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僕のジェニファー 1

心新たにシークレットエンドを目指す為、梅吉は邁進しようと固く決意した。肉食系女子になってみせると――…。

 朝、雨が細い糸のように静かに降っていた。

 アラームを三回かけて起床。早めに出ないと周が来てしまうから最近梅吉は何時もより早く学校に登校するようにしている。濡れて黒く変色したアスファルト、雨特融の匂いと春の土の匂いが辺りにたちこめている。母に持って行くように差し出された赤い傘、持っている方の右手だけが冷え始める。春になったとは言え、まだまだ雨は冷たくて寒さを微かに感じた。

 一人で登校する事に少し罪悪感を感じながらも梅吉は前を見据えて歩いていく。

 シークレットエンディングを目指すと決めた今、必要以上に一人のキャラクターの好感度を上げてしまうと後々面倒臭い。周が自分に拘る理由も気持ちも分かるが申し訳ないけれど今は距離を少し置くことにした。

 (まずは、まったく手付かずの真澄だな)

 初めてこちらに来て接触して以来真澄とはあまり会っていない。花見には一応居たが、自分から話しかけるなんてことを梅吉が出来る筈もなかった。

 人見知りなのは相変わらず健在だ。しかしシークレットエンドを迎えたいと思うならそんな事は言っていられない。

 (いっそなりきるんだ!)

 元気な女の子、前向きで明るい梅吉とは真逆の存在を演じる事で人見知りもコミュ障も克服していこう――そう梅吉は考えていた。

 幸いここはゲームの世界で、自分は主人公だ。攻略キャラクター相手なら信じても手酷く裏切られたり傷つく事はないだろう。

 (現実だったらちょっと無理そうだけど)

 現実の世界で他人を信用するとか仲良くするとか、やっぱり自分にはまだ出来そうもないけれど、ここでなら出来そうな気がしていた。

 (確か、真澄は6組だから――)

 休み時間、もしくは放課後に訪ねてみようか。しかし一体どんな理由を付けて会いに行けばいいのだろう。

 いっそ向こうから来てはくれないだろうか。

 (不良キャラみたいだし、こんな雨の中で傘さして捨て猫とか捨て犬とか――)

 拾っていないかなぁー都合のいい事を考えていたら

 「鉄板のシュチュエーションきたぁぁぁ!!!!!」

 角を曲がるとイケメンが段ボール箱を前に傘を差し出していたので梅吉は思わず叫んでしまった。

 神藤真澄。茶髪の不良と言う印象の彼がダンボールの前いる。

 (知ってるぅぅぅ!こういう光景知ってるぅぅ!)

 梅吉は二十メートル先でその様子を見守りながら少女漫画の鉄板のようなこの状況に何故か無意味にテンションが上がった。

 (それであれだろ? 『お前も一人か』 とか言って子猫、もしくは子犬を)

 

 「――っ!?」


 真澄は肩にビニールの透明な傘をかけると自由になった両手をダンボールの中に差し入れた。そして抱えらるようにずるりとダンボールからそれを出す。

 


 (わわわわわわわわわわ)



 出てきた生き物に梅吉は一瞬言葉を失う。

 それから大きく深呼吸して改めてその生き物確認する。もしかしたら見間違えだったもしれないと、息を吸い吐いて、心を再び落ち着けてから前方をしっかりと見た。



 「ワニーーーーーーーー!?」




 黄色い瞳、細長い口はテレビや動物園で見たものとは少し違うが口いっぱいに生えた牙や、太い尻尾、鱗でごつごつしたその生き物。口の先から尻尾まで入れると2メートルはありそうなそれは、まごうことなきワニだ。

 見直したところで変わらない。今、梅吉の目の前に本来動物園の中やテレビの中でしか見ないだろう生き物がいる。

 「ちょっ、それ、なに!?」

 梅吉の絶叫に気が付いて真澄がこちらを振り返る。パニックで好感度を上げようとか思ってた事なんてすっかり忘れて梅吉はその腕の中のものを思わず指さした。自分の指先がぷるぷる震えているのが分かる。膝ががくがくとして正直今、立ってるのも精一杯という感じだ。

 「ああ、はよ。月見里」

 梅吉の姿を確認すると真澄は平然としたまま呑気に朝の挨拶をしてきた。挨拶なんてしてる場合ではないだろう。何鉄板シチュで斜め上に飛んだものを拾ってくれているのだこの男は――とか色々思う事があるがビックリしすぎて言葉が出ない。

 「あ、危ないぞ、そんなもん抱っこして」

 梅吉はへっぴり腰で未だ指さしたまま、頑張ってそれだけ真澄に忠告してやった。口を綴じていてもワニの口からは鋭い牙が覗いている。それは人間の指ぐらい容易く噛み切ってしまいなぐらい鋭く尖っていた。

 「大丈夫だ。これは『インドガビアル』って言って魚しか食べないワニだから」

 まるで人間の子供でも抱きかかえるようにワニを抱き、どこか少し嬉しそうに真澄が言う。

 「え、う?それ、何?ワニ?えっと」

 頭が未だ混乱してる。元から喋るのは得意ではないのにこんな目の前のあり得ない光景にシドロモドロになってしまう。

 「捨てられたみたいだ」

 眉間に皺をよせ険しい顔をしながら言われたセリフ。そんなシリアスな表情をされたところで『捨てワニ』という事実がまず梅吉には受け入れられない。そもそも本当に捨てられたのだろか?もしかしてペットに飼われていたワニが逃げ出し、たまたま道に転がっていたダンボールにジャストフィットして収まっていただけなのでは――。

 

 『拾って下さい。名前はジェニファーです(インドガビアル爬虫綱ワニ目ガビアル科 メス3歳)』


 丁寧に名前と分類まで書かれたダンボールに梅吉は思わず脱力した。

 どこの世の中に猫や犬のようにワニを箱に入れて捨てる飼い主が居るだろうか。と言うか、勿論犬猫もだけれど最後まで面倒見きれないなら飼うな!と言いたい。特にワニなんて軽々しい気持ちで飼うものではないだろう。むしろこの生き物に関しては最後まで面倒見るとかそれ以前の問題でどうして思いとどまらないのだろうかと疑問しか浮かばない。

 「どうするんだ?それ、飼うのか?」

 ワニを抱いて真澄は歩きだす。梅吉は慌てて後を追った。真澄は学校に向かっているようだった。

 「学校にワニ連れてくのか!?やめとけ!騒ぎになるぞ!」

 こういう場合は警察に届けるべきか、それとも動物園か、どちらにしても学校に連れて行くのだけは不正解だろう。絶対に怒られる。先生にもよるだろうが機嫌が悪かったら反省文ぐらいは書かされるかもしれない。

 「放っておけないだろ!」 

 確かに、放っておいたらそれはそれで問題になるだろう。だってワニだし、子供が怪我でもしたら大変だ。

 「でも学校はまずいって!」

 だってワニなので、子猫とか子犬なら授業が終わるまで学校の茂みに隠したりもできそうだが、なにせワニなので。

 「じゃあ、このまま置いて行けって言うのかよ!」

 仕方ない――梅吉は溜息を吐き出す。

 「一つだけアテがある」

 



 雨は降ったり止んだりしていて空の色はずっと灰色だった。

 結局そのまま二人でワニのジェニファーを連れて学校に登校したのはアテが校内あったからだ。

 「いや!絶対いや!靴かバッグになってないワニなんて無理にきまってるでしょ!」

 訪れたのは鈴之助の保健室。

 「いいだろ別にお前、どうせ暇なんだし!」

 「暇だけどワニの面倒なんて嫌よ!」

 暇な事は否定しない鈴之助が激しく首を横に振ってワニを預かる事を拒否する。

 「休み時間の度に様子見にくるし、ホラ、よく見たら可愛い――」


 

 カパリ。



 じぃっと動かず保健室の白い床に伏せて動かなかったジェニファーがその時いきなり口を開いた。所せましと歯が生えた細く大きな口――彼女が魚しか食べないと分かっていてもやはり恐ろしいものがある。

 「ひぃぃっ!」

 「ほら!威嚇してるじゃない!」

 黄色い縮瞳が縦長の目がギロリとこちらを睨みつけているようにみる。おぞましいその姿に思わず梅吉と鈴之助は抱き合って怯える。

 「ワニはリラックスしてる時に口を開いたりするんだよ」

 真澄はそう説明するとしゃがみ込んで、ワニの頭、目と目の間ぐらいをくすぐるようにして撫でた。するとワニはうっとりと瞼を閉じる。それは気持ちがいいと言っているかのような表情だ。

 「先生、駄目かな?授業中だけでいいんだ」

 困ったように上目使いでそう鈴之助に懇願する真澄、不良っぽく怖いイメージがある彼がこんな表情をするなんて少し新鮮なものがある。まるで真澄の方が捨てられた動物のようだ。

 その表情に、鈴之助の心が揺れたのが分かった。

 「なぁ、鈴之助!頼むよ!」

 だから最後の一押に梅吉も再びそう頼み込む。

 「もう、分かったわよ――」

 溜息を吐き出して本当に心底嫌そうな顔をしながらも鈴之助は渋々ワニを預かる事を了承してくれた。

 

 


 その日は授業終了のチャイムと同時に即保健室へと向かう。勿論、休み時間も全てワニの様子を見に行く事に費やした。

 梅吉が保健室にたどり着くと既に真澄の姿があった。彼のも梅吉と同様に今日一日、休み時間の度にこの保健室に来ている。休み時間中はワニの体を濡れたタオルで拭いたり、窓際の日向に移したりした。

こうして触れ合って、話してみて初めて分かったが、真澄がどうやら動物がそうとう好きらしい。

 ワニの事、犬の事、猫の事、哺乳類から爬虫類、魚類に鳥類、色んな動物の知識を幅広く持っていて何度も感心させられた。

 ちなみに、あれだけ最初は嫌がっていた鈴之助だが、時間を追うごとに慣れたのか放課後にはもういつも通りワニに警戒する事なく乙女ゲーをやる余裕さえ取り戻していて、流石としか言いようがない。

 一応、今日一日各方面に『ワニを飼わないか』なんて聞いてみたが、冗談だと思われて相手にもされなかったと言うのが現状だ。

 「どうする?これから」

 もう下校時間になってしまう。人が居なくなるわけだから保健室にはもう置いておけない。何も設備も用意されていないし、ワニには朝から餌もまともにやっていない。基本的に狩りをする動物はいつ獲物にありつけるか分からないから猫や犬のように頻繁に餌そやらなくても問題はないらしい。だが、問題はないだけでやった方が良いに決まっている。

 「俺が飼う」

 真澄は仕方ないと言う風にワニを抱き上げた。案外拾った時からもうそう決めていたのかもしれない。

 「そうか、真澄ならこいつもきっと幸せになれるよな」

 ワニの生体にも詳しい真澄ならきっとジェニファーも第二の素晴らしい人生。嫌、鰐生を過ごせるに違ない。

 「俺の家、マンションだからワニ飼ってるなんてバレたらきっと、追い出されちまうけど」

 

 ――え?

 



 「いやいや、それは駄目だろ?」


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