op.17
「彩音ちゅわぁ〜ん、行ってらっしゃぁぃ!」
能天気な冗談混じりの声で、明るく彩音を送り出す澄海。
澄海の家の小さな最寄り駅から新幹線が出ている遠くの駅まで電車に乗る。
それだけで一時間かかるというのだから、大したものだ。
「うん、わざわざ駅までありがとね」
最寄りとは言っても徒歩で三十分の距離がある。
木造で、改札は駅員が一人でまかなっているおんぼろな駅なのだ。
「ううん。彩音ちゃんは模試頑張って、お買いもの楽しんでね」
屈託の無い笑顔。
「そうだね、ありがとう」
「はいはーいっ。それじゃぁまた明後日」
学校を一日休む必要は無かったのだが、どうせならのんびりしなさいと友季子が勧めたのだ。
「あっ…澄海ちゃんにお願いしても良い?」
なかなか言い出せなかったのだが、思い切って話す彩音。
「なぁに?」
澄海はにこやかに答える。
「うん――。芳君に、これを渡してもらえないかな」
おずおずと差し出した手には二枚のルーズリーフが挟まれていた。
「良いよ、お手紙?」
「ん…そんなところかな」
繕った笑顔を見せ、彩音は電車に乗り込んだ。
「行ってらっしゃい」
ひらひらと手を振りながら、澄海は手渡された紙のことが気になって仕方なかった。
「こんにちはっ、芳君いますか?」
芳の家の玄関で芳を呼び出す。
預かり物したのだから早い方が良いだろうと駅から直接向かった。
「あ…」
口を半開きにしたまま、奥の居間から姿を現す芳。
「あのね、今日彩音ちゃんは都心に向かったの。芳君にこれ渡して欲しいって言ってたから……はい、どうぞ」
両手でルーズリーフを渡す澄海。芳は何か見当もつかないまま受け取る。
カサ…
二つ折りにされたそれを開くと、歌詞が書かれていた。ちゃんと二曲分。
「お手紙って言ってたよ」
小さく付け加える。
「――手紙…。そうだな、手紙だ」
じっと紙に見入り、真剣な顔をする。
まるで澄海の存在を忘れているかのようだ。
「うん、最高の手紙だ。持って来てくれてありがとう」
パッと顔を上げ、満面の笑みを澄海に向ける芳。
それを見て澄海は、とっさにうつむいた。
芳のそれが眩しすぎたというのもあるが、何より自分に向けられていても自分に対してのものではないことがわかるからだ。
「澄海…?」
いきなり目を反らされ、戸惑う。澄海も良かったね、と笑ってくれると思ったのだ。
「どうした…?暑かったから具合悪いのか。部屋上がってけ」
微かに細かく首を横にふって、拒絶する。
「ごめ…っ。あたしどうしたんだろ……」
自分でも、この気持ちのもやもやとした渦の正体が分からない。
芳が見たこともない良い笑顔でいたことを、とても嬉しいと思っているのに。
澄海は顔を上げずに、さよならと告げ、芳の家を出ていった。