カリモノノ世界ヨリ 3
猿の惑星で初めて人類と会った主人公はきっとこんな気分なんだと思う。
酷い事を言ったのは自分の方なのに、何故か梅吉の胸はギリギリと痛んだ。
息苦しさと気まずさに耐えきれず、思わず鈴之助を突き飛ばしその場から逃げ去る。
「ちょっと!」
自分を呼び止める鈴之助の声を背中に受けながら、俯いてただひたすらに走り去った。
(俺、最低だ)
途端に積もる罪悪感。
今まで散々、鈴之助には助けられてきた。
自分が男であること、ゲームから出れなくなっていること、正体の分からない何者かに命を狙われて居る事。
鈴之助だけが知っていて、それがどれだけ救いだったか分からない。
(なのに)
自分と同じ、NPCでない本物のプレイヤーを目の当たりにした途端、彼に自分の気持ちが分かる筈無いと思ってしまった。
あの場で言った事は確かに勢いが大部分だけれど、確かに自分はそう思ってしまった。
一瞬でも、そんな事を思った自分が最低だと思う。
同時に、それはどうしたって埋まらない自分たちの違いのような気がして。
ハァハァハァ――……。
ただ衝動のままに走り、息苦しさに立ち止ればそこは全く見覚えのない場所に梅吉はいた。
町の中ではあるのだろうけど
(ユーザーの生活スペースかな?)
オンラインゲームは不慣れであまりやった事はないが、オンランの世界でも家を買い結婚し生活できたりするらしい。
そんな事に何の意味があるのだと梅吉が思って居たのは多分半分は僻みだろう。
ソロでやるならオンラインゲームで無くてもいい。
むしろ、ゲームでまで人と関わりたくない――ずっとそう思ってたくせに、このゲームで自分と同じ「人」を見つけた瞬間嬉しくなってる。
あれほど不要だと思っていた癖に。
開け放たれたままの窓から家の中を覗いてみる。
たとえ長期放置したところでほこりがたまるなんて事はないのか、モデルルーム並みに綺麗な部屋の中、暖炉の上にはこの部屋の持ち主だろう人達の写真が飾られていた。
この人達は一体どこへ行ってしまったのだろう?このゲームには飽きて、もう他のゲームに居るのだろうか。
変わらず二人で居るのか、それともこのゲーム内だけの関係だったのか。
楽しみ方は人それぞれだからそんなこと大きなお世話なんだけれど。
でも自分にはどうもそういうのが理解できない。
もっとも、現実でもゲーム内でもコミュ障の自分にはそうやって誰かと同じ時間を長く過ごすなんて事できるはずもないが。
「あれ?」
背後から声が響いて梅吉は反射で振り返る。
そこにはヒナタの姿があった。
「良かった!また会えたね」
ヒナタは人懐っこい笑みを浮かべながら小走りで梅吉の元へとやってくる。
「ごめんね?なんか私のせいで彼氏と喧嘩しちゃったんでしょ?」
彼女は少し膝を折り曲げて梅吉の顔を覗き込むと今にも泣きそうな様子でいきなりそう詫びてきた。
「いや、喧嘩じゃなし、それに彼氏でも無いし」
鈴之助のあの様子を目の当たりにして、今、梅吉が一人でこんな所に居たら喧嘩したと思われても仕方ない。
実際は、喧嘩――と言っていいのかどうかさえ分からない。
ただ梅吉が一方的に鈴之助を傷つけ、気まずさに耐えきれなくなり逃げてきただけだ。
喧嘩って言うのは多分こういうものではない。
喧嘩をする程、自分は誰かと深く関わった事は無いから分からないが。
「そうなの?なら7いいんだけど……あっ!私の家すぐ近くなの!せっかくだしお茶でもしってて?」
先ほどまで心配して泣きそうだったヒナタは途端にまた笑顔を浮かべるとそう言って梅吉の腕を引いた。
(このまま宿に帰るのも気まずいしな、かと言って一人で居たらなんか考えすぎちゃうし)
どちらにしても宿までの道が梅吉にはよく分からなくて、多分ヒナタに聞かなければ迷って変な場所に出てしまうだろう。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
立場は違うまでも、ずっと一人きりだったゲーム内で、自分の事を理解してくれる者に会った喜びは分かる。
(もしかしたら、何か情報が手に入るかもしれなし)
いや、もしかしなくても確実に手に入るだろう。
ヒナタはこのゲームのモンスター全てをもう倒している。
ならば、梅吉達が最終的に倒し手に入れなければいけないアイテムの事もきっと知っている筈だ。
「こっちの家だよ」
ヒナタはニコニコして梅吉の腕を引いた。
きっと誰とでも彼女はこうして仲良くなれるのだろう。
そして、このゲームが全盛期の時にはたくさんの仲間に囲まれて楽しくこのゲームをプレイしていたに違いない。
ヒナタの家はイメージ通りのピンクの壁に赤い屋根のいかにも女の子が好きそうな可愛らしい部屋だった。
部屋の中も正に女の子といった感じで、レースとフリルにあふれていて、色は白とピンクに統一されている。
ピンク色のシャンデリアと白いラグマットの上に二人掛けのソファが向かい合うように二つ置かれていて、その一方に梅吉は腰かけていた。
この部屋だけ見てると剣を振り回し大きなモンスターを一人で討伐してしまうような子にはとても見えない。
「はいどーぞ」
梅吉に差し出されたのは花柄のソーサーとティーカップ。カップの中からは白い湯気と同時に紅茶と蜂蜜の香りが立ち上った。
「ありがとうございます」
まさに女の子の部屋で緊張してしまう。
よく考えたら、女の子の部屋に入るなんて自分には初めての経験だった。
いや、ゲーム内でなら数えきれない程あるが、生身の女の子の部屋は初めてで、身体が強張ってしまう。
(これもゲームだから『生身』じゃないけど)
それでも、中身がプログラムか人間かでは大分違うものだ。
プログラムの女の子相手なら、最終手段にリセットしてしまえば関係は修復可能だが、中身が人間相手ではそうはいかない。
(なるべく、迷惑にならないようにしないと)
そう思って、梅吉は縮こまってソファに腰かけていた。
「そんなに緊張しないでー!自分の家だと思って寛いでね」
お茶菓子のクッキーをソファの向かえにある机に置くとヒナタは自分の分の紅茶に口をつけた。
丁寧に両手でカップを持つその仕草は、梅吉が理想とする女の子そのものだった。
まるでゲームキャラクターみたいに完璧に女の子のヒナタ。
仕草も、容姿も、趣味も。
(実在したんだなぁ)
自分の一番身近である女子は妹ぐらいで、その妹はあまりに女子らしさというものからはかけ離れていた。
部屋へ機能性と便利性重視で、片付いている飾りっ気がないし、容姿は仕事や遊びに行く時は化粧もするが服はシンプルなものが多い。
(なんてったって、人の頭を本の背で殴る女だからなぁあれは)
それとヒナタを比べる事自体間違いなのだろうけど、比較する対象が梅吉には妹しかいなかった。
(そういや元気かな?)
もう随分会ってない、妹、桜子。
そんなに会っていないような気がしないのは鏡を見るとよく似た顔が映るからだろう。
(本当にそっくり)
紅茶の水面に映りこむ己の顔に思わず苦く笑う。
今の自分のこの顔は自分のものだとも思うのと同時に妹桜子によく似た人物だとも思う。
それはとても不思議な気分だ。
小さい頃は、妹のが男勝りだったから自分たちは性別を間違えて生まれてきただなんてよく母に言われたものだが。
どっちが年上なのか分からないぐらいしっかりした妹だった。
今頃何をしてるだろう。
こんな兄でも心配してくれてるだろうか?
しっかりした彼女の事だからゲームをやったまま戻らない自分の世話をしてくれてる違いない。
そう考えると申し訳ない気持ちと、現実に帰った瞬間どんな言葉で詰られるのだろうという恐怖に思わず背筋が寒くなる。
早く現実に戻りたいが『ついに乙女ゲーまでやりだしたの!?まじきもい』ぐらいは言われそうだから、今らか心の準備をしておこう。
「ところでさ、あの人、彼氏じゃないって本当なの?」
梅吉の向かいのソファに座ったヒナタは再びそう聞いてくる。
「彼氏……ではないかなぁ」
しかし、本来ならそうしなくてくてはいけないキャラの一人に彼も居る。
だから
「今は、まだ」
と一応付け足した。
言いながら、そうだ鈴之助も攻略しなければいけないのだと思い出す。
こっちのゲームに来てから攻略どころでは無くて、すっかり忘れていた。
(攻略どころか酷い事いちゃったしなぁ)
さっき言った自分の言葉を思い出し、溜息が漏れる。
攻略対象であろうが無かろうが、自分は本当に最低な事を言ってしまった。
「どうしたの?やっぱり喧嘩?」
梅吉の溜息に気が付きヒナタが声を曇らせる。
「いや、喧嘩まではいかないんですけど…ちょっと酷い事言ってしまって」
――と、ヒナタに言った瞬間にポトンと自分の拳に何かが落ちた。
それは雨のような雫で。
「あれ?」
次から次へと落ちてくるそれは、自分の目から出ているようで。
「あの人の事好きなんだね」
静かにヒナタの声が部屋の中に響く。
好き――なのだろう。
勿論、自分は男だからその好きは恋愛的な好きではなく、ヒナタの言う好きは恋愛的な意味での好きで意味は違うのだけど。
それでも自分は鈴之助が好きだと思う。
彼は今まで一番近くに居てくれた人なのだ。
そりゃ、たまに迷惑だと思う事もあったし、彼のせいで厄介ごとに巻き込まれたりも一回や二回ではない。
考えなしの行動や、ホラー好きの癖に共食いというキーワードに苦手なのもどうにかならないかと思う。
突っ込みを入れるだけで疲れる。
でも、本当に鈴之助が居てくれてどれだけ自分は助かっただろう。
このゲームに来てしまったときだって、自分一人だったら前向きに動けていたかどうかも怪しい。
「俺……本当に酷い事いちゃった」
涙が出てるそうわかると途端に気持ちが追い付いて、どうしようもない苦しさが胸の中でぐるぐると渦巻いた。
「あの男が泣くほど好きなの?」
前方からそう響いた声。
一瞬誰のものか分からなかった。
「え?」
だから顔を上げるけど、そこにはヒナタの姿しかない。
でも、さっきまでのヒナタとどうも様子が違う。
笑ったり、泣きそうになったり、喜怒哀楽の激しい彼女の表情が一切無くなっていた。
「イチゴさん?」
システムの不具合だろうか?と問いかける。
「そんなに?」
低い低い声だった。
それは女の子のものとは思えない。
まるで、それは
「もしかして、君?」
男性の
ようで、




