表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/51

優しい世界の歩き方 3

先生ズとはぐれて一人、霊安室のある地下へと落とされてしまった俺は

 ゆっくりと扉は開かれた。

 非常灯の緑色の明かりしか灯っていない廊下には暗闇だけが広がっていて人の気配を感じない。

 (これは絶対マズイ奴だ!)

 即座に梅吉はエレベーターの扉を閉めて一階のボタンを押した。

 そう、このままこのエレベーターに乗り一階に戻ればなんの問題もない。

 ――が。

 「っ、なんだよ!動けよ!」

 それは、扉は閉まるが上昇する気配がない。

 ガチガチと音が鳴る程乱暴にボタンを連打しても、びくりとも箱は動こうとしなかった。

 すると、エレベーター内の白い蛍光灯がチカチカと点滅しだす。まるでそれはこの箱から降りない梅吉を急かすようだった。

 「嫌だ!ぜってぇ降りないからな!誰かが上でボタン押すか二人が来るまでここで待ってやる!」

 梅吉は誰に言うわけでもなくそう口に出して宣言する。

 そう、動かなければいい。

 そうしたら何れ、二人が来るなり誰かがこのエレベーターを呼ぶ筈で、

 「――っ!」

 っとその時、一瞬だけ蛍光灯が強い光を放ち、

 ぶつん。

 何かが切れる音が聞こえて、箱の中は真っ暗になった。

 「!!!!!!」

 梅吉は声さえ出せずにただ固まる。

 己の手すら見えない暗闇の中に今、自分は立たされている。


 ――カリッ、カリ、カリ、カリ。


 「―――……」

 その音は箱の端、奥の方から聞こえた。

 ぞくりとする。

 それはまるで、

 (爪で、壁を引っ掻いてるみたいな)

 想像して、途端に自分の頭に作り出してしまった映像に梅吉は怖くなった。

 すぐさま、手探りでエレベーターのボタンを探して手あたり次第に押していく。

 「あけ!あけ!あけ!」

 じっとりと背中に視線のようなものを感じていた。

 誰かがこの中に居る。

 さっきまでは居なかった筈の何かが、この暗闇の中にいる。思考がくるくると回っていた。

 冷静にならなくては思うのに、思う程にパニックになる。

 何が最善なのか分からない。衝動のままに動いてはいけない。そう、分かっているけれど今は一刻も早くこの狭い箱の中から抜け出したかった。

 息がつまる。苦しい。毛穴という毛穴から汗が噴き出ていた。

 「あけよ!」

 拳でガツリと殴りつけるように壁を叩いた時、

 ――ガコン。

 扉はようやく開かれれる。

 梅吉は転がるように箱から出ると扉付近にあったボタンを押す。すると開いたばかりの扉はすっと閉まる。

 瞬間。

 「――ひっ!?」

 何かがそこにはいた。

 暗闇の中、扉の隙間、黒い瞳と濁った白目の眼球が二つ。ぎょろりとこちらを見ている。

 梅吉は後退りして、ただ息を詰めた。恐怖でもうどうすればいいのか本当に分からない。そんな梅吉の目の前で扉はゆっくりと締まりそして箱は上へと上がっていく。

 さっきまで、どんなに自分が動けと願っても微動だにしなかった癖に。

 「な、なんなんだよ」

 何時の間にか背中に壁をしょっていた。

 ひとまず大丈夫だと安堵した瞬間に下半身の力が一気に抜けて、思わずその場で壁に寄りかかるように座り込んでしまう。

 「遊園地のアトラクションにしちゃやりすぎだろ!」

 そう叫んでみたものの「どうも申し訳ございません」と謝ってくれるスタッフはいない。

 他の階と違い、ここは本当に人の気配というものが皆無だった。

 別に自分はあの二人と違ってサバンナ生まれ並みの気配を察知する能力はない。しかし、出そうとかで出なそうとか、そういうのは何となくわかった。

 人が居そうな感じがする。隠れていそうな気がする。そういう場面が上の階は所々にあってそう思って警戒している場所から本当に脅かし役のスタッフが出てきたりしていた。

 でも、今、自分がいるこの場所はそういう感じが一切しなかった。

 一切音が無いんじゃないかと思えるぐらい静まり返ったこの空間、聞こえるのは自分の心音ぐらいでそれが余計に恐怖心を煽った。

 深呼吸をする。

 とにかく歩いて出口を見つけるしかない。

 ここでエレベーターを再び待ってもきっと来ないだろうし、あの箱の中には正体不明の何かがいる。

 それが、スタッフの仕掛けた脅かし役の仕業なのか鈴之助の言う所の「本物」なのかはよく分からないけれど、ここでじっとしている事ももう怖かった。

 まだ腰に力が入らないが、壁に捕まってようやく立ち上がると両側に広がる廊下の左側の方へと梅吉は一歩踏み出した。

 一歩、一歩、と慎重に歩を進めていく。

 「ちくしょう……ちくしょう……」

 なんだか、どうしようもなく悔しい気分になってくる。

 今日は普段着なれないスカートだって履いて、化粧だってばっちりして、それなりに頑張ってきたのだ。

 男のプライドだとか、意地だとか、そういうものを全部捨てて、このゲームから無事抜け出す事が生存への手がかりだとはっきりしてしまったから決意新に鈴之助に完璧に可愛くしてもらったのに。

 きっともう化粧なんてグチャグチャになっている。

 だってさっきから目に何か沁みて痛みを感じるのだ。

 多分、アイライナーかマスカラか、アイシャドウかそういうものだ溶けてしまっているのだろう。

 だから鏡を見なくたって、今自分は化粧崩れした酷い顔なのが分かるし、千景好みだからと着た白のワンピースもさっき地べたに座ってしまったからきっと汚れてしまっている。

 「全部鈴之助のせいだ」

 あいつがこんな所に来たがったのが全ての原因だ。

 そもそもあのオカマは自分を守る為に今日のデートに着いて来たのではなかったのか。

 まだハッカーが誰か分からない今、どんなに優しいキャラだって信用はできない。

 だから手始めにデートの約束をした千景が大丈夫かのか探ってくれると、だから今日だって着いて来た筈なのに。

 「おのれ、鈴之助――…俺の護衛より自分の趣味を優先しよって」

 勿論、自分の身ぐらい自分で守らなくてはいけない。

 結局の所、このゲーム内をシステムに干渉される事なく動けるのは主人公である自分しかいないのだから。

 どんなに人間味があろうが、自立型のAIがプログラムされていようが、彼らは所詮データでしかないのだ。

 この世界の中でしか存在できず、ある程度の不自由が出て来てしまう。

 『でも私が出来る範囲でアンタの面倒はみてあげるから』

 そう誇らしげに彼は言った。

 それがどんなに心強く嬉しかっただろう。

 この世界で一人ではないのだと初めて感じたような気がした。

 なのに

 「舌の根も乾かぬうちからあのオカマ……」

 だんだんと怒りがこみあげて来た梅吉はいつの間にか恐怖を忘れている自分がいる事に気が付いた。

 「あーあ、合流したら酷い目に合わせてやる」

 そう言えば彼の苦手なものはなんだろう。

 好みは――?

 乙女ゲーが好きならやっぱり、そういうゲームの女のみたいに正に乙女な子が好きなのだろうか――いや、あれは確実に男性キャラ目的でプレイしてる気がするが。

 それと、今回のこの件でホラーとかミステリーとかそういうのが好きなのは分かった。分かったところで今後奴のそういう趣味に付き合う気はさらさら無いけれど。

 千景の好みは前々から想像していたが清楚な感じの女性が好きらしいけど、

 「てか」

 そこま考えて梅吉は重大な事に気が付いてしまった。

 「あいつも攻略対象じゃん!」

 これが全部ゲームだと分かって居る自立型AIの花園鈴之助はその上、梅吉の正体も彼には今やバレてしまっている。

 (ああ、でもいいのか奴はオカマで男が好きなら、問題ないか)

 なら良かった。逆に攻略しやすいかもしれないと梅吉ほっと息を吐き出した。

 「問題ありありだろ!」

 が、直ぐに間違いに気が付く。

 「俺はホモではない!」

 しかし今は女の子だ。

 相手が女の子だと思って自分に接して恋愛に発展するのはなんかまだギリギリノーマルな気がする。

 しかし相手が中身が男だと分かっていて尚且つ恋愛に発展するのは

 「BLなのではないだろうか?」

 よく線引きが分からないが、それが『そう』なのか『そうじゃない』のかはもはや問題ではない。

 梅吉の気持ちの問題なのだ。

 なりきって、女の子を演じて相手を落とすのと、バレていて素でアタックしなくてはいけないのとでは大分精神的に違うものがある。

 例え相手がノーマルな性癖の持ち主で無くても、いやないからこそそれはとっても難題なのではないだろうか。

 (嫌な事に気がついちゃった)

 こんな状況で、更にブルーになる事に気が付いてしまって、今は鈴之助になんだか会いたくない。

 早くここから助け出して欲しいが、その問題を直視しなくてはいけないのは凄く嫌だった。

 (会いたいけど会いたくない)

 字面だけみると凄く乙女ちっくな悩みのようだが、命が掛かってるかもしれないとなるとまた違ってくる。

 (そうだよ、どんなに悩んでも結局、あれも含めて全員好感度MAXにしなきゃ俺危ないじゃん)

 もう、さっきとは違う意味で泣きたくなっている。

 重い気持ちのまま、梅吉は深いため息を吐き出しながらとぼとぼと廊下を歩いてた――その時、

 「!?」

 ひやりと一気に空気が冷たくなる。

 目の前には『霊安室』と書かれた札が掛かる白い扉。

 (……まずい、出口探してたのに一番来たらいけない所に)

 引き返そうと梅吉は踵を返した。

 ここに入ったらだめだ。

 確実にこれは駄目なやつだ。

 見た所、ここは部屋の端、この霊安室の中に入ったとろできっと出口なり階段なりはないだろう。

 だったら行く意味などない。

 引き返して上に上がる階段を探した方が懸命だろう。

 わざわざ出ると分かっている場所に行く必要などある筈もない。

 だから引き返す。

 今の扉は見なかった事にする。

 中にはもしかしたら、スタッフがスタンバイして今か今かと客の訪れを待っているかもしれないが

 (そう言えば、エレベーター以降誰も脅かしてこないな)

 人が隠れる隙はたくさんあったのに、一人としてまだ会っていない。

 (嫌だな、逆に不気味だ)

 寒さを感じるのは履きなれないスカートのせいかそれとも場所柄なのか、ともかく戻ろうと

 「あれ?」

 こんなものあっただろうかと梅吉は自分の左側の壁を見た。

 大きな鏡が自分の横にある。

 白いワンピースを着た少女はまぎれもなく自分だった。

 (やっぱり少し見慣れない)

 そう思いながら鏡を覗き込む。

 (よかった)

 多少崩れているが自分が思ってたよりは化粧は崩れていなかった。

 「もっと化け物みたいに崩れてるかと思ったけど」

 これなら直ぐに直せそうだ。

 安堵からか鏡の中の少女は笑顔を浮かべた。笑えばそれなりに可愛いのじゃないかとそんな風に自画自賛していると。

 



 「化ケ物ミタイッテ、コンナノ?」

 


 ねっとりと鼓膜の貼り付くような粘着質な声が響く。

 「――だっ!?」

 どろりと目の辺りから少女の顔が崩れ出す。

 そしてそれは鏡の中からぬぅっと出てきて、

 「ひぃぃぃぃ!」

 梅吉は走り出す。

 そして、白い扉のドアノブに手を掛け中へと入る。

 正直、何も考えていなかった。

 だから、中に入って目の前に広がる光景を見て初めて自分の失敗に気が付いた。

 それはさっきまで絶対に立ち入りまいとしていた筈の場所。

 「ヤバイ」


 霊安室に自分は入ってしまった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ