op.26 伝えるべきか
「健太? オカエリ」
玄関の開く音を聞いて、圍は軽くこう言う。
「圍、お客さん」
健太が呼び掛けると素早く振り返る圍。
「お邪魔します……」
ちらっとうつ向きがちに彩音が圍を見ると、ふんわりした柔らかな笑顔で笑った。
「いらっしゃい」
「ライブは大成功。彩音にも聴いてほしかったよ」
圍の部屋でベッドに座りながら話す。
「うん……見たかったなぁ、絶対ステキだったよね」
彩音はふいに遠い目をする。
「そういや彩音、今日はどうしたんだ? 夕飯食べたのか?」
土屋家は夕飯の時間が早いため食べ終っていたのだが、彩音の様子に違和感を感じるので尋ねてみる。
「ご飯……食べてないや。ちょっと、あの家に、居たくなくって」
唇をきゅっと閉じて口角を上げる彩音はいつかとは違う辛そうな顔をしている。
「喧嘩でもした?」
そんなことしそうにないが、心辺りが全く無い為こう言ってみる。
案の定、彩音はふるふると首を横に振る。
「あの……澄海ちゃんと芳くんの話、聞いた?」
「あぁ、芳から聞いた。その時に彩音が戻って来たことも聞いたんだよ」
そっか……私の話もしてくれたんだね。ほっと安心した彩音は、素直な気持ちを語りだした。
「なんかよく分からないんだけど……澄海ちゃんが、芳くんと付き合うって報告してくれようとしたとき、すごく嫌な気持ちになったの。聞きたくないって強く思ったし、心が痛いって言うか……」
たどたどしい彩音の言葉を聞いて、今度は圍がショックを受ける。なんだって? 彩音も芳のことが好きだったのか……。
「彩音、それはめぐのせいでもある。ってか、知ってたら澄海に脈あるんじゃんとか言ったりしなかったってぇのに……っ」
自分のしたことを呪うように顔を膝に埋め、髪を掻きむしる。
「えっ、ちょっと圍ちゃん?! どうしたの?」
圍の突飛な行動に度胆を抜かれた彩音は、手を抑える。
「“知ってたら”って一体なんのこと? 何か分かったの……?」
彩音は今まで、人と深く付き合わずに済むよう生きて来た。だから恋をする気持ちなんてまるで知らないのだ。
これ、言って良いのか……? 彩音のそんな生き方を感じ取っている圍は、本人に伝えるべきか悩んでいる。




