カリモノノ世界デ 2
タイトルに関わる事態がおこってしまいましたが。
ただ空を見上げていた。
馬鹿みたいに口を開いて現実世界では絶対存在しないだろう大きな鳥。
そう例えるならその大きさは小型の飛行機ぐらいはありそうな――。
「あっ!ちなみにレントは本来お金を払って借りるものの意味だから、この借りるとは違うんだけど丁度いいのがなかったからねっ!」
「おねがいだからちょっと黙ってくれる?」
ボケを補足してくる鈴之助を一言で黙らせて梅吉は必死に考える。
これから自分達はどうすべきなのか、このままあの鳥を追いかけて狙いのモノを取ればいいのだろうか。
装備も一応揃っている。武器は自分は弓で鈴之助は大きな刀を背中に背負っていた。
だから、それを使って狩れと言う事なのだろう。しかしステータス画面を見ると、お世辞にも装備は強いとは言えない。
梅吉達が目指す鳥の強さはどれほどかは分からないが、おそらく自分達の装備は初期装備だろう。これで果たしてできるのか。
そもそも何が回復薬で何が毒なのかも分からない。まず、メニュー画面に表示される単語は見た事もない文字なのだ。
そんな状態で目的を達成できるとは思えない。何よりも情報が少なすぎる。もし、万が一死んだりして復活出来なかったら狩りどころではないのだ。
ここは慎重に行動すべきだろう。
「よし!まずこの森を出よう」
そうして梅吉が出た答えはそれだった。
「え?あの鳥狩りに行かないの?さっさと終わらせましょうよ」
鈴之助は不満そうに唇を尖らせる。
「そもそも何が回復薬なのかも分からないのに出来るわけないだろ?」
手持ちの瓶は三つある。そのうち二つは青、一つは赤い液体が入っていた。
「あっ!それならね。こっちが回復薬みたい」
鈴之助は青の方を一個取り出すとそう言った。
「おまっ!この文字読めるのか!?」
だとするとやはりこの世界はあのゲームの延長線上の世界と言う事なのだろうか。焦りながら聞く梅吉に鈴之助は平然としたまま首を振った。
「いいえ。さっぱり読めないわ」
じゃあ、何故分かったのかと問いかようとすれば、
「さっきアンタが考え込んでる間に飲んだのよね」
事も無さげにけろっとした顔で鈴之助は言う。
「お前っ!毒だったらどうするんだよ!あぶねぇな!」
たまたま飲んだのが回復薬だったからダメージがなくて良かったようなものの――と、目の前の男は口元を抑えてその場にしゃがみ込んでしまった。
「あっ、こっち毒みたい。そんで解毒剤はないみたいね」
「馬鹿なの!?死ぬぞ!?」
とにかく、やっぱりこの森を出て一回、近くの町にでも行く事にした。
幸運な事にどうやら自分達の居た場所は森の入り口付近だったらしく、鈴之助が飲んでしまった毒も時間がたったら勝手にその効果が無くなった。
そうして、冷静になって分かった事は、鈴之助もプレイヤーの一人と言う事だった。
何故なら鈴之助がさっき勝手に飲んだ回復薬やら毒やらは彼自身の所持品だからだ。主人公が一人が他のキャラクター分のアイテムや金を持っているわけではなく、個々にアイテムと金を所持するタイプのゲームらしい。
本来NPCである筈の鈴之助がこの世界では、プレイヤーの一人として扱われていると言うわけだ。
流石に町までの道のりは3時間程かかったが、親切にも一本道だったおかげで梅吉と鈴之助は何とか町までたどり付く事ができた。
中々活気ある町だ。沢山の看板があり、色んな店が並んでいる。チャイナタウンに雰囲気は近いかもしれない。もっとも梅吉自身は国外に出た事も無ければ横浜中華街すら行った事が無いのだけれど。
しかし、人の多さは東京の渋谷ぐらいはありそうだ。ここなら、何か情報を新しく仕入れる事ができるだろう。
「しかし」
客引きする商人。道端で立ち話する人々、街中に流れる歌。
「さっぱり言葉が分からない」
それは英語でも中国語でも韓国語でもない。もちろんフランス語やドイツ語でも無いと思う。別に梅吉は語学に精通している訳ではないが、今耳にしている言葉が梅吉の世界で存在している言葉のどれとも違うような気がする。
もちろん、日本語以外まともに喋る事ができない梅吉にはそう断言する資格は無いのだが、確実に自分達は今、言葉に不自由している。
「お前、一応教師なんだろ?話せたりしないのか?」
毒プラス2時間歩きっぱなしがそうとう応えたのか、地べたに座り込む鈴之助。恐らく無理だろうと思ったが一応聞いてみる。
「さっぱり。てか、これこのゲーム内の言語じゃないのー?」
が、やはり鈴之助も梅吉と似たか寄ったかのものだ。
「まいったなぁー」
一体どうすればいいのかと途方に暮れ居ると中肉中背の目が糸のように細い男が一人、梅吉達に近づいてなにやら話しかけてきた。
「あっ、えっ、ワタシニホンゴシカシャベレマセーン!」
咄嗟に出たのがそんな言葉だったのは我ながら頭が弱すぎると思う。
「ギャハハハハハ!ナニ!ソレ!ダサッ!!!!!!いくら焦ったからってそれはないわ!!!!!」
梅吉の言葉に鈴之助はその場で転がりながら腹を抱えて笑っている。
その態度の腹立たしさにいっそ蹴り上げてやろうかと思ったが人としてそれは駄目な気がして踏みとどまったのだから誰かに褒めて欲しい。
鈴之助の事なんて無視して、中肉中背糸目の男となんとかコミュニケーションを図ろうとする。もこうも相変わらずよく分からない言語を言いながら手振り身振りで何か伝えてこようとしていた。
「えっ、えっと!」
なんとかそれを解読しようと、梅吉は彼のジェシュチャーを必死に目で追った。すると男は一冊の本を取り出す。
どうやらその本を買えと言ってるようだ。
「えっ、俺達そんな余計な金もってないし」
首を振りながら断ろうとする。しかし男は本を指さし、それから自分の口を何度か指さした。
「もしかして、それがあると言葉が分かるようになるとかか!?」
日本語のままそう興奮気味に男に詰めよれば、糸目だった目が一瞬驚きで丸くなり、それからコクコクと首を縦に振った。
「駄目元で買ってみましょうか?」
ようやく笑う事に飽きたらしい鈴之助が立ち上がると手の平に金貨を5枚置いて男に差し出した。
「お前、基本駄目元すぎんだよ!少し考えてよ!お願いだから!」
金だって限られているのだ。表示では1000Gとある。Gが『ジー』なのか『ゴールド』なにかは分からないが、決して多い金額で無いことは確かだ。
糸目の男は鈴之助の出した5枚の金貨を見て首を横に振る。どうやら金額的に足りないようだ。
男は本を持っていいない方の手でピースサインを作った。男の表情からして金貨が多すぎると言う感じではない。では20枚必要なのかと梅吉が15枚足して差し出してみる。
しかし男は再び首を振った。
つまりすると本の値段は恐らく金貨200枚と言うことだ。
1000枚しか無い所持金の200枚は何気に結構な出費で、これから何がおこるのか分からないし本当にその本一冊で言葉が分かるようになるのかも妖しい。
しかし言葉が分からないままでは何も始まらないし、しかし今、信用できるのは金だけの状況だ。
でも、
だけど、
「えーい!もってけ泥棒!」
そう言って勢いのまま金貨を200枚叩きつける。
「お前、だからちょっと考えて!」
鈴之助だった。
もし、言葉とは関係ないアイテムだったらどうする気なのか。本当に後先考えない男だ。
「あっ!分かるわよ!言葉!」
梅吉のそんな心配を余所に、本を受け取りペラペラと数枚ページを捲っただけで鈴之助は謎の言語を理解できるようになったらしい。
「ちょっ!俺にも貸せ!」
奪い取り、梅吉もページをめくってみる。本の中身はやはり街中の看板や薬の瓶に描かれているような謎の文字でさっぱり読めたものではないが、これを見るだけで言葉が分かるようになるとでも言うのか。
鈴之助は本当に2、3秒で分かる!と興奮していたが――。
「……」
確実に今、30秒は経っている。
「ぜっんぜんわかない」
梅吉の耳に届く言葉は先ほどとなんら変わらない、意味の分からない言葉ばかりだ。
「あっ!なんかそれ、一人一回しか効果ないみたい」
「早くそれを言え!!!!」
キレ気味に突っ込めば「聞かれなかったら」と答えが返ってくる。
「もう、一冊!もう一冊ないのか!?俺にも売ってくれ!」
イラつく気持ちを抑えて金貨を200枚出して糸目の男に詰め寄る。
「これ、一冊しかないから駄目だって」
男が首を振ってからそう鈴之助によって通訳された残念な言葉が梅吉の鼓膜に届いた。
「あんた疲れてんのよ。ずっと歩きっぱなしだし。だからさっきからイライラしちゃうわけ。とにかく、私は言葉分かるようになったんだから今日は宿にでも泊まってゆっくりしましょう?」
がっくりと項垂れる梅吉の方を叩いて鈴之助はそう励ましてくる。
確かに疲れているのかもしれない。色んな事が起こってなんとか頭で処理しようとしているが、考える事自体今は少し疲れてしまっている。
「本は多分、他でも買えるし最悪買えなくたって片方喋れたら問題無いじゃない?」
確かに、鈴之助が通訳してくれたら情報の収集もできる。今日はとにかく言葉が分かるようになっただけでも前に進めたのかもしれない。
「そうだな」
息を吐き出して気分を入れ替える。梅吉には何が宿で何が飯屋か分からないが本を読めば文字も読めるようになるのか、鈴之助は迷う事なく街中を歩いていった。
そうして一見の宿屋にたどり着く。
道中「なるべく安い店にしろよ!」と口を酸っぱくして言ったせいか、それとも宿代はみんなこんなものなのか、宿賃は一人金貨50枚だった。
一泊の宿賃より高いあの本はもしかしたらそこそこレアなアイテムなのかもしれない。だとしたなら一冊でも手に入れる事ができた自分達は幸運なのだろう。
板張りの廊下に木に金色のドアノブの付いたドアの部屋には白いシーツのベットが二つ並んでおかれていた。
スタンダードな、現代のホテルで言うならツインの部屋と同じ感じだ。部屋はそんなに広くもないが狭くもない。一泊寝るだけならなんの不自由もないだろう。
「はぁー疲れた!」
扉から向かって左側の窓の傍のベットに梅吉はダイブした。
元々、体力がある方ではない。このゲーム内での自分の体力とか運動能力がどうなってるのかは分からないが3時間歩き続けるのは中々しんどかった。
ベットはけしてふかふかとは言えなかったが、歩き過ぎでじんじんと痛みを感じていた足の裏がようやく自分の体重から解放されそれだけで随分楽に感じる。
「はぁ、やっと一息つけりわね」
鈴之助は溜息混じりに言うと隣のベットの端に腰掛けた。
「とにかく明日から情報を集めないと。大赤鷺の蝶形骨だっけ?それをとってこいって事だろ?」
なら、その大赤鷺の狩り方とかアイテムの購入も必要だろう。
「それがね。一つ引っかかるんだけど」
ベットの端に座った鈴之助が珍しく真面目な顔をしていた。
そうしていれば彼はハーフっぽいたれ目のイケメンなのだと改めてこんな時に自覚する。やはりこんな男でも乙女ゲーの攻略キャラクターなのだ。
女装と性格が彼を残念なイケメンにしてる。それは制作側の狙いなのかなんなのか。
「無いのよね。それは本来」
梅吉が明後日の事を考えていると主語の無い言葉が耳に飛び込んでくる。
「何が?」
反射のように聞けば。
「大赤鷺って言うのがもし鳥類なら」
言いにくそうに続く言葉。
その表情から、恐らくその口から出るのは嬉しい情報では、
「蝶形骨は多分存在しないものなのよね」
無い。




