彼女と彼女の乙女心と秋の空 2
閉じ込められ癖があるんです?またまたピンチです。
歓声が遠くからずっと聞こえていた。
「誰か!誰かいないのか!」
今ならまだ間に合うかもしれない。自分はアンカーだし、最後の周まで間に合えば競技には参加できる。
だから精一杯声を張り上げて助けを呼んだ。
力一杯扉を叩いて、痛みさえ覚える。でも止めるわけにはいかないのだ。自分はここから出てリレーに参加しなくてはいけない。
勝てるかどうかは分からない。もしかしたら、自分が出ないで他の誰かが走った方がいいのかもしれないとさえ思う。それでも今、自分は走りたいと思ってるのだ。
チームの為に、自分が出来る事を精一杯してみたいと思って居る。こんなに自分が行動的になれるなんて思っていなかった。こんなに何かをしたいと思った事がそもそも無かったからだ。
なのに、できないのは悔しい。折角、ゲームの中とは言えこんな自分でも――……。
その時、微かの扉の隙間から光が差し込む。
「梅ちゃん!?」
扉の向こう側から聞こえたのはほづみの声だった。
「ほづみちゃん!ここあけて!俺、リレーでないと!」
その声に一気に胸の中に希望が溢れる。差し込む微かな明かりが本当に希望の光のように見えた。
「まって!今!」
きっと誰か呼んでくる。そうセリフは続くのだと思っていた。だって扉には鍵が掛かっている。教員の誰かからここの鍵を借りて来ない限り開ける事はできないだろう。
「あけるから!」
――が、続いた言葉は予想外のもので。
「無理だよ!ほづみちゃん!だって鍵が!!!!!」
言いかけた言葉は次の瞬間、目の前に広がった光景に全て消え去ってしまう。
ガッシャーン!鉄のぶつかる音と同時に大量の光が差し込んできて、眩しさに梅吉は腕で顔を覆った。自分で作った影の隙間から見えたのは外の世界と一件か弱い女性に見えるほづみの姿だった。
「梅ちゃんはやく!」
驚く事も許されず、ほづみは梅吉の腕を掴むと走り出す。風の音が聞こえて、景色が凄まじいスピードで視界の横を通り過ぎていく。
(ほ、ほづみちゃんって俺よりも足早いんじゃ!?)
腕を引かれているとは言え、着いていくのに正直必死だった。
懸命に足を動かした。
口呼吸を繰り返して、喉と肺が痛いぐらいで、こんなに今、ここで全力疾走したらリレーで走れたとしても本来の力を発揮できないかもしれない。
それでも、
(かまわない!)
そう思ったから梅吉は走った。
ようやく校庭までの距離がやたら長く険しいもののように感じた。
視線の先、五十メートルぐらい先にようやく目的地が見えて、
(間に合った!)
そう思った瞬間。
「あっ……」
ほづみが足を止める。
「うわっ!いて」
急に止まったほづみの背中に梅吉は勢いのままぶつかってしまう。
「ほづみちゃん、どうし――ああ……」
ほづみの肩越しに見えた、最終走者の走る姿に梅吉は茫然とした。
まにあわなかった。
でも、どこかで無理だと思っていた。
もしかしたら間に合わないかもしれないと思っていたし、
「梅ちゃん、ごめんね」
悔しかったけど、振り返ってそう詫びたほづみが今にも泣きそうだったから梅吉は自分の感情を抑える事ができた。
「しょうがないよ」
そう笑う。
「だって!だって梅ちゃんあんなに練習頑張ってたのに!」
ほづみはそう言って、声を張り上げる。声の音階が所々歪んでいて嗚咽を我慢しているのが分かった。
梅吉はもう、それだけでなんだかとても幸せな気分になってしまって、悔しいのは本当で、泣きたい気持ちもあったりしたけど、こうして誰かが見ていてくれんだと思うだけで梅吉は救われた気持ちになる。
「ほら、もうリレーもお終わちゃったし……」
いこう?とほづみを促して今度は梅吉がほづみの手を引く。後ろで鼻をすする音が聞こえて、いよいよ彼女が泣きだしてしまったのが分かった。
こんな時、どうするのが正解なのか分からないのは自分が男だったからか、それとも他人と関わって来なかったからか。
ふと思い立って梅吉は歩みを止めた。
それから振り返る。ほづみは顔を伏せて肩だけが息をするた度に耐え切れない嗚咽と同時に揺れていた。
その、俯いてつむじしか見えない頭をそっと撫でてみる。
「大丈夫だよ」
夢の中で小さな自分は鈴之助に良く似た青年にそうやって慰められていたのを思い出したからだ。
「うめ、ちゃん?」
するとほづみは少し不思議そうに伏せていた顔を上げて梅吉を見つめてきた。その目は真っ赤に充血していて、頬には涙の跡が残っている。
「ありがとう。でも、もう仕方ない事だから泣かないで?」
彼女の瞳の中で、そう言った自分は酷く困った顔をして映っていた。
「うぇーん……!」
梅吉の言葉に、逆に堰を切ったようにほづみが子供のように泣き出す。
「うぇーんって!ちょっと!ほづみちゃん!」
ハンカチを持ち歩いていなかった事を今日程後悔した事はなかった。
仕方なく、梅吉は着ていた運動着の裾をひぱってほづみの涙を拭いてやる。せめて長袖なら、袖で拭ってやれたのに――なんて、場にそぐわない事を思う。
「あーもう、泣かないでよ!」
溢れるその涙を困った気持ち半分、嬉しい気持ち半分で何度も拭ってやる。ほづみは相変わらず子供みたいに「だって、だって」と嗚咽交じりに繰り返していた。
どうしたものか――そう思っていた時だった。
「ちょっと女の子なんだからお腹出してるんじゃないわよ!ブラ見えるわよ!てか見えてるわよ!」
背後から聞き慣れた口調と声が響く。反射で振り返ると、そこには鈴之助の姿があった。
「しょうがないだろ。ハンカチ持ってないんだから」
ぶうたれてそう返すと「ハンカチぐらい持ちなさいよ!女の子でしょ!」とピンクのレースのハンカチを投げつけられた。
それをすばやくキャッチしてほづみに渡す。こういう展開のお約束というか。
チーン!
ほづみは鈴之助のハンカチで躊躇う事なく鼻をかんだ。
「あげるわよ」
差し出されるハンカチに鈴之助はため息交じりにそう返す。
「あんた、リレーサボるなんて良い根性してるわね」
それから、整えられた綺麗な眉を吊り上げてそう梅吉を叱りつけた。
「違う!俺は出たかったんだ!でも!」
梅吉は慌ててこれまで起った事を鈴之助に説明する。
「そう、大変だったのね」
鈴之助は変態だが、話の分からない奴ではない。直ぐに事情を呑み込んでそう言葉を返してくれる。
分かっているから、安心して話す事ができた。
「全くお前が助けに来ないから」
だから、そんな理不尽な事を冗談交じりに言う事もできてしまう。
「そうね。ごめんなさい」
きっと「無理言わないでよ!」と言われるのかと思ったのに、真剣な顔でそう謝罪されてしまって梅吉は返す言葉が見つからない。
「別にお前のせいじゃないだろ!簡単に謝るなよ!」
ようやく出たのがそんな悪態なのは自分でもどうかしてると思った。
「でも、あんたの秘密知ってるのは私だけだから」
再び「ごめんなさい」と鈴之助は言って、さっき梅吉がほづみにしたみたいに頭を撫でたのだ。
「ふわぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーー!!!!」
と、響いた奇声に梅吉はビクリと大きく身体を揺らした。
「え?何!?何!?」
混乱してきょろきょろと辺りを見回すとほづみが地面に蹲っている。
「ほづみちゃん!?何があったの!?」
慌てて駆け寄ると
「ほ、ほもぉ」
奇妙な鳴き声だけが返ってきた。
「なんかね。梅ちゃん女の子なのに、先生と梅ちゃんのやりとり見てて素敵なBLみたいって思ったら萌えちゃってちょっと理性がふっとんじゃったんだよね」
しばらくして落ち着いてからニコニコ笑顔でそう語るほづみに「そうだね」と返しながら、梅吉は内心気が気ではなかった。
女の勘は侮れない。いや、むしろこの場合腐女子の勘と言うべきか――。
「そんな事よりあんたがリレーの得点で今、赤が白に負けてんのよ!」
ふと思い出したように、鈴之助が得点表を指さすと赤と白の間には3点の開きがあった。
競技はあと一つしかない。得点がそこでとれたとしても、赤組の負けはその次点で確定してしまているようなものだった。
「俺が、リレー出てたら変わってたのかな」
そう思うのは少しおこがましい気もするが、棄権理由が理不尽なものだけに少しだけ後悔は残ってしまう。どんなに悔んでも終わってしまったものは仕方ない。
もし、これが通常のゲームの世界ならセーブデータから一番最新のものを選んでやり直す事もできるのだが、残念な事にセーブができないからやり直しはもう出来ないのだ。
だからこればかりは諦めるしかない。
「折角だから勝ってみたかったけどなぁ」
でもよく考えてみたら、自分は負けた事も無かった。かっこいい話では無くてそもそも他人と勝負をした事が無かったから、負けるのもいい経験なのだと思えば諦めがつかなくもない。
「なぁーに、もう終わったみたいな顔してんのよ!」
こつりと頭を軽く小突かれて梅吉は我に返る。
「勝わよ!どうせなら!」
意気込みながら鈴之助が赤い鉢巻を額に巻いた。そう言えば教師達も赤と白にそれぞれ振り分けられていて、競技に参加していた。
鈴之助は赤、千景は白だ。
「でも、もう一種目しか」
だから今更――と、梅吉は肩を落として言えば鈴之助は何度も瞬きをして
「え?知らないの?最後の競技だけ得点十万点なのよ?」
と答えた。
「はぁ!?昔のクイズ番組かよ!?」
思わず怒鳴れば「私に怒らないでよ!」と返される。
「あれ?ほづみちゃん?」
そういえば静かだなぁーと思ってほづみの方を見たら、彼女は再び地面に膝を着いて蹲っている。
「ほもぉ」
本当、腐女子怖い。
そして、最後の競技は自由参加の二人三脚の借物競争だった。
「で?なんで俺はお前と出る事になったんだよ」
梅吉の左側に居る男、いや、オカマに思わずそう言わずには居られない。
「だって、勝ちたくないの?」
そう言われたら確かにそうで、
「それに、あたしが一緒に居た方がなんかあった時助けてあげられるし」
確かにそれもその通りで、
「あと、あたしの好感度だけまだMAXじゃないんだから他と組むよりあたしと組むべきだと思わない?」
その通りすぎてぐぅの音もでないけどなんだか、恥ずかしくてとっても嫌なのだ。
「不満はあとあと!とにかく十万点いただきましょ」
片目を器用に瞑って鈴之助がウィンクしながら言った。
梅吉は気合いを入れる為に自分の頬をパンパンと数回軽く叩く。そうすると少し気持ちが引き締まったような気分になるのだ。
諦めかけた勝利が、もしかしたらこの手に入るかもしれない。そう思うと、やっぱり欲しいし精一杯やれるだけの事はやりたいと思う。
願わくば
「ホモォ」
競技から帰ってきてたら、ちゃんとほづみが人の形を保っていますように――。




