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カリモノノ世界ヨリ 4

クライマックスです。

 本能が逃げろと告げた。

 危険だと、旋毛から足の指先まで電流がはしる。

 弾かれたように梅吉は駆け出す。

 「待て!」

 後ろから投げつけられるその声はやはり野太い男の声だった。

 今更、

 今更鈴之助の警告の意味が分かった。

 今までどんなに自分たち以外のユーザーを探してもNPC以外に出会う事が無かった。

 そして彼女と出会った後もまた、自分たち以外のユーザーは現れていない。

 いくらこのゲームが過疎っているからと言っても不自然だと疑うべきだった。

 ユーザーの居なくなったオンラインゲームサイトはいずれ閉鎖される。

 一人や二人のユーザーでは運営なんて出来ないからだ。

 梅吉はオフラインのゲームしかやらないからそのことを失念していた。

 ここがオンラインだと言うなら、彼女が居る事が不自然だ。

 いや、この世界がまだあること自体おかしい事なのだ。

 少し考えたら簡単な事だったのに。

 (最低だ)

 自己嫌悪で死ねるなら梅吉はとっくに息絶えているだろう。

 それぐらい重苦しい鉛のようなものが胸の中に詰まっている。

 「どこに逃げる気だ」

 必死に逃げる自分の後から響く声に焦りはない。

 獲物をいたぶり殺す。

 そんな獣の余裕を背中に感じた。

 走っても、走っても、足が空回りしてるような気がするのはどうしてだろう。

 空中を走ってるようだった。

 一向に前に進めている感じがしない。

 「君たちがとらないといけないもの教えてあげようか?」

 先ほどまでの男の声とはうって変って今度はあの、可愛らしい女の子の声が梅吉の鼓膜に届く。

 思わず走りながら振り返る。

 たった5メートルほど後ろに、あの子の姿があった。

 ピンクの髪の毛のツインテールの可愛い女の子の姿。


 「大赤鷺の蝶形骨ってのはね」


 にっこりと隙のない笑みを浮かべて彼女が言った。



 「あたしの頭蓋骨の事だよ?」



 言ってる意味が梅吉には分からない。

 (あたしの?あたしのってどういう?)

 頭の中で彼女の言葉を繰り返してみても、全速力で走る酸素不足の脳みそでは答えを見つけることができない。

 ばさっと背後で妙な音が聞こえた。

 ちらりと振り返って、それを見てしまった事に梅吉はすぐに後悔する。

 彼女の肌が剥がれ落ちていた。

 ひび割れて、鱗でも落ちるみたいにポロポロと。

 その肌の下にのぞいた赤い色は肉ではない。

 肉よりも赤い。

 血のように瑞々しくもない。

 真っ赤に燃え盛るそれはまるで炎のようで。

 (人じゃない!?)

 ようやくそれだけは理解して、無我夢中で逃げるけれど彼女との距離はむしろ縮まりつつあった。

 

 「僕のものにならないなら君なんて殺してしまおう」

 

 それの口から出る言葉は一体どういう意味なのだろう。

 そういえば、彼女の様子が変わる前にも何か言ってた気がするが今はそれを考えてる余裕がない。

 足が痛い。

 それよりもっと肺が悲鳴を上げていた。

 はぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁ

 繰り返す呼吸に唾液を飲む隙すらなく、からからに乾いた喉は切れたんじゃないかと思う程で、口の中は鉄っぽい味がしている。

 「助けてっ!」

 誰か、

 このままアレに捕まったら自分の命はない。

 そのことだけは分かった。

 酷い殺意を感じる。

 覚えのある感じだ。

 あのお化け屋敷や、別荘で感じたものとよく似ている。

 いや、これは全く同じものだ。

 自分への病的なまでの執着と殺意。

 (こいつが!?)

 事の元凶なのか。

 犯人。

 ハッカー。

 しかしやっぱり梅吉にはここまでされる覚えが一つとしてない。

 そもそも、人との付き合いをずっと拒否していた。

 特定の相手に好かれたこともないが、憎まれる事もないと思う。

 (なんで、俺が!)

 その言葉だけが頭の中でぐるぐる回る。

 「うぁっ!」

 その時、小さな小石に躓いて梅吉は派手に転がった。

 とっさに受け身をとったから大きな怪我はしていないが、擦りむいたのか手の平や膝がチリチリと痛い。

 その時、さっきまで白い光に照らされていたはずの自分の視界が暗くなった。

 獣の匂い。

 生暖かい息遣いをすぐそばに感じた。

 「捕まえた」

 ぎこちなく後ろを向く。

 「―――――――!!!!!!?????」

 梅吉は思わず言葉を失う。

 大きな赤い鳥によく似たものが大きな嘴を開いている。

 その嘴の中には鋭い牙がみっしりと生えていて、咬まれたらひとたまりもない事がわかった。

 (にげなきゃ)

 そう思うが、身体に力が入らない。

 さっきまであれほど激しくしていた筈の呼吸さえ梅吉は忘れてしまっている。


 「助けて……」


 怯える梅吉に怪物は寄生を発する。

 とても人間には出せない音で気味悪く鳴いた。

 それはまるで梅吉の様子を笑っているようだ。

 (もう駄目だ)

 諦めが梅吉の身体をゆっくり支配していく。

 自分はここで死ぬのだ。

 そう思った。

 これほどの殺意。

 これほどの執着。

 逃げる事などできない。

 そう感じた。

 (せめて一言謝りたかった)

 程い事を言ってしまった友人に謝罪したかった。

 感謝したかった。

 でもそれも叶わない。

 自分は死ぬのだ。

 なんで殺されるのか結局理解できないまま、よくわからない人物に今から殺されるのだ。


 「抵抗ぐらいしなさいよ!お馬鹿!」


 梅吉がゆっくりと瞼を閉じた時、聞きなれた声が耳に飛び込みそれからすぐに響いたのは



 「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 おぞましい悲鳴だった。

 「立ちなさい!」

 腕を引かれ立ち上がる。

 しかし相変わらず力が入らずそのままふらついて、その腕の中に身体を預け立つ事が精一杯だった。

 「鈴之助、俺……」

 助けに来てくれたあんな酷い事を言った自分を。

 それだけで胸がいっぱいになって言うべき言葉を吐き出すことができない。

 「話は後!あんた戦える?」

 いつもの鈴之助がそこに居た。

 少し安堵したものの恐怖からかまだ膝がかくかくと小刻みに震えている。

 「無理そうね……じゃあ、後ろに下がってて」

 鈴之助は梅吉を自分の後ろに引かせると剣を構える。

 大きな鳥はいつの間にか人の形に戻り始めていた。

 手で額を抑え、指の隙間から鮮血がぽたぽたととめどなく溢れている。

 「そんなにその男がいいか?」

 ぎろりと眼球だけを梅吉に向けてそれが問いかけてくる。

 「この子はあんたの事なんて、知らないってよ!」

 言葉と同時に鈴之助が襲い掛かる。

 しかしそれはヒラリ身を翻しと鈴之助の攻撃をかわした。

 けれど鈴之助はめげる事なく攻撃の手を休めない。

 「さっさと、くたばって」

 空を切る剣の音、

 「この子を」 

 砂利の擦れる音、

 「解放しなさいよ!」

 そして鈴之助の息使いが聞こえていた。

 けれど、攻撃は一撃として当たる事なく鈴之助の体力だけが落ちていくのがわかる。

 「お前が死ね!」

 セリフと同時に鈴之助が吹っ飛んだ。

 「ぐはっ!」

 壁に叩きつけられ鈴之助がうめく。

 「鈴之助!」

 梅吉は駆け寄りその身体を抱き起した。

 もう身体に力が入らないだとか怖いだなんて言っていられなかった。

 「お前はなんなんだ!なぜここに居る!僕の作った世界に!」

 ソレはゆっくりと、こちらに歩いてくる。

 その形はあの大きな鳥でも可愛らしい少女でもない。

 青白い頬の削げた黒い紙の見たともない男性の姿をしていた。

 「そんな泣きそうな顔しなくてもだぁいじょうぶ。ちょっと背中打っただけだから」 

 鈴之助は悪戯っぽく笑うと梅吉の頬を優しく撫で、それから再び立ち上がった。

 「もう戦えるわね?」

 頷く。

 もう大丈夫だった。

 生きるために。

 帰るために。

 自分は今、戦わなくてはならない。

 自分の運命は自分で切り開かなくてはいけない。

 これまでだって、そうとう無茶な事を乗り越えてきた。

 いきなり女の子になって混乱しながらも、ゲームを進めてきた。

 大丈夫。

 そう自分を信じる事を梅吉は学んだから。

 「援護する」

 弓を構える。

 一人ではない。

 共に戦ってくれる友がいる。

 それがたとえ人口知能でも、データでも、自分にとってはかけがえのない人だった。

 「帰るわよ」

 鈴之助が再び敵に向かっていく。

 強い風のようなものが吹いて、再び吹き飛ばされるそうになって踏ん張ってそれに耐える。

 (駄目だ)

 風を纏っているようだった。

 弓矢を放ったところできっと意味は無いだろう。

 なら、

 「お前は誰なんだ?」

 梅吉は彼に声をかけた。

 「悪いけど、本当に俺はお前の事を知らない」

 震えそうな声をなんとか抑えて、わざと馬鹿にするような口調で言葉を発する。

 「覚えて……ないだと?この僕の事を?」

 男は目を見開いて驚愕していた。

 「全然」

 あっさり言いきる。

 実際、本当にこんな男に見覚えはない。

 どれだけ記憶を探っても、あの夢の彼とも違う。

 (だってあの人は鈴之助にそっくりで)

 そしてとても優しかった。

 今、目の前のこの男は絶対に夢の人物ではない。

 そうなると、本当に彼は誰なのか分からない。

 「梅吉!」

 鈴之助が悲鳴混じりに自分の名前を呼ん だ。

 そういえば初めて名前を呼ばれたような気がする。

 ゴツン!と頭を強く打ち付けられた。首を掴まれて、地面に仰向けに押さえつけられていた。

 「ぐっ―――!」

 じわじわとく首に体重をかけられりる。

 眼球が飛び出し、舌が腫上り顔に溜まった行き場の無い血液が爆発しそうだった。

 「そのこをはなせぇぇぇえ!!!!」

 鈴之助がその背中めがけて剣を振りかぶる。

 「!!!!!」

 がしかしやはり吹き飛ばされる。

 「ねぇ、嘘だと言ってよハニー?僕が一番好きだって言ってくれたらこの男も君も助けてあげるから」

 猫撫で声で男が言う。

 酷い耳鳴りがして、今にも意識が途切れそうだったけれど梅吉はゆっくり唇を笑みの形にして絞り出すように言ってやった。


 「死んでも、ごめんだね」


 「うあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」


 そう男が絶叫したのと鈴之助が再び剣を振りかざしたのは同時だった。

 わずかにできた隙をついて、その首を下から上に跳ね上げて切り落とす。

 首と身体が離れた瞬間、ばたりとそれは地面につっぷした。

 狭まっていた気道が急に開けて一気に入っていきた酸素に梅吉はせきこんだ。

 「大丈夫?」

 その背中を鈴之助が優しくさすってくれた。

 「もう、なんて無茶すんのよ」

 鈴之助は泣きそうな顔をしていて、

 「あっ」

 その背後の世界がぐにゃりと歪む。

 「帰れる?」

 あの世界に。

 いや、もしかしたら

 

 「帰れるわよ」


 現実世界に。



 

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