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2012年1月31日 卒業研究発表会

2012年1月31日は私が通う大学の卒業研究発表会日です。

朝起きた場面から発表が終わるまでの間を書き記しました。

 俺は目が覚めると同時に飛び起きて時間を確認する。


 昨日は1時に寝たので卒研発表の11時まで寝過ごすことなどありえないが、それでも不安はつき纏ってしまう。


 ……7時か。


 途端に脱力する俺。


 下宿先と学校までは10分もあればいけるので、9時に着こうと思えばまだまだ余裕があった。


「けど、起きなくては不味いよな」


 安心して二度寝してしまい、発表時間まで寝てしまうなんてことになると目も当てられない。


 だから俺は昨日は興奮して眠れず、鉛の様に重たい体を何とか動かして手元にある暖房のリモコンにスイッチを入れた。


 これだけ食べれば上等だろう。


 朝食を並べた俺はそう感想を漏らす。


 一日の成功の有無は全て朝食で決まる。


 そんな固定観念に囚われている俺は朝食を豪華にしている。


 今日のメニューは


 ご飯

 鰹節入り卵かけ納豆

 レタスとトマトのサラダ

 冷凍したキムチ鍋の残り


 正直、夕食だと言っても通用するメニューだと思う。


 それらを全て食べ終えた俺は食器を洗い、顔を洗って歯を磨き、髭を剃るなど身だしなみを整えた後、カッターシャツに袖を通した。


「スーツは未だに慣れないが身は引き締まるな」


 文句を言いながらも俺はネクタイを締める。


 俺は今日の大事な卒研発表において普段着で臨める勇者でない。


 歴代の学生が臨んでいる正装ならば変なプレッシャーも背負わなくて良いだろう。


 さて、行くか。


 俺は鏡の前でもう一度ネクタイの位置や髪形をチェックして外へ出た。




 学校に着いた時刻は9時。


 トップバッターの研究室の発表が9時半から始まることを考えればまずまずという時間だろう。


 と、ここで俺は予想外のアクシデントに見舞われる。


 本来なら俺は9時から研究室の院生の前でプレ発表を行い、最終チェックを確認してもらうのだが肝心の院生はまだ誰も来ていない。


 困った。


 どうしようか。


 俺の中に本番の空気を知るために最初の発表から参加しようか、それともここで院生を待とうか2つの葛藤がせめぎ合う。


 こうしている間にも時間はどんどん過ぎていく。


 俺と同じゼミに属している同期は発表を見に行くそうだ。


 必然的に1人残される俺。


 現在9時25分。


 だから俺は1つの決断を下した。


「え~、それでは。私は……」


 それは誰もいない研究室で一度通した後、発表を見に行くということだった。


 と、言っても発表時間は約6分で質問は3分程度。


 発表会開始は9時半から。


 当然俺は遅刻し、トップバッターの学生が終わって次と交代する瞬間を狙って教室へと入った。


 その際に焦っていたのか、教授方の前を横切ってしまった。


 同期の学生の隣に座った時点でようやく俺はそのことに気づき、教室をU字型に回ってくれば良かったと後悔した。




 人間というのは他人の失敗を見ると安心するらしい。


 その事実を俺は待っている間に嫌というほど痛感した。


 その感情がどれだけ醜いか理解していようと抑えることが出来ない。


 言葉がつっかえる。


 教授方の質問に沈黙してしまう。


 そんな様子を見るたびに俺は心の中で「俺はあいつらよりましだ」とか「あれだけ失敗しているのなら少々のミスぐらい大丈夫だろう」という思考が瞬間的に浮かんで来てしまう。


 しかし、今の俺にそのことを反省する余裕はない。


 後悔して自己嫌悪に陥ることなどあってはならなかった。


 なので俺はそれらの感情を胸に抱いたまま、俺の出番をじっと待っていた。




 俺の発表は休憩を挟んだ次だ。


 その間の俺の心は激しく揺れ動いた。


 発表している者の失敗を内心喜んでいる時もあれば、分かりやすい説明にプレッシャーを感じる時もある。


 いつの間にか空想の世界へ逃げ込んでいた時もあったし、緊張によって気が遠くなりかけた時もあった。


 様々な感情に翻弄された俺は正直彼らが何を発表し、教授方が何の意図があって質問したのか全く分からなかった。


 そうこうしている内に休憩時間。


 時刻は10時40分。


 俺の発表まで後20分を切った。


 遅れてきた院生方が発表の準備をしているのを尻目に俺はトイレに行っておく。


 多分行く必要などなかったが、万が一のことを考えると「行かない」という選択肢は無かった。


 そして俺はすぐに移動できるように前の席に座り、同期の学生が発表している最中に自分が発表するプレゼンの原稿を必死で目を通していた。


「では、次の発表は○○です」


 原稿を3回ほど黙読した時、俺は院生にそう呼ばれる。


「はい!」


 俺は威勢良く返事をし、同期からスーツの襟に止めるタイプのマイクを受け取った。


 マイクはスーツから外れないだろうか。


 マイクはちゃんと入っているのだろうか。


 そんな不安が頭に過ったせいか、一瞬マイクの付け方を忘れてしまった。


 すぐに気を取り直したから時間にすればほんの僅かだっただろう。


 しかし、俺は教授方の反応が怖かった。


「何やってんだか」と教授方が冷笑している妄想が俺の頭の中をグルグルと彷徨い、一瞬意識が飛んだ。


 が、俺は呼吸を止めて苦しみ与えたのですぐに復活し、一瞬意識が飛んだ失態は気付かれていないだろうと自分を励ました。


 そして教授方の前に立つ俺。


 俺は教授方の方向を向かない。


 見たら俺は何も喋れなくなるだろう。


 その場合はわざわざ見る必要はないんだ。


 俺はそう自分に言い聞かせる。


 大事なことを口を大きく開けて声を出すこと。


 何度も練習した原稿だ。


 つっかえることはない。


 俺はそう自分に発破を掛ける。


「それでは○○さん。よろしくお願いします」


 俺は少し頭を下げた後、挨拶もせずに原稿を読み上げ始めた。




 赤外線ライトを当てる位置がおかしかったが、今の俺に気にする余裕はない。


 大事なのは口を大きく開けてハッキリと話すこと。


 そこだけで精一杯だったからだ。


 が、そう言う風に余裕がないと失敗は起こりやすい。


 気がつけば俺は6ページ目のスライドの説明を5ページ目で行う失態をしていた。


 まずい。


 俺は読むのを止めて状況を確認する。


 不幸中の幸いか、読み進めてしまったのはまだ1/3もいっていない。


 なので中断して5ページ目のスライドを説明すれば良いだろう。


 が、頭ではそう分かっているのに口が付いていかない。


 大分無駄な時間を使ってしまった、ここから引き返して読み直すと時間通りに終われるのかという焦りも加わって俺はどこを読むべきが見失ってしまった。


 頭の中がグチャグチャとなり、教授方は嗤っているだろうと嫌な方向へと進んでしまう。


 幸いにも目的の個所はすぐに見つかったが、止まってしまったあの2、3秒は俺にとって地獄の時間だった。


 もう二度と味わいたくない時間だと言える。


 幸いにも俺の原稿は普通に読み上げると5分半だったので、あのミスがあっても時間通り6分以内に終わらせることが出来た。


「以上です、ありがとうございました」


 まとめを読み上げた俺は頭を下げる。


 前半戦は終了。


 次は後半戦。


「何か質問はありませんか?」


 院生の問い掛けの一瞬後に教授陣が手を挙げる。


 教授方から来る質問に対してしっかりと答えられれば俺の勝ちだ。


 時間は3分なので大体3問程度だが、1問さえも答えたくないのが俺の心境だった。


 まずは1問目。


「どうして××が効かないのか、○〇君はどうお考えですか?」


 その質問に対しては予め対策を打っていたので、そのスライドを見せることによって事なきを得た。


 続いて2問目。


「××が効かないという報告ですが、同じように耐性がある報告がされている論文はありますか?」


 その質問に俺は答えることが出来なかった。


 何せ公式論文というのは全て英語で書かれており、検索するのも英語で打ち込まなければならないので、俺の英語嫌いも相まってそれらしい論文を見つけることが出来なかった。


「申し訳ありません、私の知る範囲では見つけることが出来ませんでした」


 沈黙は最悪だ。


 だから俺は素直に非を認めて頭を下げた。


 最後の3問目。


「△△という条件で行いましたが、もっと別の条件で行わなかったのですか?」


 これにも俺は答えることが出来なかった。


 時間不足もあって俺は必要最低限の実験しかしなかったツケがここにきて現れる。


 だから俺は「申し訳ありません、行いませんでした」と繰り返すことしか出来なかった。


 なお、後で聞いた話だが担当教授によると「その条件で行っても××の性質上結果が出ませんので行いませんでした」と答えるのが正しかったらしい。


 そして3つ目の質問が終わると同時に終りのチャイムが鳴る。


 後半戦は1勝2敗という結果に終わってしまったが、過ぎたことを悔やんでも仕方ないだろう。


 俺は宙に浮く様な虚脱感と満足感を噛み締めていたので、マイクを次の人に渡すどころか最後に礼をするのも忘れて元の席へと戻っていった。

持てる力を出し切れたので後悔はありません。

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