おしゃべりなリタ 3
鈴之助だと信じてた声が本人ではないと事が判明。どうにも怪しい洋館で、夏の素敵なメモリアルが作る事が出来る――気がしない。
確かに聞いた。
しかも自分だけではない。あの時部屋に居た女子四人が四人ともその声を『花園鈴之助』のものだと信じて疑っていなかったのだ。
沈黙するビーチに波音だけだ穏やかに響いている。
「お、お客様の中に霊感のある方はいらっしゃいませんか!?」
静かさに耐えかねたのかそう七緒は取り乱し、錯乱して必死の形相できょろきょろと辺りを見回す。
「落ち着いて七緒ちゃん!」
梅吉はそれを即座に諌め、
「幽霊だって?下らない!私は帰らせてもらう!」
「死亡フラグ立てちゃだめぇ!」
それからキャラが変わりくるりと踵を返し何処かに行こうとするほづみを必死で止める。
「とにかく、とにかく落ち着こう」
と二人に言い聞かせ深呼吸をさせる。しかしながら、梅吉自信もパニくっていた。
落ち着こうと言う言葉はむしろ、自分自身に言った言葉だったかもしれない。
「空耳なんじゃない?」
そう問いかけて来たのは静かだった。
「そ、そーよ!聞き間違えに違いないわ!」
百花は半べそをかきながら、静の言葉に嬉々として頷き同意した。
「そ、そうかも」
「そうよね」
「そうかー!空耳か!」
アハハハハと空笑いをして、七緒、ほづみ、梅吉は口々に同意する。せっかくの楽しい夏の思い出にそんな恐ろしいメモリアルは不要とみんながみんなそう判断したのだ。
――が、
「んなわけないでしょー四人が四人空耳なんて」
ミスターKY、花園鈴之助はそう簡単に否定してくれた。
「どうしてお前はそー!!!!!!」
思わずそう食ってかかる梅吉を
「まぁ、そう怒るなよ」
そう言って、止めたのはさっきまで黙って傍観していた真澄だった。
「そうさ、そんなに怖いなら一緒に居てあげるから」
にっこりと微笑梅吉の手を取ったには千鶴。
「そうそう、みんな一緒なら怖くないよ」
その手を振り払ったのは周だった。
「なるほど」
と三郎が頷き。
「それは名案だ」
言葉の意味に気が付いたのか千景が同意した。
「で、何故百物語をやる事になった」
屋敷の中庭、バーベキューコンロの上には串刺しにされた肉と野菜が焼かれ食欲をそそる匂いが辺りに立ちこめている。
見上げた空に月はない。今日は新月の夜だから星だけが眩く煌めいていた。
都会では見れない、暗い夜空に隙間なく輝く光の粒は、いくら見上げていても飽きない素晴らしい風景で、けれどその素晴らしい風景に不似合なものがこの中庭にはあった。
四角く囲むように立てられた梅吉の肩ぐらいの高さまである首の長い燭台だ。それは今、ゆらゆらと妖しい炎が灯っている。
「えーだってホラー映画上映会が嫌だって言うなら他に何やるのよ?てかこの面子で何喋るのよ?共通会話ないわよ?」
確かに言われてみれば、鈴之助の言う通りで、しかし昼間の騒ぎもあるしここで態々百物語をチョイスする必要性はないのではないだろうか。
他にも多人数で楽しめる遊びはある筈で、
「う、UNOとかやればいいじゃんか!」
梅吉が知恵を絞って出した「多人数で遊べるもの」はそれぐらいしか出てこない。
(そもそも、俺は多人数で遊んだ事なかった――)
コミュ障、友達ゼロの梅吉は遊びと言えばゲームか本を読むかの一人遊びしかなかった。UNOと言ってみたものの、正直ルールさえまともに知らない。
「えーだって、誰もカード持ってきてないでしょ?」
鈴之助のその言葉に口々に持ってきてないと言う答えが返ってくる。そして梅吉はこの状況下で知るのだった。
(UNOってカードゲームなんだ……)
名前しか聞いた事がなかった。
しかも中学の頃のクラスメイトの会話で「夜はUNOやろうぜー!」というただそれだけの知識。確かあれは修学旅行の相談か何かをしていたのだと思う。
旅行自体に参加しない自分には関係ない事だと思いながら、今頃それを持ち出すなんてやはり少し羨ましかったのかもしれない。
それで結局、誰も賛成していないけれどやることもないので百物語――と言うか、自分の知ってる怖い話を披露する事になった。
「これは、知り合いから聞いた話なんだけど」
お決まりの文句から始まる怪談の数々、なんとなくオチは分かってしまうのにやはり怖いものは怖い。
それぞれ、話としてよく出来ている。それが何だったかまで判明してるあたり創作っぽい感じもして、どこか安心さえするのだけど。
「じゃあ、体験談で……あんまり怖くないけど」
と、言ったのは真澄。今までみんながみんな『自分ではなく知り合いから聞いた』話しだったのに対して真澄は涼しい顔のまま『実体験』を語り始める。
「その日、俺は親父と海外出張から帰ってくる母親を迎えに空港まで行ったんだ」
家から空港までの道は薄暗くて、車の通りも少なく少し不気味で真澄は昔からその道があまり好きではなかったらしい。
他に道もあるのだが、一番近道がその道筋で、あまり好きではないが運転手は父だし車に乗っているからそう思うのも一瞬の感覚だった。
家から空港まで30分、予定の時間に行けば母ま空港の駐車場で待っていた。
『僕、おトイレ!』
空港につく少し前あたりからトイレに行きたかった真澄はそう言って車を降りた。
『一緒に行かなくて大丈夫?』
問い掛ける母に一人で行けると伝えて真澄は走り出す。当時真澄は小学校3年生。空港のトイレの場所は分かっていたしトイレぐらい一人え行けた。
真澄の答えに母は真澄と入れ替わるようにさっきまで彼が座ってた助手席に乗り込むのを横目で確認した。
それは別に特別な事じゃなくて、母を空港に迎えに行くといつもの事だった。
行は真澄が助手席に乗り、帰りは母が助手席で自分が後部座席に乗る。何時の間にか決まったそれは家族のルールのようなものだ。
そうして、用を済ませ、真澄は駐車場に戻る。自分の家の車が止まっているだろう場所に――しかし、車がなかった。
『あれ?』
空港には駐車場が他にもある。自分は間違えてしまっただろうか?そう思うが、間違えなくそこはさっきまで自分達が居た第一駐車場だった。
ならば駐車する場所を変えたのだろかと駐車場を歩き回って自分の家の車を探してみるがやはりない。時刻は夜8時ぐらい、暗くて分かりにくといっても駐車場にはちゃんとライトがついていて灯りは十分だった。
だから、車が見つからない事を暗さのせいにはできない。結局、それから20分、真澄は駐車場を歩き回り両親と車を探したけれど見つける事ができなかった。
流石にこれは異常事態だと気が付きすぐさま空港のスタッフに言う。
小学校三年になって迷子だなんて恥ずかしいが、しかし、20分のも間自分が居ないのに両親が探していない事自体おかしかった。
自分が居なくなったら心配するだろう。その程度に親から愛情を注がれている自覚はあった。
まず、放送を流してもらう。しかし反応は無く、今度は電話を貸してもらう。父親の携帯番号を暗記していた事がこんな所で役立つだなんて思っていなかった。
これでなんとか連絡がつく――安堵しながらコール音を数える。きっと父は母は心配しているだろう。まず謝らなくては……そう思っていた時だった。
『はい』
コール音、五つで受話器の向こう側から父の声が聞こえてきた。
『おと、お父さん!ごめんなさい!』
聞いた瞬間、安堵感から思わず涙が零れだした。嗚咽で焦げる声でようやくそれだけ言えば、
『真澄……?』
と不思議そうな父の声が答える。
『いま、今どこにいるの?』
震える声でそう聞けば、
『え?お前、何処って?一緒に』
父は明らかに混乱していて
『お前!なんで居ないんだ!』
とついには声を荒げてそう逆に聞いてきた。
「父と母の話しだと後部座席に『何かが乗って』いたからてっきり俺だと思ったらしい。俺から電話があって振り返ったら誰も乗ってないから酷く驚いたらしいが」
冷静に、シメの焼きそばの玉ねぎを器用によけながら真澄はそう話を締めくくった。
「え、結局それってなんだか」
オチは?と思わず気かづにはいられない。その真澄が不気味だと思ってた道で交通事故があったとか、自殺の名所を通っていたとか、そういう裏付けがある方が逆に理由も分かるから恐怖も和らぐのだが。
「分かってないぞ」
正体不明のそれは結局なんなのか分からない。
『幽霊』なのか『妖怪』なのか、もっと別のものなのか。
「「「「「「「「「「こっ――」」」」」」」」」」」
「こわっ」
「怖い、怖い、怖い、怖い」
「無理、本当に無理」
「また実体験って言うのが」
皆絶句し恐怖を口に出したり無言で青ざめたりしている。かく言う梅吉も真澄の話が今まで聞いた怖い話の中でかなり上位に食い込む内容だった。
(今日、風呂入りたくない)
怖い話の後の風呂での頭を洗う行為の不安は一体どこから来るのだろうか。昼間海にも入っているし、シャワーは浴びたがシャンプーで洗ったわけではないし、髪の中に砂が残ってるような気がするから、衛生面的には入りたいし頭も洗いたいのだが。
――と、その時だった。
ひゅぅぅっと風が吹いて四方に灯されていた蝋燭が一気に消えた。
「きゃーーーーーーーーーー!!!!」
「ちょっと!冗談!」
「イヤイヤイヤイヤ!」
ほづみが叫び、七緒がキレ、百花がべそをかき出す。
「風で消えてしまっただけだ心配ない」
千景が教師の声色と口調で言う。
「ちょっと肌寒くなってきたわね。片づけて、もう中に入りましょ」
パンパンと手を叩いて、鈴之助が明るく告げるのと同時にみんなで片付けはじめる。カチャカチャと食器が増えれ合う音、女子は洗い物、男子はバーベキューコンロの片付けと、ゴミ捨てをする事になった。
「あっ!」
また風が吹く、白いカミナフキンが舞い上がりまるでそれ単体で生きているかのように上へ上へと向かっている。
このゴミ一つないビーチに明日の朝あれが落ちているかもしれないと思うと何か胸が痛くて、梅吉は上を向き精一杯腕を伸ばした。
「えっ……?」
ジャンプして掴む。瞬間、目の前の腕を下し、障害物の無くなった視界に映るその光景に梅吉は凍りついた。
「鈴之助っ、やっぱり」
思わず、傍に居た鈴之助の裾を引っ張り指さす。
示した指の先、消える事なくある現実はやはり見間違えではなくて。
「みえ、る?」
引き攣る声で聴けば、横で彼は頷いた。
酷く険しい顔をして、
「ええ窓が、五つあるわね」
――と。




