優しい世界の歩き方 2
千景と二人でデートの筈が何故か鈴之助も着いてきた。
しかも一番最初に向かったところは、お化け屋敷で――。
ひやりと冷たい空気に肌を撫でられて梅吉は思わず身体をすくめた。
大きなガラスの自動ドアを潜ったそこは薄暗く、僅かに光をともしている蛍光灯がチカチカと今にも息絶えそうに点滅しているだけだった。
もっと廃墟のようになっているかと思ったが、灯りが少ない以外は普通の病院のロビーでそれが余計に不気味さを残している。
ついさっきまで普通に診療受付していたかのような様子の室内は、まるでいきなり人だけが消えてしまったかのような様子は派手に壊されたり汚されたり血のりをぶちまけられているよりもリアルで恐怖心を煽る。
「これこれ!この感じ!わくわくしちゃう!」
そんな梅吉の心中なんて察することなく鈴之助は目をキラキラと輝かせてはきょろきょろと辺りを見回ていた。
「下らん……さっさと出るぞ」
梅吉の右側で千景は溜息混じりにそう言うとさっさと歩き出す。勿論、梅吉と手を繋いだままだ。
「ちょ、ちょ、ちょ、まって!まって!そんなサクサク歩くな!」
強く引っ張られて、さっきかから足がすくんでいる梅吉はへっぴり腰になりながら引きずられるように前に進む。
「やだ、まだお化け役も出てきてないのにビビるの早すぎじゃない?」
鈴之助にそう言われても悔しいとも思わない。どう考えても異様な空間、異様な空気。作り物ならとてもよく出来ていると思うが。
『今話題なのよー!ここ!本当にあった病院を移築して持ってきて使ってるからたまに『本物』も出るらしいの!』
さっきの鈴之助の言葉が頭を過ぎる。
(でもここはゲームの中で、ゲームの中で出てくる『本物』のお化けなんか所詮『偽物』なわけで、でも鈴之助がああ言ったからにはそれはフラグで)
つまり、
「偽物の本物が出てくるんじゃねぇかよ!」
気が付いてそう叫ぶ。
「何わけわかんない事言ってるのよ?行くわよー」
「大丈夫か?月見里、早くこんな所出てしまおう」
自分の様子に少し驚いた二人だが、引き返そうとかそんな考えは毛頭ないようだ。
(俺は、ホラーゲームだって嫌いでやらないんだぞ)
それでも引きずられるように連れて行かれて、気が付けば階段の前に着ていた。
「最短距離の上級者向け霊安室攻略コースと、距離は長いけど初心者向けの病室コースどっちがいい?」
――カツン。カツン。カツン。
階段の下、地下の方から人の足音のようなものが聞こえる。
「ううううう、うえ!うえの階に行きたい!」
おそらく地下は霊安室。
これはもう、鉄板に出る。絶対、百パーセント出る。むしろ出ない方がおかしい。だったら長くても病室を回る方が懸命な気がした。
「上ね。病室かー霊安室も行きたかったんだけどなー『本物』出るって言うし」
鈴之助が少し残念そうに言うのを聞いて梅吉少し安堵する。とりあえず、これで『本物』とやらが出るフラグはへし折る事ができたわけだ。
三人で階段を上がっていく。
「この階段が全部で十三段なのよ!よくできてると思わない?この階段をね数えて――」
「千景先生はさ!幽霊とか信じる?」
ほっとくと鈴之助はこの状況で梅吉を怖がらせる知識ばかり披露しそうなので、全ての言葉を耳に入れる前に言葉を遮り苦し紛れに千景に話しを振った。
「さぁなー……基本的に私は自分の目で見ないものは信じないから、今の所信じてはいない」
涼しい顔で千景が梅吉の問に答える。その回答に鈴之助は「なんてロマンのない!」と騒いでいたがこれは無視する事にする。
また怖い話をされたんじゃかなわない。
「ただ、昔、アメリカで人が死ぬ間際に体重を量って結果として二十一グラム減ったという実験結果が出たらしくてな。そういうのは興味深いと思うかな」
「でしょでしょ!?やっぱり死後の世界ってあると思うのよ!」
予想外の言葉だった。千景はもっとリアリストでそういうものは信じないと思っていたから
「もっとも、後々それは科学的根拠が無いと証明されたがな……そもそも、どこから『死』とするかの定義が曖昧だったし心音や呼吸音の微かな揺れが重さに影響してるんじゃないかって意見もあって」
(ああ、思った通りだった。よかった)
科学的根拠とかそういうもので説明されるとホラーと言うものは一気につまらないものになる。分からないと言うことは不思議で不思議は行き過ぎると恐怖に変わるのだ。
見えないこと、触れられないこと、分からないことは怖くて当たり前でそれは防衛本能ともいえるだろう。
例えば真っ暗な穴の底、何があるか分からないそこに入れと言われたら対外の人間は怖くて嫌だと思う筈で、それは自分の命に関わってくるからそう思って当然の事。
(まぁ、こいつは喜んで飛び込むんだろうけど)
梅吉の左側にいるような人間はきっと珍しい部類に入るだろう。
「あーやだやだ、科学、科学って!ナンセンスだわ!」
そんな珍種は千景の言葉が気に食わないのか嘆きながら階段を上がっていく。
「さて、こっからお化け役の人も出てくるだろうし楽しみ」
でも二階につくと直ぐに機嫌を直すあたり流石と言うべきだろうか。
たくさんの病室が並ぶ廊下は白く、でも電気は非常灯しか点いていなかった。梅吉達は渡された懐中電灯のスイッチをオンにする。懐中電灯から放たれるまぁるい形の光だけがたよりで、中途半端に見えない建物内が真っ暗よりもかえって怖い。
「ほら、行くわよ!」
鈴之助はそう言って梅吉の腕を引き先頭を歩く。
「やれやれ……月見里、後ろは俺が歩いてやるから安心しろ」
そう言って千景は梅吉の後を歩いた。
手を繋いだまま、縦に三人並ぶように歩いていくと――…。
「あ!」
突然鈴之助が声を上げて片隅の病室を指さした。
「ちょ、なんだよ!急に!」
緊張して神経が張りつめているのだから急に声を出すのはやめてほしい。
「いま!白いのが病室の中に入っていった!」
「やめろ!てかなんで見つけるんだよ!」
「そうだぞ。スタンバイ中の脅かし役のスタッフだったらどうするんだ。可哀想に」
ワクワクと告げる鈴之助に鈴之助の言葉だけで恐怖がこみあげてくる梅吉に冷静にしかし見当違いな事を言う千景。
(駄目だ。突っ込みが、突っ込みをしないとボケの相乗効果で酷い事になってる)
そう思うが
「くるしい……たすけて……」
「ぎゃああああああああああああああ!」
包帯に血まみれの少女が部屋の入った瞬間死角から呻きながら出てきて、梅吉は思わず悲鳴を上げた。
「あら、拍子抜け」
「具合が悪いならスタッフに言った方がいいだろう」
「馬鹿ね。これはこういう演出よ」
「そうなのか!?私はてっきりリアルに具合悪いのかと」
そんな梅吉を余所に二人は冷静に会話していて。
(お化け、可哀想)
梅吉は思わず同情せずにはいられなかった。
そんな調子で、鈴之助は冷静に脅かし役を評価し千景はたまにとんでもないボケをかまして、
「よし、この階で最後!」
四階の病室、脅かし役のパターンも大体分かってきて梅吉も驚きはするが後を引くような恐怖はなくなっていた。
お化け屋敷なんてとんでもないと思ったし、楽しいか楽しくないかと聞かれたら楽しくはないけれどそれでもこの三人の面子なのはよかったかもしれない。
「早く出て、ジュースでも飲もうぜ…喉乾いた」
「そうだな。お前は叫びっぱなしだったしな」
梅吉の様子に千景がクスクスと笑う。
「ほんとあんたビビリよねぇ」
鈴之助はからかうようにそう梅吉に言うが
「普通、いきなり声かけられたら誰だって驚くつーの!むしろなんでお前らビックリしねぇんだよ」
恐怖事態は前半の方ですっかり薄れていたが、それでもいきなり声をかけられれば驚くものだ。
「気配で分かるからなぁ」
梅吉の言葉に千景が答え、
「ああ、それある!人の気配がするから驚く前に気が付いちゃうのよね!勿体ない!」
何故か鈴之助はそれが勿体ないと悔しがっていた。
「なんなのお前ら育ちはサバンナかなんかなの?」
気配なんて全く感じる事ができない梅吉からしたら二人は野生動物と同等の存在だった。
そでれも何とかこの、ボケ二人に突っ込みを入れるぐらいの余裕を取り戻した梅吉は二人と話ながら廊下を歩いた。
外は昼間の筈で、本来なら光が差し込んでくるであろう窓は全てコンクリートで塗り固められていて、冷静になるとそういう細かい細工にも気が付く事ができる。
(移築したつーけどこんな建物どうやってもってきたんだろ?ばらして?)
それなりに大きな建物だ。きっと大変な工事だっただろう――そう思うと作り側の情熱みたいなものを感じなくもない。
その努力の結果が人を脅かしてやる!なのはどうかと思うし理解はできないが、確かにこれは普通なら大分怖いだろう。
今、梅吉が恐怖を感じないのは変人二人のおかげであって決してこのお化け屋敷事態の作りが悪いわけではない。
本当なら夢に見る程の恐怖がここには用意されていた筈で、こんな風に変に冷静に体験したことは少し不幸な事なのかもしれない。
(だからって、もう二度とごめんだけどな)
何度も言うが、梅吉は本来ならホラーだとかスプラッタだとかそういうものは苦手な人種なのだ。
カツン。カツン。カツン。
リノリウムの床を叩くそれぞれの足音が響く。
今思えば、地下から聞こえたのはこの音だったのだろう。きっと誰か先約の客が地下の霊安室コースを選んだに違いない。
怖い代わりに向こうは距離が短いらしいから、こんな調子で行けると分かっていたら短い距離を選ぶべきだったかかもしれないと終わり際の今更思った。
(まぁ、いいけどさ)
後はこの階の病室の端まで行ってエレベーターに乗って帰るだけだ。
予想通り、死角から脅かし役が現れ、急に声をかけれるからビックリはするけれど思った程ではなくて、慣れとは怖いものだと思いながらたどり着いたエレベーターのボタンを押した。
「あーこれでやっと思われる!」
嬉しさから梅吉は二人の手を離し、一番にエレベーターに乗り込んだ。
ガシャン。
瞬間、扉が閉まる。
「え?」
押してもいないのに、点滅したボタン。
行先は――…。
「――鈴之助!千景!」
どんどんと扉を叩くがそれは開くことなくグォンと低い音が響く。
「マジデ……?」
梅吉一人を乗せて、エレベーターは動き出す。
霊安室のある地下一階を目指して――…。




