おしゃべりなリタ 1
半ば強制的にみんなと夏の海に来た梅吉。折角なのだから楽しもうと思うのだが――…。
だいたいこういうゲームで海となれば、誰かのプライベートビーチが定番で宿泊先は誰かの別荘が定番だ。
幸いと言うか案の定と言うか、このメンバー内に金持ちは三人いる。真崎家の三兄妹だ。
だから当然のように、真崎家のプライべートビーチに到着しビーチ内にある別荘に面々は案内されたのだが――。
「お前んちの別荘、おっばけやーしきー」
間延びした口調で静かが梅吉の心中を代弁するかのように言った。
見上げた大きな古めかしい洋館、いかにも「でそう」な感じはあの遊園地にあった病院に勝る。
「家族で海に来ることも最近なかったしなー…なに、業者が定期的に掃除はしてるから中は綺麗だろう」
久しぶりに見る別荘の様子に、千景自身も少し驚いているようだったが直ぐに立ち直り黒い鉄でできたおとぎ話に出てきそうな古めかしい鍵を門に差し込み開錠した。
ガチャンと重たく固い音がして、ぎぎぎぃぃっと千景が門を押すのと同時に鉄が軋む音が響く。
そのいかにも不気味な音を「いい感じ!いい感じ!」と鈴之助だけが一人テンション高く喜んでいて、あとの面々は不安そうな顔をしている。
この別荘の持ち主であろう真崎兄弟自身ですらも。
それでも、千景のさっきの発言通り屋敷の中に入ってしまえば外から見る不気味さは微塵も感じられなかった。
ちゃんと清潔に掃除されていたし、置かれている家具や調度品は高価そうなものばかりだった。
大きなソファの置かれたリビングには七十インチはあるだろうの大きなテレビが置かれていて、他にも映画の中でしか見た事もないような大きな縦に長いテーブルの置かれた食堂や、地下には温泉なんかも用意されているらしい。
屋敷内を案内され最期に梅吉、百花、七緒、ほづみに宛がわれた部屋はやはり豪華な作りでクッションが良さそうなベッドが三つ並んでいた。
「三つ?」
――とその数に梅吉は思わず首を傾げる。
部屋分けは女子四人で一部屋、男子は三人部屋と二人部屋で三部屋に分かれた。
ちなみに、三郎と千鶴と静の先輩部屋と周と真澄の後輩部屋と千景と鈴之助の教員部屋になっているわけだが。
「……誰か一人床で寝ろと」
この部屋を宛がわれた人数は四人、しかしベッドは三ッつ。そして床に置かれたこの屋敷には不似合いな和柄の布団とタオルケット。
「女子も二人、二人で分かれたらよくない?」
「貴方が床に寝れば問題ないでしょう?」
畳まれた布団とタオルケットを指さしてそう言えば、当たり前の事にように百花がそう返していた。
「百花ちゃんはこの別荘の持ち主だし、ベッドは譲るとして、三人でじゃんけんして公平に決めようよ」
七緒がそう言い、ほづみが「そうだね」と笑顔で頷く。
「ちょ、待って待って!」
そんな、女の子を床で寝せるなんて出来るわけがない。
この面子だと残念だが床で寝るのは自分になるだろう。しかしながら大きな屋敷だ。あと一部屋ぐらい空きがあっても良い筈だが――。
聞いては見るものの、もう部屋は無いと百花はあっさり言ってのけたから梅吉は諦めるしかなかった。
これが普段のままの自分であったなら、ハーレム状態の今の状況に床の上で眠る事など些細な問題だと思えた事だろう。
しかしながら、身体が女になって思考も若干女性寄りになってしまっているようだ。
(まぁ、全年齢ゲームみたいだしな)
そしてゲームの性質上、性欲も抑えられているらしい。結果、こんな美味しい状況なのにちっとも美味しいと思えない自分がいる。
自分が床で寝る。そう言って、この話を終わらせる。七緒は最後までじゃんけんで決めようと言い、ほづみは「じゃあ私も床で寝る!」とか言いだしたが全て丁寧に断って梅吉は自らふかふかのベッドではなく少し湿気臭そうな布団を選んだのだ。
(だって、男として女の子を床には寝せられないだろ)
仕方ない事だと溜息を吐き出し肩を落とした時だった。
コンコン――と部屋の扉が控え目にノックされる。
「折角だし海にいきましょー?泳ぎたい人は水着持ってビーチに来て頂戴ね」
扉は開けられる事なく、声だけが聞こえた。声色と口調からそれが鈴之助だと部屋の誰もが分かった。
「そうね!せっかく海に来たんだし行こう!」
七緒の掛け声と共に、みんな水着や浮き輪を持って部屋を出て行く。
(そうだ。折角だから楽しまなくちゃ)
梅吉もそう改めて思い直し三人の後に着いていく。
パタンと部屋の扉を閉めて、一応鍵をかける。
「ああ、角部屋なのか」
扉の直ぐ横にある壁に女子部屋が廊下の一番端なのだと改めて思った。
(なんか、違和感――)
が、何故かその事実に違和感を感じる。なんだろう?と思いながらじぃっと壁を見つめていると、
「梅ー行くよー!」
「梅ちゃんはやくー!」
「さっさとしなさいよ!愚図!」
口々に自分を呼ぶ可愛らしい声(一部例外はあるが)が聞こえて、梅吉は慌てて声のする方へ向かうのだった。
リビングのある一階に降りると男子たちが大きなテレビ画面で鈴之助が持ってきたのだろうホラー映画を見ていた。
心なしか身体を寄せ合っていて、その様子にほづみが「きゃぁ!」と小さく歓喜の声をあげる。
「あれ?海行くんじゃないの?」
外はまだ日が高く、眩い夏の太陽がビーチを照らしている筈で、この部屋だってカーテンを開けていればもっと明るいだろうに。締め切られたカーテンと消された証明の中、テレビ画面だけが唯一の明かりになっている。
「夏と言えばホラーでしょ!」
七緒の呆れた声に、鈴之助は画面を見つめたままこちらを見る事なく言った。
「お前、自分で呼んでおいて!」
続けて言った梅吉の言葉は黙殺され、
「もういいよ、男子なんて放っておいて行きましょ」
少しイラついた七緒の声にほづみは後ろ髪を引かれつつ、百花は兄と一緒に居たいが怖いのは苦手なのようで、千鶴になんだかんだと言い訳をしたとくるりと画面に背を向けて、ホラー映画に釘付けになる雄を放っておいて女子全員は屋敷の外に出た。
「まっぶしい!」
先ほどまで真っ暗なリビングに居たせいか眩しい光が眼球に突き刺さる。手で影を作って、百花に案内されるまま屋敷の裏手に回るとそこはもう砂浜になっていた。
「ここがシャワールーム!個室になってるからここで水着に着替えましょ」
屋敷から少し歩いた場所に立つシャワールームで四人は水着に着替える。
七緒は赤い花柄のビキニにパレオを腰に巻き、ほづみはパステルカラーのワンピースに白いパーカーを羽織って、百花は淡いさくら色のAラインのワンピースの水着で水着と言われないと普通の服にすら見える。
(最近の水着は凄いバリエーションがあるなぁー)
そう眺める梅吉は「これになさい」と鈴之助に押し付けられた紺に白の水玉のリボンが胸元に着いたビキニだった。そのままだと何となく恥ずかしくて、上からTシャツを着ているけれど。
「よし!じゃあ、海まで競争!」
言いだし七緒が走り出す。
「まって!七緒ちゃんずるい!」
そう言って二番手に走り出したのはほづみ。
「ちょっと!わたくしを置いていくなんて!」
そう百花も駆け出す。
(凄い、青春っぽいなぁ)
そんな三人を見ながら梅吉はゆっくりと歩いていく。ビーチサンダル越しに感じる熱された砂の感触を感じながら、ほづみが綺麗なフォームで七緒を追い抜き、それに驚いた七緒が転び、後ろから来た百花が転んだ七緒に躓いて転ぶ。
その光景の全てが楽しくて幸せで、梅吉は思わず目を細めた。
「うーめー!」
そして、海にたどり着いた七緒が呼ぶ。
ほづみは勿論百花も何時の間にか笑顔だった。
今、行く――と梅吉は手を振って衝動のままに駆け出した。
(――ん?)
っと不意に視線を感じで、梅吉は後ろを振り返る。
が、誰もいない。
後ろには大きくそして不気味な真崎家の別荘があるだけだった。
(誰も、いないよな?)
一階の窓際も、二階の五つある窓にも誰の姿もありはしない。
「梅ちゃーん!」
きっと気のせいだろう。梅吉は呼ばれるままに青い海へと再び走り出したのだった。
お決まりの水の掛け合いを散々して、魚が居ると騒ぎ、浮き輪に浮かんで波にゆられてぼんやりしていた頃にようやく男子の面々がぞろぞろと屋敷の方から出てきた。
「やっと出て来たよあいつら」
ぞろぞろと並んで歩くその面子の中、
(よかった。際どい水着の奴はいない!)
と思わず確認せずにはいられない。だって、こういう話の男子に一人は絶対ブーメランタイプの水着を着てたりするからだ。
しかし、幸いブーメランはいなかった。真澄だけが唯一競泳用のピッタリとしたスパッツみたいな水着を着ていたがそれは想定内だったから問題はない。
「てか、真澄って水泳部?」
思わずそう呟けば、ほづみが
「うん。流行りだからね!」
――と、よく分からない返答をしてきた。
深く聞いたらいけないような気がして梅吉はそれ以上は何も言わないで置いた。
「うわぁ!冷たい!」
そう言いながらも周が浮き輪に乗って浮かぶ梅吉の傍までやってくる。
「どうだった?恐怖映画大会は」
梅吉の浮き輪につかまりながら、掛けられた言葉に周は苦く笑う。
「うーん……俺、スプラッタとかは駄目な方だから気持ち悪かった」
へらっと笑う周の言葉に見ていた物はスプラッタ系だったのかと、改めてあの場に残らなくて良かったと梅吉は胸を撫で下ろす。
「一本目の邦画の方は平気だったんだけどね」
「二本見たのかよ!?」
思わず突っ込めば、三本だと返された。
全く、本当に海に行く気があったのだろうか?と疑いたくなる。
「でもやっぱり海っていいね!夏って感じ」
周の言葉に梅吉は無言で肯定した。
こんな風に仲間と楽しむ海なんて知らなかった。
家族でも来た事がない。でも、いやだからかもしれないが、目に映るもの全てが新鮮で楽しくて仕方ない。
「おーい!スイカ割りするぞー!」
波音に混ざって聞こえた声、見れば千景が大きなスイカを持ってこちらに手を振っていた。
「よーし!俺が浜辺まで押してあげる!」
周が梅吉の浮き輪を押しながらバタ足をして浜辺まで二人で向かった。
見上げた空は青く、白い雲とのコントラストが本当に良くできた絵画のようだった。
笑顔で手を振る千景の背景にはあの大きな洋館が見える。
二階には五つの窓、あの部屋が先輩部屋であの部屋が後輩部屋であの部屋が先生部屋で、
(――あれが、俺たちの)
まで考えて、梅吉はサァ――――っと血の気が引くのを感じた。
自分達の部屋は角部屋の筈なのに、部屋の横は行き止まりの壁しかなかったのに。
(一部屋、多い)
窓の数的に、一部屋多かったのだ。




