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優しい世界の歩き方 1

果たして、彼は本当に梅吉を殺しに来たのだろうか?

 逆光で見えないその表情は一体どんなものを浮かべているのだろうか?嘲笑か、それとも憐れみか、怒りか――どれも見たくないし想像もしたく無くて梅吉はぎゅっと瞼を固く瞑って自らで暗闇を作った。

 真っ白な頭の中、じわじわと押し寄せるのは投げやりな諦めだった。

 ――もういい、もうどうでもいい。

 終わりだ。もうこれで何もかも終わる。諦めと、けれどどこかに安堵さえしてる自分がいる。

 これでもう、正体の分からないハッカーに怯えることもないのだから。

 

 (これでもう、誰も疑わないですむ)

 

 もうこれで誰にも裏切られる事もない。

 大きく深呼吸をする。そうすると胸の中に詰まっていたもやもやとしたものが少し吐き出せたような気がした。

 これでよかったのかもしれない。

 「……ちょっと、キス待ちにしては力み過ぎじゃない?」

 けれど頭上から聞こえてきた笑みを含んだ自分をからかうような声で、

 (え?)

 思わず瞑っていた瞼を開ける。

 「もーちょっとかわいくおねだりできないのかしらねぇ」

 それから鈴之助は梅吉の顔に自分の顔を近づけ人差し指でつんと額を突いた。

 「殺さないのかよ?」

 てっきり殺されるかと思ってたのに、殺しに来たのかと思っていたのに、

 「なんで私がアンタを殺すのよ」

 呆れた顔でそう返される。

 「だって、お前が――」

 この後に続いた言葉に鈴之助は家中に響く声でこうヒステリックに言ったのだ。




 「そんな訳ある筈ないでしょうが!!!!!!」




 ――と。





 「で、あんたは私が妖しいと思ったわけだ」

 ベットの上に正座させられ、全てを話すように強要された。

 何故自分が悪い事をした子供のようになっているのだろうと少し疑問だが、抗議する事はできない。

 目の前の鈴之助は笑みさえ浮かべ声色は柔らかい。

 (でも目が笑ってない)

 それが怖くて、梅吉は言われた通りにする事しかできないのだ。

 「確かにあんたが倒れた日、私はこの部屋に来たわよ。昼間も言ったと思うけど本来ここでの『病気』はあり得ない事だから、心配になって様子見に来たのよ」

 じゃあ、鈴之助は単に自分を心配しただけで――……。

 「でも、この会社の名前とかお前によく似てるし、お前、ゲーム内からシステムにアクセスできるみたいだし!疑うだろ普通!一番妖しいだろ!」

 それだけ証拠が揃って居たら疑わずにはいられない。

 「名前に関しては私もよく知らないわよ!気が付いたら私はこの名前でこの存在だったんだもの、会社の名前だってそう。きっと開発者の遊び心じゃないかしら?システムにアクセスできるって言っても触りだけよ?私はユーザーのメンタルメンテとかも任されてるから不味いと思ったらユーザーをログアウトできたりするの。その程度なものだけど、それさえ昼間は出来なかった。今もだけど」

 この話を、全て信じていいのだろうか、もう裏切られたと落胆するのは嫌だし、誰かを疑う事も嫌だった。

 「なんなら私の頭の中を開いて見せてあげたっていいけどね。道具が無いし所詮私はデータだからいくらでも書き換えは聞くわ。もしかしたら私事態ハッキングされてあんたを油断させろとインプットされてるかもしれない――そう言われたら何もできない。だから結局は信じてもらうしかないけど」

 「信じるよ」

 だって、何かするならいつだってできた筈だ。

 それをしないと言う事はきっと鈴之助はハッカーではないし、ハッキングもされていない。なによりも自分が――…。

 「信じたい」

 信じたいから信じる。

 彼は自分の味方なのだと梅吉が思いたいのだ。

 「よし、じゃあこれからどうすればいいか二人で考えましょ」

 梅吉の答えに鈴之助は満足そうに笑うと頭をガシガシと撫でた。

 その指の感触が、仕草が、やっぱり懐かしくて、夢の中、思い出の中の青年はやっぱり彼だと確信する。梅吉は結局その事だけは鈴之助に言えないでいた。

 今回の事とあの忘れてしまっている思い出の欠片は無関係なのだろうか、無関係だと思いたい自分がいる。

 だって、あの青年は目の前にいるこの教師と同じでとても優しい感じがするから、憎まれてるとは思いたくなった。







 日曜日。

 千景が言った通り青空が広がりいい天気になった。今日は千景とデートの約束をした。場所はデートの定番の遊園地だ。

 待ち合わせ場所の遊園地の入場門前。

 「で、何故お前も一緒なんだ?」

 Vネックの黒のシャツにジーンズと言うラフなカッコの千景はいつもオールバックにしている髪の毛を下しているせいか普段よりだいぶ若く見えた。

 「千景先生が獣にならないように監視役に来てあげたのよ。男は狼だもの」

 語尾に星マークや音符マークでも着きそうな勢いでそう言ったのは、普段は赤いタイトスカートにピンヒールで緩く巻いたブロンドをなびかせているオカマ――花園鈴之助だった。

 「お前も男だろうが!」

 鋭く千景がそう突っ込んで、そう言えば男なのだと思い出す。

 性別がたまに行方不明なこの(一応)男は、今日は女装ではなく黒と白のチェックのクロップパンツに白シャツに薄手のジャケット姿で、長い金髪は一つに括っているし化粧もしてない。

 「鈴之助、男みたいなカッコだぞどうした?」

 梅吉は思わずそう聞かずにはいられない。

 「失礼ね!私だって四六時中女装なわけじゃないわよ!」

  叫んだ鈴之助に

 「勤務中女装なんだからほぼ四六時中じゃないか」

  ぼそりと千景が言う。

 「そう言えば、この前の蹴りの借り返して無かったわね。新しい絞め技浮かんだわ!今!」

 そう言って、鈴之助が構える。

 「ふっ……やられると分かって居て引っかかる程私は甘くないぞ!確かにお前は柔道黒帯かもしれないが私だって空手黒帯だ!」

 すると、千景も不敵な笑みを浮かべて構えた。

 「お前らいい加減にしろ!」

 何かが始まるのだろうか、そう集まりだした人の視線に耐えきれず梅吉は世界に入りだした二人を何とか引き戻す。

 「もうなんでもいいから……早く中に入ろうぜ?」

 二人の手を引いて、梅吉は遊園地内へと向かう。

 視界の端に見える白い布

 (やっぱり少し短い気がする)

 それは、鈴之助一押しの白いレースのワンピースだった。

 『千景はこういうの絶対好きだから!』そう言って強引に押し付けられたワンピースのスカート丈は膝の少し上ぐらいでそれほどミニではないらしいが、制服のスカートよりは短いし、制服以外スカートを履かない梅吉には少し慣れない。

 (でももう決めたしな)

 あの夜、鈴之助と相談し決めた事がある。

 

 それは、好感度MAX能力値MAXのシークレットエンドを目指すこと。元々、梅吉はそれ目指して居たのだが、あの晩それはより明確な目標になったのだ。

 

 『ハッカーが誰か分からない以上、キャラクターと二人っきりになるエンディングは危険だわ。エンディングだけはね。本当に二人だけの世界になるのだから狙われるならそこだと思うわ』


 それを防ぐためにはシークレットエンディングしかないのだと鈴之助は言った。


 『ネタバレになるから細かくは言えないけど、そのエンディングだけは完全は二人っきりにはならないの――大変だと思うけどあんたにはそれを目指してもらうから』

 


 (俺はやるぞ)

 


 そもそも、元から目指していたのだし、命が掛かってるとなったら死にもの狂いで頑張れる気がする。

 「さて、どこから行こうか?」

 園内に入り、たくさんの人と大きな観覧者や絶叫マシン、コーヒーカップにメリーゴーランド他にもたくさんの遊具が並ぶ中で千景が梅吉の右側で優しく手を握り返しながら言う。

 「勿論最初は」

 左側で鈴之助は梅吉の手を引き歩き出した。

 途中、何度か振り返って見られてやはりこの二人は目立つのだなぁと実感した。

 多分、両手に花状態なのだろうけど

 (女の子なら堪らないんだろうな)

 中身が男の梅吉には男同志で手を繋いで遊園地なんて冷静に考えたら何やってるんだろう――感が否めない。

 (でも、まぁ――男友達とこうやって遊んだ事もなかったし)

 少しだけ楽しい自分が居るのも事実だった。

 勿論、男同志では手は繋がないだろうし、友達と言うには二人は自分よりずいぶん大人な気がするが、

 折角だから楽しもうと、そう思って居た梅吉の目の前に現れた施設は古い廃病院のような建物で

 「……え?これ?」

 中から聞こえる悲鳴に血の気がサァァーと下がっている。

 「ここよー!ここに来たかったのー!」

 左側ではやたらテンションが上がっている奴が一人と右側では溜息をつきつつ仕方ないと言いだしてる奴が一人。

 「どうせ入らなきゃこの後ずーっと行きたいと騒ぐんだろ?だったらさっさと行って、さっさと出て来てしまおう」

 千景はそう言って、入場パスを三人分とってきてしまう。

 あまり人気がないのか人は並んでおらず直ぐにでも建物に入れてしまいそうなのがまた嫌な所だ。

 「今話題なのよー!ここ!本当にあった病院を移築して持ってきて使ってるからたまに『本物』も出るらしいの!」

 本物と言う部分だけ受付でもらった懐中電灯を顔の下から照らして言う鈴之助。梅吉は益々行きたくなくなる。

 自慢ではないが、梅吉は幽霊やお化け系統は苦手だしスプラッタみたいなグロイものや不気味なものは好きでない。と言うか、普通好きな人間の方が少ないと思う。

 霊感なんかはもちろん無いが、ない方が怖い――見えないから怖くてたまらないのだ。

 「お前のオカルト好きはあれだよな、外人みたいだよな……いわくつき物件進んで買うタイプだろ」

 千景はそんな鈴之助を冷めた顔で眺めているが、特に咎める様子もなく鈴之助と二人梅吉の手を引いて血文字のような赤いペンキで書かれた『入口』と書かれた扉へ歩を進めていく。

 「嫌だ!行きたくない!」

 梅吉はそう言って抵抗するが

 「大丈夫、大丈夫」

 「きっとこんなの子供騙しだ」

 二人はそう言って、取り合ってはくれない。

 「お、おい!おまえら!ちょっとは俺の意見を聞け!」

 体重をかけて踏ん張っても成人男子二人の腕力には敵わないのかずるずると引きずられる。



 「いーやーだー!お化け屋敷なんてー!」



 叫んでも、暴れても、まるで囚われた宇宙人のように梅吉は建物の中へと連れていかれてしまったのだった。  

 

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