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ナイチンゲールとばら 4

モブだと思ってたら隠しキャラだったりそんなトラブルがありながらいよいよライブ本番です。

 せめて雨でも降ってくれたら良かったのに、そうしたら一般客が多少、少なかったんじゃなんか。未練がましく梅吉はそんな事を思わずにはいられない。

 今日はライブ本番の一般公開の日、軽音部のライブは落語研究会の寄席の後に行われる予定だ。

 体育館のステージの下手の袖、さっきからリズムのいい語り口調と笑い声が聞こえる中、梅吉は緊張でどうにかなりそうだった。

 そりゃ、やると決めた。自分が歌って誰かが楽しんでくれるなら素晴らしい事だとも思っている。しかしそれと緊張しないのとでは話が違う。

 「口から心臓出そうです」

 梅吉は手の平に人と書いてはごくりとそれを飲む動作をする。これをさっきら何度やってるか分からない。もはや人と言う字がゲシュタルト崩壊しそうなぐらい飲み込んでいるが緊張は消えそうもない。

 「はははは、出たら死んじゃうねー梅ちゃんおもしろいなー」

 そんな梅吉を静かはのほほんと笑う。

 「大丈夫、大丈夫、みんな軽音部なんて暇つぶしに見に来てるだけだからそれ程高いクオリティー求められてるわけじゃないし」

 手をヒラヒラさせてそう言う七緒は涼しい顔をしながら曲の復習をしてるのか軽やかに細い指を動かしてピックで弦を弾いていた。

 アンプに繋がれていない七緒の赤いエレキギターは渇いた音を奏でながら、それでもそれは練習で聞き慣れた音階で演奏の正確さが窺える。

 「練習でやってきた通りやれば問題ない」

 梅吉の肩を軽く叩いて三郎が微笑む。攻略キャラになった途端、彼の鉄仮面のような表情が心なしか柔らかくなったような気がするが、今はそれどころではない。

 みんな場慣れしてるのか梅吉以外は緊張なんかしてないみたいだった。それどころかとても心待ちにしてるようにさえ見える。

 「平気、平気」と七緒に背中を擦られて、梅吉はその時を待つ。

 落語研究会の寄席が終わり会場は拍手につつまれる。ベベンベンベンベンという警戒な三味線のBGMと同時に緞帳が降りてステージと客席は一時的に隔離された。

 そうして自分達は大急ぎで準備を行う。マイクにアンプ、ドラムセットにエフェクター、一通り設置が完了すると一斉にチューニングをする。短く音を出しペグを回したり、ドラムは軽く叩いてはチューにボルトを締め直したりしている。

 みな三人が三人、とても真面目な面持ちで作業しているので流石だとその光景を梅吉はただ眺めていた。

 「よし、じゃあいくか」

 三郎が静かに言葉を吐き出し舞台袖に手を上げ合図をする。それと同時にSEが流れてステージ上も暗転した。

 (ああ、本当に口から心臓出る)

 本来胸にある心臓がまるで喉の方までせり上がってきているような錯覚を覚えて梅吉小さく短く呼吸を繰り返す。

 ハァッ、ハァッ、ハァッ、ハァッ――……。

 自分の呼吸の音が耳の中で反響していた。

 ゆっくりと幕が開く、途端に漏れる会場の騒めき。

 (ああ、始まってしまう、始まってしまう)

 それはやたらスローモーションに梅吉には見えて、余計に不安に煽られた。

 上手く出来なかったらどうしよう、音を外したらどうしよう、声が――……ついに幕は上がり、凄まじい爆音と共に前奏が開始される。

 舞台袖で待ってた時から降り積もった恐怖は既にMAXで、溢れ出していた。

 目に映る者が全て敵に見える。全員自分を蔑み笑って、馬鹿にしているのではないか、そんな妄想が頭の中に一瞬にして駆け巡った。

 マズイ、マズイ、マズイ、マズイ、マズイ、マズイ。

 マイクを握りしめた手の平にべっとりと粘着質な汗をかいていて、足元から寒くなる。

 どんどんとその時は近づいてくる。

 (駄目だ、俺にできる筈がない)

 歌える訳がない。

 コミュ障で対人恐怖症であがり症で、取り柄なんて何もない。

 予備校に通って居るが、実質ニートと変わらない。誰の役にも、何の役にもたててない、なれない自分が、できるわけ

 「――――――――――!?」

 それでも息を吸い込んで、言葉を発しようとした。

 声を出そうとしたけれど、

 (声が、出ない!?)

 大きく開けた口から出す予定であった歌声が出てこない。まるで胸の中でつかえてしまったかのように、ただ演奏だけが進む。

 『おい、どうしたんだ?』『歌わないのか?』『マイクの電源切れてるとか?』『機材トラブルかな』会場に沸き立つ騒めきの中から聞こえる疑問の声。

 (どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう)

 パニックになりながら、なんども大きく空気を吸い込み声を出そうとするがそれは音になってくれない。

 

 「大丈夫」


 騒めきの中、そこだけ世界から隔離されみたいにクリアにその声だけがはっきりと梅吉の耳に届く。

 

 自分の足元、ステージの直ぐに下に鈴之助の姿があっていつもと変わらない笑みを浮かべて彼は梅吉を見上げていた。

何が大丈夫だと言うのか、いつもそうやってこの男は無責任にそう言って、なんの保障もなく励まして、いつもいつも、梅吉が小さい頃から、ずっとそう「大丈夫」だなんて根拠のない言葉を与えては結局――……。

 (あれ?)

 一瞬よぎった映像とこの気持ちはなんなのだろう?あたまの中が真っ白になる。

 「頑張れ、月見里」

 ――と、そんな梅吉を呼び戻したのは鈴之助の隣でやはり笑みを浮かべて見ている千景の姿だった。

 「うーめー!」

 それから左から高く元気な声が聞こえて見れば七緒が笑っていた。

 途端、シンバルが鳴って、振り返ると

 (あっ、先輩が――)

 静かが歌いだす。

 コーラス用にドラムセットに付けられたマイクから透き通るような綺麗な歌声が会場に響き渡った。

 会場の全てがその歌に聞き惚れているのが分かる。

 三郎は演奏しながらゆっくりと梅吉に近づき

 「君は、一人じゃない」

 そう耳元に囁きかけてきた。

 「さぁ」

 歌のサビに差し掛かる、演奏はクライマックス。梅吉は静かの歌声に合流するように声を

 (出せた――)

 さっきまであんなに頑張っても出なかった声が、すんなりと難なく歌となって喉の奥から吐き出される。

 歌って無ければ苦しさを覚えるぐらい、その瞬間、歌は梅吉の呼吸になっていて、

 もう何も考えられない。頭が真っ白で、でもただ気持ちよかった。

 胸がいっぱいで、何故か泣きそうで、歌詞の一個一個が愛しくて、言葉の一音、一音が恋しくて。

 あんなに嫌だったのに、怖かったのに、不安だったのに。


 (今は、終わるのが惜しいと思ってる)



 ちゃんと音がとれていたかも定かじゃない。

 自分の歌声はおかしなものじゃ無かっただろうか、気が付いたら幕はしまっていて、梅吉は音の無くなったステージにただ茫然と立っていた。

 「お疲れー!」

 七緒にそう背中を叩かれて前につんのめってようやく梅吉の身体は金縛りが解けたように自由を取り戻す。

 「おわ、終わった」

 そうして、がくん。膝から崩れ落ちた。急に足に力が入らなくなったのだ。

 「ちょっとちょっと大丈夫!?」

 慌てる七緒に梅吉は力無く笑った。

 「七緒ちゃん、ごめん、なんか緊張しちゃって、うまくできなくて」

 そう詫びれば七緒は「何言ってんのよ」と明るく笑い返してくれた。

 「立てるか?」

 中腰になって三郎は心配そうにそう梅吉の顔を覗き込んでくる。

 「はい、大丈夫――」

 と言って、立とうとするが膝に力が入らない。

 「ありがとう。楽しかった」

 目の前に映ったのは綺麗に爪が切りそろえられた手、さっきまでドラムスティックを持っていた筈のそれで、

 「あ、ありがとうございます」

 ほぼ反射でその手をとればぐいっと引き寄せられて

 「へ?」

 気が付いたら梅吉は静に抱きしめられていた。

 「こら、伊万里、女子に対してスキンシップが激しすぎる」

 梅吉をぎゅっと抱きしめる静を三郎は眼鏡をくいっと上げた後にべりっと音がしそうなぐらいの勢いで首根っこを掴んで剥がした。

 「あーん。梅ちゃーん」

 静は子供のように不満そうにこちらに手を伸ばしてバタバタしていたが、そのまま引きずられるようにステージから捌けていった。

 「なんか、先輩ああいうの慣れてるなーと思ったらそうか会長も同じような行動とるっけ」

 あちらからは少し悪意を覚え、静からは無邪気さを感じるのが違いだが、そういう人間が彼の周りに集まるのか、彼がそういう人間を好むのか詳細はよく分からないけれど。

 「面倒見いいよなぁー」

 関心する梅吉の言葉に七緒は「そうねー」と言って小さく笑っていた。




 ステージ裏の通路から外に出る。暗幕を締め切っていたから暗闇に包まれていた体育館から一歩外に出た瞬間、強い日差しに眼孔を強く押さえつけられるような痛みを覚えて、梅吉は思わず顔を顰め手で顔を覆う。

 時刻は午後1時で日はまだ高く上がっていた。暗闇に慣れてしまった瞳にはそれは暴力的な強さで

 「大変よくできました」

 しばらく明るさに目が慣れるまで――そう立ち止まっていた梅吉の頭の上からそう声が聞こえ頭を数回撫でられる。

 それは聞きなれた声、覚えのある手の感触だった。

 「って、あんた何やってんの?」

 手で顔を覆ったまま動けない梅吉にそれは不思議そうな声をかけてくる。

 「暗いとこにずっと居たから眩しいんだよ!」

 呆れたようなその声色に、少しキレ気味に言ってしまったのは目が痛かったのと恥ずかしさからだ。

 「ああ、なるほどね。普通はそんな不具合起きないんだけどやっぱり中身と外見が合ってないからかしらねーとにかく日蔭に移動しましょ」

 鈴之助は納得したように呟く、それからばさりと布擦れの音がして目の前に薄い闇ができた。

 「白い布だからあんまり光を遮らないけど無いよりいいでしょ?」

 そう言った鈴之助のいつも着ている白衣が今、梅吉の頭をすっぽり覆うように被さっている。

 「足元気をつけなさいね」

 梅吉の肩を抱き、誘導するように鈴之助は歩いていく。

 その手の感触、声、

 (やっぱり知っている気がする)

 ここで会う前からずっと、

 さっき微かにフラッシュバックした記憶とも言えない感情の波はなんだったのろう。

 やっぱりこれも、身体と中身が合ってない不具合からくるバグなのだろうか、それとも何回か見た覚えのない昔の映像に自己暗示にでもかかってしまったとでも言うのか。

 別に、前のように疑ってるわけじゃない。

 でも懐かしさを覚えるのは嘘にはできない。やはり自分は――……。


  (やっぱり俺、どっかでコイツに会ってる気がする)



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