カリモノノ世界デ 5
目の前には大きなカマキリ。オカマはカマキリが嫌いなんだって。いや、ギャグじゃないです。むしろ今気がついた。
何故、ゴキブリさえ平気な男がカマキリが駄目なのだろうか。さっきから鈴之助は逃げ回りさっぱり攻撃をしていない。
鈴之助は剣士で武器が弓の梅吉より獲物に与えるダメージは上なのだから、ちゃんと攻撃してくれないと困るのだが
「こ、こないでぇぇぇぇぇ!!!!!」
さっきからこの調子なのだ。
たかが、星二つのクエストで、この大きなカマキリ自体はきっとそれほど強くはないと思うのだが、武器が弱いせいか梅吉が弓を打つも大きなカマで遮られダメージを与えられているか怪しい。
おそらく倒し方敵にはあのカマを壊して胴の部分を攻撃するのがいいのだろうけど、壊せる可能性の高い剣士は今、フィールド上を全力で逃げまくっている。
「大体、お前、なんでそんなにカマキリ駄目なんだよ!?」
相手の攻撃を避けながら梅吉は声を張ってそう鈴之助に向けた。
(おかしい、俺の武器は後衛な筈なのに、何故さっきから最前線に居るんだ?)
そんな疑問を抱きながら、攻撃する手だけは止めていないものの、相変わらず大きなカマで防御されて全く届いてはいない。
「だって!」
背後で今にも泣きそうなオカマ、もとい。男の声が聞こえた。
嫌いな原因が分かればもしかしたらどうにか言いくるめて、攻撃させることが出来るかもしれないなんていうのは単なる思い付きだった。
しかし我ながら、それは中々いい考えなんじゃないかと思っていた。
「カマキリってメスがオスを食べるのよ!」
このわけの分からない回答を聞くまでは
「え?だからどーした?」
確かに、カマキリのメスはオスを食べる。
産卵の時期、交尾の後に終わった途端無常にもその命を奪う。それは、命を後の世代に伝えるためのシステムの一つであり、虫に関して言うならば共食いなんて事は珍しい事ではない。
蜘蛛だって子供が母親の身体を食べたりするし、鈴之助が平気だと言ってたゴキブリだって餌がなきゃ共食いする。
むしろ、今後の産卵のためにそうぜざるおえないカマキリの方が、ゴキブリより尊い行為な気がするし
(ゴキブリまじ気持ち悪いな)
虫界の嫌われ者はダテじゃ無いと思い知らされる。
「共食いよ!あり得ない!」
と叫ぶこの男は恐らく、カマキリ以外の虫の生態を知らない。共食いと言う行為に嫌悪しているのならば、もしゴキブリの一件を知ったら平気だった虫が途端に駄目になるのだろうか。
興味もなけりゃ言う意味も無さそうなので梅吉は黙って言葉を飲み込んだけれど。
「お前、この前ゾンビ映画見て喜んでたじゃん。ゾンビが人の内臓食べてるシーン」
夏の合宿の時、鈴之助が持ち込んだDVDにB級映画のゾンビ物があった。一般的に知られている有名なゾンビ映画と異なり、設定やゾンビのできはややチープだったものの、人を食べる時のぐちゃぐちゃと言う湿った音や、臓器の造りなどはやたらとリアルで今思い出しても吐き気が込み上げてきそうになる。
そのシーンをまるで、メロドラマでも見るかのようにどこか高揚した顔で魅入っていた人間が、虫の共食いは気持ち悪いというのはなんともおかしい話だ。
「ゾンビはゾンビなんだから人間食べたところで共食いじゃないでしょ!?」
それはなんという理屈なんだろう。
「もういい!お前には頼らない!」
そもそも、梅吉が言ったにも関わらず、金を使いすぎた鈴之助が全ての原因なのだ。
もし、昨日夕食をもう少しつつましくしてたならこのカマキリを相手にしなくたって良かったはずで、そんな事を思い出して腹を立てる自分は女々しいと思う。
だが、腹の底からふつふつと沸き起こる怒りは収まる事がない。
「ちくしょぉぉぉぉぉぉ!!!!!」
衝動のまま、梅吉は弓矢を一本もって大きなカマキリに突撃する。
「でりゃぁぁぁ!!」
そして大きく振りかぶり、思い切り弓矢の切っ先で大きなカマを切りつける。
――キュルルルルルルゥゥゥゥゥゥゥゥゥッゥ!!!!
瞬間、黒板を鋭い爪で引っかいたときのような、高い不快な音が響く。
「ひぃっ!」
指先に伝わるそのむずかゆい感触に思わず梅吉は小さく悲鳴を漏らす。全身に鳥肌がたった。
しかし、そんな事でめげては居られない。このクエストをクリアしなければ今日泊まることさえ危ういのだ。
――キュルゥ!キュルルルゥ!!!!
切っ先が触れる度に、不愉快な音が鳴り響き、思わず両耳を塞ぎたくなるのを必死に堪えた。
難易度が低いおかげか、ターゲットの動き自体はあまり早くない。が、
「くっ!」
大きなカマを振り上げられて、梅吉は2メートルほど吹っ飛ばされる。
そう、どうしたって自分は女で装備も軽いものだから力負けするのだ。
オマケに弓矢で遠くから狙うよりは確実に傷は付けられるものの、たかが弓矢の矢。本当に『傷をつける』程度しかダメージを与えられていない。
(これじゃ駄目だ)
手のひらの中の弓矢の切っ先は刃こぼれし、先端も欠けて使い物になりそうもない。
後ろを振り返れば相変わらず脅えて前さえ見ていない鈴之助の姿があった。
その腰には、おそらく目の前のターゲットに一番有効だろう剣が括りつけられている。
ただ、一振り、あの刀をこの虫に向かって振ってくれるだけでいいのに。
たった、一撃。
「もう、どうにでも!」
なれ――とばかりに梅吉はその場を駆け出して、鈴之助の方へ走った。
「ちょっ!何!?何!?」
梅吉の勢いに驚愕する鈴之助など放置してその腰に携えられてるだけでまったく使われていなかった剣を梅吉は引きぬいた。
剣はずっしりと重たくて、持ち上げる事も容易にできない。
それでも、剣先を地面につけずるずると引きずって
「うりゃぁぁぁぁ!!!!」
渾身の力を込めて思いっきり振りかぶる。
刃は大きなカマに受け止められてしまったが、
ピシッ、ピシッ。
薄い氷にひびが入るときのような音が聞こえた。
「――っ!ぇい!」
再び切りつける。やはり、同じ音がする。
これなら、と微かに希望が見えて、梅吉は夢中で剣を振るった。
そして、
バリッッ――――!!
大きなカマがついに壊れた。
右側のものだけだが、片方だけでも大分ガードが甘くなるだろう。
「とどめだぁぁぁ!!!!」
一生言うことなんて無いだろうと思ってた台詞が梅吉の喉から自然と吐き出されていた。
下から上に向かって斜めに剣を振り上げる。
ぎぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!
多分、それは大きなカマキリの断末魔だったのだと思う。
生暖かい緑色の体液が梅吉の顔に身体に飛び散った。
ばたり!と砂埃を巻き上げて、カマキリはその場に倒れた。死後痙攣だろうか、時折脚の先がピクピクと動いているが完全に息絶えているようだった。
クエスト完了のBGMがどこからか鳴る。
(なんとか終わった)
梅吉は安堵しその場に座り込む。
――と、違和感を覚えた。
ふとものに直に土や草の感触を感じるのだ。
そう言えば、何故か少し肌寒い
「――!?」
ような気がして自分の姿を見て梅吉は絶句した。
さっきまで装備をちゃんとしていた筈なのに
「なんで俺、下着!?」
攻撃を受けて服が裂けたとかそんなレベルではない。自分は完全にブラとショーツだけの下着姿だったのだ。
「あんた、ガンナーの装備だったのに剣を装備すりゃそりゃスッポンポンでなるでしょうよ」
カマキリが死亡しもう恐怖はどこかえ行ったのかいつも通りの鈴之助の声が鼓膜に届き、次の瞬間にふわりと身体を何かが包む。
それは鈴之助の装備品の青いマントだ。幸いそのマントはそこそこ長さがあった。だから梅吉の身長が低いのも相まって前を合せればすっぽりと露出した身体を隠す事ができる。
「つまり、俺は、下着でずっと戦ってたわけか」
昨夜、もう少し気をつけようと思ったばかりなのに、早々にこの男の前で下着姿で大立ち回りしていたらしい。
流石の梅吉だって羞恥心を覚えるというものである。
「まぁ、ビキニアーマーだと思えばどうとも思わなかったけど」
なんて慰められても、恥ずかしいものは恥ずかしい。
「大丈夫よ。私、白い下着好きだし」
おまけにそんなよく分からないフォローまで入れられる。
「大体お前が!」
そう、鈴之助が戦わないのが悪いのだと声を張り上げた瞬間に大草原だった筈の場所はギルドの大広間に戻っていた。
「私、お金もらってくるわね」
周りの人間はNPCだろうが、大衆の中で大声を出すのは気が引ける。何より下着とマントだけという現代社会なら猥褻物陳列罪で逮捕されそうなカッコなのであまり注目されたくない。
「とにかくクリアできてよかった」
これで、今夜の宿と新しい装備ぐらいは買えるだろうか。
「お待たせ」
まもなく、鈴之助が戻ってきて麻袋に入った金貨を梅吉に渡した。
「さて、今日はもう宿に帰りましょう」
まだ、クエストは一つしかやっていないけれど、泥まみれだし梅吉に至ってた装備を整えないといけないし今日は大人しく宿に帰ることにした。
さっき、装備が解除された瞬間に当たり前だが裸足になってしまった梅吉は歩く度に地面の冷たさとちりちりとした痛みに耐えないといけなかった。
夢中で戦ってる最中は分からなかったが、どうやら足の裏を少し擦り剥いているらしい。
顔を顰めてうつむき気味に歩く梅吉に鈴之助は少し不思議そうな顔をして小首をかしげる。
「足、痛いんだよ――俺はゆっくり行くから先に宿に、うぁ!」
行けと言う言葉は自分の驚く声で掻き消えた。ふわりと身体が浮きがったからだ。
(お姫様だっこってやつ?)
身にまとったマントごと、今、梅吉は鈴之助に横抱きにされている。
「半分は私のせいだしね。これぐらい当たり前でしょ」
半分どころか、全部鈴之助のせいな気がするがもし自分一人でこの世界に閉じ込められていたならこんなに気楽に構えてはいられなかっただろう。
「そうか、ありがと」
だから、素直に今は例を言う。
「あら、あんた今、凄い可愛かったキュンときたわ」
なんて冗談めかして鈴之助が言った。
「そりゃ、どーも」
今、彼の心中を知る事ができるハートのゲージはなくて、それが冗談なのか本気なのかは知る事ができないが。
「なんとも乙女ゲーらしくなってきたなぁ」
他人事のように呟けば、自分を抱えたまま危なげない足取りで歩き出す鈴之助は自信満々の顔でこう言う。
「そりゃ、あたしも乙女ゲーのキャラクターですから」
そう言えば忘れていた。そう言って二人で笑い合いながら初の討伐クエストを終えて二人で宿屋へと帰ったのだった。




