表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/51

現実逃避の先の世界 2

バーチャルシミュレーションゲームのエロゲーをプレイするはずが乙女ゲーにログインしてしまった梅吉。何故かログアウトできない事に絶望しながら男キャラを落とすぐらいなら女キャラとの友人エンドを目指そうと学園生活を始めるのだが――…。

 よくできていると改めて感心した。

 教室の騒めき、匂い、窓から差し込む光りの色さえ忠実に再現されている。学園モノゲームらしく入学式から始まった学園生活――梅吉は今日からここ『夢野香ゆめのか学園』の生徒になった。

 上の空で学園長や先生の話しを聞き流し、教室に入る。

 人見知りの梅吉はNPCと分かって居ても誰にも声が掛けられず指定された窓際の後ろから二番目の席にただひとりぽつりと座っていた。

 梅吉は2組。

 あのジャニーズ顔の幼馴染の周は1組で朝ぶつかった不良、神藤真澄しんどうますみは6組、あの女神のように可愛い女性、かがほづみも真澄と同じ6組らしい。

 (なんで、ほづみちゃんと同じクラスじゃないんだよー!)

 同じクラスだったところで、梅吉の人見知りは酷い。自分から話し掛けたりなんて事は今の状況では出来そうもないが。名前だってクラスだって、登校途中、自分以外の三人の会話でようやく知ったと言うぐらい梅吉の人見知りは酷く、結局彼らと一言も喋っていない。

 「なんかリアルと変わんないじゃないか」

 教室でこうして一人で孤立状態なのは、リアルで高校に通っていた時と何も変わらない。楽しそうな笑い声やクラスメイトの笑顔により孤独感が増していった。

 そんな所までリアルに再現しなくていいと思う。自分は現実から逃げたくてゲームをやっているのに、ゲームの世界でぐらい優しくされたいし人気者でいたいものだ。

 例え、自分がやりたくて始めたわけではないゲームだとしてもその思いは変わらない。

 (こういうのが空しくて嫌だからMMOはやってないんだけどな)

 NPCにまでこんな扱いをされるなんてなんてクソゲーなんだろうと思った時、教室の扉が開く。

 「はい、静かに!みんな席に着きなさい」

 低く固い声が教室に響き渡り一気に静寂が訪れる。生徒達は各々の席に着席していた。

 「今日から、この2組の担任をする真崎千景まさきちかげだ。教科は生物を担当する」

 銀縁の眼鏡にオールバック、グレーの上下のスーツに白衣を纏った切れ長の目が涼しげな。

 (イケメン!)

 もう嫌だ。イケメンはお腹いっぱいだと梅吉は頭を抱えていた時だった。

 「――そこ、たしか月見里梅だったな……席を一番前に移動させなさい」

 そう名指しされて思わずびくりと大きく震える。

 「な、な、な……!」

 ――なんでだ!? とそう言いたいのに喉から声が出て来ない。ただ震えて驚愕する梅吉に千景は口の端を吊り上げ意地悪そうな笑顔を浮かべてこう言った。

 「いかにもサボりそうな顔してるからな。ついでにそうだな――クラス委員もやってもらおうか」

 サボりそうな顔とはどんな顔なのか、今の梅吉は女の子、しかもシステムによって多少修正されている。絶 世の美女ではないがモブぐらいの容姿だと今朝鏡で確認済みである。だから、そんなものは完全な言いがかりだった。

 多分、強制イベントなのだろうがこんな事になんの意味があるのだろうか。じゃあ初めから最前列の席に配置しとけばいいだろうと突っ込みたくなる。

 (それとも何か?イケメン教師が自分に関心があるように見せてくれるのが世の乙女共にはたまらないシュチュエーション……)

 ――と、そこまで考えてようやく千景の下にうつるハートマークに気が付いた。


 攻 略 キ ャ ラ だ っ た ! 


 一体これから何人攻略キャラが出てくるのだろう。男性キャラが出れば出るほど、友情エンドへの道が遠くなる気がする。なるべくキャラクターを出さずに最短でEDまで辿りつかなければいけない。男達の好感度を上げないように、女の子との好感度を上げる。女性キャラは男性キャラと違って好感度の分かるハートの表示がないから一見モブなのか友達キャラなのか判断ができない。

 おそらく同じクラスにもう一人ぐらい女の子の友達キャラが居ると思うのが梅吉は見つけられずにいた。

 (見つけられないと言うか話かけられないんだけど)

 席を移動させて、試案する。一刻も早くこんなイケメン地獄抜け出したいのだ。

 教室の中を見回し、それっぽいキャラがいないかと探してみるが

 (モブもそこそこ可愛いとか)

 正直区別がつかない。これが本当なら結構な美男美女ばかりのクラスになるんじゃなかと思う。絵に描いたような学生生活ではないか。実際これはゲームだし、ある意味それは真実なのだけれど。

 一限目から千景担当の生物の授業。どちらかと言えば文系の梅吉には生物はさっぱりだ。

 黒板に書かれる几帳面そうな少し右に上がり気味の文字をぼんやりと眺める。

 リアルとゲーム内とでは時間の経過が異なる場合が多い。MMOの場合はリアルと同じ時間軸のゲームも少なく無いが、こういうオフラインゲームは数分毎に強制セーブ機能と強制ログアウト機能が付いて、繋がりっぱなしにならないようになっている。強制セーブはどのゲームも、本当にウザいと思うぐらいあるのだが、このゲームに関して朝起きてから今の今までセーブされた風はない。勿論、自分でセーブしようとしても「そのデータは保存できません」と赤文字が表示されると言う有様。この様子だと強制ログアウトもおそらくされないだろう。普通なら、今迄の道すがらで一回ぐらい「○○時間経過しました。ログアウトしますか?」の警告が出てきてもおかしくない。その予感が全くしない。まるでこれは現実なんじゃないかと思うぐらい時間が進んでいくのだ。

 (嫌だなぁー……ゲームに、しかも乙女ゲーに繋がりっぱなしで衰弱死とか)

 まぁ幸い自分は実家暮らしで、あまりにも部屋から出て来なかったなら誰か様子を見には来てくれるだろう。だから衰弱死の心配はないとは思うが、こんなゲームをやってるところを家族にはあまり見られたくない。ならいっそエロゲーをやってる所を見られた方がマシだ。

 だからなるべく早く、最短に攻略しなくては――…。

 「こーら」

 ぱすっと軽い音がして頭を叩かれる。

 「やる気がないのか?それとも私の気を惹きたいのか?」

 頭上から声がして見上げればそこには千景の顔があった。相変わらず意地悪い笑みを浮かべた担任の姿に梅吉の本能がコイツは危ないと告げる。

 (に、肉食系男子の教師って!)

 見れば少し好感度メーターのハートに色がついているではないか。

 (ななななな、なんでこいつ好感度あがってんだよ!)

 自分は何もしていないにも関わらず、今日出会ったばかりの教師の好感度が僅かだが上がってしまっている。

 怖い。

 周にも真澄にもこんな恐怖は感じなかったが、この教師はひたすら怖かった。

 普通、教師キャラというものは隠しキャラに近く、攻略も難しい筈だとギャルゲーで培った知識で思っていたが目の前の男はぐいぐいときている気がする。しかも、漂うアダルトな匂い。何の根拠もないけれど周や真澄ならキスで済むところ、この教師相手なら最後まで行ってしまいそうな感じがするから怖い。

 (ピンチだ!俺の貞操が激しくピンチだ!)

 そしてようやく気が付いたのだが、回りの男達がみな恋愛対象として自分を見るのだと言う事実は思ったより恐ろしい。

 「授業が終わったら生物研究室にきなさい」

 耳元にそっとそう囁きかけられる。

 (――え?好感度、MAXじゃないのに!?)

 と思わず固まる。これがエロゲーで自分が教師の立場で生徒をこんな風に呼びつけたなら間違いなくその後、エロ展開で美味しく頂いているだろう。

 「プリントを集めて持ってくるように……学級委員長」

 クスリと笑い声。

 (か、からかわれた!)

 梅吉の顔を見て反応に満足したのか、押し殺したように小さく笑うと千景は再び教卓の方へ戻って行った。

 わからない。世の乙女共はこんな男がいいのか?こんな展開にきゅんきゅんするのか?ぶっちゃけ寒さしか感じていない。これが乙女展開と言うやつなら、梅吉は一生乙女回路を理解できないだろう。



 授業が終わり、言われた通りプリントを集める。人見知りの梅吉だから、これが結構難儀だった。

 エロゲーならいいのだ。女キャラは絶対に自分に惚れると分かっているし拒絶される事はない。あってもそれはツンデレと言うやつで結局は自分のにベタ惚れになる。それが分かっているからコミュニケーションをとることに躊躇いはない。

 でも、相手が自分をどう思うか分からない状態での言葉のやりとりは果てしなく苦手だった。コンビニの「温めますか?」ですら、頷いたり首を横に振ったりで伝えるほど口下手でコミュ障の梅吉である「プリント提出して下さい」一言が中々口に出せない。

 「あの、えっと」

 ただ一言。

 たいした事はない。自分にはちゃんと喉があって口があって言葉を覚えている。だから、そんなたただ一言を言うのは簡単は筈なのに言葉が喉元に詰まって上手く出てこなかった。相手はNPCできっと個人個人の感情なんてあるはずもない。なのに妙にリアルで学生時代の感覚を思い出してしまう。

 別にいじめにあった事なんてない。誰かから疎外された覚えも。ただクラス馴染んでいたかと言われたら否で、いつもどこか浮いていた。クラスの行事も普段の授業も休み時間も全部他人事のようで、ただ居るだけと言う感じの学生生活だった。きっと自分はあそこに居ても居なくても変わらない。クラスメイトにとって梅吉はきっとNPCの背景と変わらない存在だったと思う。学校に行かない理由はなかったからちゃんと通って高校卒業はしたものの、今思えば学校に行く理由も得に無かったかもしれない。

 現在も浪人して予備校に通い次の大学入試に備えているが、学生を続けたいのは自分なんかが妹のように仕事ができないからと思っているだけで勉強がしたいわけじゃない。学生でいたいのは学生が楽だからであって目的はないのだ。

 こんなコミュ障で人見知りの激しい人間はきっと社会には適合できない。

 (なんか凹むなー)

 たかがプリントの回収ができないぐらいでこんなにもどん底になるとは思わなかった。いっそ、こんなもの集めないで――そう思った時。

 「ちょっと男子ー!困ってるじゃない!」

 背後でそう声が聞こえ振り返る。

 ギャルっぽい。少し化粧が濃い感じもするが緩くウェーブさせた髪の毛と少し吊り上った眦が魅力的な少女がそこにいた。

 「ほら、プリント提出して欲しいって!みんなも…えーと」

 少女は教室一杯に響く大きな声でそう声をかけてから梅吉の方を見た。

 「や、月見里!月見里梅です!」

 こんな大きな声、自分に出せるんだと梅吉は内心で思った。

 「私、一条七緒いちじょうななおよろしくね!梅!みんなも梅の所にプリントもってきてー!」

 そう言ってかわいらしく片目をつぶって右手を差し出してくる七緒が本当に天使に見えた。

 (見た目はチャラいけどいい子じゃないか!)

 七緒の呼びかけでプリントは無事全て回収できた。

 背景的なものだと思ってたクラス名ともちゃんと一人一人個性があり、簡単な日常のやりとりぐらいなら意思のある人間と変わらない。

 「ほずみちゃんも可愛いけど、七緒ちゃんもいいなー」

 生物研究室にプリントを持って行く廊下でそんな独り言を漏らした。

 この調子で女の子キャラをどんどん出現させ友情エンドの確立を上げていこう。きっとまだ出ていない女キャラがいる筈だ。

 それに、この擬似的な高校生活で梅吉が高校時代体験できなかった事もできるかもしれない。七緒の出現によりこのゲームを今後プレイしていく事に多少前向きになれる気がした。

そう思えたのも七緒のおかげだ。リアルの世界であんなに気さくに話しかけてくれる者は男女関わらずいない。男でも女でも基本自分の知り合いとしか喋らず知らないうちにグループのようなものが出来ていった。

だからそういう輪に入れない梅吉のような人間がクラスで三人ぐらいあぶれるような状態で、小学校、中学校、高校と梅吉はこのあぶれる者の中にずっと属していた。

 別にそれが普通だし、誰かと話すのは苦手だし、それをいじめだとか思ったことはない。必要最低限は喋るし、休み時間を一人で過ごすか友達と過ごすかの違いだと自分は思っていた。でもふと淋しいと思う事はあった。友達と笑う同級生達がとてつもなく遠い存在のように見えていたのだ。

 だからだろうか。イミテーションのこの学生生活もなんだからキラキラして見える。

 不本意だが、梅吉は容姿も代わり性別も変わってこの世界に居る。ならば生まれ変わった気持ちで、もっと 意欲的に行動し高校三年間を満喫してもいいんじゃないだろうか。NPCじゃない。モブじゃない。背景じゃない学生生活を――。

 「失礼します!」

 そうして前を見据えて生物研究室の扉を開けた。


 「あら?いらっしゃい――」


 目の前の光景に一瞬これは何のゲームでここはどこなのか分からなくなった。

 赤いボディコンスーツに白衣で金髪。真っ赤なルージュの女性が千景の上に馬乗りになっている。


 「……」


 お色気お姉さんキャラが現れた!しかもハートマークが表示されている。


 「こ、攻略キャラ!?」


 予想外のキャラ登場に梅吉の思考回路が追いつかない。一体彼女は何者なのか?攻略キャラなら、今すぐ攻略にかかりたいところだが……梅吉の学園ライフはつづく!


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ