op.19
模擬試験会場近くのホテルに着いた彩音は、ほっと一息ついた。
明日が模試なのだから、今日は今までで不安要素のあるところを軽くおさらいする程度。
学校の定期テストではないのだから、前日に慌てて勉強しても意味がないことくらい承知している。
夕飯を食べ終って、ふと思い出す。
澄海は芳に歌詞を渡してくれただろうか、それならどんな表情をしたのだろうか、と。
きっと彩音がいなくてもライブは出来るだろうし、歌詞も自分達で用意しているだろう。
それでもまだ、甘えがある。もしかしたら彩音の詞を使ってくれるのではないか。
「身勝手なやつ」
自潮気味にぽつりと口に出す。往生際が悪いと思うし、自分勝手な考えだとも思う。
そんな自分がいやでいやで仕方がない。
いつの間にそんな考えをする人になってしまったのだろう。
あそこに行く前は自分を理解し、考え込むこともなかったのに。
結局居心地の良い場所に居ると自分は駄目になる。そんな不安定な心を持っているのだ。
だが、彩音は気持ちを瞬時に切り換えた。
自分が此処に居るのはごちゃごちゃと悩むためなんかではないのだから。
大浴場に向かい、リラックスする。
今日のためにやることは全部やった。明日、集中するだけ。
終わって芳に会ったら言いたいことがあるんだ――。
「ママ、聞いてっ」
パタパタと台所にとびこむ澄海。
「あら、今帰って来たの?おかえり」
「うんっ。ただいまっ」
いつもよりもにこやかに――というよりにやけながら喋る澄海。
「アンタどうしたの?大層良いことがあったでしょう」
つられて嬉しそうにお鍋をかき混ぜる友季子。
「うん…っ。今日、バンドの練習見に行ったんだよ。芳くんがすっごく優しくって…」
ほぅ…、と頬を薄い桃色に染めながら吐息を洩らす。
「芳君はご両親が交通事故で亡くなってからずっと、お祖母ちゃんと二人なのよ。それまではにこにこ笑っている子だったから皆で心配したものだわ」
ぐつぐつ煮える鍋。
「澄海その話よく知らない…。あたし芳くんのこと好きになっちゃったよ?ママ…」
少し驚いて隣に居る澄海の顔を見ると、いつになく真剣な本気の眼差しを持っていた。
「そう……いいわ、教えてあげる」
ぐつぐつ…
鍋の心地よい音と湯気に包まれて、友季子は語り始めた――。
ムジカのジャンルは、恋愛です。忘れかけていた読者様、やっとこれからなのでお待ちください(>人<)




