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カリモノノ世界デ 3

タイトルに関わらず事態は未だ続く。

 蝶形骨はそもそも人間の頭がい骨の一部も名称なのだと鈴之助は梅吉にそう教えた。

 場所で言うなら眼球の奥の方らしい。そして鳥類に同じものがあると言うのは鈴之助は聞いたことがないと続けて語る。

 「まぁ……って言っても、ファンタジーの生物だしどうかは分からないけどね」

 「そ、そうだよな!本当に鳥なのかも分からないし!鷺ってついてるけどこの世界の鷺が鳥かどうか分かんないしな!」

 ハハハハハ――とお互いの顔みて梅吉と鈴之助は渇いた笑いを発する。

 「とにかく、なんか食べましょう?あたし、お腹空いちゃったわ」

 重たい空気を蹴散らすように鈴之助は明るい口調でそう言うと梅吉の腕を引く。そう言えば宿屋の下は食事ができるようになっていた事を梅吉は思い出した。

 「そうだな、行くか」

 腹が減っては戦は出来ぬ。一先ず食事をとるために二人で部屋を出て下の階へと向かった。

 階段を降りると、なんともいい匂いが鼻をくすぐりそれと同時に空腹を実感した。

 大衆酒場のような店内の丸テーブルの一つに鈴之助と向かい合うように座る。机の上にはメニューらしきものが置かれているが当然梅吉には読めない。

 「なんか安いの頼んでくれ」

 そう頼むと鈴之助は店員を呼びメニューを指さして何か注文しだした。

 幸い梅吉は特に好き嫌いは無いし、何が来ても食べられそうなぐらい今は腹が減っている。だから鈴之助に任せて問題ないだろう。

 ――と、注文をすませて10分程経過しただろうか。

 「あの、頼みすぎじゃね?」

 机の上には所せましと料理が並んでいる。肉に魚に野菜。ファンタジーの世界だからか、見た事もない料理ばかりだが、においはどれも美味しそうではある。

 しかし今は、美味しそうとかまずそうとかの問題ではない。

 「あの、鈴之助さん?安いもの頼んでって言ったよね?どう見ても安そうには見えないんですけど」

 点心のように蒸し器に入った饅頭や、鳥一羽丸々焼かれたもの、魚の刺身らしきものや大きな器に入ったスープ。一品一品の値段もそこそもしそうな上にそれが大量にある。

 「だいじょうぶ。だいじょうぶ。ちゃんとお金の計算はして頼んだし、とにかくお腹になんでも入れなきゃ元気になれないでしょ!」

 「本当かよ……」

 疑いつつお目の前から空気の流れに乗って漂ってくる暖かい湯気と料理の匂いにさっきから生唾が止まらない。

 頼んでしまったのは仕方ないし――梅吉はそう自分に言い聞かせてそろりそろりと蒸し器に置かれた饅頭らしきものに手を伸ばす。

 純白のふかふかした生地は梅吉のよく知ってる、肉まんによく似ていた。違うのは大きさぐらいか。今、手にしているものは手の平に納まるぐらいの小さいものだ。

 白い湯気の立つそれをパクリとかぶりついた。

 とたんに、口いっぱいに肉汁が広がる。それがなんともいえないいい味なのだ。濃があってしかししつこくはない。この汁のプールなら泳ぎたいなんて思えるぐらい。

 「なにこれ、うまい」

 今まで食べた、どんなものより美味いかもしれない。

 「そうでしょ、そうでしょ?さっ、他のもきっと美味しいからいっぱい食べなさい」

 鈴之助はまるで自分が作ったかのように自慢げに言っては梅吉に料理をススメてくる。 

 しかし、確かにどれも絶品で、さっきまで萎んでたいた気持ちが一気に回復していくから美味しい物の力は凄いと思う。



 「いやぁー食った食った」



 こんなに食べきれるのか?と思ったが結果二人でテーブルの上にぎっしりと並んだ料理全て完食していた。

 「食ったなんて言わないの!女の子でしょ」

 食後のお茶を飲みながら鈴之助はそう梅吉を嗜める。

 そう言われても、全く実感がない――と言うか、最近忘れている時すらあるぐらいだ。

 そもそも、女の子と言っても梅吉の今の身体はだと、物凄い巨乳なわけでもなければ物凄い美女なわけでもない。

 顔だって、どことなく自分に似てる。だから馴染むのも早かったのかもしれないが。

 自分が会計は済ませると鈴之助が言ったので、適当に数枚金貨を渡して梅吉は先に部屋に行く。

 部屋に着いて、ベッドにごろりと横になる。なんとなく視線を動かせば部屋の片隅に出入り口とは別の扉がもう一つあった。

 (ああ、風呂とトイレか)

 ゲーム内なので、トイレに行きたいとかそういうものは無いが、風呂には少し入りたい気がする。ずっと歩きっぱなしだったし暖かい湯に浸かって身体の筋肉を解したい。

 起き上がり、扉に近づく。やはり予想通りそこにはユニットバスのトイレとフロがあった。梅吉は浴槽に栓をして一気に蛇口を捻ると白い湯気を撒きちらしながら勢いよくお湯が出始める。

 元々大きな浴槽ではないから、梅吉が身体や頭を洗っている間にお湯は直ぐに溜まって、梅吉は衣類を脱ぎ暖かい湯船の中に身体をゆっくりと沈めた。

 「女の子かぁ」

 確かに、こうして裸になって見た自分の身体は女以外のなにものでもなかった。

 目の前にあるものは、自分が男の頃ならお金を出しても見たいと思った筈の女の裸体だ。

 しかし、まったく性欲的なものが湧かない。

 例えば、女性のセックスにおける快楽は男性の十倍なんて言われている。

 童貞の梅吉はその十倍の基準になるものさえ知らないわけだが、世の中には「一度でいいから女になってセックスしてみたい」なんて男性も居たりするらしい。

 その場合、それは同性愛とかではなく、気持ちいいなら体験してみたいという興味なのだろうけど、男としてまだ誰ともそういう行為をした事が無い自分にはそれはもう宇宙の果てのような発想だったので興味はなかった。

 そして、一部の人間が喜びそうな体験を今、自分はしているわけのだが思考もそんなところばかり女性寄りになっているのか、乙女ゲーに性欲は不要なせいかまったく「いやらしい気持ち」と言うものが現在ないのだ。

 たまに混じっている、エロ本の中のTS物の漫画なんかでは「どうしよう……これが、女の子の身体」なんて言ってドキドキと自分で自分の身体を愛撫して盛り上がったりするものだが、まったくそんな事してみようとも思わないのだ。

 「逆に、そういう新鮮さが無いから女の子らしさに欠けるんかなぁー」

 演技しようと努力してみても暫くすると忘れる自分が居た。

 回りもあまり梅吉のそういう所に突っ込みを入れてこないし、最初は気にしていた一人称も今ではすっかり、現実に居た時の自分と変わらない『俺』になっている。

 今、なんて全てバレている鈴之助と二人きりなので余計に取り繕うと思えない。

 「だってなぁー今更、ぶっても」

 そういうのが原因で、遭遇回数に関わらず鈴之助の好感度が今だ上がらないのかもしれないけれど、全部バレている上で演技するのは滑稽でしかない気がする。

 「まぁ、まだ時間はあるし」

 嫌な事は後回しにする事にする。そうやって夏休みの宿題も休み残り三日で泣きに入る方だったのだが、しかし実際に今、考えても仕方ない事だ。

 それに、今はそれどころではない。

 乙女ゲー攻略の前に、このファンタジーな世界を出ないといけないのだらか。

 (少しのぼせたかも)

 湯に入ったまま色々考え事をし過ぎたのかもしれない。頭がくらりとして梅吉はお湯からあがる。それから傍にあったタオルで身体を拭くが。拭いている間も頭がクルクルして目が回っているような感じがしていた。

 「あつい」

 お湯から上がって改めて、長湯だったのだと自覚する。身体が熱くて汗はひかないし、立ち上がってると頭がクラクラして眩暈がする。このまま服を着る気にはなれなかったので梅吉はタオルを身体に巻いてそのまま風呂の外に出た。

 「――――っ!」

 と、扉を開けるとそこには鈴之助が居た。

 梅吉の姿を見て、鈴之助は何故か声を失い固まっていて様子がおかしかったが、それよりも今、梅吉は長湯のせいで具合悪い方事の方が思考の優先事項は高かった。

 ばたりとベットに倒れると冷たいシーツが素肌に触れて心地いい。

 「あんたねぇ!!!!」

 ようやく、ほっと一心地つくと頭の後ろかあ鈴之助の声が聞こえた。

 「なんだよぉ」

 まだのぼせてぼんやりする頭で振り返るのが億劫でうつ伏せで寝ころんだまま声だけ返事を返す。体温は徐々に下がり始めていて、今、丁度一番ここち良い所なのだ。

 叶うならこのまま眠ってしまいたい。

 「服着なさいよ!」

 ばさりと背中に何かが触れる、多分、鈴之助が梅吉の服を投げつけてそれが背中に乗っかっているんだと思う。

 「タオル巻いてるだろー全裸なわけじゃなし」

 トロトロと眠気の蜜が頭から身体に絡みついているような気がした。

 今日は本当に疲れていて、満腹だし風呂に入ってさっぱりしたし、このまま眠ってしまおうと梅吉は瞼を閉じる。服なんか着るのは面倒だった。現実に居る時も夏場は下着だけで寝たりしていたし、感覚的にそれと変わらなかった。

 「分かってないわね」

 溜息混じりのセリフの後にギシっと大きくベットが軋んだ。

 少し回りが暗くなったような気がして重たい瞼を開ける。

 「!!!??」

 そして見えたのは丹精な顔。たれ目だけど整った、鈴之助の顔が後数センチで触れそうな位置にあった。

 「なっ、に?え?これは!?何事!?」

 梅吉は鈴之助に馬乗りにされていた。

 かがみ込んだ鈴之助の身体の下に梅吉はすっぽりと入っていたのだ。

 「あんた、女の子でしょ?」

 いつもより低い声色は怒気を含んでいるような気がして、少し怖い。

 「女……って言っても、中身は男だし!」

 正直、何故鈴之助がなに怒っているのか分からない。

 「でも、身体は女なんでしょ?」

 確かにそうだが、でも、

 「私は、これでも男なのよ?危機感無さすぎじゃないの?」

 冷たくさえあるその声、は普段の彼のものは全く違った。もっと、普段は明るくて、柔らかくて暖かい声だったのに。

 「ご、ごめんさい」

 本気で怒っているのだ――そう思って、梅吉は恐怖でひりつく喉でそう謝った。

 「ねぇ、憎からず思ってる子にそんな無防備にされたら獣になりたくなる男の心情、分かるデショ――あんたも男の子なら」

 吐息が掛かるぐらい近く、耳元でそう囁いてふっと身体の上から圧迫感が無くなる。

 「あたしもお風呂入ってくるからその間に服きときなさいよ?風邪引いてもしらないんだから」

 それから、いつもの調子でそう言い残すと鈴之助は風呂場へ消えていった。

 「びっ――……びっくりしたぁ」

 触れた吐息の感覚がまだ耳たぶに残っている感じがして、梅吉はごしごしと手で耳を擦る。

 「そうか、あいつ、男だったんだ」

 今更、そんな事に気が付く。

 風呂場からは、高い裏声で、某美少女ヒロイン変身ものアニメのオープニングソングが聞こえてきていて、にわかにその事実は信じがたい。  

 

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