op.8 本当の笑顔
残りの夏休みは、毎日毎日学校に行って歌を歌った。
彩音にとって夢中になれるものがあることがとても幸せで、満ちたりていた。
(…笑顔……)
でも彩音の偽りの笑顔だけは毎日そこにいた。
心から楽しんでいても顔はそうなるだけで、言葉だってなんとなく尻つぼみで単発的なものしか出てこない。
「よし、明日は始業式だしこんくらいでやめとくか」
午後四時。いつもは夕飯まで帰らないというのに。
「そうだな。まだ宿題も残ってる」
思い出したように芳も言い、テキパキと片付け始める。
(まだ歌っていたいよ…。宿題なんてとっくに終わってるのに…)
彩音はバンドに明け暮れながらもあの問題集はしっかりと終わらせ、『英語文法1,100問・高校受験版』も後半に差し掛かっていた。
宿題は簡単だったので二日で終わらせてしまっていた。
でもここは皆に合わせ、帰ることにした。
明日からの学校は、少なからず緊張するものだから。
「彩音ちゃん、明日圍ちゃんと芳君に澄海のこと紹介してくれる?」
頬を薄ピンクに染めながら目をきらきらと輝かせ、澄海が彩音に話しかける。
「あ、わかった。時間があったら一緒に話してみよ」
美味しい取れ立ての刺身を食卓で囲みながらの夕食。自然と会話も弾む。
「やったぁ、嬉しい!いつか音楽もお客さんとして聴かせてねっ」
澄海は屈託のない可愛らしい笑顔を向ける。
彩音も同じように微笑むし、実際にそれは傍目から見れば普通の笑顔なのだが、彩音の思う本当の笑顔ではなかった。
“本当の笑顔”って何?
そんな思いが彩音の頭をよぎる。
この笑い方が筋肉反射のように定着してしまった今、これが自分の笑顔なのではないか、とも思う。
でも…違和感がある。
こんな人間が歌っても人の心を動かせる程のものになるわけがない。
早く、早く笑顔を手に入れたい。
それが今の彩音の願い。
『ムジカ』は音楽の意味です。評価やアドバイスなどありましたら、どうぞよろしくお願いします。読んでくださって有り難うございます。