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スズイロ世界 1

相変わらずハッカーの目的は分からないまま、それでも日々は過ぎていく。

 梅雨のじめじめとした空気。

 今にも降り出しそうな灰色の空、いっそ降ってくれたらいいのに今日はもう朝からずっとこんな調子だ。

 「はぁー……」

 自然と気持ちも重たくなって梅吉は思わず深い溜息を吐き出した。

 心なしか鈍く頭が痛い。昔から、気圧の影響で頭が痛くなるそんな体質だったのだが、どうやら身体が変わってもそれは健在のようだった。

 (放課後保健室行くか)

 教室の救急箱の中に(保険医がアレなのでここの生徒はあまり保健室に行きたがらないため教室にはある程度の常備薬があるのだ)頭痛薬が見当たらなかったため梅吉はそう決意した。

 脳みそが痛覚を持ったスライム状のものになているみたいだ。頭を揺らす度にずきりと痛みを覚える。別に我慢できないほどでは無いが歩く度に襲ってくるので酷くイライラとしてしまう。

 (ついでに、色々情報収集してみるか)

 正直最近、ゲーム攻略どころではなかったから誰の好感度が上がって自分の能力値はどれぐらいなのか見てもいなかった。

 何一つ判明してないが、どちらにしてもこのゲームを攻略しなければいけない。それだけははっきりしている。だからちゃんと自分の回りの状況を見て、どうすべきか冷静に考えなくては

 鈍く痛み続ける頭で梅吉はそう考えていた。




 学力 19

 魅力 25

 芸術 30

 体力 7




 知らなかった。

 まさか、BLを読んで芸術が上がるだなんて――保健室、久しぶりに見た自分の能力値に梅吉は驚愕した。

 相変わらず高くはない。高くはないが、最近ほづみからほぼ強制的に貸されるBL書籍を読む事で芸術の能力が飛躍的に上がっているとは――。

 (そんな崇高なもんでもないだろ!?)

 心の中でそう突っ込みを入れる。確かに最初の方はキスも無いような男性同士の綺麗な恋愛の本をほづみはおススメしてきたが、

 (最近、口にするのも躊躇うようなエグいのが混ざってるんだよな)

 いかにもな濃いものが5冊中1冊混ざっているのだ。

 思い出すとちょっと嫌になってしまうが、好奇心で読んでしまう自分もきっとどうかしてる。

 このまま彼女からのBL教育を受け続けたら自分はこのゲームが終わる時、りっぱな腐男子になっていそうでかなり怖い。

 「考えないようにしよう!」

 思わずそう声を出して決意した梅吉に鈴之助は不思議そうに首を傾げた。

 「なんでもない、なんでもない!」

 こっちの話だと頭を横に振る。その瞬間ずきんとした痛みが走り思わず顔を顰めた。

 そう言えば自分は頭痛薬を貰いに来たのだ。

 あまりの衝撃的な結果に一瞬忘れかけていたもう一つの目的を梅吉は口にする。

 「頭痛いから薬くれ」

 そう鈴之助に告げれば彼は途端に不信な顔をした。

 「なんだよ、変な顔して……頭痛てぇの!くすり――」

 てっきりふざけているのだと思った。

 「あんた、それ本気で言ってるの?」

 真剣な顔をする鈴之助は顔だけ見れば本当に美人な女性にしか見えない。

 自分よりも高いすらりとした長身や低い声は男性でしかなくて、いくら綺麗に女装してもそれは隠せていない。

 とは言っても、見るに堪えないと言うものではなくて、むしろ顔が綺麗なせいかそれはそれで成り立ってしまっている。海外の中性的なモデルのようで例え彼がタイトスカートを身に着け、赤いハイヒールを履いてても、あまり違和感がない。

 「嘘ついてどうするんだよ」

 相変わらず不思議な生き物だなぁーとぼんやり鈴之助を見ていると彼は立ち上がり梅吉の顔を覗き込んできた。

 じっくりと自分の目を見てくる鈴之助、一体なんなのだと思っていると

 「あんた、一体どんな大嘘ついてこのアバター使ってんの」

 彼は真剣な顔をしてそう問いかけてきた。

 「いや、あのっ……」

 思わず梅吉は口ごもってしまう。

 「あんた、これゲームなのよ?娯楽なのよ?プレイヤーに身体的不調が起こることは本来ならあって良い筈がないの!」

 鈴之助の話しだと先日の体調不良もそれが原因らしい。

 「少し見栄を張るぐらいなら仕方ないって目を瞑ってたけど、これは酷いわ……前も言ったけど合ってないアバターを使い続けると倒れるわよ」

 やはり精神が男で外見が女と言うのは相当な不具合が出てしまっているようだ。

 「せっかくここまでプレイして残念だけど、一回ログアウトしてからやり直しなさい」

 子供に言い聞かせるように鈴之助は梅吉に言う。

 「……んだよ」

 「ん?なに?」

 心臓の音が鼓膜まで響いて聞こえている。大きく脈打つその音が聞こえる度に鈍い頭痛が梅吉を襲ってきていた。

 緊張なのか、苛立ちなのか自分でもよくわからなかった。

 だだ、なんだか無性に泣いてしまいそうで、頭の中をぐるぐると思考が駆け巡る。

 こんな事を言って、どんな反応をされるだろう。おかしな奴だと思われてしまうかもしれない。でもそれは事実で、本当にどうしようもない事で、もし鈴之助に分かってもらえたなら――。

 「ログアウト、できないんだよ……」

 「あんたねぇーやり直ししたくないからってそんなウソ」

 鈴之助の目の前でメニュー画面を開きログアウトボタンを押してみる。

 やはり反応はなく、目の前の景色は変わらない。

 「――本当、なのね?」

 その言葉に頷けば、彼は普段ゲームばかりしてるパソコンに向かって何か作業をしはじめた。

 室内にタイピング音だけが響いている。

 「システムにロックがかかってる」

 そして音が途切れると彼は信じられないと言った様子でそう言ったのだ。

 「ちょっと!コレ誰か、もう一人このゲームの中にいるわよ!?どういう事なの!?」

 鈴之助はパニック状態になりながら振り返って梅吉を見るとそう捲し立てた。

 「し、しらねぇよ!俺だって本当はこんな乙女ゲーなんてするつもりじゃなくて、エロゲする予定でログインしたのに!気が付いたら女の子になってて、ログアウトできなくて!イケメン地獄だし腐女子いるし!」

 一体自分が何を喋っているのかよく分からなかった。

 ただ、今までため込んでいたものが一気に溢れ出し、情動のまま言葉になって流れ出して、自分でも止めることごできなかった。

 「俺、どうすればいいのか――……」

 頭が痛い。

 さっきよりもその痛みが大きなものになっていた。


 ザァァァァァァァァ――――……。


 朝から降らずに堪えていた雨がまるで梅吉の感情に反応するように降り出す。

 涙が溢れる。

 悲しいのか怒っているのか、それともやっと吐き出せて安心しているのか、自分でもよく分からない。

 分からないけれど気が付いたら泣いてしまっていた。

 「馬鹿な子ね――なんでそういう大事な事、最初に私に会った時に言わないの」

 柔らかい声が聞こえて、ふわりと甘いけれど爽やかな匂いにつつまれた。

 抱き締められているのだと、目の前が彼の着て居てた白衣の白に覆われ、後頭部をやさしく撫でられる感触にようやくきがつく。

 「一人で抱えて、大変だったわね」

 かけられた言葉に嗚咽が溢れ出し、梅吉は鈴之助に抱きしめられたまま声を出して子供のように泣いた。

 「よしよし。もう、一人じゃないから」

 (そうか、それで自分は安心してるのか)

 誰かに知って分かってもらえる事がこんなにも嬉しいなんて思わなかった。

 「ありが」

 嗚咽で焦げた喉で、そう礼を言おうとした瞬間

 「俺の生徒に何をする!」

 後ろから響いたその声に梅吉は思わずびくりと大きく肩を揺らした。

 「ち、違うわよ!私をあんたと一緒にしないでちょうだい!」

 振り返ればそこには千景の姿

 「問答無用!」

 そして彼は軽やかに床を蹴り、

 「かはっ――!」

 その靴底が鈴之助の顔面に綺麗に埋まったのだった。

 「大丈夫か月見里!?何かマニアックなプレイを強要されたのか!?」

 「いや、あの、おれ――」

 あまりの展開の速さに梅吉の脳の処理速度がおいつかなかった。

 「外は雨だし、今日は私が家まで車で送ろう。きなさい」

 千景はそう一人で勝手に答えを出して梅吉の手を引いた。

 「あの、せ、先生?」

 「みなまで言うな、大丈夫、悪は滅びた」

 床の上で鈴之助が絶命している。

 「いや、違う、違う!」

 何もされていないし、以前に自分のほっぺにチューした千景に鈴之助の行動を咎める権利はないと思うのだが、力強く腕を引かれ梅吉は保健室を後にするしかなかった。






 赤いスポーツカーの助手席、革張りのシートは相変わらず座り心地が悪い。

 なんでこんな事になってしまったんだろう――そう思いながら、千景の運転で梅吉は自宅へと向かっていた。

 (でも、なんかすっきりした)

 何時の間にか頭痛もすっかり消えている。

 鈴之助には明日改めて礼と謝罪をしようと思う。

 (いや、俺が謝るのはなんかおかしい気がするけど)

 全ては、今、自分の横で車の運転を鼻歌混じりでしている担任の教師の勘違いが原因で、自分には非がないのだが――……。

 ああ、そう言えばと思い出し梅吉は鞄の中からノートを出しまだ何も書かれていない白いページに少し大きめに『錫色』と書いてみる。

 「先生、この漢字読めますか?」

 生物が担当だが、彼も教師だから自分よりは難しい漢字が読めるのではないか――そう思ったのだ。

 「ん?ああ、それはスズイロと読むな――灰色の種類で、そうだな……丁度今日の空みたいな色の事だ。それがどうかしたのか?」

 「スズイロ」

 声に出して読んでみる。

 一気に広がるのは不安

 (スズノスケ)

 よく似て居るには偶然なのだろうか、それとも――。

 思い出すのは先ほどまでの指先の感触。

 (似て居た気がする)

 そう自覚した途端に一気に体温が下がっていくように感じた。

 あの指先の感触、声色、聞き覚えがあるのは普段よく保健室に行っていたからではない。

 (あの夜に聞いた)

 


 『大丈夫』




 と言う言葉とその手の感触によく似て居たのだ。


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