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独占欲の誓い 1

千景にほっぺにちゅーされてびっくりしてたら――。

 未だに頬に感触が残ってる。さっきの事を思い出しては顔の温度が上がる。多分今自分は耳まで真っ赤になってしまっているだろう。

 耳にあのスポーツカーの低いエンジン音が残っていた。一体明日からどんな顔をして千景と会えばいいのか分からない。担任教師の千景は周の次に一番遭遇する人物なのに――。

 「おかえり」

 顔を覆い蹲っていると聞き慣れた柔らかい声が頭上から聞こえた。見上げるとそこには周の姿が。

 「教室に迎えに行ってもいないから先に帰ったんだけど、家に居ないみたいだし――凄い心配したんだよ?真崎先生と帰ってきたの?」

 にっこりと笑顔を浮かべる周。

 (あれ?なんかいつもより)

 怖い感じがする。なんとなく背後に黒いオーラが渦巻いて見えるような気がするのは気のせいだろうか。気のせいだと思いたい。

 「ご、ごめんなさい!」

 思わずそう謝らずにはいられない雰囲気が空間に満ちていた。梅吉は周の顔を見上げたままとりあえず謝罪する。一体なんで自分が謝らないといけないのか、分からない。分からないけれど、折角迎えに来てくれたのに教室に居なかったのは自分だし、帰りが遅くなってしまって心配させてしまった。

 だからそう言う点では――……。

 「なんで謝るの?」

 なのに周は急にむっとした顔をした。いつも穏やかに微笑んでるイメージがある。怒った姿はあの花見の日しか見た事が無いし、泣いたのもあの時ぐらいしかないない。周はいつものほほんと微笑み梅吉に優しい。そんなイメージがある。

 だから勝手に自分相手には周は怒らないのだと思っていた。自分は主人公だし、そうされて当たり前だと。

 しかし今、目の前に居る周は明らかに怒っているように見えた。そんなに勝手に帰ったことが悪かっただろうか。そんなに帰りが遅い事を心配したのだろうか。

 「折角迎えに来てくれたのに、悪いと――」

 「別に?勝手に俺が迎えに行ったんだもん。約束なんてしてないし、梅が謝る必要なんてないデショ?」

 梅吉の言葉を遮って早口でそう言う周は言葉とは裏腹にやぱり怒ってるみたいに見えた。むしろ自分で言ったセリフを自分自身にむりやり言い聞かせるようにさえ感じる。

 「ごめんなに怒ってんのか分かんない」

 本当に分からなくて、申し訳ないけどそう言葉を返すことしかできない。もし何かに怒っているなら言って欲しい。周とエンディングを迎えたいわけじゃないが大事な友達だ。だから自分が不愉快な事をしてしまっているなら謝りたいし、許して欲しいと思う。

 梅吉の言葉を聞いて周が目を見開く。それから頭を左右に数回振っていた。それはまるで何かを打ち消すような動作だった。

 「違う、違うんだ。ごめんね。怒ってないよ」

 少し困った笑みを浮かべていそう言う周はいつもの梅吉の知ってる幼馴染の周だ。

 どうやら機嫌が治ったみたいで、原因は分からないけれど少し安心する。

 「先生と二人っきりなんて疲れたでしょ?直ぐにお風呂に入るといいよ」

 腕を引かれ立ち上がらされる。何故いきなり風呂なのかと少し疑問に思っていると周は右腕の裾をぐいっと引っ張って、梅吉の頬をぐいぐいと数回擦った。それはまるで何かを拭うような動作で、

 (見られたのか!)

 そしてハタと気が付く。さっきのほっぺにチューシーンをどうやら周は見ていたらしい。もしかするとさっきからの周の態度は嫉妬から来るものなのではないだろうか。

 「さぁ、お家に入ろう。そしてお風呂に入ろう」

 お風呂をやたらゴリ押ししながら梅吉の背中を押す。周の浮かべる笑顔がやっぱり少し怖かった。

 (コイツ――!ヤンデレの素質がある!)

 ただのヘタレなオトメンジャニーズだと思っていたのに、独占欲はかなり強いようだ。

 癖の強いキャラばかりで、そう言う意味でこのゲームは本当に頭が痛い。

 

 


 ゴリ押しされるがままに梅吉は風呂に入った『しっかり洗うんだよ!』とか言う周が、一緒に入るとか言い出さなくて本当に良かったと思う。良く考えたら自分は女だしこれは十八禁ゲームではないからそれは当たり前なのだが。

 白で統一された風呂場、バスタブにたっぷりと張られた湯の中に身体を沈める。ざばぁんと湯が溢れ出し同時に身体の端からじんわりと熱が沁みていく感覚が心地いい。

 「はぁー……」

 顔にぱしゃりとお湯をかける。手に付く少量の黒い水にそう言えば化粧をしていたのだと思い出した。

 「これ、どうやって落とすんだろ……普通の洗顔でいいのかな」

 呟いて、バスルームを見渡せばシャンプーやコンディショナーの入っている棚にメイク落としなるものを見つける。ああこれを使えばいいのかと手を伸ばし裏面を読む。どうやらこれを使って化粧を落とした後に洗顔もしなければいけないようだ。

 「女の子って大変なんだな」

 ここから出たら、自分はメイクをする女性、お洒落をする女性に一目置くだろう。本当に尊敬に値する。

 体系だって彼女達は気にしてる。妹の桜子も良くダイエットをしていた。梅吉から見たら全然桜子は太っていないが、1㎏の増加を彼女は許さない。

 「多少なら違いなんてないと思うけどなぁー」

 そう呟きながら見下ろす今の自分の身体。正しく女体のその身体はリアル世界で梅吉が見たくて仕方なかったものだ。しかし自分のものでしかも自分も女になってしまうと何の性的興奮もしない。見放題状態だと言うのに、そう思ってしまう自分が残念で仕方なかった。

 昔見たネットの大型掲示板で女性の快楽は男性の十倍だとか百倍だとか言われていた。もしそうなら女になりたいと言うのがスレ住人の反応で、梅吉も同意だった。

 女になってみたいと言うより、その快楽には興味があったからだ。しかしいざ自分がなってみたらどうだろう。性欲なんて全く湧きもしない。これがセックスが中心のゲームじゃない事を刺しい引いてもいつもある嵐のような性欲がすっかりなくなっていた。

 勿体ない。そんなバカな事を考えていたらすっかりのぼせていた。慌てて頭を洗い、メイク落としと洗顔をして身体を洗う。いつもは身体を洗った後にもう一度入浴するのだが、大分身体が温まったのでそのまま出ることにした。

 白いタオルで身体を拭く、ふかふかの柔軟剤が入っている良い匂いのするタオルだ。梅吉の家ではタオルは柔軟剤をあまり使わないから触り心地が全く違って初めはすごく驚いた。そのタオルの感触が普通だと思っていたから、最初はふかふかの理由がよく分からなかかったのだ。

 「あー!よかった!長湯だから心配したわ!」

 脱衣所の扉を少しだけ開き、ひょこりと顔だけ見せたのはこの世界のでの梅吉の母。小さくて、可愛らしくおっとりしてた口調で喋る女性だ。彼女は毎日美味しい料理を作り、家の中をぴかぴかに磨き、タオルに柔軟剤を入れふかふかにしてくれる。

 「だ、大丈夫だよ少し考え事してて」

 リアルの母は勇ましく、口調も男勝りでそこら辺にいるおばちゃんだ。ゲームの中とは言えこんな可愛い女性に高校生の娘がいるものなのだろうかと思ってしまう。それぐらいこっちと向こうの両親はリアルとかけ離れている。

 「お夕飯できてるからはやくいらっしゃいね」

 「今日は貴方の好きなオムライスよ」なんて母は言葉を弾ませて去っていった。幸せな家庭。幸せな学園生活、設定としてはきっと自分は高校入学前からここで生まれここで生きている。それは当たり前な事なのだがとても不思議な事に思えた。

 「――周とも付き合いが長いんだよな」

 幼馴染の彼『幼馴染』と言う言葉で納得していたがきっと、自分と周の間にも歴史があってこう絆を築くまでの何かがあるはずだ。

 それが一体どんなものなのか、気になったのはさっきの周の態度のせいだ。独占欲を剥き出しにした周、それほどまでに自分達の絆は深いものなのか少し興味がある。




 赤いチェックのパジャマを着てリビングへと行くと父と母、周が食卓に付いていた。

 「お前、なんで当たり前のようにうちで飯食ってんの?」

 遠目から見たらその光景は梅吉よりも『家族』だった。だから言葉に棘が出てしまう。この両親と自然と『家族』のように振る舞える周が梅吉は羨ましかった。

 「おばさんが一緒に夕食しようって言ったからだよ。ねー?おばさん」

 さっきまで振り撒いていた不穏なオーラは全くなかった。代わりい花を飛ばす勢いで小首を傾げ母に問い掛けている。問い掛けられた方もノリノリで「ねー?」と一緒になって小首を傾げると言う仲良しぶりだった。

 父はその様子を見て穏やかに笑う。白髪交じりの短髪で目の横に笑い皺ができている中年男性がこの世界での梅吉の父だった。

 もし、本当にこんな素敵な家庭に生まれたなら多分自分はもっと素晴らしい人間だったと思う。もっと自分に自信が持てたと思うしもっと自分が好きだったと思う。きっとこの両親の子供なら容姿だって良かっただろう。そうなると梅吉と示しすものは何も無くなって、多分自分は今の自分でない誰かになってしまうだろうけど、そう思わずにはいられない。

 


 「ねぇ、アルバムってある?」



 だからせめて近づきたくて、この家族と自分の事を知りたくて気が付いたらそう口走っていた。

 「アルバム?あるけど」

 少し不思議そうな顔で父と母が自分の顔を見てくる。

 「見たいなぁーって思ったんだけど、ないなら」 

 そんなもの用意されてる筈もない。これはゲームでこの人達はAIなのだ。この家族は設定で、本当は自分と繋がりがあるわけでではない。設定でしっかりそう決まっているのにわざわざアルバムなんて――。

 「そうね。久しぶりにみたいわね」

 にっこりと母が笑い父が頷く「俺も見たい!」と周が手をあげて「じゃあご飯食べたらみんなでアルバム見ましょうか」と母が言った。

 黄色い卵にケチャップで律儀に『うめちゃん』と書かれたオムライスを食べる。ちゃんと鶏肉の入っているチキンライス。リアルで梅吉の母が作るものはチキンライスと言う名のケチャップライスで、薄焼き卵が薄焼きと言うには少し分厚い。味の濃いケチャップライスの上に更に豪快にケチャップをかけるものだから、それはもはやオムライスではなくケチャップだった。

素材の味など全くしない。それに比べてどうだ。この見事なオムライスは。卵はふわふわのとろとろ、スプーンで掬うととろとろの卵がチキンライスによく絡んでほんのと甘味がありチキンライスの塩気がまろやかにいなった。付け合わせに一人ずつグリーンサラダとスープも付いて、レストランで食べているようだ。サラダだって、リアルだったら大きなサラダボールにどかんと盛り付けられていてそれをとり皿にとって食べるのだ。

サラダに限らず、ほぼオカズは大皿で出る月見里家。桜子がダイエットに気を使ってない子供時代はよくオカズの取り合いになったりした。

 (懐かしいなぁ――)

 とすでに遠い昔のように思う。実際はそれほど日にちはたっていない。自分用に用意された料理は嬉しいし美味しい。それでもやっぱり少し恋しい。あれほど現実から逃げたいと思っていた癖にやはり帰れないとなると急に惜しいと思ってしまう。

 母は、妹は、父は、一体何をしているだろう。現実の時間はどれぐらい経過しただろうか、試しに一日一回ログアウトボタンを押して見るが相変わらずなんの変化もない日々が続いている。

 もしかしたら、自分は今ベットの上で、家族は心配してるかもしれない。乙女ゲーからログアウトできなくて病院に運ばれるなんて恥ずかしいけど、もしそうなら心配させてしまった事を謝りたいと思った。

 

  


 夕食を食べ終えて、みんなでアルバムを見る。生まれた時の写真、嬉しそうに笑う女性と赤ん坊。赤ん坊は多分梅吉だろうけどあまり実感が湧かない。少しずつ、少しずつ、写真の中の赤ん坊は大きくなっていく。

 「ああほら、これ周ちゃんよ」

 母が指さした、写真『梅ちゃん三歳。お隣の周くんと』そうアルバムには書いてあった。思い切り笑顔を浮かべ、ピース写真をする赤いスカートの少女と恥ずかしそうにその背中に隠れる少年の写真。そこから一ページに一枚は周と一緒の写真が混じるようになった。

 幼稚園、小学校――周はほとんど自信なさそうに眉をへの自にまげて傍らの少女の背に隠れていた。

 「昔は梅ちゃんのが周くんより強かったものねぇ」

 母は懐かしそうにそう言い周は恥ずかしいのか俯いていた。

 様子が変わったのは中学ぐらいから、少年は少しずつ成長し身長も伸びてそれと共に浮かべる表情も変っていく。一体彼に何があったのか、身長が伸びたから性格も変わっていったのだろうか。

 子供は成長するのだと当たり前だけどそんな事を思う。どういう心境の変化か周は確実に成長し変わっていった。

 多分自分はこのアルバムの中の少女のように明るく元気な人間ではない。どちらかと言えば周の子供の頃のように人見知りが激しく母や酷い時は妹の影に隠れてた。

 そしてその性格は変わることなく現在に至る。今からでも変わる事ができるだろうか――と思う。自分も周のように。周は一体何があってこんなに変わったのだろう。

 



 


 一晩経ち、目を覚ます。このゲームに入ってから梅吉の朝は周に起されて始まる。周が来る時間より先に起きれば起こされるのを回避できるのだが、寝汚い梅吉は中々布団から脱出する事ができず、結局周に起される羽目になる。

 当然、好感度は会ってる分上がり、多分このまま行くと周か千景のエンディングを迎える事になってしまうだろう。

 (もうどうでもいいけど――)

 友情エンドがないと判明し、フラグを折にかかったところで空回りと言う現状。千景の事は前程嫌じゃないし、まぁ告白されるぐらいなら耐えられない気がしないでもない。できれば回避したいが回避が難しいならそれも致し方ない気がしている。

 このまま平和にただ楽しく学園生活をし、なりゆきでエンディングを迎えるのもありなのかもしれない。そう考えながら学校までの道のりをのんびり歩く。周は「今日も天気がいいねぇ」なんてのんきに空を見上げている。

 ――と。

 ぶるるるるるるぅぅぅぅぅぅぅぅぅ。

 聞き覚えのある低いエンジン音が背後からした。

 「こら、ぼさっと歩いてると遅刻するぞ。乗せていってやろうか?」

 赤いスポーツカーがゆっくりと減速し、自分達の横で運転席の窓が開く。そして予想通りの人物がそこから現れた。

 「ちっ――!」

 その顔を見て、何故か頬が途端に赤くなる。昨日された事を思い出してしまったからだ。

 (落ち着け、俺!たかだかほっぺにちゅーだ!)

 心の中で何度もそう唱え自分に言い聞かす。梅吉の様子を見て千景はニヤニヤとしていてそれが悔しいのに、何も言葉が浮かばない。

 「どうした?乗らないのか?」

 分かっていてこの教師はからかっている。いやそもそも恥ずかしがる自分がおかしいのだけど、冷静になればなろうとするほど頭が上手く回転しなかった。

 口を開いては綴じ、開いては綴じと池の鯉のようにパクパクする。ああ、早く、早く、何か――。

 「結構です。まだ全然時間はあるし、歩いて行っても遅刻なんてしませんから」

 言おうと思った瞬間に、横で穏やかにけれど有無を許さない口調で周が拒否の言葉をは吐き出す。

 「私は君には言っていない」

 周の言葉を聞くなり千景はむっとあからさまに不機嫌な顔になった。

 「行こう、梅」

 けれど周は何か文句言いたげな千景の車の横をすり抜け、梅吉の腕をとると車が入れない道幅の路地へと引っ張っていった。

 こちらの方が近道だと周は言ったが絶対そんなの嘘だろうと梅吉は思ったが言わないでおいた。周が千景に嫉妬してるのは明白でヤンデレの素質がある彼を下手に刺激したくなかったからだ。

 梅吉の腕を掴んだまま周はカツカツと歩いていく。

 「梅、もしあの人に変なことされたらすぐ俺に言うんだよ」

 前を睨み付けたまま周が言った。そしてぴたりと止まり振り返って大きな声でこう宣言したのだ。 

 

 「梅の事は俺が守るから!」

 

 

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