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独占欲の誓い 2

ジャニーズさわやかイケメンだと思ってた幼馴染が予想外にヤンデレの気配がする件。

 あんなに満開に咲いていた桜の花はいつの間にか散り、まだ微かに薄紅色を残しながらも葉の黄緑色が目立つようになってきている。校庭の端に咲く一本の桜の木を見て梅吉はそう思った。

 春の風は強く吹き抜け木々を揺らし、急かすように花弁は舞い上がり飛ばされていった。季節が駆け足で変わろうとしているようだ。あと数日もすればあの強い風も暖かいそよ風に変わるのだろう。

 「では、今日はここまで」

 千景の声と同時にチャイムが鳴り、梅吉ははっと我に返る。こんなことをしている場合では――。

 「梅!帰ろう!」

 (――遅かった)

 勢いよく教室の引き戸が開き、部屋の隅から隅まで届く声でそう名前を呼ばれ、下校を促される。授業終了と共に襲い来る周の猛アタックが始まって三日目。一日目は必死な幼馴染が可愛くさえ思えたし、そこまで気にしてもらえるのは嬉しかった。

 しかし、昨日辺りから少しうんざりしていてきている。なにせ休み時間の度に彼は梅吉の教室に訪れているからだ。下手をすればトイレまで付いてくる始末。遭遇回数が多いので必然的に好感度は上がる。

 (お前の好感度は上がるかもしれないが、俺の好感度は下がるぞ!)

 思うが勿論口には出せない。

 (確定だ……このまま周エンドまっしぐらだ)

 しかし、友情エンドが無いと分かってしまった今、梅吉はどこか投げやりな気分だった。だから心から周の誘いを拒む事ができないでいる。

 今はただ、目的も無く惰性でゲーム内の日々を過ごしているだけだ。

 当初確かにあった目的も情熱も、希望も、全く一切無くなってしまった。

 別に周の事は嫌いではなし、これは十八禁ゲームではなし、自分はホモではないけれど『好きだ』と言われるぐらいなら我慢できる気がする。ただ引っかかるのは『我慢』していいのだろうかと言うことだ。

 本当に好きなわけでも行為を寄せているわけでもない。攻略したいわけでもないのに最終的にその言葉を自分は受け取っていいのだろうか――と思ってしまう。

 多分エンディングを迎えたなら自分は現実へと帰るのだろう。周達キャラクターはセーブでもしない限り梅吉の事など忘れまた高校一年から繰り替えす。それは当たり前の事で彼らはゲームのキャラクターで、自分でなくたって交流頻度や条件が合ったなら好きなり告白する。そういうプログラムだ。分かっている。

 しかしここ数日、日々を共に過ごし梅吉はこのキャラクター達をキャラクターとして見れなくなっている。一人の『人間』として彼らを見てしまっているのだ。

 だから真剣に向けられる思いには真剣に向き合わないといけないような気がしている。

 (かと言って、ホモにはなれない)

 女性の身体になり女性の体力になって女性の筋力になり女性の服を着て女性のよう化粧をし梅吉が実感が実感した事は自分はやはりどうしようもなく『男なんだ』と言うことだった。

 恋愛対象は女性以外に考えられない。周の事は嫌いではないが『友達』以上に思えそうもなかった。

 「ほら、梅!帰ろう!」

 何時の間にか梅吉の机の前まで来ていた周がそう言って梅の腕を引いた。

 屈託ない笑顔に酷い罪悪感を覚える。純粋に好いていてくれているんだと言う事が分かるからだ。過去の自分達に何があったのかは分からないが、ただ周にとってこの『幼馴染』は本当に大切な存在なのだと言う事は伝わってくる。

 まるで他人の身体に寄生する生き物にでもなった気分だった。外見をそのままに乗り移り、寄生して宿主を殺してしまう。ホラー映画に出てきそうな化け物に――周を騙してるような気分になって酷く胸が痛い。

 「宇佐美、月見里には少し用があるから君は先に帰りなさい」

 一方的に繋がれた手が解かれる。解いたのは千景だった。千景の手にはさっきまで梅吉の腕を持っていた筈の周の腕が掴まれている。

 「ああ、そうなんですか!じゃあ俺も一緒にお手伝いしますよ」

 少しわざとらしいぐらいの口調で周はそう言うとにっこりと千景に向かって笑顔を向けた。

 「月見里一人居れば大丈夫だから君は帰りなさい」

 千景も負けじと笑みを浮かべる。

 (ああ、女の子ならこの場合喜ぶんだろうか……)

 しかし梅吉は男なので、男同志に挟まれて自分の取り合いをされてもひたすら困るだけで全く嬉しくはない。あげくの果てに――……。

 「ねぇ梅って真崎先生と仲良いの?」

 と七緒にこそこそ耳打ちで質問される。

 

 (ああ、もう!ああ!もう!)


 きっとはっきりしない自分が悪い。ここでルートを一つに絞り、他の者を切り捨てる。たったそれだけの事で残り三年の学生生活は無事終わるだろう。何事無く、穏やかに。

 取るべき手は周の手だと思う。幼馴染だし王道なルートだ。

 (でもっ――!)

 気が付いたら駆け出していた。

 背後で自分の名を呼ぶ声がしたが、梅吉は速度を落とす事なく走り続けた。

 もうどうすればいいのか分からない。何が正解なのかも、当初確かに自分は取り戻せなかった青春をここでついでに取り戻してやろうと思っていた。

 でも『自分』と言う人間が駄目過ぎて、取り戻せそうもない。ハッピーエンドに繋がらない。例えそれはゲーム上でハッピーエンドとされているものであったとして梅吉が納得できそうもない。

 このゲームをここの住人を心から嫌いになれないからこそ、単純なゲームクリアを出来そうないのだ。

 板張りの廊下を走る。途中誰かに「こら、廊下を走るんじゃない!」と言われたが無視して走り続けた。多分攻略対象ではないこの学校の先生だろう。

 渡り廊下をそのまま走り抜け、北校舎に向かう。自分は結論を出す事から逃げているだけだ。こんな事をしても何の意味もない。分かっている。分かっているが今はまだ答えを出したくない。

 逃げている。思えば自分の人生はいつも逃げてばかりいだ。傷つくのが嫌で初めから特定して仲のいい友人を作らなかった。人を好きになった事がないのものその為だ。就職が嫌で進学を選んだ。結局それも今は予備校と言う足踏み状態。

 何一つ前に進んでいない人生。何一つ身になっていない。意味の無い日々。惰性。惰性で生きている。今も、ゲームの中でさえ――。

 保健室の扉を開ける。

 こうして自分はまた辛いことから逃げ出すのだ。

 「あらあらどうしたの?」

 不甲斐なくて、情けなくて、自分で決めた事さえ守れない。

 しゃがみ込んで膝を抱えると鈴之助がそっと背中をさすってくれた。

 優しい温もり。優しい言葉。この世界は全部が優しい。こんな自分でも条件が揃えば好意を持ってくれる好きになってくれる。それは自分が主人公だから、ここがゲームだから。これは遊びなのだから、梅吉には現実があるのだから、適当に攻略すればいい。なりゆきに任せればいい。分かっているのに。

 他のゲームでもしてきた事だ。キャラクターなんて駒だと思ってた。自分を楽しませる人形だと思ってた。性格や感情なんてオプションでしかないと思っていたのに。

 「具合が悪いならベッドで寝ていきなさい?ね?」

 支えられるようにして歩きながら保健室のベッドに横になる。

 (馬鹿だ。こいつ等はみんなキャラクターなんだから、感情なんて考えても仕方ないのに)

 ずっと走ってきたせいか酸素不足の頭がくらくらとして梅吉は打ち消すようにかたく瞼を閉じる。静まり返った保健室。自分の脈の音が耳の内側から響いて聞こえていた。





 

 蝉の声が聞こえた。

 白いビニール袋にゲーム雑誌とアイスを買って冷房の効いた自宅へと梅吉は急ぐ。

 お目当ての記事は散々コンビニで立ち読みしてしまったが、夏休み。友達と遊ぶわけでもない家族で旅行にいくわけでもない自分の暇が少しでも潰れたらいいと思い購入した。

 歩く度にビニール袋がカサリカサリと鳴る。外に出るなら被れと母に渡された麦わら帽子から特融の苦いような香ばしいような草の匂いがしていた。

 家路まではあと十分。青い空はなんだか見飽きてしまってビニール袋の中の本に手を伸ばし適当なページを開いた。

 「げっ、乙女ゲーじゃんか」

 開いた場所は学園モノ乙女ゲームのページだった。こんなの女の子がやるやつじゃないか、そう思ったが折角なので少し読んでみる事にする。記事には『極秘!シークレットエンドを出す裏技!』なんて書いてある。雑誌に載ってる次点で極秘でもなければ裏技でもない。半ば呆れながら記事を読めばその内容も呆れるものだった。

 「ええ!?なにそれ面倒くさい!」

 思わずそう叫ばずにはいられない。


 だって、





 「うわぁぁぁ!また駄目だったわぁ!!!!」



 

 突然鼓膜に響いた規制に梅吉は泥の底から引っ張られるように一気に覚醒する。

 「なななな、何?何?」

 慌てて飛び起きて引かれていたカーテンを開け声のする方を見る。視線の先で鈴之助が机に向かって突っ伏しているのが見えた。

 机の上、パソコン画面の中には一人のイケメン。

 (こいつ!またゲームしてたのか!)

 見ればセリフに『好きだ』と書かれ、『私も』と『ごめんなさい』の選択肢が二つどうやらゲームはエンディングを迎えているようだ。

 「もうこれで百一回目よ……」

 銀之助は項垂れながら『はい』をクリックする。画面の中のイケメンは嬉しそうに何かセリフを言っているが鈴之助は見てはいなかった。

 一体、何がどうしたと言うのだろうか。

 「シークレットエンドが出ないのよー!」

 梅吉の視線の問いかけに気が付いたのか銀之助がそう言った。

 (ああ、どうりで)

 どうりで見た事あると思ったら、先ほどこのゲームの事を夢に見た気がする。夢と言うか昔の思い出だ。

 VRゲームは睡眠状態にとても近い状況で行われる。強制的に脳をレム睡眠状態にして『夢』を見る状態の脳に電気信号を送り『夢』に介入する事で実際に自分がゲームの中に入るかのような感覚を作っているのだ。

 夢は記憶の整理とされていて、ゲームプレイ中に眠ると過去の記憶をゲーム内の夢に見ると言うことは他のゲームでもあることだった。

 「このシークレットエンドって確か、全てのキャラの好感度MAXで能力値もMAXにしないといけないんじゃなかったっけ?」

 なんて面倒なんだろうと思った記憶。総じて、梅吉の乙女ゲーのイメージはめんどくさいだった。ライバルキャラの出現もそうだが、何故わざわざゲームの世界で苦労しなくてはいけないのだろうと首を傾げるばかりだった。

 RPGならまだ分かるが恋愛シミュレーションならそんな面倒な事はせずにサクサクゲームを進め、サクサク攻略させるべきだ。どうせ求められているものはゲーム性ではなくシナリオなのだから。

 「あーーーーー!」

 と、思わず梅吉は大声を上げた。

 「何よ何よ急に!?」

 梅吉の急な態度に鈴之助は驚いておろおろとしだす。

 「もしかして、このゲームもあるのか!?」

 鈴之助を肩を掴んでそう聞く。鈴之助は何が言いたいのか分からないと言った様子で小首を傾げで目を丸くしていた。

 「シークレットエンディング!出せたら全ての攻略キャラクターとハッピーエンドのエンディングだよ!」

 誰を選ぶわけでも、誰を捨てるだけでもない。みんな笑顔で学校を卒業する――そういうエンドが、



 「さぁ?シークレットだもの教えたらシークレットにならないでしょ?」



 唇の端を吊り上げてにやりと笑う鈴之助の顔が全ての答えな気がした。


 

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