼ってくれたことがとても嬉しい」
空の色は赤と青のグラデーションだった。一番星がもう出ている。
「ありがとう」
千景がそう梅吉に言った。
(まただ――)
また礼を言われてしまった。
自分は何もしていないのに。
むしろ今回の行動は悪意しかなかったのに。
そんな自分に彼は礼を言うのだ。
嬉しそうに笑みを浮かべながら、嫌われようとした梅吉に対して、卑怯な行動に出た自分に対して、心から感謝して見せる。
(どうしよう)
向けられたことのない感情と言葉、どう返していいのか分からない。
今はただ、
(泣きそう)
――で。




