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現実逃避の先の世界 3

ようやく前向きになれた梅吉。担任の千景に言われプリントを提出しに生物研究室へと訪れたたが――目の前で、学校にはふさわしくない光景が繰り広がれていた。謎の金髪美人は一体!?

 校舎は南と北に分かれている。梅吉達の校舎は南で一階が一年生、二階が二年生で三階が三年生、クラスは各学年六組まであるらしい。北校舎は一階に職員室と事務室、保健室、学園長室があり二階に第一音楽室、第二音楽室、美術室と三階に家庭科室、第一理科室、第二理科室があり隣接するように各教科の研究室が設置されていた。そして梅吉がプリントを持ってくるように言われた千景の研究室は第一理科室の横にある。

 生物研究室。六畳ほどのその室内には灰色の事務机が向かい合って二つとその真ん中に一個。合計三つ並んでいた。回りは本棚で囲まれていて、奥の棚の方にはホルマリン漬けの瓶や蝶の標本などが置いてある。日の光だけで電気は点けられていない室内。窓から入る白い自然光の中だけが辺りを照らしている。

 椅子が一脚倒れていてその横に男が一人組み敷かれている。男の着ていた白い白衣は床の上に広がり、スーツとネクタイは少し乱れていた。

 組み敷く女の赤い丈の短いタイトスカートからは白い太ももが露わになっている。赤いルージュを塗った唇が妖しげな笑みを浮かべていた。

 ゆるく巻かれた金髪の髪の毛が光を反射してキラキラと輝いていた。

 そう言えば梅吉はAVを見る前にエロゲーをプレイしていた。

 だからこうして他人の濡れ場を目の当たりにしたのは生まれて初めてで――。

 「っておい!何してんだよ!」

 仮にもここは学校だしこのゲームは全年齢向けだろう。コミュ障なのも忘れて思わず突っ込んでしまう。

 「なにって?新しい寝技の練習」

 金髪美人は振り返りにっこりと答える。

 寝技って!寝技って!夜のベットの上で繰り広げる寝技かよ!と思うと頬が知らず知らず熱くなっていった。

 床に押し倒されたままの千景は面倒くさそうに溜息を一回吐き出す。

 「委員長。こちら花園鈴之介はなぞのすずのすけ先生――保険医でいらっしゃる」

 すずの…すけ?

 「すずって呼んでね」

 語尾にハートが付きそうな勢いで金髪美人が言う。先ほどまで気が付かなかったがその声は女にしては若干低めの声色で――。

 (もしかして、もしかしなくとも)


 オ カ マ キ ャ ラ が 現 れ た !


 ようやくイケメン登場に慣れ始めたというところでなんかめちゃくちゃ濃いキャラクターが登場した。

 一体何回梅吉の思考回路を破壊すれば気が済むのかおそるべし乙女ゲー

 (なにしかも、これBLってやつ?BLってなぁに?ベーコンレタス?)

 生物研究室の扉が余りにも禁断の扉過ぎてもうどうすればいいのか分からない。男同士の恋愛に別に偏見があるわけではないができることなら自分は関わり合いたくないと思う。

 「おい、鈴之介……どけ」

 頭が真っ白で立ち尽くす梅吉の目の前で千景の足が

 「ぐはっ――!」

 鈴之介の腹部にめり込む。それから思い切り蹴とばされてそのまま壁へと激突した。

 ――いくらNPCと分かっていても見ているだけで痛そうだ。

 (なんか俺、格闘漫画でこんなシーン見たことある……)

 思わず痛みを想像して青くなった。やはりこの教師、いろんな意味で怖い。壁に寄りかかってがっくりと項垂れる鈴之介を横目に千景は起き上がりずれた眼鏡を直す。

 「勘違いしているようだが一応言っておこう。鈴之介は柔道部の顧問で私不本意ながら今、彼の考えた寝技の実験体にされかかっていた。私の恋愛対象は基本的に女性だし華美に着飾ったオカマは私の守備範囲外だ」

 そして、捲し立てるように早口でそう言った。

 (いやいいよ!もうお前らの関係とか、もういいよ!別に俺に言い訳とかしなくてもいいしとりあえず)

 逃げたい。

 だからプリントを置いてさっさと逃げようと開いている机に集めたプリントを置き踵を返した時。

 「ふぎゃぁ!」

 何かに足首を掴まれ梅吉は奇声を上げずににはいられなかった。

 「おまちなさい。お姉さんがいいこと教えてあ・げ・る」

 恐る恐る下を見れば赤いネイルの白い手がしっかりと自分の足首を掴んでいる。乱れたブロンドの髪の隙間から見上げてくるその瞳の底しれない恐ろしさに梅吉の意識が遠のく。

 (あ、だめだ)

 気絶する。と自分で分かった。

 生きてきて今まで、恐怖で気絶することなんて無かったのに――…ふっと目の前が真っ白になった。




 (悪夢だ)







 薬の匂いがした。後は洗ったばかりのシーツの匂いだ。

 ゆっくりと瞼を開ける。まず視界に映ったのは白い見覚えのない天井。

 (もしかして俺、ログアウトできた)

 のかと思いたかったけれど。

「あら?目が覚めた?」

 白いカーテンの向こうから、金髪ロン毛のオカマが現れて自分の考えは甘かった事を思い知らされた。

 (ああ、泣きたい)

 どうやら悪夢は続いているようだ。ようやく前向きになれたと思ったのに、オカマキャラが登場するし気を失ってもログアウトはできないし、なんだかこの世の全ての不幸が今、自分に降りかかってきてるように錯覚しそうになる。

 「おどかすつもりは無かったんだけど――ごめんなさいね?」

 鈴之介はにっこり笑って梅吉の額を優しく数回撫でた。たったそれだけの事なのに、

 (なんか良い奴かもしれない)

 なんて思う自分はかなり単純だと思う。

 「ところで、梅ちゃんは好きな子とか気になる子とかできた?」

 鈴之介がベットの淵に頬杖を突いて梅吉の顔を覗き込むとそんな事を聞いてくる。

 (――え?俺モーション掛けられてんの?見た目は女でも中身は男、まぁ、見かけが女なら今の俺と逆で丁度)

 「よくない!」

 あくまでも、あくまでも自分はノーマルな性癖だ。そんな事で騙されたはしない。禁断の扉を開けるつもりは一切ない。

 「梅ちゃんって女の子らしくなくて面白い子ね」

 クスクスと鈴之介が笑う。笑顔だけ見てれば本当に絶世の美女だった。

 「――って言うかなんで名前知ってるんですか?」

 そう言えばナチュラルにさっきから名前を呼ばれているが名乗った覚えはない。担任の千景が分かるのは納得できるが保険医の鈴之介が自分の名前を知ってるのは少し違和感を覚えた。

 「ん?私はだーれのことでもお見通しなの」

 少し悪戯っぽく鈴之介が笑った後にモニターが出現する。今迄見たことないものだ。そこにはグラフのようなものがあって今まで出会ったキャラクターの名前が表示されていた。

 「……もしかしてサポートキャラ?」

 ハートの表示だけでは分からない細かい好感度数がそこには表示されている。そしてハートの表示がない女性キャラもそのモニターには表示があった。

 「そういうこと。もし学園の事で何か分からない事があったらあたしのところにいらっしゃい?質問だけなら好感度は上がったりしないから安心して聞きにきなさいね」

 その他にある「????」の表示はおそらくまだ出ていないキャラクターのものだろう。他にも誕生日の表示などもありかなり今後も役に立ちそうなデータだ。これで女性キャラとの友情エンドに一歩近づけた気がする。キャラクターと直接会わずに鈴之介に聞くだけで他キャラの好感度が分かるのは大分助かる。

 しかし――と言うことは鈴之介はこれがゲームだと分かっていると言うことだ。

 「なんか寂しいな」

 梅吉はぽつりと言葉を漏らす。

 攻略キャラでありながらそれを理解してしまっているとのはAIとは言えなんだか寂しさを覚えたからだ。

 きっとAIだからそんなことに疑問も覚えないのだろうけど……傍から見て少し痛い痛しい。

 「ありがとう」

 鈴之介が何故か礼を言う。なんでそんな返答をされるのか正直よく分からない。

 それはやわらかくとても優しい。先生らしい口調でだった。もしかしたら梅吉の言葉に返答するデータが無くて適当に言葉を発しただけなのかもしれない。でも、意思を持たない筈のAIの鈴之介のその言葉がなんだかじんわりと胸の中にしみて梅吉は少し泣きたい気分になった。何もしていないのにそんな風に礼を言われるのはおかしい。リアルに生きていても誰かに感謝されたことなんてない。迷惑をかけたこともないけれど「ありがとう」なんて言葉は無感情にふりまかれるコンビニの店員からしか聞いたことのない。そんな言葉を、AIの癖に、オカマのくせに、本当に相手に感謝してるように言うのは狡くはないだろうか。

 「どうしたの?泣きそうな顔して」

鼻の奥がつぅうんと痛くなる。目頭が熱くなってこれはまずいと思い梅吉は慌てて布団を頭から被った。

鈴之介はまたクスクスと笑っている。なんでこんなことで心が揺れているのだろう。こっちに来てから少し心が弱っている気がする。

 (女の子になったのと関係あんのかな?)

 普段なら気にならない小さな事が気になってしまう。

 些細な言葉に泣きそうになってしまう。

 (きっと女の子になったからだ)

 だから少し弱気になってなんてことない言葉に泣きそうになってしまうに違いない。布団をかぶることによってできた暗闇は暖かく、それもまた優しくてどうしようもなく涙が溢れそうになる。

 そんな風に丸まりミノムシ状態になった梅吉に鈴之介がそっと声をかけた。


 「どうか、楽しい学園生活を――月見里梅さん」


 この悪夢は少し優しすぎる。

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