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僕のジェニファー 2

不良が雨の中で動物を拾うと言う鉄板のシュチエーションで、不良が拾ったのがワニだった場合。

 色は主にピンク。リボンとレースとぬいぐるみ。いかにも”女の子”なこの6畳の空間が梅吉の部屋だ。

 その”女の子”の空間に不似合いな白いケージとその中に褐色のごつごつした肌、口いっぱいの牙と鋭い爪、太い尻尾とぎろりととした黄色い目の生き物がいた。


 (――なんでこんなことに)


 思わず頭を抱え込み今日の出来事を思い出す。



 「俺の家、マンションだからワニ飼ってるなんてバレたらきっと、追い出されちまうけど」

 その一言で全ては覆ってしまった。

 「いやいや、それは駄目だろ?」

 一周回って思わず冷静に突っ込んでしまう。

 「じゃあ、どうすればいいんだよ!?流石に餌だって食べさせてやんなきゃ可哀想だし」

 真澄が悲痛な声を上げてぎゅっとジェニファーを抱きしめる。まるで子供がクマのぬいぐるみを抱くようにぎゅっと大事そうなものようにだ。

 助けを求めるように鈴之助の顔を窺い見て見るが、しっしっと手をひらひらさせ追い払う動作をされた。

 (~~~鬼ぃぃぃ!)

 見捨てて帰ってやろうかと思ったけれど――。



 そうして結局、ジェニファーは梅吉が引き取る事になった。

 「好感度の為だからな……別に、真澄の様子見ててとかお前が可哀想とか思ったわけじゃないんだからな」

 そんな事を目の前の生き物に行ったところで何も返ってはこない。相変わらずジェニファーは口をかぱりと開けてじぃっと中を見ているだけだ。

 「どうでもいいけどお前のくつろぎの体勢が怖いよ」

 しゃがみ込んでそう言ってみるが彼女は梅吉の言葉など聞いてなどおそらくいないだろう。

 梅吉は立ち上がりベットへともぐりこむ。

 (明日、もう一度飼い主探してみよう)

 駄目ならやはり動物園に引き取ってもらうしかないだろう。

 (でもなー)

 あまりそれはしたくない。このワニは――ジェニファーはおそらくずっと大切に飼われていた。名前を付けられて、人間でも扱うように。手入れの行き届いた身体を見て真澄がそう言っていた。

 だとしたなら、他にも複数同じワニがいる動物園にはあまり彼女を預けたくないと思ってしまう。このワニは愛情を一身に受けて育ったのだ。蝶よ花よと――もし自分がそんな風に育ったしてある日突然、自分以外もいる大勢の中に置かれて生きていけと言われたなら。

 それはとても残酷な事のように思えた。

 なんのリハビリもなく、動物が野生に返れないように、一度受けてしまった愛情を忘れることなんてできない。それは動物も同じじゃないだろうかと思うのだ。

 (できれば元の飼い主を見つけてやりらいんだけど)

 捨てたのにはきっとそれなりの理由があるだろう。だから探したところできっと無意味だ。分かっている。分かっているが、元の飼い主以外に彼女に、彼女が望む愛情をかけられる人間なんているのだろうか。

 (ワニ相手にそこまで考えても仕方ないけど)

 





 窓から差し込む光り。確かカーテンは閉めた筈なのに――梅吉は眩しさに布団を被った。

 被ってから室内に違和感を感じた。気配がする。何かの気配。もしかしてジェニファーがケージを抜け出したのだろうか。布団で作った暗闇の中で思う。

 自分の体温で暖まった布団は離れがたく、そして布団の外の現状を何より見たくない。

 部屋が荒らされていたらどうしよう。とか、布団を開けた瞬間に目の前に彼女の顔があったらどうしよう。とか、そういう不安が梅吉の頭の中でぐるぐるとしていた。

 それでも、この暖かく心地よい空間から顔を出し身体を出し現実を直視しなくてはいけない。三つかけたアラームはまだ一つも鳴っていなくて、もう少し眠りたい欲求が布団の外の恐怖を払拭しそうになるけれど。

 (えいっ!)

 気合いを入れて布団から起き上がる。途端にパジャマの薄い生地越しに寒さを感じた。

 「さっ、」

 目の前の状況に『寒い』のたった三文字の言葉が途中で止まる。

 「ちょ、おまえっ――うちで何して!」

 白いケージの前に真澄がしゃがみ込んでいた。

 幼馴染の周なら分かるが、なぜ真澄が朝早くから自分の部屋にいるのだろう。

 「仮にも俺は女だぞ!女の子の部屋に勝手に入ってるんじゃねぇよ!」

 本当に『仮』なのがなんとも皮肉なものだが、そこまで親しくもない女の子の部屋にいきなり入ったりはしないと童貞で女性と付き合った事のない梅吉だって分かる。

 そんなの許されるの漫画とかゲームの中だけ――。

 (ゲームだった……)

 寝起きとはいえ忘れていた事に少し危機感を覚える。まだ数日だ、ここにきてそれ程日数は経っていない。経っていない筈なのに、馴染んでしまっている自分に驚く。単純にこれが日常になってきている事を自覚する少し怖さを感じた。

 いつか、現実に戻った時が来て、向こうがゲームの世界のように感じたらどうしたらいいだろう。

 もしくは、こちらが現実で向こうがゲームだったら――と馬鹿な事だと軽く頭を横に振った。

 だって、自分の視界には真澄好感度を示すハート型が見えているし、ゲームメニュー画面も見える。確かに技術は進歩しているが現実では相手の心なんて見えないし、メニュー画面なんてありはしないのだから。

 そんな梅吉の様子を見て真澄は怒ってると思ったのか、

 「悪い、なんかお前”女”って感じしなから」

 なんて一応詫びてきた。本来その言葉は本当の女の子なら火に油なのだろうがある意味当たりで思わず口ごもる。確かに自分の中身は女ではないから真澄は間違っていない。

 深呼吸替わりの溜息を一つ。そして改めて真澄を見れば彼は魚の尻尾を持ってワニの鼻先に近づけていた。

 (餌をやりに来たのか)

 全くどれだけ動物馬鹿なのだろうか。思わず笑ってしまう。

 「何笑ってんだよ」

 そんな梅吉の様子を見て、真澄はむすっとし唇を突き出して不機嫌そうに低く呻いた。

 なんでもないと言えばそれ以上彼は何も言わなかったが、眉間によった皺が全てを物語っている。別に彼を不愉快にさせるつもりは無かったのだけれど――でも本気で嫌だと思ってるわけではない事が何故か分かるから会話のない空気に居心地の悪さを感じはしなかった。

 それどころか少し心地良い。

 (なんだろこれ)

 心が少し暖かくなるような。少し安心するような感じ。

 


 

 イワシを5匹、ぺろりと平らげたジェニファーをそのまま梅吉の部屋に置いて真澄と二人で学校に向かった。

 まだ朝靄がでた少し寒さを感じる道を二人並んで歩く。お互い自分から話すタイプではないかったけれど、動物の話しとなると真澄は饒舌になった。

 まるで動物モノのテレビ番組でも見てる気分で梅吉は真澄の話を聞く。元々梅吉は動物は好きな方だ。流石にワニや蛇といった爬虫類は苦手だけれど、毛が生えてる生き物なら人並みに可愛いと思ったりする。

 もっとも、動物は自分より先に死んでしまうと分かっているから飼う気にはなれない。面倒を見るのができるか不安なのもあるけれど、小学校で飼っていたうさぎが死んだ時に梅吉はそう思った。きっと大切だと思えば思う程その別れは悲しく辛いものになる。高々学校でみんなで共同で飼っていたうさぎ相手に悲しくて少し泣いてしまったから、自分は動物なんて飼うべきではないと――そう決意したのは三年生の時の話だ。

 そういえば、うさぎが死んだと話泣く梅吉に祖母は言った『動物の好きな人間に悪い奴はいない』と。梅吉のその気持ちはとても大切なものだと褒めてくれたのだ。その祖母も梅吉が小学六年生の時に他界してしまったが、確かにその通りだと思う。だから動物大好きな真澄も悪い人間には見えなかった

 茶髪にピアス、他にもジャラジャラとアクセサリーを付けていて、見るからに不良な彼だけど中身はかなり真面目なのではないだろうか。

 むしろ何故そんなカッコしてるのか、不思議な程外見と中身が釣り合っていない。

 そう言えばと思い出す。昨日真澄は『授業中だけでもいいからジェニファーを預かってくれ』と鈴之助に頼んでいた。不良は授業をサボると考えるのはあまりにステレオタイプな考え方かもしれないが、学校だって早めに登校してる彼がそういう輩にはやはり見えない。

 「なぁ、お前ってなんでそんなカッコしてんの趣味?」

 単なる服装の趣味なのか、それともやはり『不良キャラ』なのか、聞いたのは単なる疑問だった。

 別にその答えがどちらでも、またはどちらでも無くても、梅吉の真澄に対する見方はおそらく変わらないだろう。不器用で少し口数は少ないが動物に優しく真面目な性格それが神藤真澄と言う人間だった。

 「ああ、これは――」

 真澄が言いかけた時だった。

 「おはよう。梅ちゃん。真澄くん」

 背後からそう聞こえた。可愛らしく可憐で、舌ったらづで少し鼻にかかったような喋り方の女の子の声だ。

 「おはよう。ほづみちゃん」

 振り返ればそこにほづみの姿があった。梅吉は少し緊張しながら挨拶をする。彼女を話すのはまだ三回目、一回目も二回目も自分はあまり話していないけれど、そんな事では駄目だと自分に言い聞かせてようやく今挨拶を一言なんとか頑張って彼女に返した。

 当たり前の事かもしれないが、梅吉にとっては結構頑張ってる方なのだ。昔から慣れれば普通に話もできるが遭遇回数が少ない人間にはどうしても人見知りしてしまう。だからきっと一生懸命に作った笑顔はかなり引き攣ってしまっていただろう。

 でもそんな梅吉のにほづみは笑いかけてくれた。

 (ああ、今日も可愛いなぁー)

 それを見て、そんなことを梅吉は思うのだ。柔らかくて、ほわほわしててほづみは本当に可愛らしい。多分、世間一般の男性の女の子のイメージの一番鉄板みたいな女の子。それが香々見ほづみだ。

 多分、部屋も梅吉の今の部屋と同じぐらい、いや以上に可愛いに違いない。料理や手芸が好きで付き合ったら手編みのマフラーをくれたりする。バレンタインはもちろん手作りチョコで得意料理は肉じゃが、少女漫画や恋愛小説が好きで「いつかこんな恋がしてみたいな」なんて言っちゃうような女の子だと思う。

 (絶対そう!)

 心の中で強く強くそう確信する。

 「昨日も二人で登校してたし帰りも一緒だったし、真澄くんと梅ちゃんってなかいいんだね」

 にっこり笑みを浮かべたまま、そう言う彼女の背後に見た事のある黒いオーラが見えた。

 梅吉はそれをつい最近、幼馴染の男の背後に見たことがある。

 そして確信するのだ。



 (ああ――ほづみちゃんは真澄が好きなんだ)



 少しショックなのは、彼女に恋愛感情があるとかそういうことではない。もしかして、七緒だけが特別にライバルキャラの可能性があるのじゃないだろうかと何処かで思っていた。

 そうであってくれたら凄くいいと――でも、どす黒いオーラが梅吉の淡い希望をものの見事に打ち砕いく。


 やはり『香々見ほづみ』もライバルキャラだったようだ。


 ただ単純に、友達のように仲よくしたいと梅吉は思っていたけれど。

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