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夏色世界

文化祭も無事終了して夏休みに突入です。

 どこまでも広がる青の世界。抑えても抑えても地面に足がついていないような、浮ついた気分になってしまう。社会に出たならきっとそう簡単にはやってこないそれはまるで子供にだけ許された魔法の呪文のようだ。

 そう月見里梅吉は絶賛『夏休み中』だった。

 (もうすこし過ごしやすい気温でもいいのに)

 自室の扇風機前を陣取りながら梅吉は内心で愚痴った。

 実際は梅吉が住んでいた関東の夏と比べるならこの世界の夏は涼しく、そのせいか部屋にはクーラーがなく冷房器具は扇風機しかない。

 しかし、インドアの寒いぐらいクーラーの効いた夏に慣れた梅吉には軽い地獄のようなものだった。

 夏はクーラーを効かせ、長袖を着てアイスを食べながらゲームする。そんな夏しか梅吉は経験した事がないのだ。

 空気の流れをつけるために開けた窓からは絶え間なく蝉の声が聞こえ、差し込む光りに触れたものなら肌が焦げる。そんな夏を梅吉は知らない。

 「あぢぃ……」

 正直、こんなに自分が厚さに弱いとは思わなかった。

 そして、ゲームの世界でこれほどまで忠実に季節を再現できるとも思って居なかった。

 それはとても高度な事なのだろう。そう思うが――……。

 「いらねぇ……ゲームにそんなもん求めてねぇ……」

 扇風機に向かって呟いた言葉は小さく小刻みに震えて聞こえてついでに「我々は宇宙人だ」なんて鉄板のセリフを思わず言いたくなる。

 (そう言えば、ばーちゃんちは扇風機だったからそうやって遊んだなー確か誰かが「扇風機の前で喋ると面白いよ」なんて教えてくれて)

 それが誰だったかはもう忘却の彼方だ。夏休みだったし今は縁の薄くなってしまった親戚の人かもしれない。

 たったそれだけの事が不思議で面白くて凄い事に思えた。飽きずに扇風機の前を陣取り遊んでいたら母親から拳骨を落とされたのは苦くも懐かしい思い出なのかもしれない。

 とにかく、あと数年もしたらこんなに大型の休みはとれなくなる。ここはゲームの中だけれど折角の休みを満喫しない手はないだろう。

 「よし」

 掛け声と共に梅吉は立ち上がる。

 「ゲームするか!」

 意気込んでそう決意するのと同時に壊れるんじゃないかと言うぐらいの勢いで自室の扉が開かれる。

 「――って、あんたゲームの中でゲームしてどうすんのよ!!!!」

 そして、同時にそう叫んだのは

 「鈴之助?なんでお前、うちに居るの?」

 花園鈴之助、保険医兼、攻略キャラクター兼、サポートキャラ兼、この世界がゲームだと知っている唯一のキャラクターで尚且つ梅吉が自らの秘密を唯一話した協力者でもある。

 「あら?ちゃんと、お母様に挨拶して『娘は二階の自分の部屋です』って通されたわよ?それよりねぇ」

 普段は女装をし煌びやかな化粧やネイルが施されているが休日の彼は、ちゃんと男のカッコをしていた。それでも普通の男性よりは少し華やかで服の系統で言うなら『お兄系』と言う奴だろうか。今日は白いスキニーパンツに大きな花柄のタンクトップ姿だった。

 長い金髪の髪の毛は後ろにお団子にしていて、確かに男なのだけど、中性的で男臭さはあまりない。

 そんな事をぼんやり考えていると

 「あんた折角の夏休みなのに何やってんのよ!」

 と言う言葉と共に頭に思い切り拳骨を落とされた。

 「うがっ!」

 ガツリ!と頭蓋に響く鈍い音共に広がる鮮烈な痛み、梅吉は反射的に殴られた頭を押さえる。

 「―――っ!いってぇ!なんなんだよ!いきなり現れてお前は!」

 「馬鹿者!あんた、夏休みをなんだと思ってるのよ!」

 抗議すれば、未だ拳を握ったままの鈴之助に逆切れされる。

 「何って、夏休みは――涼しいところで、徹夜でゲームする。そういう休みです」

 きっちり正座してそう言ってやれば

 「だから、ゲームの中でゲームしてどーすんのよ!?」

 何故か涙目になった鈴之助がそう問い返してくる。

 改めてそのセリフに梅吉は「ああ、ここはゲームの中だった」と実感するのだ。分かっているつもりでイマイチ実感が薄いには暑さからか、それともリアル過ぎるこの世界のせいか。

 「でも、お前だって、ゲームの中で毎日ゲームしてるじゃねぇか」

 この男、鈴之助の趣味は乙女ゲーで、妖しすぎる保険医に怯え生徒達が保健室を利用しに来ない事を良い事に暇な時間を乙女ゲーをして過ごしている。そんな奴にはさっきのセリフは絶対言われたくはない。

 「とにかく!そんなアンタのために素敵なイベントを用意しました」

 梅吉のセリフなんて全て蹴り飛ばし、不敵な笑みを浮かべて鈴之助は言った。

 「名付けて『ドキドキ!ラブラブ!?真夏の臨海学校!(あばんちゅーる)』」

 「うわ!だっせぇ!ネーミングだせっ!」

 反射で零れた言葉に再び拳骨を見舞われ、痛みでガンガンする脳みそで

 (これは、嫌な予感しかしない――……)

 そう思わずには居られない梅吉だった。

  



 それからの展開は早かった。

 すぐに旅行に行く準備をしろと言われて、着替えや水着を旅行鞄に詰めこまれて『日焼けは女の子の敵よ!』なんて言われて日焼け止めを塗る事を強要された。

 Tシャツと短パン姿だった自分に鈴之助は『ちゃんと可愛いカッコしなさい!』と説教して、タンスを漁ったあげく夏の青空みたいな膝丈のスカートのワンピースとレースのカーディガンを着るように渡される。

 それを着て、急かされて玄関に行けばもはや見慣れた真っ赤なスポーツカー――ではなく、白いマイクロバスが家の前に止まっていた。

 「月見里、準備はできたか?」

 運転席の窓を開け、そう言ったのは千景。

 「わぁ!梅可愛いね!そのカッコ」

 後部座席の窓が開いてそう喜んだのは周。

 「うん。すごく良く似合ってる!ね?真澄くん!」

 ほほ笑むほづみと

 「ああ」

 頷く真澄。

 「僕の為にお洒落してくれたの?嬉しいな……じゃあ期待に応え」

 後部座席の三列目、窓際の男千鶴はそう言って梅吉に手を伸ばし

 「気にするな。挨拶みたいなものだ」

 三郎に首根っこを掴まれて引き戻される。

 「お兄様!わたくしも!わたくしもお兄様のためにお洒落したのよ!」

 その後ろの席で身を乗り出して甲高い声を出すのは百花。

 「早く乗りなよ!梅!」

 助手席でそうヒラヒラと手を振る七緒と

 「ジュース冷えてて美味しいよ?」

 おそらく昼食用に用意されただろうクーラーボックスのジュースを早くも飲み始めてている静が缶のジュースを空いた窓から手を伸ばして梅吉に差し出す。

 「えーと……これは」

 その騒々しい様子に思わず梅吉は頭を抱えずにはいられない。

 「さっ、行きましょ」

 語尾に思いっきりハートマークが付いていそうな鈴之助がルンルンと梅吉の背中を押した。

 「お前!これ全員集合してるじゃねぇか!!!!!!!!!!!!!」

 一人だってキャラが濃くて対応が疲れるこのゲームのキャラクターが今、全員集合してしまっていた。

 一度、出現キャラ全てが集まって花見をしたことがあったが、あの頃より出現キャラも増えているし

  

 (なにより厄介さんが増えてるんだよ!)


 青い空の下。

 蝉の声は相変わらず空間に隙間なく詰まっている。いや蝉の声だと思っていたのはこの車に乗る奴らの話声だった。

 「梅ちゃん!梅ちゃん!今年の夏コミは行く!?行くなら一緒に行こう!?」「梅!梅!可愛いね!今日は本当に可愛いね!どうしたの?そんなに可愛いカッコして、もしかしてこの中に気になる奴でも居るの?誰?殺すから教えて?」「月見里、もし鮫に襲われたらな鼻を思いきり殴ると――……」「何?君の思い人って僕?てか僕以外ないよね?あはははっつ!罪作りだなぁ!僕ってば!」「なわけあるか。千鶴舌噛んで死ね」「お兄様!お兄様!」「ねぇ、千景、これ流してよ!怪談のCD!持ってきたの」「お前はまたそういう趣味の悪いものを――…」「ジュースおいしいよ?」

 各々思うままに喋る面々に「おれは聖徳太子じゃないんだぞ!」と突っ込みたくなる。

 「しゅっぱーつ!」

 脱力した梅吉とは裏腹にそう元気よく掛け声を掛けたのは七緒。

 その声と同時に車は発進された。


 もういや……おうちにかえして!


 そんな梅吉の心の叫びを聞いてくれる者などこの車内には皆無だった。



 車はどこまでも進んでいく。

 相変わらず車内は賑やかすぎる程賑やかだ。

 十一人乗りのマイクロバス。三列に配置された後部座席の一番前の窓側に梅吉は座る。隣に鈴之助と後ろには周、周の横に千鶴が居て、その横に百花はずっと千鶴の腕に自分の腕を絡めている。

 静と三郎と真澄が一番後ろ、ちなみにほづみは鈴之助の隣でさっきから二人でおすすめの乙女ゲーの話で盛り上がっている。

 梅吉はなんとなく窓の外に視線を向け過ぎていく風景をぼんやりと眺めた。

 思えばこんな風に誰かとどこかに行くのは初めての体験かもしれない。

 学校の行事である臨海学校や登山、修学旅行も他人と関わる時間が多い行事は全て今まで欠席してきた。

 もう顔も忘れてしまった担任は、それでも「せっかくの思い出なんだから」と参加するように言ってきたが、教室で完全に孤立している自分がそんなクラスメイトと旅行に行ったところで彼の言う『いい思い出』を作れるとは思わなかったから、クラスメイト達が旅行する中、梅吉は自宅でひたすらゲームをしていた。 

 それで別に自分は構わないと思っていたし、今考えてもその判断は間違っていなかったと思う。

 無理して行ったところで、自分はきっと一人だっただろうし、浮かれてはしゃぐ人の中で、一人きりと言うのはとてもみじめで孤独だ。

 それを回避できるなら、貴重な青春の一ページをゲームで無駄に潰してしまったとしても別に構わない。

 (だって、傷つかないで済むし――……)

 でも、今、自分はちゃんと一員になれている。

 孤立することなく、孤独を感じる事なく、傍に友達が居てくれて笑いかけてくれている。

 名前を呼んでくれる。

 それはとても素敵でかけがえの無いもののように思えた。

 (結局これもゲームなんだけど)

 作られた優しい世界である事には変わりなくて、現実逃避と言われたらそれまでで、ここで築いたものは現実の世界で生かされる事は無いと分かっているけど。

 (でも)

 ここで気付いた事は、たぶん梅吉を少し変えてくれたと思う。

 騒がしく、賑やかに、車は進む。

 目指すは青い青い海、手に入れたいのは楽しい夏の思い出。

 

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