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優しい悪夢はつづく 2

ゲーム中に厄介なシステムがあるんじゃないかと鈴之助に聞きにくと、そのシステムはやっぱりあったし友情エンドが無いと言う絶望的な情報ばかりを入手。とりあえずなんだか貞操の危機を感じるので千景のフラグだけでもへし折りたいと思い千景の好みじゃない女性になってやろうと思ったのだが!?

 言われるままに瞼を閉じ、じっと動かないようにした。なんだかとてもドキドキとする。一体自分はこれからどうなってしまうのだろう……と。

女の子が初めて化粧する時もこんな感じなのだろうか――なんだか身体がふわふわとして落ち着かなかった。どんどんと、自分じゃない他の誰かになっていくような感覚。不思議とそれは嫌なものではなかった。綺麗になる為に――と言うのは勿論だけれど、この感覚が味わいたいから女の子は化粧するのかもしれない。

 (どうしよう癖になったら)

 乙女ゲーが切っ掛けで男の娘デビューしてしまったらどうしようと思ったら、先ほどからの胸の高鳴りとは違う意味で心臓が鼓動を打った。

 でももしかしたら、今は女だからこの感覚が分かるのかもしれない。きっとそうだと自分に言い聞かせる。

 瞼を開けて、鏡を見たら、自分は一体何になっているのだろうか。不安と期待が入り混じった。



 確かに自分と桜子は兄弟だ。

 今の身体も、ゲーム用に女性に補正されてるとはいえ梅吉の名残が若干あったりする。

 だから、化粧をした結果そうなっても仕方ない。何より初めて自分の顔を見た時も彼女にそっくりだと思ったぐらいだから仕方ないが……。

「そっくりじゃないか……」

 鏡の中の人物が余りに自分の妹によく似て居て驚愕せざる終えない。化粧をした自分は芸能人の誰に似てると言うわけでもなく、何よりも誰よりも実の妹の顔にそっくりだった。

 同時に化粧のすさまじさを知った。

 「若いしファンデは塗ってないわよ。アイメイクだけ」

 ピンク色の化粧ポーチに化粧道具を仕舞いながら鈴之助が言う。覚える前にとりあえずメイクをしてもっらが、一回では何が何だか分からないままだ。

 「しっかしどうしたのー?この前まで女らしさ皆無だったのに急にメイク教えてくれなんて」

 何故自分がこんな行動に出たかヒントは千景のセリフに隠されていた。

 (あいつは派手な女が嫌いだ)

 華美に化粧した――とあの男は言ったのだ。裏を返せば清純で清楚な飾らない女性が好きだと言うことになるのではないだろうか。

 とりあえず、まずは千景の好感度を下げる事から始めよう。何がなんでもあの教師とのエンディングだけは嫌だった。

 いや、良い教師だとは思う。授業も分かりやすい。回りの生徒からも好かれている。俺様な性格が玉に致命傷だが、教師としては多分満点だろう。しかし、どうしようもなくあの教師は怖い。アダルトな匂いがプンプンして貞操の危機を感じずには居られないのだ。だからとにかく、へし折る。千景とのフラグになりそうなものは全て。

 まずは奴の好みから著しく外れる容姿に変身することから始めよう。友情エンドが無い事に絶望するのはその後だ。

 (ものすごい美人と言うわけじゃないが)

 鏡をじっくり見れば我ながら少しは可愛くなったと思う。

 後はこのまま千景に会いに行けばいい。恐らくあの男は生物研究室にいるだろう。

 「鈴之助!ありがとう!」

 だから礼を言って保健室を飛び出した。

 茜色の夕日が窓から差し込んでいる。梅吉は生物研究へと走って向かう。

 (これで!これで!)

 きっと千景の自分に対する印象はガタ落ちになるだろう。もしかしたらもう話かけてさえ来ないようになるかもしれない。一人、こうして構わないで済むキャラができるというのは負担も大分軽くなる。そうなったなら大分気持ちが楽だ。



 でも、



 研究室の扉を開ける。

 きっと自分はどこか誇らしげな顔をしているだろう。どうだ見たか! という気分だった。自分はお前の大嫌いなタイプだろうと。

 「委員長……お前」

 自分の姿を見た千景は目を丸くして驚いている。それはそうだろう。まったく別人とまではいかないが、アイメイクだけで大分印象が違う。なんせ、本人がこの変身ぶりに一番ビックリしてるのだ。目元を弄るだけでこんなに顔が変わるだなんて、もう詐欺なんてレベルじゃないこれはやはり芸術だと――。

 「化粧してるのか?可愛いじゃないか」

 千景の言葉にはっと梅吉は我に返った。

 「えっ、お前今、なんて?」

 どうぞ聞き間違えでありますようにと願わずにはいられない。もっと嫌がってくれなくてはいけない。そのために鈴之助にさっきメイクをしてもらったのだ。これから自分は化粧をし、もっと可愛くなり、そして千景の理想からかけ離れていく予定なのに。

 「私はあまり着飾ってる女性は好きじゃないが、月見里のそういう姿はなかなか新鮮でいいものだな」

 千景はうっとりと少し頬を赤らめてそう言ったのだ。その表情から好感度を確認しなくても分かってしまう。

 「嘘……だろ?」

 何故上がってしまうのか、何故好かれてしまうのか。

 「私は嘘は言わない」

 微笑むな。

 頬を赤らめるな。

 声が柔らかくなっている。

 委員長呼びだったのに何時の間にか苗字で呼ぶようになっている。勘弁してくれ――と思う。この世に神様と言う奴が居るなら一体どれだけ人の人生を弄べが気が済むのだろうか。お目当てのゲームは出来ず、こんな所に閉じ込められて、友情エンドもなければ苦手なキャラを回避することさえできないなんて。

何回絶望すればいいのか、その度前向きに考えを改めて『まだ頑張れる』と自分に言い聞かせて、立ち尽くしてしまいそうな足をなんとか一歩でも前へと踏み出してここまで過ごしてきた。

 なのに、この仕打ちはあんまりだ。

そして、この日の絶望はそれだけでは終わらなかった。

 「失礼します」

 その時、凛としたよく通る声が研究室内に響き渡る。振り返るとそこには、少し見覚えのある感じのイケメンがいた。涼しげな切れ長の目。通った鼻筋、まるで―――そう。

 (ち、千景にそっくり)

 違うのは眼鏡が無いことと髪型、後は身長はこっちの方が低い。ブレザーを着ているところを見ると生徒だろう。

 「ああ、千鶴ちづる丁度良かった。うちのクラス委員長の月見里梅だ」

 千景に千鶴と呼ばれた青年は右手を差し出しにっこりと笑った。

 「生徒会長の真崎千鶴まさきちづるです」

 その苗字に、そして、表示されているハートマークに突き落とされる。


 「兄さんのクラスの生徒さんか――兄をよろしくね」


 苦手キャラの好感度を下げるどころかむしろ上がるし、これ以上出したくないのに新キャラが出てしまうし、しかもその新キャラはどうやら千景の弟のようで。



「アハハハハハハ」



 もう乾いた笑いしかでない。



 何一つ解決できていない梅吉の乙女ゲーライフは続く。




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