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薄紅と自己嫌悪 1

サポートキャラも出現しゲーム攻略に挑んでいく梅吉。果たして彼の望み通り女性キャラとの友情エンドにたどり着くことができるのだろうか?

 夕日がこんなに綺麗だなんて思っていなかった。

 赤い世界で影はどんどん長くなっていく。そう言えば子供の頃はこの長くなっていく影が酷く恐ろしいものに感じていた。足の裏に貼り付くこの影がどんどんと伸びていつか自分を覆ってしまうのではないのだろうか――と。

 いつからだろう。そうやって影を見る事も空を眺めることも無くなっていた。

 かと言って、前を向いてるわけでもない気がする。一体自分は今まで何を見て、生活していたのだろう。

作り物の世界のくせになんだか妙に綺麗で、もし現実を忠実に模してこの世界が出来ているのならこの綺麗さに気が付かなかった事が少しもったいない気がした。

 梅吉は結局あのまま保健室で眠り続けてしまったらしい。気が付いたら授業が終わっていて、梅吉の事を心配した周が保健室まで迎えに来ていた。

 内心、ほんの少しだけ何故女の子が来てくれなかったのだろうと思ったが、やはりほんの少しだけ心配されるのは嬉しかった。

 少しぐらいならいいか――と思い、溜息を吐き出す梅吉のその考えは諦めと言うよりは自分に言い聞かせる意味合いのが強い。

 少し泣いて気持ちがいくらか楽になれた気がした。

 周との帰り道、道を覚えるのも兼ねて辺りを見回してあるく。朝は頭がいっぱいで見る余裕が無かった風景の数々があまりのも綺麗で、思わず見入ってしまった。

 「そう言えば、今年はお花見にまだ行ってないねぇ」

 のんびりと周がそう言った。

 今年はと言うことは、きっと設定としては自分と周は毎年花見をしているのだろう。実際のところ梅吉は花見なんて小学校低学年の時に一回行ったぐらいだった。

 「さ、さくらってどこに見にいくの?」

 思い切ってそう聞いてみる。相変わらずNPCと分かっていても言葉を相手に向けるのは緊張してしまう。

 「どこって、いつも白雪坂の桜並木に見にいくじゃない」

 のんびり歩きながら歌うように周が言葉を紡ぐ。当たり前だと言うような口ぶりで、そういう設定だから当たり前なのだけど少し嬉しいのは何故だろう。

 「今度の休みでもいこうか?」

 ごく自然なことのように彼はそう言った。

 「うん」

 あまりに自然にそう言われたので梅吉も頷いてしまう。

 (―――ってこれは!?)

 頷いてから自分がデートの予定を入れてしまった事に気がついた。

 (だだだだだ、だめだ!好感度上がっちゃう!ただでさえこいつは幼馴染キャラで接触も多くて上がりやすいのに!)

 何、自らフラグを立てているのだろ。雰囲気にのまれてつい頷いてしまった。

 (お、恐ろしい乙女ゲー!)

 駄目だ、このままでは確実に目的を達成できない。梅吉の目的はあくまでも女友達キャラとの友情エンドだ。

 男キャラを落とすつもりはない。なんとかしなくてはいけない。なるべく二人っきりで会うのは避けたいし二人でのイベントは起こしたくない。

 「じゃ、じゃあみんなで行こうよ!」

 だから苦肉の策でそんな事を口走った。口走ってから、別に当日すっぽかしてもよかったじゃないと後悔したが。

 「みんな?」

 周はきょとんと不思議そうな顔をして梅吉の方を見る。当たり前だ。デートに誘ったのに誘った相手がみんなで遊ぼうとか言い出す。リアルだったら絶対脈無しできっとそれ以降見向きもされない。

 「ほら、今朝会った、真澄くんとかほづみちゃんとか!周もクラスの子誘ってこいよ!人数多い方が楽しいし!」

 何を言ってるのだろう。人数多い方がコミュ障の梅吉的にはきつくて全然楽しくないのに口が勝手に喋りだす。いっそなんて女だと周が呆れてくれたならそれ以上の成果はないのだけれど――……。

 「いいね!凄いたのしそう!」

 周はニコニコと笑みを浮かべて梅吉の話に乗ってきたから梅吉は本日二回目の失神をしそうになった。

 (普通嫌がるだろ!てか嫌がれよ!)

 ジャニーズ顔のイケメン周はその後終始ニコニコしながら機嫌よく歩いていった。

 (喜ばせてどーする喜ばせて)

 会話一つとってもこれから慎重にしなければと梅吉は固くその日誓った。





 その週の休日、梅吉、周、真澄、ほづみ、七緒――そして何故か、千景と鈴之介も一緒に花見へと出かけた。

 (おい、今出てるキャラ勢ぞろいじゃねぇーか)

 そもそも、

 「教師二人は何故きた!?」

 コミュ障という障害を乗り越えて突っ込まずにはいられない。

 「未成年が飲酒しないか監視するためだ」

 千景はさらりともっともらしい意見を言い鈴之介は「えー面白そうだったからぁー」と教師失格の意見を述べた。

 せっかく女の子キャラが二人も居るのに、男のが多いって言うのはどういうことだろう。

 しかも一人はオカマだ。

 千景と並んで歩く鈴之介は背の高いモデルように見えなくもないが

(180はある。あの二人、180はある)

 中身が分かってる自分にはでかい男二人が肩を並べて歩いているようにしか見えない。その光景はなんて暑苦しいと思ってしまう。

 (それにしてもゲームキャラは無駄に背が高いな)

 リアル身長が170いかない梅吉からしたら高校生で175はありそうな周や真澄が妬ましくて仕方ない。

それに引き換え、女の子二人は小柄で可愛らしい。服装も、ほづみはクラシカルな茶色のジャンパースカートに白のブラウス。七緒はデニムのショートパンツにボーダーのざっくり編んだニットを着て、黒のニーハイソックスが作る太ももの絶対領域がたまらない。

 (今日、誘ってよかったー)

 彼女達の私服が見れただけでも今日は収穫があったと言えよう。普段は紺のブレザー姿しか見ていないから私服はとても新鮮に感じる。男子二人も、ジーンズとTシャツ姿だがやはりブレザーとは印象が大分違う。

 教師二人に至っては、教師には見えない。学校ではオールバックにしている千景は休みの日は前髪を崩すようだ。印象的にだいぶ若く感じるし白のオックスフォードシャツにグレーのカーディガンとコットンパンツといったラフなカッコは普段のスーツ姿と大分ギャップがある。

 鈴之介はスカートではなくタイトなパンツ姿で、薄手のジャケットを羽織る姿は男にも女にも見えた。

 当たり前だが、改めて自分の回りは美男美女ばかりで途端に肩身が狭く感じる。

 (どうせモブ顔ですよ)

 今まで、自分の容姿なんて気にした事がなかったけれど、これだけ回りがキラキラしていたら気にするなと言う方が無理だろう。ましてや最近女の子になったばかりの梅吉にとって女の子の服はどれを着れば正解なのか分からない。

 だから今日は男子二人と同じ、ジーンズにTシャツという選択肢になってしまった。それでも二人はそういうシンプルな服でも腐ってもイケメンなので様になるからいいと思うが――。

 リアルで服に興味を示したことがない梅吉はいつだって母親の買ってきたものをただ着ているだけの人間だった。

 今更おしゃれなんてものがどんなものか分からない。分からないが、おそらくこのゲームをクリアするに当たって服装のセンスと言うやつは必要になってくるだろう。そうでないなら、あらかじめあんなにも自分のクローゼットに服が詰まっている必要性がない。

 (まぁ…追々)

 今日は仕方ないと自分に言い聞かせて梅吉は歩みを進めた。

 そう梅吉が葛藤してる間に周が言っていた白雪坂にたどり着く。白雪坂の両側には一定間隔でソメイヨシノが植えられていて見事な桜並木が作られていた。桜は丁度満開に花を咲かせていて、ヒラリヒラリ薄紅色の花弁が舞っている。

 「うわぁ……」

 溜息が出るほどそれは美しい光景だった。 少し風が吹いただけで春の土の匂いと微かに甘い桜の花の香りが混ざり合って濃密に空間を満たしていく。それを肺いっぱいに吸い込むと春なのだとしみじみ実感することができた。

 桜の木の下にはもうすでに何組みか花見を始めている。

 時刻は十一時。昼ごはんにはまだ早い時間だが先客はすっかり出来上がってるようで、中には頭にネクタイを巻くというステレオタイプな酔い方をしているものもいた。

 (あんまり関わりたくないなぁ)

 ああいう輩は絡まれたらやっかいだ。きっと背景みたいなものだし大丈夫だとは思うのだけど。

 「あっ、あそこ空いてるよー!」

 周の声に彼が指さす方を見れば一本の桜の木の下、丁度人数分座れるぐらいのスペースがあった。これがリアルなら場所取りもせずに来て花見ができるなんて出来過ぎているとは思ったがそこはゲームなのだと梅吉は自分に言い聞かせる。

 他に場所はないのでみんなでそこまで移動し、持ってきた青色のビニールシートを轢く。

 (そう言えば、ジュースとかは買ってきたけど花見弁当用意するの忘れたな――ここは女子が)

 用意してくれるのだろうかと期待する梅吉はすっかり自分もココでは女子だと言うことを忘れていた。

 (ほづみちゃんとか料理うまそうだし、七緒ちゃんもああ見えて意外と料理上手だったりして)

 女子二人の弁当に胸を高鳴らせる梅吉の目の前に出てきたものは

 「じゃーん!今日早起きして頑張ったよ」

 三段式の重箱。その重箱を持ってきたのは

 (あ、あまね……?)

 宇佐美周その人だった。

 一段目はエビフライと揚げに卵焼き、二段目はサンドイッチ、三段目はおいなりさん。

 (こいつ…まさか、おとめん!)

 一同拍手を送る。女子二人は尊敬の眼差しで周の方を見ていた。

 NPC同士がくっつくことはおそらくない。ないと思うけれどこの悔しさはなんだろう。

 (しかも美味い……)

 どれをとっても美味い。

 イケメンで料理も上手、性格もいいとかこいくら架空の人物でもやりすぎな気がする。

 「ちょっと俺、トイレ」

 立ち上がってそう席を外したのは自分が男として何もできないのだと実感してしまったからだ。

 そりゃ世の女性は乙女ゲーにハマるしリアル恋愛に希望も持てなくなるだろう。

 あんな完璧な男いる筈もない。いる筈もあないが、そうあるべきであると言うのが女になったせいか分かってしまう。

 「俺ってクズ」

 思わずそう言葉を零した時だった。

 「誰がクズだー!」

 背後から怒鳴られて梅吉はびくりと大きく肩を震わせた。振り返ればそこにはさっき絡みたくないなぁーと思っていたステレオタイプのよっぱらいが真っ赤な顔をしてそこに立っている。

 「あ、あの……あなたのことじゃなくて」

 酔っ払いの目は完全に座っていた。こういう相手に何を言っても通じはしない。

 「ああ、ねーちゃん、俺があんだって?」

 自意識過剰すぎるだろう。お前の事なんて何も言っていないのに、よっぱらいは梅吉の腕を掴むと自分の方へ引き寄せる。

 「うわぁっ!」

 やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばい

 しっかりと掴まれた腕、引きはがそうと暴れてみるが元から梅吉に腕力がないせいか、それとも女の身体だ からなのか引きはがすことができない。

 アルコールの匂いが鼻につく。酷く不快だ。

 「ねーちゃん可愛いねぇ」

 よっぱらいの視線が性的なものに変わったのが分かった。舐めるような視線に吐き気がする。このままでは、男キャラに告白される以前にこの酔っ払いに犯されてしまう。嫌だ、そんなの、例えVRでもそれは嫌だ。

 恐怖で頭がパニックになった。

 叫ばなければと思うのに、声がでない。ただはくはくと梅吉は口を動かして息をするしかできなかった。

 よっぱらいの手がTシャツの裾から入り込み腹の当たりに直接触れる。

 ぞわりと寒気がした。

 まずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずい

 誰か、

 誰でもいいからと思う。もう、そこら辺のモブでもいい。

 誰か、

 

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