op.25 自分の気持ち
しんと家中が静まりかえる。歯をくいしばり耳を手で必死に押さえる彩音と、目を見開き不自然な状態で氷つく澄海。
どうしよう……。
どうしたの…?
二人はお互いに戸惑いながら、一言も言葉を発せずにいる。
この家は、古い。階下にいる友季子にも届いた筈だ。彩音の声はただでさえ響きわたるのだから。
「……ごめ…っ」
唇を震えさせながら絞り出した彩音の声。
「うん……」
ようやく聞けた彩音の声に、何事もなかったかのように笑おうとする澄海。その張り付いた笑顔が逆に痛い。
「あたし……ちょっと頭冷やしてくる、ね」
澄海と目を合わさずに逃げるように部屋を出る。
台所からはトントンと規則正しく包丁の音が聞こえる。彩音は友季子の方も見ずに外へ駆け出した。
もうすぐ六時になるが夏の昼は長く、まだ明るい。穏やかに打ち寄せる波が今の心とウラハラでいつまでも見ていたくなる。
自然と行き着いたのはやはりいつもの砂浜。今は海や風の囁きにただ身を寄せていたい。
「分かんないんだもん……」
少しすねた子どものように呟く。そしてまた唇をきゅっと噛み、木にもたれる。
分かんないんだよ、私がどうして苛立っているのか。なんでこんなに悲しいのか。澄海ちゃんと芳くんがどうなろうが、私には全く関係ない――というか喜ぶべきことなのに。
そして結局澄海に当たってしまった、そんな自分が許せない。
「なんで泣きそうなん?」
膝を両手で抱え顔を伏せていた彩音に、誰かが声をかけてきた。独特なしゃべり方――健太だ。
「あぁ……」
健太とは教室でも時々話すくらいで仲が良いわけではないのだが、歌っているところを見られてしまってからはなんとなく自然な自分でいられるのだ。
「なんか圍が彩音に会いたいって言ってたなぁ」
ぼうっと何ともなしに呟いたその言葉を聞いて、彩音はハッとした。
「圍――めぐちゃんがそう言ったの?! いつっ?」
ぱっと顔を輝かせ、彩音は健太に訊く。
「いつって……最近ずっとなんよ。バンドでなんかあったって?」
そうか、めぐちゃんと健太君は一緒に住んでるんだったっけ! 誰かがそんなことを言っていたと今更思い出す。
「ねぇ……今から会いに行っても良いかな」




