op.3 此処での生活
「おっはよーん!!」
ガラッ
彩音の部屋の戸が開けられる。
「あっごめん!見るつもりとかなかったんだけどっ…」
朝からハイテンションで彩音の部屋に来た澄海。
丁度彩音が着替えている最中だった為慌てているのだ。
「ちょっ…どうでも良いけど閉めてもらえる?」
背中を見られただけだし、女の子なのだから恥ずかしいとは思わない。
でもいきなり人の部屋に飛込んでくるのはどうかと思う。「あっ…そだね。ごめんなさいっ」
ピシャッ
慌ただしく戸が閉められる。
(もう…なんなのよ…)
昨日の彼女の様子と鍵のない部屋で多少は不安を感じていたが、それでもまさか朝っぱらからやって来るとは思わなかった。
「ふぅ…」
溜め息一つ。
これも癖。幸せが逃げる心配はない。もうそんなものなんて諦めている。
「おはようございます」
とんとん、と軽やかに階段を降り、台所へ向かう。
「おはよう。澄海がなんかしでかしたみたいね、大丈夫?」
心配そうに彩音に話しかけるおばちゃん。申し訳なさそうにしている。
「ごめんね、彩音ちゃん。家に彩音ちゃんがいると思うと嬉しくって、ついはしゃいじゃったの…」
しょんぼりする澄海。彩音はふっ、と笑い、
「大丈夫。すごくびっくりしたけど、次からやめてもらえれば良いから」
さりげなく釘を刺しておく。
最初が肝心なのだ。仲良くしなければならないからといって、甘い顔をしていてはペースを崩されかねない。
「うんっ、気をつけるねっ。ねぇねぇ、川なんだけどさぁ、お昼食べてから行こ?」
(川……)
本気だったのか。
一人でのんびりするのは好きだが、澄海とその友達とだと変な気を使わねばならなくなるだろう。
学校で一匹狼でいるのは構わないし、むしろ気楽で好むのだが澄海がいるとそうもいかない。
「ん〜…。もうちょっと慣れるまで、一人で散策してても良いかな。
川も楽しそうだけど、また今度誘ってくれると嬉しいな」
にこっと笑えば相手は何も言えなくなるし、嫌な気もしないもの。この手が一番良いのだ。
「そっかぁ、わかった☆遊びたくなったらいつでも言ってね!友達にも彩音ちゃんの話しとくから」
(私の話…?)
一体何をされるのだろう。別にどうでも良いけど、出来れば話題にもしてほしくない。放っておいてもらえるのが一番良い。
「うんわかった。有り難う」
「さ、ご飯終わったら自分で食器下げなさいよ。澄海はいつも出しっぱなしにして遊びに行っちゃうんだから」
余計なこと言わないでよぅ〜と笑いながら食器を持って立ち上がる澄海。彩音も片付ける。
おばちゃんと澄海がテレビを見出した頃、彩音は自室に戻って勉強を始めた。
東京で買っておいた参考書。半分までやったのでもうすぐ終わる。この家の近所には商店街があるので、本屋や美容室、小さなカラオケ屋もあるらしい。
コンビニやスーパーは自転車で一時間程かかるので、車で行くのが一般的だということだ。
MDコンポを持って来たので、音楽を聞く。
軽く口ずさみながら数学の問題を解いて行く。
簡単だと思えるようになった某塾の問題集。
受験用のものなので、今中二の彩音がすらすら解けるなら受験にはなんの心配もいらないように思える。でも彩音はあくまで“奨学金”で学校に行くことを目的としているから安心など出来ないのだ。
何時間経ったろう。階下で彩音を呼ぶ声がする。
「彩音ちゃーん、ご飯の支度が出来ましたよー」
おばちゃんだ。そういえば小腹が空いてきた。
「はーい」
少し高めのトーンで返事をする。
美味しい昼食を食べながら、午後はまたあの砂浜に行こうと考えていた。