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彼女と彼女の乙女心と秋の空 1

一部を除いて、順調にキャラクター好感度は上がりつつある。

そして今度は体育祭。スポーツの秋です。

 早朝6時、秋空に高い破裂音が響き渡る。

 それは体育祭開催の合図の花火の音だ。就寝前に掛けた目覚ましより早く鳴りひびったその音に一気に意識が覚醒する。

 「んー!」

 梅吉は布団の中で一回身体を伸ばし起き上がった。

 「よし!準備するか!」

 少し気合いを入れて、立ち上がると今日は制服ではなく学校指定のジャージを着る。そう、今日は体育祭当日なのだ。

 結局、危惧していた二人一組の種目は無く、赤組と白組に分かれクラスも学年も男女もごちゃまぜになった。

 「えー…と、リレー、玉入れ、大玉転がし、借り物競争に、綱引きに、騎馬戦……」

 昨日渡されたプロフラムを見ると体育祭と言うよりそれは運動会に近い。

 「梅ー!行こう!」

 がちゃりと自室の扉が開かれる。そうやって遠慮無しにこんな時間に自分の部屋に入ってくるのは一人しかいない。

 宇佐美周うさみあまね梅吉の長馴染みの男子で攻略キャラの一人だ。

 (おーおー…ゲージが満タンだな)

 それが、ここ数日の努力の成果の結果だった。

 遭遇回数を増やし、好みに合わせてキャラ毎に服装を変えたり能力値を上げたり、してこのまま行けば全てのキャラクターの好感度MAXで能力値MAXでしか出ない隠しEDが待っている筈だ。

 (あいつ一人を除いて)

 保険医で女装趣味の花園鈴之助はなぞのすずのすけの好感度だけは未だ変わる事がないが。

 (まぁ三年ありゃなんとかなるだろう)

 まだ時間があると梅吉は目の前の事実から目を反らす。梅吉は今年入った一年生。その間にキャラの一人ぐらいどうにかなる。なんだかんだ言っても彼も攻略キャラになっているのだからどうにかする手立てはある筈なのだ。

 乙女ゲーもエロゲーもキャラの好感度を上げると言う点では同じである。そしてエロゲーをプレイする事を趣味とする梅吉が本気を出したらそれはとても容易い事だった。

 (絶対に殺されたくない)

 夏休みのあの日に向けられた明確な殺意が梅吉にそうさせている。全ては生きてこのゲームから脱出するためだ。

 (あと、二年と二カ月)

 朝食のスクランブルエッグをフォークで突きながらぼんやりと思う。それはとても短いような長いような不思議な時間だ。

 借物の家族、借物の父親と母親、借物の幼馴染、借物の友達、借物の教師、借物の学園生活。

 この世界は全てキラキラ輝いて、綺麗で彩度が高くて、たまにこちらが本当の世界なら――と思わなくもない。でも、それでもやはり帰りたい気持ちは変わらない。

 家族が心配だし、ここで学んだ事を現実で生かしたいとも思う。同時にやはり少し寂しい気もする。あと二年と二カ月でここから自分は去る事になるのだ。

 「早くしないと遅刻しちゃうよー」

 一緒に食卓について、コーヒーを飲んでいる周にそう急かされて梅吉は我に返った。

 「わ、悪い!今食べる!」

 慌てて、トーストとサラダを詰め込みコーヒーで流し込む。この家で出される料理は美味しくて、こんな食べ方はもったいないと思うが味わっている時間は残念ながらない。準備の関係でクラス委員の自分達は普通の生徒よりも登校時間が早いからだ。

 「いってきまーす!」

 そうして、二人一緒に家を後にする。

 朝の色は白い。少し霧がって頬に触れる空気は少しだけ冷たさを含んでいた。

 「おはよー」

 周と並んで通学路を歩いているとほづみと真澄に会った。真澄のゲージも見事に満タンだ。心無しか自分を見る瞳に熱を感じる。そして、今は確認できないが、彼の横を歩くほづみの好感度も勿論MAXだった。

 (そのために、俺はどれだけBL本を読んだ事か)

 彼女との友情を深める為に、二次創作のBL同人誌から「BLと言うよりゲイですね」と言いたくなるぐらい濃い商業誌まで読みに読んだ。

 おかげで少し感覚が麻痺して来たのか、腐女子がどうしてBLにそこまで萌えるのか少し分かりつつある。

 (分からなくて良いし、分かっても良い事ないんだけど)

 すっかり腐男子予備軍になってしまったが、それもこれも、全て自分の命のためだから仕方ない。

 学校に着くと教室に荷物を置き、体育祭の準備をする。

 綱引きの綱を用意したり、借物競争用の小物を用意したりだ。手を動かしながらちらりと見たのは真崎千鶴。この学校の生徒会長だ。やはり彼も好感度のゲージはMAXになっている。

 (以外とちょろかったよな)

 彼の場合、好みより単純に遭遇回数が多いだけだったらしく、委員会に積極的に参加するだけで大分上がっていった。そして、副会長の七松三郎も部活と委員会に出る事によってハートのゲージは見事満タンになっている。

 千鶴の兄の千景も、同じ部活の静も同じようなものだ。元々、ゲーム自体の難易度はそれほど高くないのかもしれない。ライバルの女の子キャラに至っても気さえ使えば友人のままライ威張るになり好感度が下がる事もない。

 だから、今はここにいない七緒とも百花とも梅吉はなんとか好感度を保ったまま、彼女達が思いを寄せるであろうキャラの好感度も上げる事が出来ている。全ては順調に動いていた。

 




 大きなグラウンドに白い白線が何本も引かれている。色とりどりの色々な国の国旗が掲げられ、学園長の言葉から始まる体育祭がいよいよ競技が始まろうとしていた。

 梅吉は赤組、ほづみも赤組で女子では七緒だけが白組である。

 「梅ちゃんと一緒でよかったー!」

 自分と同じ組な事にほづみは本当に心から喜んでいた。

 そんなに喜んでもらえると梅吉としても本当に嬉しい。今まで、これほど他人に必要とされた事がなかったし、趣味はアレだがほづみは本当にいい子なのだ。趣味はアレだが。

 各競技、自分達のチームを必死にして応援する。赤組には他にも真澄と周が居て、二人は男子しか出ない騎馬戦にも出場し見事赤組に得点を持ち帰った。

 綱引き、大玉転がしと続き、追い越し追い抜きを続ける赤と白は中々いい勝負をしていると思う。

 そして、休憩を挟んで次は梅吉が参加するリレーだ。能力値を上げたおかげか、リアルだったら絶対参加できないだろう責任のある競技に半ば強制的に付く事になってしまった。

 (選ばれたからには)

 そうやる気になれるのもこの世界のおかげかもしれない。ここに来る前の自分なら、体育祭自体に出席していなかっただろう。

 準備運動を軽くして身体を温める。怪我には十分注意するように鈴之助に言われているのだ。それは彼が保険医だからではない。梅吉は本来は男でありここではむりやり女性の身体の中にその精神を閉じ込められている。

 身体と精神の不一致は色々と不具合が起きやすくて、注意が必要なのだ。

 膝の屈伸運動をし、アキレス腱もよく伸ばす。手首や足首も解し、後ろに背を倒すようにして背筋も伸ばす――。

 「月見里さん」 

 と、倒した視線の先に一人の女子の姿があった。

 (確か、えっと)

 逆さの世界で、少し見覚えのある顔に一体彼女は誰だっただろうと頭の中を探る。

 「ああ!六組の――わわっ!」

 そうだ!と思い出した瞬間バランスを崩して梅吉はそのまま仰向けに地面に倒れてしまった。

 「だ、大丈夫!?」

 彼女は少し心配そうに梅吉の顔を覗き込んでくる。

 (ん?あの時会った時は嫌な感じしたけどそうでもないかも?)

 確か、彼女とは前、ほづみと登校途中に会った事があった。

 この学校はどうやら家柄の良い生徒が多いらしく、そういうのを鼻にかけてる感じやほづみを明らかに下に見たような態度があまり印象が良く無かったのだが、今、梅吉に向ける彼女の態度はあの日見たものと違うように感じる。

 それはここにほづみが居ないからかもしれないし、もしかしたらそれ程悪い子でも無いのかもしれない。

 「月見里さんクラス委員よね?なんか会長が体育用具室からリレー用のバトンとって来て欲しいって、なんか用意した数が一本足りないんだって、バトン用意したの月見里さんよね?」

 起き上がり服についた砂を手で払うとそう彼女は梅吉に言ったのだ。

 「え?おかしいなぁーちゃんと数数えた筈なんだけど」

 確かに、言われた分用意したと記憶しているのだが、もしかしたら数え間違いをしたのかもしれない。

 本当に自分に間違えが無かったか?と言われたら誰でも不安になるものだ。

 (まぁいいか、結果、俺が合っててバトンが一個多くなっても、本当に足りなかったらそっちのが問題だし)

 少し考えて、梅吉は言伝をしてくれた彼女に礼を言い体育用具室へと向かった。用具室は体育館の裏側にあり、競技をしてる校庭から少し離れた場所にある。

 それでもリレー開始の時間まではまだ時間があるし、バトンをとりに行くぐらい何の問題も無いだろう。賑やかな校庭を背に梅吉は体育用具室に向かった。

 少し重たい鉄の引き戸を開け、埃っぽい用具室の中に一歩足を踏み入れる。

 「えっと」

 バトンは確か用具室の奥の箱の中に入ってた筈だ。

 開けた扉から差し込む光りだけを頼りに梅吉は薄暗い用具室の中を奥へ奥へと歩いていく。

 ――ガタン。

 と、物音がした瞬間辺りが暗くなる。

 「え?」

 振り返ると開けたままだった筈の扉が閉まっていた。

 「風か?」

 と思ったが、風で閉まる程扉は軽くは無い。嫌な予感に、さぁっと血の気が引く。覚えのある感覚。恐怖。慌てて扉に駆け寄り開けようとするが扉はびくともしない。

 何故、こうも自分は安易なのか。前もエレベーターに閉じ込められて怖い思いをしたことがあったと言うのに。

 ――と、言う事は、ここに梅吉の命を狙う「誰か」が居るのだろうか。

 「ちくしょう!誰か知らないが俺は殺されたりなんてしないからな!」

 扉を背に付け、暗がりに向かってそう吠えてみる。

 「大体、俺に何の恨みがあるつーんだよ!他人の恨み買う程他人と関わってねぇぞ!俺は!」

 そう、そうなのだ。

 ここに梅吉を閉じこめた誰かは確実に梅吉に恨みを持っているが、梅吉は誰かの心を揺さぶる程、他人と付き合った事がない。

 あるとするなら、記憶にあまりないがあの鈴之助似の男性ぐらいのものだろうか。それにしたって、彼が誰なのか梅吉は本当によく分からないのだ。

 せめて答えを……そう思うが、沈黙だけが返ってきた。

 「……てか」

 誰も其処にはいなかった。用具室の中は梅吉一人みたいだ。

 (良かった……)

 一先ず胸を撫で下ろす。命はなんとか助かった。

 「でも、このままじゃ」

 リレーに出る事が出来ない。ここは校庭からも離れていて今は人通りも少ない。

 「誰か!開けてくれ!」

 駄目元で扉を叩きそう叫んでみる。そうするしか今の自分にはできなかった。

 正直、勝てるかどうか分からないが自分が出れなかったら勝負にさえならない。折角なら勝ちたいと思う。ようやく、人生で初、体育祭と言うものが楽しいと思っているのに。

 (ちゃんと参加したいのに!)

 鉄の扉を思い切り叩く、自分に出せる限界の大声を張り上げる。

 「誰か!誰か!」

 ここから出して欲しい。助けて欲しい。

 このままではリレーが始まってしまう。

 


 梅吉の願いなんて無視すかのように、リレーを開始するスターターピストルの音が遠くから高らかに聞こえてきたのだった。

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