カリモノノ世界デ 4
タイトルに関わる自体未だ継続中。
覚醒の間際に聞こえたのはバサリとう布擦れの音。
「さぁ!起きた起きた!」
次に耳に飛び込んできたのは、そう覚醒を促す声。
「うぅぅぅ」
突如失った温もりに梅吉はシーツの上で身体を丸めて小さくなりながら呻いた。
「ほら、さっさ仕度して狩りに出るわよ!」
覚醒しきらない頭に響いた言葉。
「かり?」
重たい瞼をなんとかこじ開け、辺りを見回す。
そうだ、自分はなんか乙女ゲーからさらに他のゲームに飛ばされて、言葉が分からなくて、食事をして、鈴之助が男だと自覚して。
「あ、ああ、ああー…」
後半を思い出すのはなんとなく気恥ずかしいし、居心地が悪くなるのだが目の前の男の態度は昨日と全く変わらない。
(むしろ、服ちゃんを着たとは言え女の子と一緒に同じ部屋で寝るとかフラグだろ。エロフラグだろ)
しかし、どうやら自分はまだ純潔のようだし、これも好感度が低いが故なのだろうか。
だとしたなら、今回に限っては幸運だったかもしれないが、先の事を考えるとこのオカマの好感度を本当になんとかしないといけない。
「――って、もう狩りに行くの?」
と言う事は、あの大きな鳥の攻略方法でも見つけたのだろうか。
みれば、鈴之助はもうすっかり身支度を整えていた。
自分が眠っている間に調べを済ませてくれたのだろう。そう考えるといくら疲れていたとは言え、寝こけてしまって申し訳ない気分になる。
「悪い、今、仕度するから」
謝罪して梅吉がそう言えば、鈴之助は「部屋の外で待ってる」と言って部屋の外に出ていってしまった。
どうせ目的は同じなのに、何故わざわざ外に出るのかと少し疑問だったが着替えを始めてからその意図に気が付く。
(気を使ってくれたのか)
鈴之助はこんな自分を一応、女性として扱ってくれているらしい。もう少し、梅吉自身も自覚しないといけない。彼の好感度が低い原因も梅吉の意識の低さにあるのかもしれない。
仕度を済ませ外に出ると鈴之助が一人の女性と話をしていた。
黒い膝丈のスカートに白いフリルの着いたエプロンと白のヘッドドレス。メイド服のように見えるが、この世界でそれを着るのが本当にメイドだけなのかは梅吉にはよく分からない。
女性は鈴之助の腕を引き、縋るような視線を送っていて、交わしている言葉は分からなかったがその様子だけで会話の内容は何となく察する事ができた。
つまりは、おそらく、今、彼は逆ナンと言うやつをされているんだろう。
当たり前と言えばそれは当たり前の事だった。元から容姿はそれなりに整っているし客観的に見ればイケメンなのだ。今は女装もしてないから余計黙って喋らなければ綺麗な男だと思う。
鈴之助は少し困った顔をしていた。
(あー……お茶にでも誘われてんのかな)
ナンパの定番と言えば「お茶しませんか」だろう――とそんな当たり前すぎる誘い文句しか梅吉が浮かばないのは、自分はしたことも、勿論された事もないからだ。
断りきれないのか、困ったように頭をかく鈴之助の肩越しにメイド服の女性は梅吉を見つけて「あっ」と声を上げた。
女性の声に気が付いて、鈴之助は振り返る。「助かった」と言わんばかりの安堵した表情が浮かんでいた。
「着たわね!さぁ、行きましょう!さぁ!」
そして、梅吉の手をとると力強く引いて廊下を歩いていく。女性はまだ何か言いたそうにしていたが、鈴之助は振り返えろうともしなかった。
宿を出て、二人でギルドの受付窓口を目指していた。
そこで、クエストを出し狩りに行くのがこのゲームの遊び方らしい。ギルドを通した際、命の保障だけはされるのだ。もし失敗しても自動的にこの街に戻ってくるようになっている。
もし、クエストを出さずに行って命を落とした場合はどうなるか分からないと鈴之助は言った。
それはシステム上本来はあり得ない事で、バグと認識され消されてしまう可能性が高いのだ。消去されると言う事は、用は脳みそを一切初期化されてしまうと言うことだ。
どこまでそれがされてしまうか分からないが、そうなってしまったら、まず梅吉が目を覚まし再び現実で生活する事はできなくなるだろう。
昨日、あのままあの鳥を狩らなくてよかったと、安堵と同時に恐怖で寒くなった。
選択肢を間違えていたら、自分は今日、ここには居なかったのかもしれないのだから。
ギルドは宿屋から10分程はなれた場所にあるらしい。
街を行きかう人の中にはさっきの女性のようなメイド服の女の子を何人かみかけた。
(メイド服の子からの逆ナンとか俺なら喜んでついていくけどな)
もっとも、ゲーム中のNPCならまだしも、現実でそれになった場合、自分が上手く相手と喋れる自信はまったくないが。
「お茶ぐらしてくれば良かったのに」
その言葉に梅吉は自分でも驚いた。声に出して言うつもりはまったく無かったのだ。
「はぁ?そんな暇あるわけないでしょ?」
梅吉の言葉を聞いて、鈴之助は呆れたと言わんばかりにそう返してくる。
(ああ、イケメンの余裕か)
なんて思ってしまう自分は大分僻みっぽい。でも、せっかく女の子が誘ってくれたのに――!と思ってしまうのだ。
今思えば、結構かわいい子だった。
正直、梅吉の好みのタイプだった。
清楚系の大人しそうな子で、そんな子だからきっと声を掛けるのだって相当の勇気が必要だった筈なのに、あんな退場の仕方はないだろうと思う。
きっと彼女は少なからず傷ついたに違いない。
「可哀想じゃないか」
同情からそう言えば、鈴之助は少し驚いた顔をして
「あんた、気が付いてたの?」
なんて返して着た。そんなの誰が見たって分かる。言葉が分からない自分が分かるぐらいなのだから。
「悪いとは思ってるわよ」
溜息交じりに言う鈴之助は本当に反省しているように見えた。それは梅吉は初めて見る鈴之助が反省する姿だった。
「俺に謝っても仕方ないだろ」
そう返したものの、心の中にはもう彼を非難しようと言う思いはなかった。
きっと鈴之助も焦っていたに違いないのだ。このゲームから出る為に、時間を惜しむ気持ちは分からなくは無い。お茶なんてしてる時間なんて本当は無いのだ。
そんなやり取りをしながら、二人でギルドまで到着する。
大きな木の門をくぐると、いくつもカウンターがある大きな広間のような場所にたどり着いた。
中には沢山の人が居て、かなり活気があった。
「じゃあ、どのクエストから行く?」
広間の様子を見ていた自分にかけられた鈴之助の言葉に梅吉は少し疑問を覚える。
「どれ、って――さっさと鳥倒して目的のものとって帰ろうぜ」
寄り道をする必要はない。自分達の目的は装備を揃えるとか金とかレベル上げでないのだ。
「あれ?あんたさっき気が付いたんじゃ?」
なのに、鈴之助は不思議そうな顔をしてそんな事を言ってくるのだ。
「気が付いたって何が?」
首を傾げれば、溜息を吐かれて
「だから、昨日の夕食代でお金ないからまずはお金稼がないと必要な物資も買えないでしょ?」
なんて言う。
まるで、梅吉が承知しているかのよう。
確か、自分は安い夕食でいいと言ったし鈴之助は金は大丈夫だと言っていた筈なのだが、記憶違いなのだろうか。
「ぼく その情報 知らない」
つまり、さっきのメイド服の子は夕食の足りない分を鈴之助に出してくれるように頼んでいたわけで、逆ナンではなかったらしい。
昨日の夕食代は鈴之助の所持金を全て足しても足りない金額で、梅吉の分を足せばなんとか完済できるものの今日泊まる宿代が無くなってしまう。
もちろん狩りに必要な回復薬や解毒薬など最低限のものもその所持金では購入できる筈もなく、まずは二人で資金を稼がなくては目的のものを狩る事もできないと言うわけだ。
「だから俺があれほど!」
と怒るも
「食べちゃったもんはしょうがないでしょー?美味しい美味しいって食べてたんだからアンタも同罪よ」
なんて開き直られる。
なんでこの男はこうも計画性がないのか、とにかくクエストを出して資金調達するしか無さそうだ。
手元に金が無くて、選択肢がそれしかないのなら仕方ない。
梅吉は諦めの気持ちで一つのカウンターに向かう。そのカウンターの前は自分達と同じ比較的軽装な人達が集まっていたから、きっとレベル的にここに出されててるクエストならクリアできるだろう。
一気に脱力して重たくなった身体でのたのたと歩きながらカウンターに置かれた何枚かの紙には文字がと星マークが入っていた。
単純に星の多さは難易度だと思われる。こちらでも、数字だけは同じらしく、梅吉は数枚の紙の中から星の数が少なく書かれた数字が大目のものを選ぶ。
数字は恐らく報償金額だろう。
とったものは、難易度星二つで金額は6000Gと書いてあった。他にも金額的に上のものはあるが備えも万全でない今、星二つぐらいが妥当だろう。
「これで」
周りの者がやっているように紙を拾い上げカウンターの中の受付の女性に渡そうとした時だった。
「それは駄目!」
後ろで自分の行動を見ていた鈴之助が悲鳴のような声を上げたので梅吉は思わず行動を止める。
「なんで?」
振り返れば、涙目な鈴之助が居た。
その様子からして、鈴之助が個人的に困ることであっ梅吉自身が困ることではないのだと察する事ができる。
「問答無用」
そう言って、そのクエストを出したのは勿論、自分勝手に動き金欠状態にさせられた事への腹いせだ。
勿論、それ以外に理由などありはしない。
クエストを出し、受け付けられた途端に目の前の風景が変わる。
出た場所は地平線の彼方まで見通せそうな草原だった。
森も山も周りにはない。これなら直ぐに目標を見つけることができる。流石難易度が低いクエストだ。
「あーもう、終わりよ、終わりだわ」
梅吉の後ろではさっきからそんな声が聞こえている。
一体彼は何をそんなに怖がっているのか――いい加減にしろ、そう声を掛けようとした瞬間、頭の上が暗くなる。
「うお!?」
見上げると3メートルぐらいのおそらく虫の腹。
(裏から見ると気持ち悪いな)
単純な嫌悪はあったが恐怖は無かった。
が、横の男は腰を抜かしへたり込んでガタガタと震えている。
「お前、虫駄目なの?」
まぁ、今時珍しくもないが
「いや、虫はゴキブリだって触れるぐらい平気なのよ!でも!」
何気に凄いことを口走りながらパニックからか裏返るその声と同時に頭上の大きな虫は自分達の目の前に着地する。
「カマキリだけは駄目なのーーーーーーーー!!!!!」
そう、それは大きなカマキリだった。
緑色の大きなカマの腕を振り上げた昆虫が鋭い視線でこちらを見据えていて。
「いやぁぁぁぁ!!!!!」
大草原に鈴之助の悲痛な声が響き渡っていた。




