op.5 初めての喜び
「あ……」
すごい…、そう心の底から思った。
でも感情を素直に出すことが苦手な彩音は、少し驚いた顔をするだけだった。
音楽室の隣のスタジオは、防音にはなっていないものの、キーボード、エレキギター、ベース、ドラム、マイク等々バンドに必要なものは揃っていて、少し型の古い録音機器もずらりと用意されている。
「ほんっと苦労したよ、こんな田舎でこれだけ集めんのはさ。中古だけど全部良いもんだぜ」
上機嫌な様子で自慢げに話しだす圍。
「――でさ、やってくれんの?ボーカル」
圍はふと鋭い視線を投げ掛ける。
「えっと…」
歌うことは好きだし、この楽器も気になる。
「体験で参加してみる、とかどうですか?」
居心地が悪ければすぐやめて、また勉強をしまくれば良いのだから。
「よっしゃ!じゃぁ、早速合わせてみようぜ」
さっさとキーボードをセッティングし、準備万端な圍。
芳もいそいそとギターのチューニングをし出す。
彩音は緊張しながら、少しずつマイクに近付いていく。
マイクの線は既に繋がっているようだったので、スイッチを入れてみる。
――プッ…
一瞬電子音がし、マイクの電源が入る。
「あ…」
試しに声を出す。教室(“スタジオ”)中に音が響く。いや―外の森にも。
「なんか良い曲ねぇ?芳、作ってなかった?」
「あぁ…」
ガサガサとボストンバックから出された楽譜。
「一応持ってきた」
落ち着いた声とは裏腹に、芳の顔は微かに紅潮している。
もしかしたら彼も表情に感情が出ないのかもしれない。
「ほら」
芳から楽譜を受け取った圍は、彩音にもコピーを手渡す。
芳直筆の、ざかざかと書かれたそれは一見荒っぽく見えるが愛情が込められているのが伝わるものだった。
「んじゃーめぐら、適当に伴奏合わせるから、彩音はそれ歌って。歌詞は適当で良いから」
「うん、わかった」
彩音は静かに深呼吸をする。目を瞑り、自分を落ち着かせる。
「いいよ…」
用意が出来た彩音は、皆にそれを伝える。
「俺も」
「んっ」
他の二人も同意する。
前奏をキーボードで弾き出す。
アンダンテ(ゆっくりと歩くような速さ)の曲。
心地良いリズム。芳はこんな素晴らしい曲を書けるんだ、と少なからず彩音は感心した。
真夏の夢の中 眠れる君を見た
心 ふんわりと飛んで シャボン玉のように消えた
少し切ないね と呟く君の横顔を見て
余計 胸がきゅんと締め付けられるようにうめいた
今から逢いに行くよ
例え果てなき扉の向こうでも
後ろ振り向かずに ただ進めば良いから
曲が終わる。
じんと余韻が立ち込める。彩音は生のバンドの凄さを初めて知り、感動した。
「おいっ、彩音。今の歌詞即興で考えたのかよ?!」
興奮した顔で圍が彩音に近付く。
「あ…うん。なんとなく雰囲気で、だけど。もう、あんまり内容覚えてないし」
「それでもすごいよ!てか、めぐは覚えてる。今度録音もしようなっ」
楽しかった。
一人で歌を歌うよりもすごく。
きっとこのメンバーだから、というのもあるのだろうが、圍のキーボード、芳のギター、そして自分の歌が混ざりあうことでこんなにも迫力が出るとは思わなかった。
また明日、と挨拶をし、別れた。明日もこんな気分になれるのだと心を軽くしたまま。
やっと歌うことが出来ました!これから徐々に話が動いていくでしょう。(なんだか他人事ですが(笑))
色々問題もありますし、焦らず解決して行きたいですね。