カリモモノ世界ヨリ 1
一つ苦難を越えて、二人の絆はより深いものになりました。
が、
日々クエストをこなしながら装備を揃え、アイテムを購入し確実に資金は溜まっていった。
梅吉も鈴之助もすっかりこちらの生活に慣れて、夜と昼をもう十回程迎えている。
「いやぁー今日の討伐クエはちょっと苦労したわね」
夕暮れの街中は赤い光の中ぽつりぽつりと街頭が点きはじめた中を鈴之助と二人で並んで歩く。先程クエストを終えギルドから報酬を貰い今は宿屋へと帰る途中だ。
「でも、これで装備が作れるしよかったなぁー……いっそ装備レンタルとかあったら楽なのに」
そうすれば、一々素材を集めずに済むと思うのはゲーマーとしては邪道だが。
「そんな、スキーやスケートに行くんじゃないんだから」
梅吉の発言に鈴之助が笑う。そんな会話に、梅吉ははたと我に返った。
何か、大切な事を自分は忘れている気がするのだ。
(レンタル……借りる……)
「借り物競争だ!!!!!」
そう、自分達は借り物競争中にこの世界に飛ばされたのだ。
「おまっ、俺たち競技中ってかここから出ないといけないのに、何馴染んでんだよ!」
即座に目的を思い出し焦りだすと鈴之助が
「え?あんた忘れてたの?どーりでゆっくり構えてると思った!」
少し呆れながら軽く笑いとばす。
「お前、覚えてたなら少し焦るとかしろよ!」
そんな事、このミスターマイペースに求めても仕方ない。そう分かっているが苦情を言わずにはいられない。
「ふふふ……あんた、私が何も考えてないと思った?」
いつものように「仕方ないでしょ」そう無責任な返事が返ってくるかと思ったら以外にも鈴之助の言葉は梅吉の予想に反するものだった。
「正直、何も考えてないと思った」
相手の不適な笑みと台詞に驚きつつ、本音を口にすれば鈴之助の眉がぴくりと上がる。
(あっ、怒ってる)
などと思いながらぼんやりとその様子を眺めていると鈴之助は何か動作をする。空中でボタンを押すような動作をした。
それはおそらくアイテムか何かを取り出そうとしてるのだろう。
そして、程なくキラキラと光る粒子が鈴之助の手のひらに集まりそれは一枚の茶色い紙の形になる。
「はいこれ」
そして出されたのはクエストのチラシのようなものだった。
そこには赤い鳥の絵が書かれている。
文字は読めないがおそらく討伐クエストのチラシだろう。しかしデフォルメされてるがこの赤い鳥、どこか見覚えがあった。
(確かこれは――)
そして、梅吉はここに初めてきた日の事を思い出す。
平和な学園から突如熱帯雨林のジャングルのようなあの場所に飛ばされたあの日、頭上に飛び去っていった大きな赤い鳥がいた。
『大赤鷺の蝶頚骨』
そもそも、それがこの世界に居る目的なのだ。
そして、あの日見た大きな赤い鳥はおそらく大赤鷺だろう。
しかし、
「これ、難易度凄い高くないか?」
チラシに書かれている星の数に梅吉は情けない声を出した。
星の数はなんと十個もある。今、梅吉と鈴之助がこなしてるクエストは一番上でも五個ぐらいのものだ。
それだって、二人では結構苦戦する。しかも、難易度が高くなると時間制限があってなんどかタイムオーバーになった事もあった。
「そうなのよねー……」
答えを求めて鈴之助を見れば、彼もやはり同じ問題にぶつかっていたらしく、溜息交じりに肩を落としながら言葉を零した。
「せめて、あと二人パーティーに欲しいよな」
剣士が一人、ガンナーの梅吉が一人の今のパーティーはバランスは良いが大物を狩るにはダメージソースが足りない。
仕方なく、大物を狩りに行く時は梅吉も剣士で行くがそうすると狩りの補佐役が居なくなる。
獲物に罠を仕掛けたり、眠らせる薬を打ち込むのはやはりガンナーの方が身軽にできるからだ。
それに、剣士とガンナーの装備が違うから二種類揃えるとなると資金もかかってしまう。しかないから、梅吉の剣士装備は最低限のものだ。
グレードアップはガンナー装備を優先するから、たまに剣士で狩りに行けば誤って一発喰らっただけでも瀕死になってしまう。
しかも相手は翼を持っている。
そうしたら、やはり武器に遠方攻撃のできる弓は持って行きたい。
しかし、そうすると――考えが一周する。やはりあと二人は人員が欲しい。
「駄目元で募集してみる?」
鈴之助のその提案に今は頷くしかない。
おそらく、きっとそれは無意味なことになりそうだけれど。
だって、ここはオフラインゲームで、パーティーを募集したところでNPCには通用するのだとうか。
「そういう機能ついてるかもしれなし」
とりあいず、それに期待する。
もしかしたらランダムでNPCが割り当てられるかもしれない。
来た道を再び戻り、二人でギルドに戻る。
そこで、パーティーの人員募集のチラシを書き貼り付けておいた。
「どれぐらい待ってみる?」
NPCが自動で――ならば、おそらく翌日には希望通りになっているだろう。駄目ならば、やはり自力で頑張るしかない。
「とりあいず、今日は帰って明日またここに来て考えよう」
あまり時間はかけたくないが、急いでも今はどうしようもないだろう。
実は、梅吉も鈴之助も未だ一回も『死んで』いない。
自分達がどんな風にこのゲームに干渉してるか分からないから、体力が尽きそうな場合はそうなる前にリタイアするようにしているのだ。
本来なら、体力が尽きてしまった場合、再び復活できる限度が3回ありそれが尽きるとギルドへと強制送還されるのがこのゲームのシステムなのだがそのシステムが自分達にも適用されるかはわからない。
だから二人で話し合い、危なくなったらリタイアするようにしている。
しかし、難易度が高いクエストに今の装備で行ったら恐らく一撃死するだろう。防具や武器の強化には他のクエストに行き地道にやらなくてはならず、もし二人パーティーでやっていくならその時間の長さを覚悟しなければいけなかった。
今頃、現実の自分はどうなっているのだろう。あの乙女ゲーからログアウトできなくなって半年以上ゲーム内では経過しているし、ここに来てもう十日もたっている。
流石に家族の誰かが気が付いて、今頃自分は病院のベッドの上だろうか。乙女ゲーからログアウトできずに生死不明なんて後世に語り継がれる恥だ。
しかし、そんな事も言っていられない、死んだらそのままその恥で終わるが目覚めれば訂正する事ができる。
(だからって、エロゲーやろうとしたら乙女ゲーでしたって正直に言ったらまた恥の上塗りだけどな)
ともかく、ゲームの中で神頼みと言うのも変な話だが、今は希望を捨てずに明日を待つしかなさそうだ。
翌日、早朝に宿屋を出て二人でギルドへと向かった。
時間が早いせいか、昼間より建物の中の人は少ない。鈴之助は受付に向かい昨日張り出したチラシに誰か人が来たか尋ねに行った。
遠目から梅吉はその様子を見ているが、受付嬢が首を横に振っているからおそらく駄目だったのだろう。
やはりオフラインに人員を募るのは無理なのかもしれない。
大体が、最近のゲームはオンラインでゲーム内で自分でない誰かと繫がり協力しゲームをクリアするのが主流になってきているのだ。
恋愛シュミレーションならいざ知らず、RPGなら、自分以外のパーティーメンバーはオンライン上の他のユーザーとの協力プレイが当たり前のようになっている。
そんな時代に作られたゲームでオフラインでのプレイなどオマケのようなもの、ソロでなくやりたいならネットに繋いで……がゲーム会社側の考えなのだ。
友達が居るなら友達と、居ないなら知らない人と――そうやって、コミュニティーを広げて楽しもうという試みなのかもしれない。
が、
そもそも、昔はゲームは友達が作れない者達のものだった。
現実では孤独でも画面の中では命を掛けれる仲間が居たし、自分が頑張らなければ滅ぶ国があった。
実際はちっぽけな自分をゲーム内の架空の世界はヒーローにして幸福な人生を送ってくれた筈だったのに。
(遊ぶにもコミュ障には世知辛い世の中だ)
そう言えば、自分がこういうゲームをプレイしなくなったのはオンラインシステムが取り入れられてからだった。
(現実で友達作れない人間がオンラインで友達作れるはずないだろうが)
内心で毒を吐き出していれば心なしか残念そうな顔をした鈴之助がこちらに帰ってくる。
「どうだった?」
そんなこと聞かなくてもさっきのやりとりを見て鈴之助の顔を見れば分かってしまうが
「駄目だったわ」
案の定な答え――分かっていてもやはり少しがっかりしてる自分がいた。
「仕方ない」
地味にクエストをこなして装備を強化し万全にして行くしかないだろう。それにどれぐらい時間がかかるかは分からないけれど。
「とりあいず、募集かけて二十四時間たってないからもう少し待ってみない?」
鈴之助が慰めるように梅吉に言った。
きっと無駄だろうと思いながら、その心使いが分かったから梅吉はその提案に頷く。
「その間に新しいクエストでもいくか」
どういう結果になっても、今日を無駄にするわけにはいかない。装備強化のためにも今日は新しいクエストをしたほうがいいだろう。
それから二人で適当に選んだクエストに向かう。
難易度はそれほど高くない。
討伐対象は正直、自分は苦手なフォルムをしているものだが、モンスターと割り切ればいけなくはない。
何より梅吉は今回ガンナーなので遠方攻撃でいい。
(あれに近づかなくていいって言うのはありがたい)
対する鈴之助は「それ」は平気なものだと確か一番最初の討伐クエストで言っていた。
だから心置きなく前衛を任せられる。
今回欲しいのはそのモンスターの卵で、その卵と引き換えに貰えるアイテムで今の装備の強度をかなり上げられるらしい。
フィールドは湿地帯、そいつの巣は洞窟の奥にあるらしく。
「いやん、どきどきしちゃう」
ホラー映画大好きの鈴之毛は松明か片手に洞窟の中を進む。
少し湿った冷たい空気と土とカビの混ざった匂い、いかにも「あれ」が好みそうな場所だと梅吉は思った。
ぴちゃん。
ぴちゃん。
ぴちゃん。
水滴の落ちる音がどこからか響いていた。
洞窟は狭くて長く、どうかこの狭い場所でだけは「あれ」と遭遇しませんように!そう梅吉は願いながら一歩一歩進んでいく。
元から暗いのは得意ではないし、こういう雰囲気も好きじゃないのだ。
前方の男は「お化け屋敷みたい」なんて言って十分に楽しんでいるようだが。
(まじで頼むから、この狭さではエンカウントしませんように!)
そんな梅吉の願いが通じたのか、しばらくして大きな空間に二人はでた。
ドーム型に岩をくり貫いたようなその場所、ここでならそれなりに距離をとって戦う事ができるだろう。
(よかった……)
そう梅吉が胸を撫で下ろした瞬間だった。
ぶんぅん――――と羽音が聞こえて、二人は思わず身構える。
「ヒィっ!」
分かっていてもそのフォルムに梅吉は思わず寄生を発してしまう。
黒光りする楕円形の身体、長い触覚。
「やっぱり、想像通りでかいゴキブリだ」
三メールはあるだろう大きなゴキブリが目の前に現れた。
昔から、害虫という知識があるせいか『ゲームの中の架空のモンスターでゴキブリに良く似ているだけ』そう分かっていてもやはり鳥肌がとまらない。
「鈴之助、頼んだぞ!」
そう言って梅吉は距離をとる。
「まかせなさい!カマキリだ駄目だけどゴキちゃんは平気なの」
反対に剣を構えて鈴之助は勇ましく巨大ゴキブリに向かっていった。
なんとも頼もしいものだ。
鈴之助が切りつけ、梅吉が弓を撃つ。
そそらく特にピンチになることなくこのクエストはクリアできるだろう。そう思っていた。
「逃げた!追うわよ!きっと自分の巣に行くわ」
巨大ゴキブリは弱りよろよろとしながら移動をする。今回の目的はこいつの討伐と卵なので、巣までこいつが道案内してくれるなら願ってもいないことだ。
殺さないように攻撃を止め二人で巨大ゴキブリの後を追う。
すると、6畳程の空間に白い卵がびっちりとある空間にやつは降り立った。
その卵の様子にも梅吉は鳥肌をたてたが、今はそんな事言ってられない。
はやくとどめを刺そう。そう弓を構えた時だ。
「ギャアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」
突如悲鳴が響く。
叫んだのは梅吉ではない、鈴之助だ。
鈴之助は蒼白して前方を指差しぷるぷると震えていた。
一体何が――と前を見れば、巨大ゴキは自分が産んだであろう卵を食べていた。中からは白いゴキブリの幼虫が見えていて。
まさか、と梅吉は鈴之助の顔を仰ぎみる。
「ご存知――無かったのですか?」
カマキリの一件でまさかとは思っていたが、この男、
「ゴキブリは共食いしますよ?」
やはりその事実を知ってしまった途端使いものにならなくなるらしい。
「無理!絶対無理!」
ああ、この光景に酷いデジャブを感じる。




