独占欲の誓い 3
逃げ出した先の保健室でシークレットエンドの存在を知る。攻略条件は確か、全ての好感度MAXで能力値MAX。
選べないなら誰も選ばなければいい。マリーアントワネット的思考だけれどもうそれしか道はないような気がした。
(多分、攻略条件は全てのキャラクターの好感度マックス状態と能力値マックス――)
と、梅吉は自分の今の状況を改めて確認して青くなった。
まずキャラクターが全て出現していない『????』がキャラクターメニュー欄にまだ三つある。そしてなにより自分で驚いたのは
(俺、能力値低っ!)
学力 2
魅力 3
芸術 1
体力 2
「ちなみに、能力値って幾つまで?」
冷や汗をかきながら鈴之助に聞けば当たり前のように「百に決まってるじゃない」と答えが返ってくる。その答えによっていかに自分の能力値が低いのか自覚した。
確かに、授業中はぼんやりしてまともにノートも取っていない。このまえ七緒に買い物に付き合ってもらい鈴之助に化粧をしてもらったけれど、それ以降何もやっていない。体育の授業は走ればすぐに息が上がり、下手をすると準備運動だけで疲れている。芸術に関しては美術の授業はあるが梅吉は壊滅的に絵が書けない。
(そもそもこんな能力値じゃ好感度だけ上がっても誰のエンディングにもたどり着けなかったんじゃないか?)
しかし、そこに道があるのだと分かったならそれを選ぶべきだろう。それは何も目的がないよりとても素敵な事のように思える。
いつまでもぐだぐだと悩むのは今日で終わりにしたい。逃げる事も、もうしたくはない。
「よし!俺は肉食系女子になるぞ!」
全てのキャラの好感度をマックスにし、能力値もマックスにしてみせる。ガッツポーズを決めてそう高らかに宣言したその時だった。
「梅!月見里梅は居ますか!?」
保健室の扉が開き自分の名前を呼ぶ声が聞こえる。梅吉はベットの回りのカーテンは開けているもののまだベットから出ておらず、入口から丁度そこは死角になっていたためにその姿は見えていない。けれど声色から周のものだと言うことが直ぐに分かった。
(そう言えば、逃げてきたんだった)
鈴之助が表情だけで「どうする?」と問いかけてくる。どうやら彼は梅吉の様子のおかしい原因が周だと分かっているようだ。何故彼がそこまでお身通しなのかは分からない。仮にも教師だから生徒の様子には敏感なのかサポートキャラだから主人公の状態を把握できるようになっているのか――どちらにしても、完全に一人ではない感じが心強かった。
「大丈夫」
それだけ言ってベットから出た。
「梅!やっぱりここに居た!」
梅吉の鞄を持って駆け寄ってくる周はまるで飼い主の帰りを待ちわびた犬のようだった。尻尾があったら振り回しているに違いない。
「ごめん。ちょっと気分が悪くて、少し横になったら治ったから」
とりあえず今日は彼と下校しよう。周が持っていた自分の鞄を受け取り保健室を出ようと扉に手を掛ける。
「そうか、気分が悪いなら車で送ろう」
まず目に入ったのはボタン。グレーの生地。頭上から響いた声に上を見上げる。
「ち、千景!」
不敵な笑みを浮かべた担任教師の顔がそこにはあった。
「だから、年上を呼び捨てにするなと言っているだろう?」
仕方ない奴だと言わんばかりに溜息を吐き出して、額を軽く突かれる。
「梅は俺と帰るので結構ですよ!」
――と、周が千景と自分の間に身体を割り込ませ壁になる。
「君は彼女のなんなんだ?」
「俺は梅の幼馴染ですよ!先生こそ一体なんなんですか?一人の生徒に入れ込んで、PTAに訴えますよ!?」
二人の間に火花が散っているようだった。
せっかく逃げてきたのにさっきの教室での状況と同じものがここでも揃ってしまい頭が痛くなる。
(逃げたい)
もう逃げないと決めた端から逃げ出したくなった。
「はいはいストップストップー!」
スパン――ッ!スパン――ッ!
軽やかな音が部屋の中に響いた。見れば右手にスリッパを持った鈴之助が呆れ顔で腕を組んで立っている。
「男の子が女の子困らせないの」
周も千景も頭を擦っている。二人は鈴之助に殴られたのだ。まるでゴキブリを退治するかのようにスリッパで鮮やかに。
「じゃあ、こうしましょ?四人一緒に千景の車で帰るのよ!」
「「「――えっ四人!?」」」
さっきまでバラバラだった三人の心がこの時ばかりは一つにまとまったのは言うまでもない。
この車は後部座席は乗るものではない。革張りの固いシートに身体を任せながら梅吉は思う。
席順はなぜか後部座席、右側に梅吉でその隣に鈴之助が座っていた。助手席には周でさっきからすこぶる空気が悪い。
「あーもう!暗い!くーらいー!シートの座り心地も悪いのに、こんなに辛気臭いんじゃ車酔いするわよ」
「だったら今すぐ降りろ」
低く呻くように千景が言うが既に鈴之助は人の話を聞いていない。
結局、鈴之助に押し切られる形でこうして四人一緒に帰る事になってしまった。何故彼も一緒なのかと言えば「え?もう帰る時間なんだし送ってきなさいよ」との理由は極めて自己中なものだ。
花園鈴之助は今日も清々しいほど自分のペースで生きていた。
(まぁ、三人よりはいいけど――)
期せずして鈴之助の自己中に救われたようだ。あの状況でどちらか一方を選べば角が立つし、かと言って三人仲良くは帰れそうもない。
「ねぇねぇ、梅ちゃんってさどんな子だったの?周くんは幼馴染なんでしょ?
ふと少し前に乗り出し、自分の前方に座る周に鈴之助が聞いた。
「え、梅は――」
ずっと眉に皺を寄せしかめっ面だった周が鈴之助の問いかけに表情を少し緩めた。
「すごく元気な子でした。俺は身体が弱かったし成長も同じ年の子より遅かったから遊んでもらえなかったりしたんだけど、いつも梅が「可哀想じゃない!一緒に遊んであげなよ!」って僕の手を引いて他の子達のとこまで行ってくれるんです」
懐かしむように少し遠くを見つめながら語った。
周の昔話に梅吉も懐かしさを感じる。もっとも、自分は立場的に周でそう腕を引いて行ってくれたのは幼馴染の女の子ではなく妹の桜子だったのだけれど。
小さい頃から家族以外の人間が怖かった。
外で遊ぶより家でテレビを見てる方が好きで、そうなった理由は外で遊べば酷い疎外感を感じたからだ。
ある日、子供は外で遊びなさい!と母に外に出された梅吉と妹の桜子。仕方なく近所の公園に行ってみるが子供心にその光景に酷く落胆したのを覚えている。
自分が入り込む好きがないと思った。公園で遊んでいる子供達。きっと普段から一緒に遊んでいるのだろう。確かにある信頼関係と、親しさ、自分が一緒にそこに入って遊ぶことなんてできない気がしたのだ。
『にぃーちゃ一緒に遊ぼう?』
立ち尽くす自分の手を桜子は引き子供たちに声を掛ける『いーれて!』明るく。元気よく。子供達は歓迎し、その日は日が落ちるまで一緒に遊んだ。
それからしばらく、公園の子供たちと一緒に遊ぶようになる。桜子と二人、少しウキウキしながら毎日公園に行っては日暮れまで遊んだ。
いつものように公園に向かう。
滑り台が見え、ジャングルジムが見えてきた。あの子達はもう来ているだろうか、どきどきしながら桜子の手を引き公園到着する。
子供たちは既に来ていてジャンケンでもしているのか子供たちはこちらに背を向けるように円陣を作っていた。
『何してるの?入れてー?』そう言おうと呼吸を吸い込んだ瞬間にその言葉は耳に飛び込んでくる。
『ねぇ、梅吉くんと桜子ちゃんが来る前に他の場所いこう?』
『桜子ちゃん小さいから一緒にいると面倒みないといけないし』
『梅吉くんドジなんだもん。この前もボール投げしててボール失くしちゃったし』
『仲良くしたくないよね』
『うん。たまにだったら遊んであげてもいいけど毎日が疲れちゃう』
桜子はまだ、何を言われているか分からないのか不思議そうな顔をしていた。
『にぃーちゃ?』
梅吉が五歳で桜子が四歳だった。
体格は梅吉のが桜子より一回り大きいぐらい。三月生まれの梅吉は身体が大きいほうでは無い。だから一個下の妹を抱っこなんて滅多にしたことがなかったけれどこの時は桜子を抱っこして急いで公園を離れた。
みんなと顔を合わせたくなくて、妹を抱えたまま振り返ることなく来た道を再び戻る。
初めて彼らを見た時の疎外感はやはり正しかった。やっぱり梅吉が入り込む隙間などなかったのだ。一方的に友達だと思っていたけれど向こうからしたら『遊んであげてる』だった。
悔しくて、悲しくて、辛くて、苦しくて、でも妹には同じ思いをさせたくなかった。明るく元気で誰にでも愛想を振りまける妹はこんな思いをしてはいけない。
小さな体を抱えて一生懸命走った。結局、途中で転び自分も桜子も派手に擦りむいて、その時まで泣いてなかった桜子を泣かすはめになってしまったけれど。
その日から梅吉は公園には行かなくなった。何度か桜子にせっつかれたが梅吉は行かないと首を横に振り続けた。
『桜子これはどうしたの!?』
母の悲鳴が玄関からして廊下を走って行けば玄関に泥だらけの妹の姿があって酷く驚く。
『わるいやつら、やっちけてきたよ』
泥だらけで、擦り傷だらけでなのに妹は晴やかにそれだけ言うとニコニコと笑っていた。
多分、このゲームの主人公は桜子のような子なのだろう。元気で優しく、悪い事には悪いと言える。消して目の前に物事からは逃げ出さない。
「だから、周くんは梅ちゃんに恩返ししたいんだ」
銀之助が周に言うその言葉を聞き、自分も妹に少しでも返してやりたいと思った。駄目な兄貴だけれど、体格的には一応自分の方が上なのだ。
本気になれば妹を守ってやれるかもしれない。あの時結局守ってやれなかったから――苦しい思いをさせたくないと、自分がしたくないから逃げ出して、結局小さな妹が一人で痛い思いをして問題を片づけてしまった。
情けない兄貴であることを自覚して、ここから出れたなら少しは兄貴らしく彼女に接してみたい。
「お前の気持ちちょっと分かる」
『梅の事は俺が守るから!』
単なる独占欲からそう宣言したのかと思っていた。
好感度が上がり、嫉妬心からくる行動なのかと――しかし今は周の気持ちが分かってしまう。
守りたい。
傷つけたくない。
幸せでいて欲しい。
笑っていて欲しい。
自分にそれができる力があるなら、
『にぃーちゃ、もうだいじょうぶだよ』
そう笑いかけてくれた笑顔を、力を、少しでも返したいと思う。
その言葉に、笑顔にどれだけ救われたのか分かるから――。




